旅立ち
少女は見上げる。涙でかすみ、ぼやける空を。
「私…私じゃないとダメ?」
誰も代わりにならない、少女勇者。剣が重いと嘆き…道に迷い…靴ずれと空腹に苦しむ。彼女の進む道は険しい。
突然の旅立ちに戸惑いや不安もあるけど、とりあえず歩きだそう。少女の旅立ちはあまりにも突然のものだった。
「うんしょーうんしょー」
キラキラとした汗を額にうかべながら灼熱の鎧の中、豊満な胸が揺れる。
はぁはぁと息を乱してかわいそうなぐらい涙目はルビーがこぼれ出しそうな赤い瞳だ。剣を引きずる手は細く、箸より重い物は持った事がないような風情。桜色の髪は長く、時折汗に濡れた胸元に張り付いた。
少女は天を仰ぎ見た。
(神様。神の剣とやらが重すぎます…)
少女は、天と交信を試みたらしい。しかし時は残酷にすぎていく。
待つ少女の悲しい顔。
そして、少女は再び剣を引きずりながら森を歩きだした。
太陽がサンサンと降り注ぎ、少女のサラサラとしたウェーブがかった長い髪が絹のように艶めく。
汗をぬぐうと、髪が揺れて、汗さえも宝石のように煌めく。たぐいまれなる美少女だった。見目を引く姿。ふっくらとした唇は血色がいい。
少女から大人へと変わる一番美しいその体を、鎧に閉じ込めることになった。ルビー色の瞳には憂いすらあった。
ー始まりは過去に遡るー
『勇者よ。あなたに剣を授けましょう。』
「誰⁉」
真夜中の十二時。真っ暗な少女の自室。こんな時間に声をかけてくるのなんて、どこの変質者か。
少女は幼げな顔と、成育の良すぎる体がとても素晴らしいバランスだったので、常に変質者に狙われる、か弱い女の子なのだ。
真っ暗な中、まだ声が聞こえる。
『さぁ、受け取りなさい。勇者よ』
その声はどうやら女性のようだ。ひとまず安心した少女。それでも、まだ安心などできない。
女の子からも、よく胸を揉まれて、ひゃん、と言う事が多い少女でもあった。だから、まだ警戒はとけず、おずおずと話しかけた。
「あの……困ります。私……」
声は上の方から聞こえるようなので、少女は自然と上目遣いになった。
『心配しなくていい。私は神。お前達を守護する者』
神……?
しかし、そんなこと、まともに言われるのも怖いのだ。
少女はベッドのすみで、ネグリジェのパジャマから太ももがのぞくぐらい、身を縮ませ
「こ……こわいです」
その不安な心のうちを言葉にした。その唇が震えていた。
少女はよりプルプルと震え、布団を頭から被った。なのに、足が隠れていない。
艶ややかな太ももからの、淡く色づいた膝小僧。足の指先は整えられ、不安な心の内を示すように内股だ。
『そんなに怖がらなくてもよかろうに……』
何事も怖がりなのだ。また、ガクガクと震え出した少女。
神は少し考えたようだ。
『仕方ない。怖がりのそなたのために、もう少し力を込めよう。何時も無事を祈る。勇者よ……』
カラン……
金属の乾いた音がした。
怖い……
と言っていた少女も、声がしなくなった事で、安心したのか、フトンから出て様子を伺った。枕元のライトをつけたら、そこに、自分の等身と同じくらい大きな剣が無造作に照らし出された。
「ひっ」
さっきの声の主が持っていた物だろうか。それを持ってそこに、誰か立っていたのだろうか。
なにこれ、怖い……
少女は気味の悪いものを見るような目でそれを見て、さっきの自称、神の言葉を思い出した。
あなたに剣を授けましょう。
そう言っていた。なら、これは私に…?
今まで、嬉しくない物も含めて、奇抜な贈り物を山ほど受け取った事のある少女。しかし、バカでかい剣は受け取った事がない。
(怖いから明日お母さんに相談しようかな…。)
そして翌日、母に連れられ神殿に着くと、勇者と呼ばれ、旅立ちを迫られ、村にいられなくなった。
少女は旅だったのだ。いや、旅立つと言うよりも、無理やり鎧を着せられた少女は、
「ここより南を目指しなさい」
神官の言われるがままに外に出たら、村の門を閉じられた……
選択肢はなし。と言ったらいい。
昨夜の出来事を思い出した少女は、複雑な胸の内を空に向けて呟いた。
「どうして……小さい剣にしてくれなかったの……」
誰もいない森の中、少女の小さな囁きなんて、風が連れ去ってしまう。声は返ってこない。孤独の道を進む…それが勇者の定めなのか…
少女は立ち止まり
「も…歩けないよ…」
しゃがみこんでしまった。朝からご飯も食べてない。鎧も重いし、剣も重い。足は痛いし、疲れたし、もう西日が傾いてきた。
野宿だ…
「う…ひっく…」
泣いていたら
『勇者よ…』
声がした。少女は
「誰…?」
声の主を探した。
『私は実体がない。しかし、道を示す事ができる。こうして、あまりかかわっていては良くないと思っていた。…が、言わせてもらおう。だいぶ北に向かって進んでしまったな』
少女は
「うきゅー…」
ショックで倒れた。
『あっ、ライフが0…』
さっきの精神攻撃は効いたらしい。こうして、勇者はセーブポイントである、自分の家に転送されたのだった。
温かな家族が迎え入れ、
「フィオル…こんな辛い目にあって…お父さんが変わってあげたい」
と父。
「もう戦闘でもしたのかしら…あなたは私の子ね。鼻が高いわ。今日はお休みなさい」
と母。
こうして、何事もなかったかのように、少女フィオルは眠るのだった。
幸せに眠る少女にとって、ついさっきまでの出来事なんて、そちらの方が悪夢のようなのだ…。