episode11 文体祭【後編】
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レイオスの思考が光の如く加速する。
魔術という概念の奥底へ。
暗闇の中、手探りで一本の糸を探り当てるように。
完成形のわからない真っ白なパズルを作り上げるように。
誰も正解の知らないクイズを解くように。
何億、何兆では足りないような様々なパターンを頭の中で繰り返す。
イメージを膨らませ、感覚を研ぎ澄ませる。
ただひたすらに、完成へと。
『助けはいるか?』
唐突に体の奥底から響く声。
威厳がある重く、静かな声。
だが、どこか孫を相手する祖父のような温かな声。
「いらん。貴様は黙っていろ。」
『素直になれば良いものを。儂ほど雷に熟知した者は他にいないというのに』
「くどいぞ。」
レイオスが一蹴すると、その声は息を潜める。
「もっとだ。もっと奥深く。」
強く唇を噛み締めていたせいで、レイオスの口の端から血がこぼれる。どんどん呼吸が荒くなり、全身が酸素を欲してる。
「追いつかれるわけには行かないんだよ。」
レイオスの瞼の裏に、稚拙ながらも確実に強くなり、レイオスの背中を追いかけるカーリの姿が浮かぶ。
「俺は天才だ。誰にも負けない。誰よりも強くなる。」
かつて世界を救い、最強の名をその手にしているヒカルの姿が浮かぶ。
「こんなことで足踏みしてるわけにはいかない。俺はもっと先に行く。誰よりも速く、その先へ。」
自分の中の本能の声が聴こえる。
『俺はもっと先に行ける』と。
自分の中の理性の声が聴こえる。
『もう知っている』と。
加速し続ける思考の中、レイオスは…
「───出来た。」
一本の糸を手繰り寄せた。
全てのピースを繋げた。
正解を見つけた。
「『昇れ』」
静かに目を開き、作り上げた対軍級魔術の詠唱に入る。
「『天高く』」
レイオスの頭上とアーステリオースの足元に巨大な魔術陣が出現する。
それは一つの大きな魔術陣ではなく、大小様々な魔術陣が繋がったもので、眩く光を放っている。
「『貫け』」
レイオスの頭上に出現した魔術陣からバチバチと音を立て、幾千の細く小さな雷が既に溢れている。
「『地深く』」
魔術陣から先ほどまでの雷とは比較にならないほどの、太く、力強い雷柱が天高く昇る。
「【螺旋・雷陽】」
雲よりも遥か上にゆったりと昇った雷が、刹那のうちに、螺旋を描きながらアーステリオースに直撃する。
それはまるで、太陽から降り注いだ一本の光。
「完成させましたか。確かに、これはあの時の雷神が放った一撃を越えていますね」
「チッ、貴様事消滅させるつもりだったんだがな。」
「分身体だからって殺していいわけじゃないですからね!?」
いつの間にかレイオスの隣にいたヒカルの分身体。乾いた唇を舐め、徐々に細くなり、静かに消えようとする螺旋の雷を見つめていた。
「忠告はした。耳を塞いだ方がいいぞ。」
「え?」
一拍置いて、その場に響いたのは鼓膜を劈くような雷鳴。
「ぐぅ…!?」
「だから言っただろう。耳を塞いだ方がいいと。」
「何言ってるかわかりませんよ!」
「雷は音よりも速いんだから、後から音が来るのは当然だろ。」
レイオスはヒカルを小馬鹿にするように嘲笑するとその場を離れていく。
「他の上級魔獣の処理に向かう。後処理は任せた。」
「え?なん………あー…」
鼓膜が破れ、レイオスの残した言葉が聞き取れないヒカルだが、レイオスの対軍級魔術陣である螺旋の雷の爪痕を見て何かを察したようだ。
「これはお金がかかりそうだ」
☆
「はぁ…はぁ…」
息を切らし、肩で息をするカーリ。
左腕に傷を負ったことで、腕は力無く下がり、指先から血が垂れたことで、足元には小さな血溜まりができている。
「くッ!」
剣を握る右手を再度強く握りしめ、気合を入れる。
第七訓練場。
この学園の中で一番端にある訓練場で、今は避難場所として使われている。
訓練場の中には今日、この日を楽しみにして来た王国や、隣国の人達が肩を寄せ合い、事の収集を今か今かと待ち望んでいる。
カーリやロゼ、アイリス、フドの四人は避難誘導の担当をしており、先ほど教師の一人が最後の親子を連れ込んだことで避難が完了したのを確認すると、腰を下ろし、暫しの休憩を取っていた。
だが、爆音と共に一匹の上級魔獣と、五匹の中級魔獣が第七訓練場の近くまでやって来たのだ。
