episode10 文体祭【中編】
誤字脱字、ブックマーク、レビュー、感想等いただけると幸いです。
レイオスの【雷同】が直撃したアーステリオースは、空中に魔術陣を足場に仁王立ちするレイオスを目で捉える。
レイオスを最優先に倒すべきだと判断したアーステリオースは、素早くその身を起こすと、レイオス目掛けて大きな頭を振って鋭く尖った角で攻撃する。
「ほう?【ギアス】を三つ解放した俺の威圧に臆せもしないか。流石は超級と言うべきか…面白い。」
アーステリオースを見下ろしていたレイオスへと振るわれた角をレイオスはバク宙をして余裕有り気にかわす。
そのまま地面へと着地したレイオスにアーステリオースは持っていた戦斧を振り下ろす。
「力任せの攻撃が俺に通じると思ったか?」
レイオスは帯刀していた剣を素早く抜くと、正面から戦斧を受け止める。
剣同士がぶつかった特有の甲高い音とは違い、ズドンという鈍い音と、受け止めた衝撃で周りに風が吹く。
グラァァ!!!
アーステリオースは怯むことなく、幾度となく戦斧を振り下ろすが、全てレイオスの剣で受け止められる。
レイオスはあえて躱したり、いなしたりせず、正面から受け止めることで周りへの被害を最小へとしていた。
アーステリオースを倒すために使う大魔術は、まだ避難がすんでいないここで使うわけにはいかないため、アーステリオースを挑発して敵意を自分に向けることで時間を稼いでいるのだ。
「隙だらけだ。」
レイオスは無詠唱でアーステリオースを囲むように魔術陣を展開させる。
「『雷槍』」
魔術陣から光り輝く雷の槍がアーステリオース目掛けて発射される。
勢いよく発射された多くの雷槍はアーステリオースの体を貫くように見えたが、全ての槍が一瞬にして消滅する。
「今日は魔術の調子もかなりいいらしい…なっ…!」
得意気にアーステリオースの死に様を見るために、目を向けたレイオスの両目が大きく見開かれる。
アーステリオースの周りを浮遊していた雷の玉が高速にアーステリオースの周りを回転し、全ての雷槍を吸収したのだ。
雷槍を吸収した雷の玉はその大きさを倍の大きさまで肥大化させた。
「雷を吸収するのか!なら!」
レイオスは火、水、風、土の雷槍とは属性が違う四本の槍をこれでもかと発射させる。
グルァ!!
だが、アーステリオースの一声で、全ての槍は雷の玉に吸収される。
「何が相性がいいだ。最悪の相性だ…!」
レイオスが動揺した一瞬の隙を見逃さず、素早い動いで戦斧で攻撃するアーステリオース。
レイオスは横薙ぎされた戦斧をギリギリでかわす。
「反魔術とは違う、吸収か。雷の玉が肥大化してるとこを見ると貯蓄して打ち返す…いや、自分の魔力に変換してパワーアップするのか?」
追撃するように振るわれる戦斧を避けながら、レイオスは次の一手を考える。
「どちらにせよ、魔術による攻撃は無理か。剣で斬り裂くとしても、あの分厚い皮膚をこの剣で斬れるかどうか…下手に魔術を付与しても吸収されるだけだしな。流石は特殊系と言うべきか。」
「伯爵様!避難が完了しました!」
「…分かった。
避難の合図を聞くと、レイオスは再びアーステリオースの周りに、先ほどよりも大きく空間を取って魔術陣を配置する。
「一撃で殺せないなら、死ぬまでまで斬ればいいだけの話だな。迷っていたのが馬鹿馬鹿しい。」
レイオスは戦闘中、いつでも冷静に、その場の状況と経験を使って正確な判断をくだす。
だが、その作戦自体は割と脳筋な事が多い。
「────疾ッ!」
短く吐き出された息をその場に残し、レイオスの姿が掻き消える。
レイオスに避難の完了を告げた生徒は、その場で起きたことがわからないと言った風に自分の目を擦っている。
レイオスの姿が消えた後、アーステリオースの体には多くの浅い切り傷が浮かんでいた。
「思ったよりも硬いな。」
再び先程の位置に現れるレイオス。
消えたり現れたりと、摩訶不思議な事が目の前で繰り広げられている事をまだ脳で処理できていない生徒は、自分の頬をつねつったりと、忙しく動いていた。
「だが、体は温まった。次は骨を断つ。」
瞬間、その姿を消すレイオス。
グルァァァァァ!!!!!
