第7話 常識の違い
デスドラゴンを倒し、時也がリムとの自己紹介を終えて数十分後。時也たちはこれからどうするかを決めることにした。
「取り敢えず、町に行った方がいいと思うんですよ。ログアウトできるかどうかを試したいですし」
「確かにな。それに町に行けば情報収集もできるか」
ゲーム通りなら全ての町に1つある転送ゲートを調べることでログアウトできるが、今はメニューウィンドウを開いてすぐにログアウトすることが出来ないのだから、町の転送ゲートに期待するしかない。
それに、もしかすれば時也たちのようなプレイヤーが町にいる可能性もある。
「それでは行きましょうか!」
時也とリムはそのまま森を抜ける為に歩き出した。
この森にはモンスターがいて、それらは時也たちを見かけるなりすぐさま襲う。しかし、時也とリムは最上級プレイヤーだ。そんなモンスターに負ける訳がない。
「グオオオオオオ!」
時也たちに襲い掛かったのは体長5メートルはある背中から翼が生えたライオンのようなモンスター。レベルは400と少しだ。
「時也さん、モンスター来ましたね」
「どっちがやる?」
「あまりMPを無駄に使いたくないので、お願いします」
ライオンのモンスターは時也たちに向かって駆け出し、その前足の爪で時也を引き裂こうとする。
時也はその爪を剣で受け止め、受けた剣で真っ二つに斬り裂いた。時也はとんでもない攻撃力を持っているので、大体のモンスターは一撃で死んでしまう。そのせいで血や肉が飛び散るが、時也はすぐにその場から移動してそれを避けた。
「ハイ、終了。でも断面とかグロいな……」
真っ二つになったライオンモンスターの死体はすぐに消えた。その死体は時也には刺激が強かったので、時也の気分は少し悪くなってしまう。
(この先もここでやっていくなら慣れないとダメだと思うけど、もう少し時間が掛かりそうだな)
既に死んでいるアンデット系のモンスターならば平気なのだが、やはり生きているモンスターを殺すのには少し抵抗がある。
「……そういえばさ、お前この世界に来てからドロップアイテムとか手に入れた?」
「そういえば一度も見掛けてませんね」
トラオの世界ではモンスターを倒した時、一定確率で何かしらのアイテムが手に入る。
そのアイテムは装備品やアイテムの素材だったり、回復アイテムだったりと様々だった。しかし時也は既に何十体もモンスターを倒したというのに、いまだこの世界でドロップアイテムを見ていない。
「なんでアイテムドロップしないんだろうな? それで回復アイテムが出れば嬉しいのに」
「私の回復だけでは不満ですか……?」
リムが俺を軽く睨む。リムの目は時也を脅迫するかのような威圧感を内包していて、時也はその迫力に少し怯んだ。
「そ、そんなことないぞ!? た、たださ、リムがリキャストタイムに入った時とか、俺が1人で行動した時には必要になるっていうか……」
「私は時也さんから離れませんので、その心配は無用です! 何かあれば私があなたの命を守りますから!」
リムは自身の手を自分の胸に当て、笑顔で答える。
「何それ、告白?」
「ち、違いますよ! こ、これはその……そう! 決意表明です!!」
リムは顔を真っ赤にして答えた。
(可愛いのう、可愛いのう。真面目な子は弄ると楽しいのう。和む)
時也は自分の焦りが少し和らいだことに気付いた。おそらく、リムのおかげだろう。
今の時也たちは遭難したようなもの。時也たちがいるここはまったく知らない場所ではないが、かといってよく知る場所でもない。黙って待っていれば誰かが助けてくれるのかと聞かれれば、その答えは否である。
だからこそ、時也たちは自分に出来ることは何だってやらなくてはならない。こうして時也の緊張がほぐれたのはいいことだ。
「と、時也さんは! その、か、彼女とかいるんですか!?」
「いきなりどうした?」
「え!? いや、その……何でもないです……」
リムは顔を真っ赤にしたまま、俯いてしまう。
「あっははは! からかって悪かったな!」
「……時也さんのバカ」
リムは顔を少し上げて上目使いで時也を見上げる。
「うう……」
今のリムの表情は時也のSっ気を刺激したので、時也はリムをからかい続けることにした。
「なぁなぁ、リムは彼氏とかいるのか?」
