episode137 扉
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「私に修行を…?」
「はい、お願いします!」
すっかりヴィデレの私物と化した第八訓練場。
天井部の骨組みに座り、足をパタパタと動かし、ぼうと虚空を見つめていたヴィデレの元に、ミラ、ウムブラ、カニス、ドラ、マリー、アヤの六名が、ヴィデレな元を訪れる。
「小僧も暫く王都から帰ってこないだろうし、いいだろう。修行を付けてやる」
「本当デスカ?」
「ククッ、嘘はつかんよ。だが、何故私に?」
「『強者の扉』の開け方を教えてもらおうと思って、学園長先生に訪ねたところ、俺達にはヴィデレさんが合っていると」
「『強者の扉』…また古臭い言葉を知っていたもんだ」
『強者の扉』。
それは、強さの階段を登った先にある、弱者と強者を明確に分ける扉のこと。
今ではあまり使われなくなったが、昔からある言葉だ。
そして、扉には、第二、第三の扉が存在するが、第二の扉に到達する者は希なため、普段、その言葉が出ることは無い。
「このリベリオンでその扉を開け、次の階段へ進んでいる者は、確かに少ない」
現在、リベリオンの中で、『強者の扉』を開け、強者として君臨する者は、ヴィデレ、ヒカル、レオ、カーリ、レックス、エドラス、ベッルス、ニーツの八名のみ。
「階段を登りきり、扉の前に来たものは、一般的に強者とされている。だが、この扉を開けられず、扉の前で生を終えた者は、この世界の歴史の中で数え切れないほどいる。お前達も今、誤差はあるだろうが、扉の前にいるだろう。その扉を開くには、何かしらの『トリガー』が必要となってくる。まあ、言うところの"負けられない戦い"というやつだな」
【覇王祭】のビスティアを思い出してほしい。
ビスティアは、元より扉を一つ開け、階段を登り、二つ目の『武勇の扉』の前でくすぶっていた。
だが、ヴィデレの与えた試練が『トリガー』となり、通常よりも強い力を発揮し、その扉を開けてみせた。
「だが、そういった『トリガー』は簡単には見つからない。簡単に見つかったら、『強者の扉』なんてものはいらないからな。だからまず、貴様たちは自分たちが今、どれくらいの力を持っているのかを把握するところから始めるといい」
「でもどうやって?」
「強さを数値化してやる。それで、まずは現実を知るといい」
ヴィデレのこの数値は、魔眼を通じてそれをヴィデレが独断と偏見で決めつけるものだが、その数値に間違いはほぼ無い。
「一般男性の強さを五とし、これを基準とする。低級の魔獣は、一から三。中級の魔獣は、七から十五。上級の魔獣は、三十から百。最上級の魔獣は、二百から千。超級の魔獣は、三千から五千といったところだな」
ヴィデレは、分かりやすく訓練場の地面を使って指で数値をグラフにして書いていく。
「王国の兵士が大体五十。リベリオンの平均は、四十といったところだな。まあだが、リベリオンは上と下の差が広すぎる。あんまり宛にはならん。まずは、アヤとマリーだったか…貴様ら二人は、百二十といったところだ。騎爵から男爵貴族の下の方と同等の力を持っているな」
「「百二十…」」
「そして次にドラ、貴様は百五十。ミラが三百六十。
ウムブラが五百、カニスが五百二十といったところか…ミラ、ウムブラ、カニスの三名は『トリガー』さえあれば、すぐにでも扉を開けられるだろうな」
「なんかウムブラとカニスだけ高い!戦闘技術そんなに高くないのに!!」
「ムッ、ソレハ言イガカリ」
「この数値は、今ある潜在能力を全て引き出した場合の話だ。実際の力とは異なるぞ?」
ヴィデレは、揉め始めたミラとウムブラを宥めながら、他のメンバーの数値を書き込んでいく。
「扉を開けた者たちは、ここから一気に数値が跳ね上がる。エドラスが、二千八百。レックスが三千。ベッルスが五千七百。これが、『強者の扉』を開いた者達だ」
