第9話 武装龍とのチキンレース
時也は戦うことに決めたが、今ここで大事なのは直接的な勝敗ではなく、人々の安全だ。つまり、まず初めにやらなければならないのは避難誘導と安全な避難場所の確保。
「リム! お前は何かしらの魔法使って避難誘導して、安全な避難所を作ってくれ! この町の人を全員救出できたら俺と合流だ!」
「え!? ダ、ダメです! そんなことをすれば時也さんは1人であの2体を相手にしなければならないんですよ!?」
リムの言うあの2体とは、この町の中で戦っているスカルディアドラゴンと海翠龍のことだ。2体ともレベル1000の最上級モンスターであり、普通なら1人で挑むことは自殺行為に他ならない。
しかし、それは普通のプレイヤーが挑んだ場合だ。
「俺を誰だと思ってんだよ。最上級プレイヤーのバーサーカーだぞ? あの2体ぐらい、1人でボコボコにしてやる!」
「それは流石の時也さんでも無理です! 相手が悪すぎますよ!!」
リムは今にも掴み掛りそうな様子で言うが、時也は落ち着いた声でリムを制す。
「あのな、リム。多分お前は誤解してる」
「え?」
「この場合の俺たちの勝利条件はあの2体を倒すことじゃない。追い返すことだ。あの2体がここからいなくなれば、俺たちの勝ちだ!」
「……確かに、そう、ですね……?」
「だろ? だから俺1人でも可能なんだ」
「ですが! 時也さんのステータスでは一撃でも当たれば瀕死、もしくは即死です!」
「そこは俺とあいつらの勝負だよ。俺もあいつらも一撃で状況をひっくり返す力を持っている。つまり、ビビって攻撃を食らうと負け。ビビらずに攻撃を当てれば勝ちだ」
時也の顔は自信に満ち溢れている。その自信は彼自身の経験から来る確かなものだと言えよう。
「……時也さんは、それでいいんですか?」
「それしか俺にできることはない。だが、逆にそれは俺にしかできないことだ」
リムはその時也の表情から時也の考えを察したのか、落ち着きを取り戻して言った。
「……分かりました。町の人は私に任せてください」
「任せたぜリム。んじゃ、行って来る!」
「その代わり! 絶対に生きて帰って来て下さいね!!」
「おう!」
時也は町の人々をリムに任せ、2体のモンスターが戦っている地点へと向かった。
(リムなら何とかしてくれるだろ)
時也とリムの付き合い自体は1日にも満たないぐらい短いものだが、彼女なら何とかしてくれるという確信のようなものが時也にはあった。
その証拠に、後方で大きな魔法スキルが発動する。その魔法の名はサンライトスピリッツ。巨大な太陽を出現させて、その光が届く範囲にいる味方の防御と魔防のステータスを上げる魔法だ。
サンライトスピリッツによる強化はプレイヤー以外の民間人にも適用されるので、この状況でもっとも効力を発揮する。
(流石はリムだな。いいスキル選択だ)
その後でリムが発動したのはブレイブウォール。岩の盾を生み出す魔法だが、注ぐ魔力によって大きさや強度が変わる。リムのそれは最上級レベルのものであるので、仮にスカリディアドラゴンや海翠龍が攻撃してきても、ある程度は耐えられる代物だ。
「俺も負けちゃいられないな」
時也は2体の最強レベルモンスターに対峙して呟いた。こういう場合に放つ言葉には力が籠るからこそ、時也は呟いたのだ。
2体のモンスターは時也の存在に気付いていないのか、彼を無視して互いを攻撃し続けている。
「なら、俺を意識させてやるよ。バーサーク」
時也がバーサークを使ったということは、加減も油断も、一切しないということに他ならない。
「俺の最強を受けろよ、最強ども」
時也は剣を構えて魔法の名を叫ぶ。2体の最強に、自分という最強の存在を知らせるために。
「リングバルド・メザーランス!!」
言った瞬間に時也の背後の空間に無数の魔法陣が現れ、そこから風の槍が現れた。
その数はざっと見渡す限り100はある。
「貫け――メザーランス!!」
剣を振り下ろすという時也の合図と共に、魔法陣から出ていた風の槍たちは高速で射出され、2体の最強を襲った。