その場にいた複数人の教師達が事にあたったが、中級魔獣を三匹倒したところで上級魔獣に不意をつかれて瀕死に追い込まれる。
カーリは、自分がこの場を守らなければと思い、訓練場裏手の武器庫から木剣を取り出し、上級魔獣の前へと立ちふさがるも、苦戦を強いられていた。
「これも何かの縁ってやつなのかな」
カーリの前に並ぶのは中級魔獣のストーンゴーレム二匹と、その上位互換である、上級魔獣のアイアンゴーレム。
アイアンゴーレムは、ストーンゴーレムよりも硬く、機動力もあり、上級の中でもかなり上の方に部類される。
カーリは初めてのテストで起きた事件を思い出しながら、口の中に溜まった血を吐き出す。
「使うしかないよな」
カーリは口元を拭うと、覚悟を決めた様子で目を閉じると、カーリの体から金色のオーラが溢れ出し、輝き出す。
「ふっ!」
カーリは、目を見開くと、短く呼吸を吐く。残像を残すような素早い動きで、中級魔獣であるストーンゴーレムとの間合いを詰める。
「ここから先は死んでも行かせいない!」
ストーンゴーレムの目の前で飛び上がり、肩の関節である石と石の隙間に木剣をねじ込む。
「【流れろ】」
カーリの呟いた言葉をトリガーに金色のオーラがカーリの持っている剣を伝って、ストーンゴーレムの中へ流れ込む。
『G……Gg…ggg…』
これまで一言も発しなかったストーンゴーレムが無機質な声をあげ、崩れ落ちていく。
「う、う、上手くいったー!!」
意外にも驚きの声をあげたのはカーリ自身だった。
カーリは以前からレイオスとの模擬戦後、ヒカルと秘密特訓をしている。
ヒカルは、カーリの基礎能力を上げると共に、カーリの金色のオーラの詳細について調べていた。その中で分かった事が二つある。
一つは金色のオーラにはその日、使う時によって使用できる時間が決まっていること。長くても小鐘一つ(三十分)。極わずかな短時間しか使用することが出来ない。
そして二つ目、それは魔獣相手に大きなダメージを与えられることだ。
ヒカルから「その金色のオーラ、魔獣にとって猛毒みたいだから、使ってみるといいかもよー!アハハハハ!!」と、口頭で伝えられた事なので確実性は無く、ぶっつけ本番だったのだが、確かだったようだ。
その他にも、既に金色のオーラの様々な応用を行える魔術をヒカルからカーリに伝授してあり、フルーメンもその一つだ。
魔獣の体内に毒である金色のオーラを流し込み、中から破壊する。
えげつない技だが、確実性のある技だ。
「ついでにあと二体のストーンゴーレムも!」
以前苦戦したストーンゴーレム相手に、優位を取れると分かったカーリは勢いつき、残り二体のストーンゴーレムもフルーメンを使うことで軽快に倒していく。
「あといっっっぴーき!!!!」
仲間を討たれた事への復讐か、これまで後ろでほとんど見守るだけだったアイアンゴーレムが静かに動き出す。
「なっ!?」
ゆったりとした初動からは感じれない素早い動き。
虚を突かれ、カーリもアイアンゴーレムの振るう腕に吹き飛ばされ、第四訓練場のドアを突き破る。
「がはっ…!げほっ…げほっ…」
肺の中の酸素が吐き出され、呼吸が乱れ噦くカーリ。
カーリが突如、訓練場の入口のドアと共に中に吹き飛ばされた事で訓練場の中はパニック状態になる。
「大丈夫か君!」
一人の男性が、カーリを心配して駆け寄り、体を支える。
「に、逃げて…ください…」
「喋らないで、血が…!」
「いいから…逃げ…」
『G…GG…GOOOO』
アイアンゴーレムが、訓練場へ向けてゆっくりと近づく。アイアンゴーレムは、ストーンゴーレムよりも一回り小さいが、それでも訓練場の入口よりも大きい。
大樹のような太い腕で入口を無理矢理広げる。ギシギシという音を立てて、ついには入口が破壊される。
「逃げて!逃げてください…!」
必死に痛みに耐えながら、カーリは叫ぶ。
男性にだけ向けたものではない。訓練場にいる避難者全員に向けたものだ。
「カーリ!」
「カーリくん!」
ロゼや、フド、アイリスもカーリの元へと駆け寄る。
「来るな!いいから、逃げ…がはっ」
カーリは四つん這いの状態から無理矢理叫んだ事で口から大量の血が吐き出される。
避難を誘導する途中から戦闘を続け、先ほどのストーンゴーレムとの戦いでカーリの体にはいくつもの傷があり、先ほどのアイアンゴーレム一撃でカーリの体はかなり限界に近づいていた。
