少女と先生。
「大きくなったね、ほのちゃん。今年で、えと、15歳になるのよね。勉強はどう?捗ってる?」
「う、うん、一応」
ちょっと気まずい、な。気にかけてくれて優しいなって思うけど、ちょっとこの、心臓の辺りがモヤモヤしてる。
会いたいとは思ってたんだけど、いざ会うと、ね。
せ、成長した私を見てもらうためにも私から話しかけなきゃ!!
「あ、あの!美奈先生!あ、あと、その、えと…」
先生はこんな姿の私を見ても、微笑んでくれた。でも、その微笑みが歩乃華の心をギュッと鷲掴みにした。
「無理しなくていいのよ。久々に会えて、久々に二人きりで話せて、私は嬉しいよ」
「ほ、歩乃華も!嬉しい!美奈先生に会いたかったし、お話もしたいと思ってた!でも、まだ…」
先生は歩乃華の頭を優しく撫でてくれた。
「焦る必要も義務もないわ…」
悲しそうな目つきで、独り言なのか、それとも歩乃華に言っているのか、それはわからなかった。
今の歩乃華にはそれをわかろうとする気も力もなかった。
「それより、なんなの、あのヘンテコな装置は。すごい緻密な計算とかして作られてたっぽいけど」
「え、あれ、先生がお、お兄ちゃんを引っ張り出すために作ったんだと思ってた…」
「そんな風に思われてたのね…でも私、今の家に来たの今日が初めてだし、タヌキから聞くまで住所すら知らなかったわ」
檜山家は特別な事情で幾度にわたる引っ越しを経て、今の家に住んでいる。美奈先生とは、昔ながらの知り合いだけど、今の家だけは知らせていなかった。
「先生じゃないなら、あーちゃんが作ったんだとお、思う…で、でもそんなものがあったなんて全く気づかなかった。あーちゃんお昼寝してたし…」
「これは難解な事件になりそうね。ま、難しいことは忘れて、早く学校へ向かいましょ」
軽くうなずいた。チラッと美奈先生に担がれてる瑛太の方に目をやる歩乃華。
お兄ちゃん、死んだように眠ってる。気持ちよさそう(* >ω<)※気持ち悪いくらいに痛くて、死にそうでした(18歳男性)
「せ、先生!あの、な、なんでお兄ちゃんを連れ出すんですか?」
歩乃華は、はっ、と思い出したような顔で唐突に切り出した。
「ごめんね、ほのちゃん。あれからお兄ちゃんを外に出すの嫌がってたもんね。あーちゃんも…でも、安心してほしい。学校には私がいるし、家には…あっ」
先生は急に口を詰まらせた。
「せ、先生?何か思い出したの?」
「あ、ん?あぁ〜、うんそう!そう!思い出したの!この後スーパーでタイムセールだったの!ごめん!だから瑛太を、お兄ちゃんをお願い!」
じゃあ、と手を振ると、先生は足を渦のように絡ませながらスーパーへと向かった。
「き、今日はタイムセールじゃないはずなのに…」
途方に暮れ、口をポカンと開けている歩乃華。
受け取った兄を家に持って帰りたかったが、連れて帰るのは無理だと悟り…でも、どうしよう…
「あ、えと、み、美奈先生の知り合いです…だ、だれか、あ、あぁ…」
校門前でオドオドする歩乃華。
周りからの視線は自然と集まる。
「ん、あれ、檜山じゃね?てか死んでねwww」「え、あの子かわいい!檜山君の妹かな?」
もちろん、様々な言葉が飛び交っているが、緊張のあまり歩乃華の鼓膜は震えない。
でも、そんな中、
「あれ、檜山君に、妹ちゃん?なんでここに?」
「っ……」
疑り深い歩乃華は黙り込んで、ムスッとしている。
「あ、美奈先生のとっておきって、もしかしてこのことか!?」
「えっ……」
『美奈先生』というワードに反応し、百あった緊張が三十までほどけた。
「私のこと〜…知らないよね。南友里子っていうんだけど、あ、檜山…お兄ちゃんの同じクラスの!え〜っと、どうしてここにいるのかな?」
歩乃華の頭の中ではある言葉が交錯していた。
「知らない人にはついていってはいけない」
「知らない人とは話してはいけない」
「美奈先生の知り合いに悪い人はいない」
「あ、あの…」
歩乃華はこれまで起こったことを話した。
事細かく話したのに要した時間は数分。
文章を頭の中では正確にまとめ、伝えることに長けているのかもしれない。
「にゃ〜るほどね〜。じゃあさ!お姉さんについてきて!」
てくてくと、ついていく歩乃華。前を歩く友里子。置き忘れられた18歳男性。
「って、ちょちょちょ!お兄ちゃん連れてきてよ!!」
「え、こんなの持ってけないよ…」
「見た目に反してサディスティックな嬢ちゃんやな…」
クエスチョンマークで脳内を埋め尽くされた歩乃華。
やれやれといった感じで、友里子が瑛太をおぶって保健室へと向かった。