「え? い、いませんよそんな人! それどころか今まで彼氏なんてできたことがないです……」
リムはそのまま涙目になって言葉を紡いでいく。
「そもそも、私は友達がいないですし……話し掛けてくれる男性は人生で1人もいませんでしたし……」
「お、おいリム?」
「担任の先生や他の先生も、買い物に出かければ店の人も、街を歩けば歩いている人も、私と目を合わせるどころか視界にすら入れてくれませんし……」
リムの表情は暗くなり、ついには四つん這いになってしまった。
「誰も私を見てくれなくて……日本に来れば、高校に入れば友達が出来ると思ったんですけど……」
「……リム?」
「ほぼ1年経った今でも友達はいないですし、部活にも入ったのに誰も話しかけてくれない……」
「……えーと?」
「どうせ私なんて歩く廃棄物ですよおお! うわあああああんん!!」
ついに、四つん這いになったまま大泣きしてしまった。
「えええええ!?」
時也にはこの状況は予想できなかった訳だが、それも当然と言えるだろう。「彼氏いる?」なんて一般的な質問からこんなことになるなんて予想できる存在がはたしているだろうか。
リムの言ったことが本当ならば、リムには彼氏はおろか、友達すらいたことがないということになる。
担任や他の教師も、店員も通行人すらも、リムと目を合わせずにいたと言う。それに、リムの言葉を借りるならば、思い切って日本に来てもこれまでと同じように友達も彼氏も出来なかったということになる。
「そんなこと……ありえるのか?」
「ありえてるんですよおおおお!! うわあああん!! 時也さんのバカアアアアア!!」
リムは全力で地面に向かって泣き叫ぶ。
(ヤバい。トラウマスイッチ押しちゃったかも)
とはいえ、リムの言っているような状況は果たして現実にありえることなのだろうか。
一般的にはリムのような少女がいれば友達になりたいと思うのが普通であるし、彼氏彼女の関係になりたいと思う人間だっている可能性が高いだろう。
しかし結果から見れば、リムの高校の男子は誰もリムに告白したりせず、女子も男子もリムと友達になろうと考えなかったということになる。
「うーん? なんでだろう……?」
「うわああん! うわあああああんん!!」
年頃の女子高校生が四つん這いで泣くというのは珍しくもあるが、何とも言えないものである。
「リムー。取り敢えず泣き止めって、な?」
時也はしゃがみ込み、リムに話し掛ける。
「うう、ぐすっ……」
「まあ、その、ほら! 俺がいるじゃん?」
「時也さ~ん……」
リムは時也を見上げる。その目に涙は溜まっているが、溢れていないということは泣き止んだということだろう。
「取り敢えず町に行こうぜ? このままここにいても意味ないし」
「ぐすっ、そうでずね……」
リムは立ち上がり、そのまま先程までの自分の痴態をごまかすようにズンズンと前へ進んで行く。
時也は何故リムが他人に親しくされないのかを考えてみたが、全然分からない。
客観的に見ればリムは悪人ではないし、時也を助けたということは人並みの優しさを持っていると判断してもいい。
では、何がリムを特別にしているのだろうか。
「う~ん……見た目か?」
時也は1つの可能性を呟いてみる。ここまで現実離れした外見を持つ少女がいれば、気後れしてしまうかもしれないという可能性は確かにあると言える。
「……そういうことなのかなぁ」
「時也さーん! 早く行きましょうよーーーー!!」
少し離れた場所からリムは叫ぶ。
(リムのことはあまり気にしないことにしよう。俺はリムのことをいい子だと思っているし、今はそれでいい筈だ)
時也はその場から駆け出し、リムに向かって走る。
「今行く!」
そうして時也とリムはモンスターを倒しながら森を抜けた。時也たちが森を抜けて少し歩くと、町が見えてくる。
「お、町が見えたな!」
「はい! でもあんな町は見たことがないですね。ここは結局、どこなのでしょうか? 第三国だと思っていたのですが……」
「別にどこでもいいんじゃね? 町であれば別に困らねーし」
「確かにそうですね! 早速、行きましょうか!」
そうして時也とリムは町に辿り着いた。そこで彼らは1つの事実に直面する。
「……リム」
「なんですか?」
「お前、日本語以外だとどんな言語使える?」
