神の戦士
アイラは自室で目を覚ました。
「やべ、超ぶっとばされた‼」
脳天までかけめぐったオーバーキルのクリティカルヒット。ワンパンでノックアウトなんて初めてだ。
やっぱりフィオルは普通じゃない。
アイラは走る。広場に設置された、特設リングまで。
紙吹雪の中で微笑むフィオル。
そのリングの下でロープをあげながら、アイラは走ってきて、高揚する頬はバラのように染まっていた。
「フィオルーあんたやるじゃん‼」
そういってニッと笑うアイラの姿を見つけて、フィオルは、
「アイラー」
リングに上がりきったアイラの体を抱き締めた。その体に、傷ひとつもないことがわかって、フィオルは
「あ…アイラ。私…」
グシュっと泣き出した。泣き出した顔はあまりかわいくない。その可愛い顔がここまでなると、アイラは慌ててしまって、
「平気だって。ほら、泣き止め」
頭を撫でたら、まるで、魔法にでもかかったかのように、フィオルは美しく笑ったのだった。
アイラは
「ったく。次の儀式に入ろう」
そう言って、フィオルをリングの中心に立たせた。そして、アイラはキリリとフィオルの方を向き、騎士のようにその膝を着いた。
「神の戦士、アイラ、シャイニング。ここに、フィオル、フレイムフォールの下に付くと誓い、宣言する。命の限り、戦うことを‼」
オオオオオオオーーーーーッ‼
歓声が滝の音のように響く。立派なアイラの姿に。皆がその成長を見守ってきたアイラを誇りに思って。
しかしフィオルは
「んぅ?」
首を三度ほど傾けただけだった。
アイラは、
「あんた、勇者の書とかもらわなかった?」
苦笑いだ。
フィオルは思い出した。神官が前こう言っていた。
「先先代の勇者が転んだ時に泥まみれにしてしまって、神殿の者が誤って廃棄したそうです。なので、勇者の書は割愛させていただきます」
フィオルには、勇者になった動揺で一杯だったから、もう勇者の書とか、その大切さもよくわかっていなかった。
フィオルは
「今はないそうですよ。その辺ざっくりで」
あまり知らない人のドジを悪く言うのも良くないのでフィオルは、ここは伏せておいた。
アイラは
「どこまでもお気楽なんだから。早く私の肩に剣を置いて、言うの。アイラ、シャイニングをここに、正式な神の戦士として迎えるって」
剣を肩に…フィオルは
「お…重いのに…?」
「いいから、ちょっとは我慢する」
アイラはこの恥ずかしい膝をついたポーズを続けているのも恥ずかしいのだ。周りの街人はちっちゃい頃からアイラを見てきて、ヤンキーかスケバンのようにいきがってきたのも見られてる。
フィオルはまた
「ふん…」
苦悶の表情を浮かべ、その剣を持ち上げ、なんとかアイラの肩に食い込まないようにして、また、鈍器のように構えながら
「か…神の戦士に…迎えます。あっ…もうダメ…」
それが限界だった。剣が横にどさりと落ちる。
と、アイラの頭上に、光が放たれ、声がした。
『アイラ、シャイニング…受けとりなさい。あなたの新しい力。これはあなたの意志で形を変え、あなたの力になってくれるでしょう』
「神‼」
フィオルは嬉しそうに両手を合わせた。
光がアイラの所に降りてきて、アイラはその手を掲げた。すると、そこに何事もなかったかのように、その手に収まった。
「メリケンサック…」
神の武器だっていってたのに、こんなスケバンとか、反則の道具みたいなのでいいの?アイラの指に、指輪を連ねたような鉄が無機質に見え、素手で殴るには最適だけど…などと思う。
フィオルはアイラに抱きついて
「見せて見せてー。いいな。軽そう。指輪みたい」
アイラはチラッとフィオルの剣を見て、あれよりましか。と思えた。アイラは照れたような顔をして、
「まぁ、これから末永くよろしく。勇者様」
フィオルの頭をポンと撫でた。
元々のさびしさを抱えたフィオルは、アイラに無邪気に絡みながら、
「これからずっと一緒?ふふ。私さびしくないよ。もっと頑張れる」
そう言って花のように恥じらい、笑う。アイラは恥ずかしくて、そんなフィオルを見ないようにしながら
「ほら、ショーは終わり。お前ら仕事!散れ散れ」
手をブンブンやって観客の街人達を追い払った。リングを降りたアイラは、勇者の書ではないが、武道家の書を見せてやろうと思った。
「来いよ。いい物見せてやる」
アイラは指をくいっとした。
フィオルは
「いい物…?」
フィオルはそう言われて、変質者がコートブワーとして、大変な物を見てしまった事があるのを思い出した。後に、その人がボコボコに村人に懲らしめられるまで、何回か見かけた。すぐに走り去るその人は、害はないのだが、フィオルは、三回目ぐらいからは、こんな風になってる…等と、キャーと言いながらも、そんな余裕の持てるぐらいにはなっていたので、何事も慣れるのが早い少女なのだ。
アイラは
「別に、親切なんかじゃないからね‼」
そんなツンデレみたいな事を言うアイラについて行った。
フィオルは、別にアイラの何を見ても、いいか。アイラ美人だし。等と、思っていたら、アイラの家に着いて、本を差し出された。