「カーリ!」
カーリの背中をさすり、落ち着かせるロゼ。
その顔には焦りが見え、血の気が引いている。
「ロゼ…俺はいいから、逃げろ」
「だめだよ!」
「僕が彼をおぶる。君達も避難を!」
カーリの傍に逸早く駆けつけてくれた男性が、カーリを抱え、立ち上がる。
だが、アイアンゴーレムは既に壊れた入口から侵入している。
裏口も避難する人が蜘蛛の子を散らすように好き勝手に逃げた事で、ごった返し、とて全員が安全に避難できる状態ではない。
『GGGGGG』
アイアンゴーレムの腕が訓練場の地面へと振るわれる。
衝撃で地面は割れ、衝撃波が訓練場全体に行き渡る。
「あっ…!」
その拍子にロゼのローブが取れ、素顔が露になる。
人が多いからとレイオスがロゼに髪を染めるよう指示してい事が功を奏し、バレてはいないと思われるが、素早くローブをかぶり直す。
幸いにも、周りの人は衝撃波から身を守るために腕で顔を隠していたので見られていないようだ。
「俺がやる…」
男性の背中から転げ落ちるようにカーリがアイアンゴーレムの前に飛び出し、這いずりながら、殴られた時に落とした剣の方へと向かう。
「カーリくん!」
「大丈夫、まだやれる…から…」
カーリの金色のオーラはまだ消えてはいない。
力強い瞳。ヤセ我慢ではなく、本気で自分はまだやれると諦めていない証拠だ。
「俺がみんなを守るんだ!」
カーリは全身に力を入れ、咆哮しながら立ち上がると、それに合わせて金色のオーラもその光を強める。
「ハァァァァァァ!!!!」
カーリの渾身の一撃がアイアンゴーレムの懐へと突き刺さる。
「はぁ…はぁ…【流れろ】」
輝きを増した金色のオーラがアイアンゴーレムの中へと注ぎ込まれていく。
『GIGIGIGOOOOO!!!』
カーリの攻撃に、アイアンゴーレムが断末魔をあげて、倒れ込む。
「危ない!」
「逃げて!カーリ!」
「やば…動けねぇや…」
カーリは力を使い果たし、その場に膝から崩れ、動けないでいた。
カーリに覆いかぶさるように倒れるアイアンゴーレム。
今、カーリがアイアンゴーレムが倒れればカーリの体は確実に潰れるだろう。
「ぐっ…」
カーリは衝撃に備え、覚悟を決めたように目をギュッと瞑る。
「貴様は最後まで爪が甘いな。だが、よくやった。」
自分の上からかけられる声を聞き、目を開けるカーリ。
そこには、カーリとアイアンゴーレムの間に入り、アイアンゴーレムの巨体を左腕で受け止め、カーリを見下ろすレイオスの姿があった。
レイオスは残った中級魔獣を倒していた時に、第七訓練場の方から逃げてくる人達を見つたレイオス。
何かあったのだと察して第七訓練場にやってくると、案の定、上級のアイアンゴーレムが中に侵入し、カーリに倒れ込む瞬間だった。
まさに間一髪と言える。
「【雷同】」
レイオスは、あいている右手でアイアンゴーレムの体に雷同を撃ち込み、アイアンゴーレムの体をバラバラに砕く。
「へへっ、レイオスに褒められた…」
「今回だけだ…後は任せろ。」
「じゃあ…おねが…い……」
今度はゆっくりと瞼が下がり、そのまま体を倒すカーリ。
「気を失ったか。」
「レイオス様!」
「第九訓練場付近に仮設の医療テントがある。そこに連れていけ。」
「あ、ありがとうごさいました!」
「…貴様達もこの学園の生徒なら、次は戦うんだな。守られてばかりじゃ次は無いかも知れないぞ。」
ロゼ達にそう言い残して訓練場を後にするレイオス。
「……」
ロゼは達何も言えぬまま、レイオスの背中を見つめていた。
☆
程なくて事態は収束を迎えた。
死者四十二名。負傷者は千人を越え、行方不明者が七十人。
多くの建物が壊れ、被害は莫大なものと言える。
最上級が三体と多くの上級中級の魔獣が現れた事を考えると被害は少ないと言える。
だが、死者や負傷者を出した以上、勇者記念魔術学園の責任は重く、ヒカルには様々な処罰が下るだらう。
今回の件でヒカルを含め、貴族や王族のブランドが落ちたのは確かだろう。
ヒカル自身は「魔術回路ぐちゃぐちゃで、魔術の察知も出来ない私にどうしろと言うんですかねー、アハハハハ…はぁ、これは三徹かなぁ…」とボヤいてたそうだ。
文体祭完結です。このまま一部ラストへと駆け足でいくのでお付き合い下さい。