アーステリオースが苦痛の声を上げる。
レイオスを見ていた生徒は、アーステリオースの方を見ると、僅かだがアーステリオースの体に傷が次々と浮かび上がっているのを目にした。
その傷はレイオスが自身の剣でつけたものだ。
レイオスは、展開した魔術陣を踏み台にしてアーステリオースに一太刀浴びせる事に次の魔術陣へと移り、それを蹴ることで方向展開して再び攻撃を与えるというヒット&アウェイの戦略を取っていた。
レイオスの攻撃は魔術陣を踏み台に蹴れば蹴るほど加速していく。
既にその姿は音速をも遥かに越えている。
「やはり、首筋は他よりも柔らかいな。」
弱点を見つけたレイオスは集中的にアーステリオースの首を狙う。
その姿はアーステリオースでも目で追うことはできず、手当り次第に戦斧を振り回すが、レイオスには掠りもしない。
徐々に深く刻まれる首筋の傷に焦りを感じたアーステリオースは周りに浮遊している雷の玉を首の周りで高速に回転させ、防御する。
「斬撃までは吸収できないだろ?」
レイオスは雷の玉を真っ二つに斬りつける。
「っ……!!」
その瞬間、アーステリオースを中心に大きな爆発が起こる。
「無事か?」
「あ、あれ!?」
レイオスは二つに割れた雷の玉の魔力が膨れ上がるのを逸早く感知し、近くにいた例の生徒を抱き上げ、安全な位置まで瞬時に移動していた。
「貴様も早くどこかへ行け。邪魔だ。」
「は、はい!」
その場から走り去る生徒を一瞥すると、レイオスは眉を顰める。
「反射でも、自強化でもなく、自爆か。」
爆発による煙がゆっくりと晴れる。
「チッ…。」
晴れた煙から覗くのは、雄々しいアーステリオースの顔。
もう一つの雷の玉が、爆発のダメージを吸収していたのだ。
アーステリオースの周りを浮遊している二つの雷の玉は、魔力の吸収及び、蓄積。そして、破壊された時に内包した魔力を数倍に膨れ上げさせ、爆発。
純粋な魔力の爆発なので、アーステリオースへのダメージはもう一つの雷の玉が吸収。
そして、雷の玉は分裂し、また二つに戻り、浮遊する。
「超級と呼ばれるだけはあるな。」
魔術を全て無効化し、吸収する雷の玉。
アーステリオース自身の優れた筋力による戦斧の攻撃。
打撃、斬撃を通さない強靭な肌。
魔術を封じられ、他の攻撃が通じないと分かり、元を壊したら周囲を巻き込んでの爆発。
単純だが、国一つを相手にしても勝つだけのスペックを持っている。
「だが、こいつは個体系じゃなく特殊系。まだ何かあるな。」
レイオスの知識の中にはアーステリオースの知識は皆無と言っていい。
ヒカルから少しでも聞き出せば良かったと、ここで初めて後悔したレイオス。
「首を固執して狙わなければどうということは無いが、この剣で他の部分を致命傷まで削れるかだな。いや、ここは上級魔術で広範囲に攻撃するか?だが、あの雷の玉の吸収範囲がわからない…面倒だ。」
グルゥァァァァアアア!!!!
「まずい!」
レイオスはアーステリオースの周りで大きな魔力の変化を感知し、かなり離れているのにも関わらず、さらに距離をあける。
「まさか…。」
アーステリオースの周りを浮遊している雷の玉が一つ。また一つと増えていく。
最終的に増え続けた雷の玉は百近くまでその数を増やし、アーステリオースの周りをクルクルと浮遊する。
アーステリオースは、浮遊している雷の玉を戦斧を振り回し、次々と破壊していく。
「連鎖爆発…!ここ一体が更地になるぞ!」
爆発した雷の玉の魔力を他の玉が吸収し、倍増させてまた爆発し、それを他の玉が吸収する。
レイオスの目の前で起きたのは地獄という言葉が生ぬるく感じるほどの爆炎。
レイオスはマントで顔を隠し、襲いかかる熱風と、爆発によって飛来する石片から身を守る。
「レイオスくん!」
「何しに来た。」
「こんな爆音を聞いて駆けつけない方がおかしいですよ。まぁ、これも偽物で、本体はまだ戦っていますがね」
空高く登る黒い爆煙。
煙の隙間からは、あの爆発の中心であるはずの何食わなく顔で立っているアーステリオースの姿が見える。
「…あいつの倒し方を教えろ。」
唇を噛み締め、絞り出したその言葉。
プライドの高いレイオスが発したその言葉に、ヒカルは満足そうに頷く。
「こちらも総動員で当たっていますが、倒すまであと小鐘二つ。おそらく、エンペラーゴブリンを倒した後、他の貴族や王族が駆けつけたところでアーステリオースを倒すことは難しいです。」
ヒカルは悔しそうに顔を顰める。
「過去にアーステリオースが現れたのは、私が魔王を倒してから二十年後の事です。その時は小国が二つ滅びました。」
「だが、倒したんだろ?」
「ええ、でも倒したのは私ではありません。私はその時色々と事情があり、動くことはできませんでした。」
「じゃあ誰が?」
「雷神。当時、アーステリオースが滅ぼした国のうち、一つが雷神を深く信仰していたため、雷神の怒りに触れ、アーステリオースを討伐しました。」
