episode136 親子
エルフ国で各々解散をしてから丁度十日。
今、レオに必要な力。それを手に入れるためレオは、敵である王国の、それも、王都に足を運んでいた。
当たり前だが、今日のレオはお忍びだ。ロゼと同じ、麻色のローブを身に包み、顔を深く隠している。
「久しいな。」
数年ぶりに見る我が家を見上げ、レオは懐かしさを感じる。
レオが王都に訪れた目的、それは、父親であるレクサス=フィエルダーに稽古を付けてもらうこと。
最強のヴィデレでも無く、経験豊富のヒカルでもない。レオに今必要なものを手に入れるためには、レクサスに稽古を付けてもらうことが一番の近道だった。
「それでは行きましょう。」
「ああ。」
当然ながら、レオは一人で王都に来た訳では無い。
獣人国で魔獣を相手するために、ついでに連れてこられた【人造人間】の妹、レイナス=フィエルダーと共に来ていた。
レイナスはいつも通り、黒のゴシックワンピースに身を包み、少し緊張した様子のレオとは裏腹に、堂々としていた。
「お父様に話は通してあります。あの部屋で。」
「…ああ。」
広々とした庭を抜け、玄関を通り、煌びやかな廊下を歩く。
いつもなら、忙しそうに使用人がウロウロとしているが、レオが来るということで奥に下げているのだろう。
何もかもが変わらず、レオにとって懐かしいものばかりだった。
そして、少し歩くと、レイナスの言う『あの部屋』の前に到着する。
レオは、エルフ国で扉をノックする時も慎重にドアをノックし、中からの返事を待つ。
「入れ…」
「失礼します。」
レオは、中から返事があったのを確認すると、礼儀正しく入室する。
「よく顔を出せたものだな…」
部屋の入口で経っているレオに背を向け、一人ソファーに腰掛けてコーヒーカップをかたむけるレクサス。
その背中からは、怒りと取れる雰囲気が出ていた。
「お願いします。俺に、稽古を付けてください。」
レオは、その場で膝を付き、頭を下げる。土下座の姿勢だ。
総督としての威厳も、長年積み重ねてきた誇りも全てかなぐり捨て、強くなるために頭を下げる。それは、究極のエゴと呼べるものかもしれない。
「レイオス…今は、レオだったな…お前は、自分が今、どれだけ愚かな事をしているか自覚しているのか?」
「はい。」
「フィエルダーの地位を勝手に捨て、王国に反旗を翻す…どれだけこの家に迷惑をかけたか…なにより、フィエルダーの名に深い傷を付けた…面汚しが、よくもう一度ここの敷居を跨ぐことができたというものだ…」
「おっしゃる通りです。」
「それなのに、自分の私利私欲のため、私に稽古を付けろだと?【覇王祭】の時は、目を瞑ったが、私はお前の父ではない…お前がそれを選んだんだ…」
「……はい。」
レオのしたことは、レクサスの言う通り、フィエルダーという由緒正しき家名に泥を塗る行為。それで尚、レクサスに稽古を付けてほしいなど、厚かましいにもほどがある。
「何故、剣にこだわる…」
怒気の含まれた口調から一変、レクサスは、レオに静かに問う。
「お前には、魔術の才能がある…戦術の才能がある…槍術の才能がある…なのに何故、何故お前は剣を選ぶんだ…」
レオの扱うフィエルダー式剣術には、段位が存在する。
レオは三段。レイナスは八段。そして、フィエルダー家の歴史の中で最も剣術の才能があるレクサスは、免許皆伝。フィエルダー式剣術を極めた証だ。
この段位が表すように、レオに剣術の才能は無い。確かにレオの剣は、一流の剣士にも引けを劣らない。だが、レオは貴族。平民の一流と、貴族の一流は違う。
三歳から剣を握り、努力を重ね、六歳で三段まで上り詰めたレオ。だが、そこから一年。レオの段位が上がることは無かった。
才能の『壁』。努力ではどうしようもできない、天才たちの世界。レオも、剣術以外の才能が優れているため分かる。努力は一定の場所までは押し上げてくれるが、その先には、才能が必要だということを。
そしてレクサスは、一年間待ち、レオに剣術の才能が無いことを判断すると、レオに剣を辞めることを言い渡した。
レオには、槍や弓といった剣以外の才能はある。だから、レクサスは、レオが七歳の時から学園に入学するまで剣術を一切教えることは無かった。
「子は、父の背中を見て育つといいます…。」
だがレオは、剣の道を諦めることは無かった。
父に教わらないならば、我流で。学園に入ってからも剣に固執し、剣の修練を積んできた。
まるで、剣に特別な思いがあるかのように。
「それは、父が身近な存在だからではありません。」
レオにとって、『最強』とはヒカルでも、ヴィデレでも、ましてや神でもない。
レオにとっての『最強』は、父であるレクサス=フィエルダーなのだ。
「その背中に憧れたからです。俺は、貴方の剣を振るう背中に憧れを抱き、その背中を追いかけてきた。」
カーリがレオに憧れたように、ベッルスがレオに憧れたように、レオもレクサスに憧れていた。
これはレオの意地だ。
憧れに近づくため、憧れになるために、レオは剣を握り、振り続けた。
「俺には剣術の才能はありません。それは自分でも自覚しています。でも、諦めきれないんです。お願いします。俺に剣の稽古を付けてください。」
レオはずっと悩んでいた。
これからもっと強くなるために、剣に拘るのは間違いだと。
頭では分かっている。でも、心は剣を振りたいと叫んでいる。
愚かな選択だろう。わざわざ遠回りな道へ、いや、もしかしたら行き止まりかもしれない道へ、それを分かっていて進むのだから。
「………お前の部屋はそのまま残してある…好きに使え…」
長い長い静寂の後、レクサスはゆっくり口を開くと、そんなことを言ってみせた。
「ありがとう…ございます…。」
例え、道は違えど、離縁したとしても、敵だとしても、レクサスにとってレオが自分の息子なのは変わりない。
レクサスだって貴族の当主であり、王国の味方である以前に、レオの父親なのだ。
「フィエルダー家は、ツンデレの一族。遺伝ですね。」
最後に、ずっと後ろで控えていたレイナスがそんなことをぼそりと呟き、立ち去っていく。
「こっちに来い…お前の話を聞かせろ…」
「はい…!」
確かに、レイナスの言う通りかもしれない。
口ではああ言っていても、親子として歪だとしても、繋がりがなくても、親子は親子なのだから。