フィオルは
「本?」
裏表を確認した。
アイラは
「代々、ここは神に仕える武道家を育てる街。大切に受け継がれてきたんだ。」
フィオルは、きちんと革ばりになった本を見ていると、この本はこうして大切にすべきものなのだとわかった。なのに、うちの村は…
フィオルはそーっとページをめくった。そしたら勇者を出迎える事や、決闘して、勇者を試す儀式の事が書いてあった。神に選ばれる戦士は街で一人。選ばれると、武道家としてのステータスが伸びる事が書いてあった。
フィオルは
「いいなー。私、全然ステータス上がってないよ」
そう言った。
アイラは
「そんな時はステータス確認画面」
ページをペラペラーっとめくった。
どうやら、そんな便利な事ができるらしい。アイラは
「ここにも書いてるけど、ほら、念じるだけで…」
アイラのステータスが、頭上に表示され、アイラは見上げながら、
「レベル10。攻撃23。防御15。体力30。素早さ21。魔力8。運4」
読み上げた。
フィオルは感動して
「すごい。私…私は…?」
ステータス画面が表示された。
アイラは茫然と、
「レベル5。攻撃2。防御1。体力7。素早さ5。魔力22。運80⁉」
読み上げた。なんだこれ、ワンパンでやれるステータスだ。
フィオルは
「神ー神ー‼私…無理…」
自分のステータスを知ったことで、絶望しかなかった。
アイラは言わなかったが、そこらを歩いてる女の子でも、魔力と運以外はそれ以上あるぞ。
「まじか…」
自分の仕える勇者が、すぐ瞬殺される。これは、次の街とかいってるレベルの話しじゃない。平均の女の子以下だ。
フィオルはすっかり絶望で、
「私は…グズですか…そうは薄々…うう…」
かわいそうだ。いくらなんでも。
アイラは
「の…伸びしろだよ。まだレベル5だ。だから、これから伸びるんだ。だって勇者だろ。神に選ばれたんだから、何か成長するんだよ。きっとー」
慰めるしかない。アイラは勇者に仕える神の戦士なのだ。勇者は特定の条件で負けたりしない限り、ずっと勇者なのだ。あの時、本当に殴って、勇者解除してやったらよかった…
アイラは
「だから、元気だせ?昼飯何がいい?ハンバーグ作ろう。な?な?」
フィオルは
「う…う…アイラぁ。私、お荷物になったら…そしたら捨て…うう…」
ついには泣き出してしまった。泣き顔かわいくない。アイラは思わず慰めてしまう。
「ほら、ぎゅーっとしてやる。な?大丈夫だろ?あたしがついてる」
フィオルはアイラの温かい気持ちに、やっと泣きながらも、美しい微笑みを浮かべ
「盾にしてもいいからね」
盾になんかになるわけない。むしろ紙の盾だ。アイラは
「しないしない。フィオルは逃げることに専念するんだ」
フィオルはあまりかわいくない泣き顔でアイラを懐柔したらしい。親鳥のように涙をティッシュで拭き、甲斐甲斐しくハンバーグを手作りし、それを口にしたフィオルは、やっとほのかに微笑んで
「ありがとう。アイラ…」
この一言に、なぜか快感を覚えるアイラだった。
フィオルは遅くまで武道家の書を読み尽くした。読めば読むほど、この本の重要性がわかる。
ステータス画面の見方。
各ステータスの意味。
スキルの使用と習得。
武器のレベルアップ。
等だ。
武器のレベルアップ…
アイラのメリケンサックには派生があって、爪系、グローブ系、素手系、に別れるという。
素手系…
フィオルは首をかしげた。
素手系は武器に頼らないがゆえに、軽く、動きに特化したスタイルになり、神の武器は拳にオーラとして纏うらしい。とてもかっこいい…
フィオルの剣にも何らかの進化や派生があるのだろうか。そう思えば、少しは頑張れるはず。まずは普段使いできるように軽くしたい。欲張るなら、少し小さくしたい。
このままお荷物は嫌だし、まずはレベルを上げていかないといけないかもしれない。体力と攻撃力の上昇に伴って、重く進化した武器も使えるようになるのだと書いてある。だから、進化させる前に適正ステータスまで上昇させておく必要があるのだとか。
勉強になる。今のフィオルが正にそうなわけだ。神は何を考えてこの武器を与えたのだろう。もはや、無理ゲーってやつで、詰んだって状態ではないのだろうか。
やさぐれた気持ちになったフィオルだけど、新しく旅の仲間になったアイラを危険にさらす事になってはいけない。フィオルは頑張ろう等と、思ってライトを消した。
旅の準備があるので、出発するのは明日…という事。野宿はこたえそうだ。ぐっすり眠ろう。ベットが一つしかないから、壁際でアイラはすっかり夢の中だ。
「うーん。むにゃむにゃ」
お腹出て、ポリポリかいてる。
「ふふ。私が守るから…」
そう言って、フトンをかけるのだった。
フィオルがフトンをかけようとするとアイラは
「うーん…」
ポロン。
「あっ…結構形いい…?」
トップは隠れているからいいか。フィオルは発展途上の張りの良さに、なに食わぬ顔でフトンをかけるのだった。