「前置きはいい。あいつを倒すためにはどうすればいい」
「雷属性の対軍級魔術を使用してください」
「貴様ッ!」
ヒカルの言葉にレイオスが珍しく声を荒らげる。
「わかっています。」
レイオスの言葉を遮るようにヒカルが口を挟む。
「できれば私がやりたいですが、私の壊れた魔術回路では対軍級魔術は使えません。それも、雷属性の上級魔術を使えるのはこの王国ではレイオスくんしかいません。」
魔術はイメージと魔力、そして魔術陣があれば誰でも発動することができる。
雷属性の使い手が極わずかなのは、魔術陣があまり知れ渡っていないのもあるが、イメージを持ちにくいのが一番の理由だ。
初級の雷を落としたり、飛ばしたりすることはできるが、その応用となると他の火や水属性といった基本属性とは違い、目にすることが無く、イメージ出来ずに発動できない。
レイオスのように上級魔術まで扱う事ができるのは、この世界には五本の指で足りるだろう。
そして…
「わかっていて今、君に言っています。私も理解してますよ、雷属性の対軍級魔術が存在しないことくらいはね…」
そう、雷属性の対軍級魔術は存在しないのだ。
雷属性の使い手はただでさえ数が少なく、その中でも自分で一から魔術を作れる者となるともっと少なくなる。
レイオスが使っている『雷同』などは、レイオスの自作の魔術だ。
「今、作るのです。雷属性の対軍級魔術を。幸いにも、アーステリオースは君を探すために暫くこの辺りにいるでしょう。ですが、時間は限られています。」
対軍級魔術は、上級魔術の二つランクが上の魔術。その名の通り、軍隊相手に使われるのうな大魔術だ。
基本属性の火や水でさえ、その数は属性につき多くても二つ。
消費魔力が多く、扱えるものは魔術大国と呼ばれる王国ですら十人もいない。
「イメージの持ちずらい雷属性の対軍級魔術を即興作るか…。」
初級の魔術でさえ、その筋のプロが作ろうと思っても三日とかかる。
対軍級魔術となれば、何十年かかるかもわからない。むしろ、人一人の人生を全て捧げて完成するような代物だ。
「戦闘中の私では並行思考でも、魔術を作るほどのキャパシティは残っていません。君しか可能性は無いのです」
「ハッ!それで俺と相性がいいか。生徒一人に任せる仕事じゃないな。」
アーステリオースを見下ろしながら、自分の思っていたよりも大きな事態に最早笑みがこぼれ出すレイオス。
「そもそも、アーステリオースなんて規格外の魔獣が現れる時点で想定外なんです。勘弁してください」
「貴様、あの牛が現れた時点で俺に丸投げする気だったな…貸し一つだ。」
「さぁ、どうでしょうか。貸しについては致し方ないですが、了解しましたよ」
やれやれといった風に肩を竦めるヒカル。
「本当に雷属性は効くんだろうな。」
先ほど、雷槍が吸収されたのを思い出しながら、ヒカルに尋ねるレイオス。
「それは確かです。見た目だけではわかりませんが、あの玉に蓄えられる魔力のうち、雷属性だけはアーステリオースの体へと送られます。雷光牛と呼ばれるだけあって、雷を自らに取り込むと自強化ができるのです。」
「なるほどな」
先ほど、雷槍をアーステリオースへと発射した後、アーステリオースの動きが良くなった。
レイオスは、ただ単に本気を出したと思っていたが、実はカラクリがあったのだ。
「もし、雷属性以外の魔術を放った場合、あの雷の玉はその全てを吸収し、蓄えます。あの玉には蓄えられる魔力に限界がありますが、限界に達すると分裂して数を増やします。」
「さっき、あの牛が自分でやっていたようにか。」
「ええ、ですが、雷属性の魔術は吸収されたのち、全てがアーステリオースの体へと送られる。アーステリオースにももちろん、限界があります。そして、アーステリオースは雷の玉とは違って分裂できない。」
「力技だな。」
皮肉そうに呟くレイオス。
ヒカルも苦笑いだ。
「雷神がアーステリオース倒した時の一撃は対軍級魔術に匹敵します。」
「その雷神を呼んでくるのが一番早い気がするがな。」
「確かにその通りですね。ですが、この場には君しかいない」
「わかっている。」
「任せましたよ」
「…任せられた。」
ヒカルがレイオスからそっと距離を置き、離れる。
「おい、どこに行く」
「え?いや、消えようかと」
「馬鹿か、貴様は今からあの牛の足止めだ。それくらい、分身体でもできるだろ?」
仕返しとばかりのレイオスのあくどい笑顔に、ヒカルの顔が引き攣る。
「はぁ…分かりました」
「任せたぞ。」
「ほんと、皮肉ですね」
そう言い残し、分身体のヒカルはアーステリオース目掛けて、走り出す。
「ふぅ…」
ゆっくりと深呼吸をするレイオス。
「そう言えばあの牛野郎に手本を見せる約束をしていたな。」
目を閉じ、集中し始めるレイオス。
「───見せてやる。雷神の一撃を越える天才の魔術をな」
なんだかんだで早くも十話。
これからも投稿していくので応援よろしくお願いします