「英語にロシア語なら大体は。あとスペイン語と中国語を少し、ですね」
「じゃあ、これは?」
時也は町の入口の壁に貼ってある、1枚の張り紙を指差して問う。
「……何で読めるんですかね?」
「さぁな……」
そこに書いてあった文字はおそらく地球上には存在しない文字だ。ひらがなやカタカナでなければアルファベットでもない。漢字でもないし、ハングル文字などでもなかった。
それは漢字とアルファベットを足して5で割ったような奇妙なモノであり、形容しがたい文字だと言えよう。
しかし、そんな謎の文字なのに、時也とリムはそれを理解して読むことが出来た。
「……読めるんならいいか」
「いいんですか!?」
「気にしたってしょうがないだろ。得したって思おうぜ」
「……そうですね。そういうことにしておきましょう」
時也たちは文字についてあまり気にしないことにして、町の中を歩き始めた。
その途中に道端の出店を回った時也たちは、店に並ぶ商品を見て違和感のようなものを覚える。
「なんか売ってるもの……違くないか?」
路地にある出店で売っているものは、時也たちが初めて見るものばかりだった。時也たちがゲームの装備屋で頻繁に見ていた武器も鎧も、馴染みの薬草や回復薬も、知っているアイテムを1つとして見掛けない。
売っているアイテムはどれも知らないものなので、時也たちにはその効力が分からないし、よく見ると金銭の単位自体も違う。これでは、トラオで持っていた金を銀行から引き出しても時也たちは買い物ができない。
「普通の回復薬すら見つかりませんね……」
「つーか、金の単位がコルってなんだよ。エンじゃねぇのかよ」
「これじゃなにも買えせんね。私たちがゲーム内で持っていたお金はどのみち使えそうにないみたいですし」
「なんかすげー損した気分」
だが時也はそれらについてあまり気にしていない。それもその筈。今の時也たちに必要なのは転送ゲートと情報だからだ。それに最悪の場合、何か仕事を見つければいいだろう。
「すみませーん!」
時也は路地にある店で食べ物を売っている男に声を掛けた。
「らっしゃい! 何かお探しで?」
「いや、聞きたいことが1つ。この町の転送ゲートはどこにありますか?」
結局のところ、こういったものは現地の人に聞くのが一番早いだろう。だから時也は店主に転送ゲートについて聞いた。
「転送ゲート? なんですかそりゃ?」
「「……え?」」
時也だけでなく、リムもつい聞き返してしまったようだ。
「あれですよ? 転送ゲートですよ? あの、クエスト受けたら現地まで送ってくれる素敵装置のことですよ? 今だとどういう効果なのか分からないけど、あるでしょ?」
「いや、転送ゲートなんて聞いたこともありやせんが」
「……じゃ人間をどこか別の場所に送る道具や施設とかは?」
「そんな便利なもんがあれば誰も困らんよ」
店主の話を聞く限りでは、この町に転送ゲートは無いということになる。そもそも、人間を何処かに送る技術がない以上、どこの町にも転送ゲートはないのかもしれない。
「兄ちゃん、何かあったのか? これでも食って元気だしな。ほい、これは兄ちゃんの連れの分な」
「あ、ありがとうございます……」
時也は男から果物のようなものを2つ貰い、その店から離れ、アテもなく歩き出した。
「……なあリム。どう思う?」
「美味しそうなんでその果物ください」
「そっちかよ!?」
「お腹がすいたんですよ。腹が減っては戦も出来ないですし。時也さんはお腹すいてないんですか?」
「そういえば腹減ったな……」
時也はリムに果物を1つ渡し、もう1つの果物をじっと見る。時也にとっては見たことがない未知の果物だったが、時也に渡したということは決して毒ではないだろう。だから時也は一気にかじった。
一口かじった時也はそれを咀嚼すると、そのまま食べ続けた。気に入った。
「これ美味いなー」
「美味しいですねー」
どうやらリムもその果物を気に入ったようで、2人で果物を食べ続ける。
しかし、ここで新たな問題が生まれた。転送ゲートを使ったログアウトで現実世界に戻ることが出来なくなった以上、これからどうするのかを考える必要がある。
(現実世界に帰れない……か)
ログアウト出来ないということは、この世界から日本に戻れないということ。
(でも、それがなんだって言うんだ?)
