episode12 中途半端
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文体祭の事故から二週間後。
倒壊した建物は既に修復が行われ、半分近くが元の状態に戻っていた。魔術が発展したこの世界では建築物自体に大掛かりな魔術を使っているため、普通よりもかなり早く修理が可能だ。
戦いでめくれ上がった地面や、散った草花はまだ手がつけられていないが、直るのも時間の問題だろう。
今日は生憎の雨。レイオスは昼休憩を使い、無事だった校舎の中にある図書館を利用していた。
「雨なのにガラガラか。相変わらずだな。」
「あ、レイオス様」
文句を垂れながら入ってくるのを耳にし、レイオスに声をかけるロゼ。
ロゼは両手いっぱいに本を抱え、本棚の整理をしていたところのようだ。
ロゼはこの学園の図書委員をやっており、今日は一週間に一度のロゼの当番日だった。
「返却だ。」
「あ、はいわかりました」
レイオスは週に一度、必ずこの図書館を利用しており、自分の趣味に合った本を借りていく。
この学園の図書館はかなりの数の本が貯蔵されていて、本好きのレイオスが見たことのない本も多数あった。
「はい、返却完了です」
「ああ。」
ロゼから本を受け取り、元あった場所へと戻すと共に、次に借りる本を探し、レオは図書館を散策する。
「『王女の恋物語』、『エルフ男とドワーフ女』、 『平民だけど国王になりました。(爆)』、『宿屋の息子の俺が、魔王討伐パーティーの一人に選べばれたのは何かの間違いだと信じたいけども、これは真実だと幼女神様が訴えてくる件について』…。くだらんな。」
左端から、順番に題名を読み上げていくも、四冊目で断念したレイオス。
題名が気に入らなかったのではなく、作者の名前が【ヒカル☆学園長】になっていたからだ。
「む?」
レイオスの目にふと、気になる題名の本が目に止まる。
「『ハイエルフの迫害と現在』か…。」
レオは本を手に取り、開いてパラパラとページを飛ばし飛ばしに流し見する。
「最後にハイエルフが確認されたのは三十年前、王国内のとある奴隷商の店か…。買い取ったのは…虫食いか?」
ちょうど、買い取った所有者の名前の部分が虫食いになっており、読めなくなってしまっていた。
名前の長さ的に貴族なのだろうと予想は付くが、これ以上は分からなかった。
「何読んでるんですか?」
「なんでもない。」
レイオスは不意に話しかけてきたロゼに内心、少し戸惑いながらも平然を装い、本を元の場所へと戻す。
「委員会の方はいいのか。」
「いつも通り、ガラガラなので」
図書館に入ってきた時、レイオスが言った皮肉を返すロゼ。少し、やってやった感で得意気だ。
レイオスもそれに気づいて、頬が少し緩む。
「そうだ、貴様に前から聞こうと思っていたことがあった。」
「なんですか?」
「貴様は、両親にあったことがあるか?」
「えっと…父親は無いですけど、母なら。記憶にあるのは小さい頃の少しだけ…私のために料理を作ってくれたことと、亡くなる時の記憶だけ…」
「そうか。」
この王国民全員がいつも魔獣という危険に晒されていて、戦争も絶えないため、両親がいないなんて話はどこでも聞けるような、至って普通のことだ。
だが、問題はハイエルフの両親が死亡しているということ。父親はまだわからないが、おそらくロゼの記憶が定着するよりも前に亡くなっているのだろう。
つまり今現在、王国で確認されているハイエルフはおらず、生き残りはもしかしたらロゼだけかもしれない。これは、本気でロゼの存在を隠さなければまずいと感じたレイオスだった。
「先日の文体祭でフードが取れたと聞いたが?」
「あ、えっと…レイオス様に言われた通り髪を染めていたので多分大丈夫です…」
「…念のために普段から染めておくんだな。その方がやらかした時も安心できる。」
「あ、はい…わかりました」
レイオスの責めるような言い方に顔を伏せるロゼ。
レイオスなりの心配だと分かっていても、ロゼはいつも守ってもらってばかりで、何も出来ていない自分が申し訳なくて仕方ないのだ。
空気を察したのか、レイオスは話題を変える。
「それで…貴様はあのド平民とどういう関係なんだ。」
