episode103 共存
誤字脱字報告、ブックマーク、感想、レビュー、文章ストーリー評価等いただけると幸いです。
「ハッ、無様だな」
「なんだいきなり。」
「俺ならお前より上手くやっていたな」
「ありえない。貴様に任せられるわけがないだろ。」
気を失った中で、レオはある声を聞いていた。
いや、よく知った声。自分自身の声だ。
レオは、その声を聞いた瞬間、すぐにこの声の正体が分かった。
「野性なんぞにこの体を渡してみろ。一人で突っ込んで一人で死ぬだけだ。」
「それは違うなぁ…俺は、理性よりこの体の動かし方を知っている。なぜだか分かるか?」
「野生の勘とでも言うのか?」
「違うね。あのクソババアとの修行で何を学んだ?お利口さんのお前は、まだ自分を信じきれてねぇんだよ」
「何?」
不思議に思うだろう。
普通ならば、共存しているはずの理性と野性が、別人のようにレオの中で生きているのだから。
レオ自身が、戦闘には不必要だと無理矢理押さえつけられ続けた野性。
純粋に欲を追求する野性は、いつしかレオの思考、性格、行動から切り外され、別人格のようにレオの心の奥底に眠っていた。
だが、それをヴィデレが呼び起こした。
レオがもっと強くなるために必要だったから。
「お前は、端から自分を信じてなんかいないのさ」
十年近く自分から切り離していたのだ。理性にとって、野性というのは、違和感の塊。
受け入れ難いものだった。
最初は多様していたものの、途中から何かと理由をつけて使わなくなった。
だが、一度目覚めた野性は、再び眠ることは無い。意識を持ったまま残っていた。
「俺が自分を信じていない?ありえない。俺は、自分の積み重ねてきた経験を信じ、戦っている。」
「信じているのは自分の経験だけだから、お前は俺よりこの体を使いこなせないんだよなぁ!だから、クソババアは、お前より俺を選んだんだよ、俺にこの体を使わせることをよぉ!!」
「……。」
「認めろよ、野性の方が理性より優れているってことをさ」
レオの野性は、レオの理性よりも自分自身を知っている。
それは、理性も薄々感じていた事だ。
だが、認められなかった。
十年以上、この体を使っていた自分よりも、眠り続けていた理性の方が上だということを。
「お前に今必要な事を教えてやろうか?懇願する事だよ、俺にお願いしますって頼み込むんだよ!誠心誠意真心込めてなぁ!そうしたら教えてやるよ、俺がお前よりも優れている理由も、この状況を打開する方法も!!」
野性の方が、戦闘に優れているのは当たり前の事。
その理由を気づけないレオに成長は無い。
だが、今は時間が無い。傷だらけの『デクストラ』がゾーウモスを足止めできる時間は少ない。
野性だってレオには変わりなく、仲間は死なせたくないと思いは同じだ。
だからこそ、野性は別の手を選んだんだ。
少しでも理性が成長できる手を。積み上げてきた理性の『プライド』を折るために。
認めたくない相手に頭を下げる。
そこには、確かな成長があると野性は考えた。
「教えてください。お願いします。」
「…は?」
「俺が渋るとでも思ったか?」
「いや…お前、プライドってもんが無ねぇのか?」
「ある。屈辱的な体験だ。だが、俺のプライドは、頭一つ下げたところで無くなるものじゃない。仲間のために頭を下げればいいのであれば、いくらでも下げてやる。」
「クハッ…流石は、『俺』だな。それにしても、クハハハハッ!!」
「うるさい。耳障りだ。」
大声で笑う野性に、鬱陶しそうに呟く理性。
「約束は約束だ、教えてやるよ。まず、俺がお前よりも優れている理由…それはお前自身が『貴族』というものから自分を切り離してるからだ」