桁が違うとはまさにこの事。ウムブラですら五百だというのに、ベッルスはその十倍以上。
ここで一同は、目に見えるその絶大な差に、驚愕する。
「そして二つ目の『武勇の扉』を開いたビスティアは、一万。ニーツが一万千。次なる扉、『王の扉』の前にいるカーリは、一万七千といったところだな」
そして、更に広がる仲間との差。強い強いと思っていたニーツやカーリとそこまで差があるとは思っていなかったミラ達。
この二人は王国の侯爵と同じぐらいの力を持っている。
ミラやウムブラで男爵と同じ。数値で見ると、爵位の差が絶対なる力の差とレオが言っていたのがよく分かるだろう。
「最後に、三つ目の『王の扉』を開いた小僧。小僧の数値は、二万二千。王族にも引けを取らない数値だ。四つ目、五つ目の扉を開いている偽勇者や私に関しては、聞かない方が身のためだな」
「二万…二千…」
「兄貴とそんな差があったなんて…追いついてきてると思ってたのに」
ここまでくると桁では無く次元が違う。
数値が絶対とは言わないが、それでもこの差は、ミラたちにとって堪えるものだろう。
「『デクストラ』がレオとカーリの二人を追い詰めたのは事実。連携とは足し算では無く掛け算。数値が圧倒的に違ってもひっくり返すことも可能だろうが……一対一では、相手にもならないだろうな」
「ヴィデレさんと修行すれば、俺たちは少しだも総督に近づくことはできますか?」
「可能だ。方法は幾つかある…が、どれも可能性が薄いものばかりだ。それでもやるか?」
「「「「「やります!」」」」」
「良かろう。明日からここに来るといい、準備をして待っている」
目を輝かせ、強さを求める若者達に、ヴィデレは優しく微笑むと満足そうに頷く。
実際、カニスは前回の魔獣戦線で【レクス】を足止めしたことで扉を開きかけている。ウムブラも元々男爵家に生まれたということもあり、伸び代はまだまだある。ミラも、【覇王祭】でビスティアと戦った時に見せた成長は、扉が開いてもいいくらいだった。
だが、それでもその扉は幾億の戦士の成長を拒み続ける。
半年間、ミラ達は、先人達が体験してきた努力が報われない地獄を味わうことになる。
☆
「制約による神罰は今のところ無い。神罰が下ろうとも、我らが【獣化】をした事を悔いたりはせんよ」
「それなら良かったッ!総督も不安そうにしていたからねッ!」
「それでベッルスと言ったか?何故貴様はここに戻ってきた?」
「真なる美しさを求めて…フッ!」
「要するに、武者修行をしに来たということだな」
丁度レオが王都に着いたのと同時刻、ベッルスは再び獣人国の首都である【アシュミルン】を訪れ、獣王の元へと足を運んでいた。
「獣人国の戦士達の熱い友情、素晴らしく美しいものだったッ、僕もそれを見習いたいと思ってねッ!正直、エルフ国の方々も捨て難い気持ちはあったのだが、やはり見た目より中身というわけさッ!」
「ほう、それはエルフよりも獣人が醜いということだな?」
「いやいや、誤解しないで欲しいッ。この国にも美しい花たちは可憐に咲いているッ」
「よく分かってるじゃねぇか」
共に戦線を乗り越えたということもあってか、大分フレンドリーな二人。
横で控えているロヒョウも苦笑いだ。
「そうだな…レオと約束した百本組手、結局有耶無耶になっちまったからな。ベッルス、お前が代わりにやれ」
「半年間もあるのに、百本ッ?獣人国の修行とは中々にホワイトのようだッ」
「あ?何言ってやがる。百本百セットに決まってんだろ」
「フッ…面白いッ!バラにも棘があり、僕には毒があることを教えてあげようじゃないかッ!!」
こうしてベッルスは一人、獣人国で修行を始めた。
各々が半年後に向けて修行を始め、強くなろうと決意する。
半年後、総督の驚く顔を想像し、口元に笑みを浮かべながら。
こうしてみると、レオの化け物じみた戦闘能力が分かります。