「カーリですか?うーんと…幼馴染みって奴ですかね?」
「そうか…。」
ふと思いついた話題がカーリについて。前々からレイオス自身も気にしたことだ。
だが、この質問の答えを聴いたレイオスはどこか落ち着きがなく、そわそわとしている。
「その…恋仲とか、伴侶とか、許嫁とかそういう類のモノではないんだな?」
「んー…そうですね」
あくまでロゼには気づかれない範囲だが、ほっと胸を撫で下ろすレイオス。
最近、胸のところによくムカムカや、つっかえがあったと思えば、心地よい安らぎや、ポカポカとしか温かみをよく感じるようになったレイオス。
目まぐるしく変わる自分の精神面に何か異常があるのかもしれないと心配して一度、医者に行ったレイオスだったが、優しい目をされて「異常なし」と言われる始末。
若さ故か、なかなか自分の感情の名前を見つけることができないレイオスだった。
「どうされたんですか?」
「気にするな。」
しばらく黙り込むレイオスを不思議に思ったロゼが、レイオスの顔を覗き込むようにして声をかける。
「ふふっ…」
「なんだ急に。」
「いえ、初めて会った頃に比べて、レイオス様のことがよく分かるようになったと思いまして」
「俺のことだと?」
「えぇ、レイオス様は何か誤魔化そうとかする時、無意識に前髪をすくんです」
「なっ…!」
指摘されたことで、右手で前髪を触っていた事に気付き、慌ててと手を降ろすレイオス。
「ふふっ」
「何がおかしい。」
「レイオス様は拗ねると、人差し指を親指の腹でこするんですよ」
「くっ…」
レイオスはまたもや自分がロゼに指摘された行動を取っていたので、悔しそうな声をあげる。
ロゼの方は普段見れないレイオスの表情を見て、満足そうだ
「短い間ですが、私はレイオス様の色々な表情が見れてとても嬉しく思います」
「チッ…。」
「レイオス様は誤解されがちですが、本当は喋るのが大好きです」
「ハッ、貴様の気のせいだな。」
これ以上、ロゼの思い通りにはならないとばかりにレイオスは否定してみせる。
「それに、常に色々な人を考えて動いています」
「それも気のせいだな。」
「レイオス様は本当に他人想いの優しい人です」
「そんなことは無い。俺は他人に興味なんて…。」
ロゼの指摘に徐々に否定する声が小さくなるレイオス。思い当たる節があるわけではない。ロゼの言葉一つ一つに力強さが篭ってきているのを感じて、今は否定するのではなく、ロゼの話の続きをを聞くべきだと感じたからだ。
「一人一人には興味はないんでしょうね。でも、この国の国民を誰よりも愛しているのがよく分かります。」
ロゼはトロールの亜種に殺された生徒達の遺品を拾っていたレイオスの姿を思い浮かべる。
ヒカルから聞いた話では、普段から戦場でも死んだ兵士達の遺品をできるだけ拾っているそうだ。
「それは貴族として当然の…。」
「当然なんかじゃありませんよ。私はその当然じやないことを当然だと言えるレイオス様を心から尊敬していますよ」
胸の前で手を力強く握るロゼ。その手は微かに震えている。
これはロゼの嘘偽りのない本心。
だからこそレイオスには、きちんと伝わっている。
だからこそレイオスは、反応に困っていた。
「私は、レイオス様のように強くもなければ、カーリのように真っ直ぐ全部を信じて行動できません。中途半端な努力だから強くなれません。中途半端にこの世界を知っていているから全部を信じて動くことができません。中途半端な考えで、中途半端にこの世界を生きている。それが私です。」
「……それを自覚している貴様は、俺よりも強い。」
喚き散らすわけでもなく、泣きじゃくるわけでもない。ただひたらすに、自分という存在を責めるロゼにレイオスは表情を曇らせる。
「俺は確かに強い。それは腕っ節の話だ。他はまだ子供で、幼くて、弱い。俺は戦場で、この王国の六百万の命を背負い、敵国の三万の命を奪い、五千の兵を失った。」
レイオスはどこか遠くに語りかけるように、だが、自分に言い聞かせるようにポツリポツリと言葉をこぼし始める。
ロゼは、レイオスの目を真摯に見つめ、レイオスが次の言葉を発するの待った。
「俺はまだ十二。普通ならば子供と呼ばれる年頃だ。だが俺は、フィエルダー家という大きなものを背負っている。」