レオは、レイオス=フィエルダーという名を、伯爵という貴族の地位を捨てた。
だからこそレオは、昔からの高圧的な態度は変わらないものの、貴族としての生活を捨てた。金銭的な面もあるが、それが自分の中での踏ん切りだった。
「貴族…ってのがどんなものか分かるよな?特に、千年近くも残っている旧貴族に生まれたお前なら尚更な」
貴族とは、古来より優れた血筋を残すことを第一に考えていた。
レオを作る遺伝子には、何百では足りないような人数の優秀な遺伝子が受け継がれている。
それは、レオの様々な面での才能として現れているのは確かで、魔術の開発から、剣術、学問においても例外は無い。
「そして、フィエルダー家は?」
「潜在能力を全て引き出すために常に自己を窮地に置き、戦場の中で己を鍛えてきた。」
「自分の経験を信じるのもいいが、もっと信じてみろよ『御先祖様の歴史』ってやつをよぉ、お前は知っているはずだぜ?」
「俺は知っている…。」
「細胞一つ一つに刷り込まれてるんだよ。戦場での膨大なデータが、勝ちに必要なモノがな。耳傾けてみろよ、周りばっかりじゃなくて自分にさ」
レオの体には、大きいものから小さいものまで何万という戦場の経験が、何億という戦闘パターンが、全ての戦いの歴史が詰め込まれている。
頭で考えるなとは、野性は言っていない。
その経験を活かせと野性は言っているのだ。
「そして、過去の膨大な知識に従って動く俺と、自らの知識で従って動くお前」
「どっちが正解なのか…。」
「いんや、『どっち』じゃない。『両方』だ」
「何を言っている?」
「俺とお前、割合で考えるんじゃねぇ、脳はお前、体は俺。他の奴らが普通にやってる野性と理性の共存に、本来の姿に戻るのさ」
「…なるほどな。」
ここに来て、これまで持っていた考えが間違いだらけだったことに気がついたレオ。
そもそも分ける必要なんて無かった。
理性と野性は、一緒にいることが普通なのだから。
「怖いか?」
「ぬかせ。俺が怖いのはただ一つ。また強くなってしまう俺自身だけだ。」
「フッ…そんだけ言えりゃあ充分だな」
スゥと遠ざかっていく野性の声。
「「これからは、二人でレオだ。」」
☆
「レオ様!レオ様!」
「……ロゼか。俺はどれくらい気を失っていた?」
「十五分程です。まだ動けるほど回復していません、無理をしないでください」
「怪我は治せても、疲労や目眩までは治せないとは、吸血鬼も不便なものだな。」
ゆっくりと目を開けて数度瞬きをすると、その場の状況をなんとなく把握したレオ。
ベッルスが、回復系の【自然属性】の魔術を施してくれた事。怪我人の治療を終えたロゼが、自分に付き添ってくれていたこと。
「はぁ…このまま寝ていたいところだが、そうもいかないか。」
腕で目を隠し、ため息を一つこぼすレオ。
「【解放】」
気絶した事で元に戻ってしまった【ギアス】や【魔闘気】を元に戻し、傍らに置いてあったネーザを手に取り、立ち上がるレオ。
「決して目を前から逸らさないでください。レオ様の行く道を阻むものは、私が全部排除します」
「…ふぅ…後ろは任せた。」
そして、ロゼもまた覚悟の決まった様子でレオの後ろに立つ。
レオは、一呼吸置くと、ロゼに言われた通り視界を敢えて狭くし、余計な情報を視界に入れないようにする。
「確かに、チェスでも戦闘でも、『詰み』は存在する。それは事実だ。だが、それを簡単にひっくり返す方法がある。」
「…?」
急に語られるレオの話に、ロゼは訳が分からないと言った風に小首を傾げる。
「盤ごとひっくり返すんだよ。」
「それは反則では?」
「チェスにルールはあるが、戦闘にルールは無い。後ろでしかと見ておけ。これが本当の『盤』狂わせってやつだ。」
くらいまーっくす!!