「バアアアオオオオオ!!!」
「クルウウアアアアア!!!」
数多の風の槍は2体のモンスターの体を貫いた。
2体のモンスターの体に突き刺さった槍は風で構築されているので、それらは対象に突き刺さった瞬間に消える。
2体のモンスターは風の槍を射出した本人である時也の姿を捕らえると、彼と目を合わせた。
吠えてすぐに攻撃してこないのは少なからず知能があるからなのだろうか。しかし、時也にとってはそんなことなどどうでもいい。
「攻撃してこねえのなら! 俺から攻撃してやるよドラゴンども!」
時也は2本の剣を手に持って駆け出す。まず倒すべきはスカルディアドラゴン。何故なら、奴は武器を使うからだ。
加えて奴は攻撃と防御のステータスのみが突出している物理ドラゴン。つまり――
「てめぇは魔法に弱ぇってことだよなあ! エクセリオングレイヴァー!!」
時也は右手の剣を掲げて闇の魔法スキルを使う。それによりスカルディアドラゴンの足元に巨大な魔法陣が現れ、そこから無数の闇属性の針がスカリディアドラゴンの翼を襲う。
ここでスカリディアドラゴンの翼を封じてしまわなければ勝率は低くなるからこそ、翼を重点的に狙う。
「クルオオオオ!!!」
「よっし、当たった!!」
魔法も闇属性も苦手であるスカリディアドラゴンにとってはかなりのダメージだったようで、苦しそうに足掻いている。
「バアアアアア!!!」
時也がスカルディアドラゴンの相手をしていると、海翠龍が時也へ突進して来た。
その速さは目を見張るものがあるが、所詮は突進という単調な攻撃。避けられない道理は無い。
「俺よりも遅い奴の突進なんざ話にならねぇよ!!」
時也は海翠龍の突進を避け、奴の尻尾が時也の横を通り過ぎる直前に、海翠龍の尻尾へと近接攻撃スキルを当てる。
「ゲシュタルト・ツァファール!!」
「バアアオオ!!」
魔力と魔防が高いだけで物理系に対する防御力がほとんどない海翠龍には、時也のゲシュタルト・ツァファールはかなり効いたに違いない。
海翠龍がそのまま時也の横を完全に通り過ぎると、再度時也に突進しようと構えた。しかしゲシュタルト・ツァファールの麻痺が効いたのか、そのまま地面に倒れ込んでピクピクと痙攣を始める。
「よお、スカリディアドラゴン。海翠龍の麻痺が切れるまでは俺とお前のタイマンだ。嬉しいか?」
「クルウウウ!!」
「そうかそうか。俺も嬉しいぜ? お前にはゲームの時に散々苦しめられたからな!」
スカリディアドラゴンの特徴は武器を使うことと空を飛ぶこと。1つ1つは大した特徴ではないが、2つ合わさると厄介なものになってしまう。
先程時也が使った魔法で翼にダメージを与えた分、飛行は上手く出来ないようだが、油断は出来ない。
しかし、時也はゲーム内で初めてスカリディアドラゴンと戦った時からずっと、スカリディアドラゴンの対策を考え続けていた。
「バーサーカーの特殊スキルの1つ、見せてやるよ……ウォークライ!」
ウォークライとはHPをMPに変換してMPを回復させ、スキルの威力を一度だけだが、極限まで上昇させるスキルだ。これによりMPが全快になるまでHPが減ることになるが、時也にとっては大した欠点ではない。
トランス・カタストロフィを使うことになる今の状況では、時也のHPが減ろうが構わない。一度だけでもスキルの威力がかなり上がるというメリットの方が大きいからこそ、時也はウォークライを使ったのだ。
「こっから先はビビった奴が死ぬ。覚悟は……いいか?」
「クルウウオオオオ!!」
「いい返事だ! お前が空気が読める奴で嬉しいぜ!!」
時也は1つの魔法の名を言う。これから始める戦いの勝敗を決める強力な魔法の名を。
「カオスヘルライザー!!」
これにより時也の持つ2本の剣が影に包まれ、それぞれの剣の刃に圧縮された闇属性の魔法が定着した。
名づけるならば闇の剣とでも呼ぶべきだろうか。闇属性の魔法が定着したこの剣は並の闇魔法など遙かに凌駕する力を持つ。その闇属性の強さは、時也の持つ最上級闇魔法スキルたちの少し下ぐらいだ。