本来なら色んな生徒達と交流を育み、共に成長していくのだろう。
だが、貴族の当主を継いだレイオスには必要の無かったことだった。
カーリやロゼ、ヒカルと接することで芽生えた損得無しで人と関わるということ。
それはいつしかレイオスの閉ざされた心を少しずつ開いていたのかもしれない。
「十歳の時にフィエルダー家を継いだ。当主になって二年。戦場の最前線に立ったのは僅か一年と少し…十回にも満たないの戦争。だが、俺はどこかで自分の守ろうとしている命、奪った命、消えていった命に割り切りを付けれていない。」
本来ならば、十二歳の少年が考えることではないのだろう。
実際にその状況に置かれ、自らが体験し、経験する。
人の命を守る事。奪うこと。失うこと。
命の価値に正しい秤をかけられないのは、誰でも同じことだ。
「俺が守るべき命は本当に守るべき価値のある命なのだろうか。俺の奪った命は本当に奪ってもいい命だったのだろうか。失った仲間の命はこれから失ってもよかったのか……。」
レイオスは初めて命を奪った時からずっと考えていた。
「戦争だ。互いの正義のために戦う。そのために俺も命を奪うし、相手も奪う。頭ではわかってる。だが、心では割り切れていない。本当はもっと上手くやれたはずだったんだがな。」
悔しそうにそう奥歯を噛み締めるレイオスの左手に、ロゼは自分の両手を重ねて、レイオスの瑠璃色の瞳を静かに見つめる。
「ハッ…こんな話を貴様にしても無駄か」
自分を自虐するように笑うレイオス。
その右手は前髪に触れていた。
「私は人の命を奪ったことがありません。人の命を奪うということが、どれだけの重みで、どれだけの辛さなのかもわかりません」
「…だろうな。」
「けど、それを知っているレイオス様の話を聞くことができます。話を聞いて、想像することができます。想像をして、レイオス様の痛みを少しだけ背負うことができます。」
「……」
「私は、レイオス様の力になれます」
ロゼの力強く言葉。真っ直ぐとレイオスを見つめ、レイオスの手を握っている両手に力が入る。
レイオスはギュッと握られた自分の左手に伝わるロゼの体温を感じ、少し心が軽くなる感覚を受けた。
だが、レイオスはローブの端から覗く曇りなく自分を見つめるロゼの綺麗な瞳から視線を逸らす。
「さっきまでのは全部俺の戯言だ。貴様は気にするな。」
「…でも、」
「気にするな。これが今の俺の弱さだ。」
ロゼの手を払い除け、そう言い残して図書館を去っていくレイオス。
「レイオス様…」
文体祭と同じ、レイオスの背中を見つめる事しかできない自分に嫌気がさすロゼ。
「もっと強くならなきゃ…支えられるよに」
ロゼはレイオスを凛としていて、常に誰かの先を行き、自分達とは違うと思っていた。
レイオスと触れ、多くのことを知り、レイオスに近づいたと思っていた。
ロゼは今日、レイオスの本音を聞いて初めてレイオスを身近に感じた。
自分達とは違うと思っていた人が、自分達よりも脆く、儚げで、危ないとロゼは感じたからだ。
ロゼは今、レイオスの支えになりたいと感じた。
力の差も、経験の差もある。
だが、自分にもやれることはある。そう確信したロゼだった。
☆
「他人からの温情を受けるなど、間違いばかりの俺に、そんな権利は俺には無い…。」
そう自分に言い聞かせるように呟くレイオス。瞳から零れる雫を、崩れていく自分の顔を隠すように、左の手で顔を覆う。
ほのかに手に残ったロゼの温もりが、覆った顔へと伝わると、更に表情を崩すレイオス。
「俺らしくも無い……。」
自分に言い聞かせるように喉から振り絞ったレイオスの声は確かに震えていた。
貴族としての役目。
一人の少年としての想い。
その狭間に揺らぐ心。
初めて人を殺めた時から積み上げられた二年間の重圧。
奴隷を始め、様々な王国の闇を知ってしまった自分。
力があるのに動かない自分。
何もしない怠惰な自分。
「一番中途半端なのは俺じゃないか……」
レイオスは……。
昨日は旅行でフェリーに乗っていたため、電波の調子が悪く更新できませんでした。すみません。
初めてシリアスシーンを書いたのですが、難しいですね。自分はやっぱり戦闘シーンを書く時が一番生き生き書けると実感しました。