そう。威力が一番高い訳ではない。ならば何故カオスヘルライザーを使ったのか? その答えは、カオスヘルライザーの持続力と速さにある。
時也の相手はあまり大きな傷を負っていないレベル1000のボスモンスターだ。時也の持つ最強の闇魔法スキルを数回当てても倒しきれる可能性は低いし、数回使えばMPが0になる。加えて、最大級の闇魔法を使うと時也の足が止まってしまう。高速戦闘中に足が止まれば俺は狙い撃ちされるため、それは得策ではない。
しかし、カオスヘルライザーはたった1回の使用で長らく持続する魔法であり、元々高い威力をウォークライで更に高めている。それにカオスヘルライザーは魔法スキルだが、近接攻撃スキルようなものでもあるので、時也の速さが生きる。この状況ではピッタリのスキルと言えよう。
「もう1つオマケだ。……トランス・カタストロフィ!!」
これで時也のステータスは跳ね上がり、それと同時に彼の命はとんでもなく脆いものになる。つまり、ここが勝負どころだ。
制限時間は海翠龍の麻痺が切れるまで。それまでにスカリディアドラゴンを退けるか倒せたなら時也の勝ち。出来なければ2体1になってしまうため、時也の負けは確定だ。
「さあ、勝負と行こうぜ! スカリディアドラゴン!!」
「クルウウオオオオオ!!」
時也はスカリディアドラゴンの元へと剣を構えながら走る。奴の攻撃を防いでも、防いだことで微量のダメージを受けても即死してしまうため、時也は奴の攻撃を全て避けなければならない。
時也が奴に近付いた瞬間、奴は時也のことを手に持った槍で突く。それ自体は大したことのない攻撃だが、ここで時間をロスしてしまうのは痛手になる。
ならば、ここで奴の槍を持つ手そのものを破壊するのがもっとも適した判断だと時也は考えた。
「ドラゴンなら素手で勝負しろっつの!!」
時也はスカリディアドラゴンの槍が届く前に全力で走り、その右腕を駆け上がる。
奴は今の時也の速さに驚いたようで、攻撃が一瞬だけ遅れた。
「ここだ!」
時也はスカリディアドラゴンの腕の腱を斬牢と狙いを定めた。しかし――
「うおおおお!?」
スカリディアドラゴンが左手に持ったナイフで時也を攻撃しようとする。その攻撃は鋭く、危険なものだった。
危うくナイフに斬られるところだったが、時也は運が良かったのである。時也はスカリディアドラゴンの影の動きでナイフの接近に気付くことが出来たのだから。
しかし、速さのないスカリディアドラゴンのナイフ攻撃が予想より速いという事実は時也にとってマイナスでしかない。
だが、時也はそんなことでめげるような少年ではなかった。
「いいじゃねぇか……! 度胸試しってのはこういうもんだもんな!!」
スカリディアドラゴンは本気になったのか、手に持っていた槍とナイフをしまって両手で巨大な斧を持った。
「クルウウウ……!」
「それがお前の本気なんだな? 嬉しいぜ、お前が俺を敵として見てくれて」
今まで奴は時也のことを有象無象としか見ていなかった。しかし、今は違う。奴は時也を、自らの敵と認識したのだ。
「いくぜ!!」
時也は再度スカリディアドラゴンの元へと走り出す。
「インペリアルデモンクロウ!」
時也は走りながら闇属性の魔法スキルを使い、スカリディアドラゴンに先制攻撃をする。
地面に現れた魔法陣からは巨大な影の手が出現し、スカリディアドラゴンをその爪で引き裂こうとした。
その影の爪を防ぐためにスカリディアドラゴンは斧で防御するかと思いきや、そのまま大きく振りかぶって、勢いよく振り下ろす。
その攻撃を受けた影の手は一撃で粉砕され、そのまま消えてしまった。
「おいおい、マジかよ……! これはヤバいかも……」
一撃で魔法が消されるだけならば問題は無い。では何がヤバいというのか。それは、奴の攻撃の範囲にある。
体長15メートルほどのスカリディアドラゴンの使う斧の大きさもまた15メート等ほど。その刃の部分は全体の1/3ぐらいはあるので、簡単に言うと、当たりやすい。
今の時也はほんの僅かな攻撃に当たっても死ぬ。ならば、どうすればいいのか?
(……愚問だったな。これはビビったら負けの勝負だ。なら俺のすべきことなんて決まっている)
時也は表情を引き締めるて叫ぶ。
「……覚悟を決めて飛び込むしかねぇよな!!」
時也は自分の速さと小ささを最大限に生かし、スカリディアドラゴンから身を隠すべく走り回る。
グルグルと奴の周りを走り回ったら、次は不規則な動きで時也自身の姿を捕らえられなくように走った。これを何度か繰り返す内に、スカリディアドラゴンは時也の姿を見失う。
時也は何周も何周も走り回ったつもりだが、驚異的な速さを持つ彼の動きは常人のそれなど比べ物にはならない。故に、スカリディアドラゴンには時也が消えたように感じた。
これがトランス・カタストロフィの力。
そのまま時也は奴の死角である右斜め後ろから全速力で近付き、奴の手、もしくは指を狙う。
手や指は体の部位の中でもかなり柔らかい部類であり、攻撃が通りやすい。なおかつ、戦いにおいてはとても大事な部位である。
だからこそ、手や指を失えばそのまま退いてくれるかもしれない。時也はそれに賭けているのだ。
「今だ!!」
この一瞬がベストタイミング。奴が見当違いの箇所に斧を振り下ろしたこの瞬間。
奴が斧を振り上げてもう一度攻撃する為には数秒かかる。時也がこのまま指か手を攻撃する方が速い。
時也は一瞬のうちに奴の手に接近し、その手を斬ろうと剣を構えた。だが――
「ウソだろ!?」
あろうことかスカリディアドラゴンはその手を斧から外し、裏拳を放つ。
その切り換えの速さは見事なもので、あらかじめ時也の行動を読んでいなければ出来ない芸当だった。
(避けきれるか!?)
時也は考えるが、ここで避けなければ彼は死ぬ。だから、彼は避けなくてはならない!
「うぉおおおおお!!」
時也はギリギリのところでそれを避けようとするが、僅かに、間に合わない。このままでは、時也が死んでしまうかもしれない。
「!?」
突然、後ろから何かが時也に体当たりし、そのせいで時也は前のめりに倒れ込んだ。そのおかげで間一髪攻撃を避けることが出来たのは運が良かったからか、それとも当たって来た何かのおかげか。
時也からはその何かの姿が見えなかったので、彼は背中に受けた衝撃の正体を知るために後ろを向く。
「大丈夫、ですか……?」
いたのは、小さな女の子だった。少女というより、幼女と言ったくらいの年齢だ。その幼女は傷だらけであり、目に涙を溜めて震えながら時也を見上げていた。
「お、お兄ちゃんが、やられそう……だったから。と、飛び出しちゃった……」
時也を助けた幼女は本来ならば非難、もしくは隠れていなければならない存在だ。
しかし幼女は時也を助けた。下手をすれば自分も一緒に死んでいたかもしれないというのに。
「……ありがとう。君のおかげで助かった」
「え、えへへ……よかった」
「だけど、君はすぐに安全な場所に行くんだ。ここは見ての通り戦場。危なすぎる」
「で、でも、お兄ちゃんは1人だもん。わたしだってここにいたい……!」
「その気持ちは嬉しいけど、君は……」
「ここに、いたい……!」
幼女の目には確かな覚悟が見て取れる。そんな目をされては、時也に断わることなんて出来なかった。
「分かった。でも、絶対にそこの建物の影から出ちゃダメだ。いいな?」
「う、うん!」
幼女が完全に隠れたことを確認した時也は、改めてスカリディアドラゴンに向き直る。
奴はただのモンスターではない。相手や状況によって武器を切り替える臨機応変な対応、勝つためなら武器を捨てることすらいとわない覚悟。
武人の如き戦い方をし、礼節を重んじ、構えていない相手には攻撃を仕掛けない。なんとも珍しいモンスターであると言えよう。
時也が幼女と話している間に何もしてこなかったということは、スカリディアドラゴンは本能のままに暴れるモンスターではない。
スカリディアドラゴンは剣を構えた時也を見る。その目に彼はどのように映っているのだろうか。
「クルウウウ……」
スカリディアドラゴンは斧を地面に突き刺し、時也のことを見続ける。その行為の意味は分からないが、時也はなんとなく、奴が休戦を申し出ていると感じた。なので時也は、スカリディドラゴンがしているように手に持った2本の剣を地面に突き刺した。
「クルウオオオ!!」
そのを見たスカリディアドラゴンは後ろを向き、そのままボロボロの翼を広げて飛んで行った。
「……助かった、のか?」
時也はスカリディアドラゴンが自分のことを見逃してくれたと判断した。
「ともかく、結果オーライだな。あとは……」
「バアオオオ!!」
麻痺が切れた海翠龍は怒っているのか、顔の周りの白い毛を逆立たせて吠える。
「あとはお前だけだな、海翠龍。さっきまでは2対1だったからヤバかったけど、タイマンなら負けはしねぇ!!」
あとは巨大な龍の相手をすればいい。そう。たった1体のモンスターを退かせるか、倒せばいいだけだ。
「覚悟を決めろよ。なんせこの俺は! お前の! 天敵なんだからなあ!!」