時也は日本の高校生。成績はそこそこ高く、スポーツの大会でもいい成績を残しているが、彼は、問題児とも呼ばれていた。
別に時也は犯罪を犯した訳ではないし、法を破る真似もしていない。
ただ、彼は他人には理解できない願望を持ち、その願望を軸にして生きている。それによって喧嘩や犯罪スレスレの行動をすることもあるので、時也が通う学校は彼を問題児としている。
決して悪行の限りを尽くしている訳ではなく、むしろ人によっては時也の行動を善行と呼ぶ者もいるのに、何故問題児とされているのか。
その理由の1つは時也が加減を一切しないことにあると、前に担任教師から言われた。
例として、以前こんなことがあった。
時也の高校のクラスメイトが他校の不良にイジメられており、数年前からカツアゲされているらしかった。
そのクラスメイトは時也に助けを求めたので、時也はその手を取った。
時也はそのクラスメイトが不良に金を渡す瞬間に立ち会った。そこで不良はクラスメイトから金を受け取った後、時也にも金を要求したのだ。それを確認した時也はその場にいた7人の不良を再起不能にして、途中に不良が呼んだ不良たちの仲間も共に血祭りにあげた。
不良たちの両腕の骨は複雑骨折しており、二度と元には戻らないと医者は言う。顔や脚、胴体の骨は元に戻ったようだが。
不良たちが警察のお世話になることが多く、補導歴の多い相当の不良だったのと、時也の行動が脅されたことによる正当防衛と判断された為に問題にはならなかった。しかし、ここで高校の時也に対する評価は変わったようだ。
だが時也からすれば悪を倒しただけに過ぎない。それに彼は中学の頃から同じようなことをしていたのだ。その為、高校の教師に注意されたところで時也にしてみれば「うるさい」という感想しか浮かばなかった。
時也は救いの手を掴むことを願望としている。どうすれば救えるのかは大したことではなく、時也はただ、見捨てたくないのだ。
時也の味方は、時也の邪魔をせず、救いの手を差し伸べる者。
時也の敵は、時也の邪魔をし、救いを求める者。
時也は自分の敵に容赦はしない。容赦をすればどうなるのかを理解しているからだ。そんな時也は、常に力を求めていた。
ここは、時也が最強でいられる場所。ここは、彼が差し伸べる救いの手を掴みたいと願う者が多い場所。
そんなこの世界から抜け出したいなんて、考える訳がない。
別に自分の世界が嫌いな訳ではない。ただ、自分の世界にいるよりも、この世界に残った方が時也にとって都合がいいというだけだ。
時也が転送ゲートを探したのは自分の為ではなく、自分のようにこの世界に来たプレイヤーが現実に戻りたいと願った時の為に探していただけに過ぎない。
だから時也は、転送ゲートが無いという事実に落胆していない。
(リムは……どうなんだろう?)
時也は現実世界に戻りたくないと考えるが、リムが同じことを考えているとは限らない。だからこそ時也は問う。
「リム。転送ゲートは無いみたいだけど、残念か?」
「え? いえ、全然」
リムは平然と、さも当然のことのように即答した。
「時也さんは帰りたいんですか?」
「いや。別に帰りたくはない」
「そうですか。同意見ですね!」
リムは嬉しそうに笑う。リムがこの世界にいたいと願う理由は時也には分からないが、帰りたくないと言うのならそれでいい。
(そうなると、俺たちがこの世界においての常識を知らないのは問題だな……)
時也とリムはこの世界において異世界人と呼べる立場にある。戦闘能力はあってもこの世界の常識や生活能力がないため、ここでしばらく生きられるのかどうかもあやしいところだ。
金もなければ家もない。時也たちは金を稼ぐ方法も知らないし、そもそも、この世界でしばらく生きるにはどうすればいいのかも分からないのだ。
時也は色々と考えながら果物をかじる。そして果物を食べきったあと、口を開いてリムに話し掛けた。
「なあリム。しばらく協力しないか?」
「どういうことですか?」
「しばらく一緒に行動しないかって聞いてるんだけど」
「……えっ!? そ、そんな……私程度の人間がと、時也さんとなんてお、おこがましい……!」
リムは見るからに狼狽しつつ答える。
「え? いや別にそんなことは……」
「私みたいな底辺層の常時発情中淫乱ブサイク寸胴断崖絶壁能天気なクズである出来損ないのふぬけでチキンのメス豚風情が時也さんみたいな素敵な人となんて……」
「お前の自己評価ヒドすぎじゃねぇかな!?」
リムがその通りの人間だったなら地球上の9.9割の人間はリムの自己評価×10ぐらいひどいことになるだろう。その自己評価の低さは友達や彼氏がいないせいなのだろうか。
「そ、そうですか……?」
「大丈夫だから! 大丈夫だから!!」
時也は必死になだめる。このままではリムが大泣きしてしまうと考えたからだ。
「あ、ありがとうございます! 時也さんのおかげでまだ人間でいられそうです……」
「大げさ過ぎると思うけど……」
時也は考える。
(取り敢えずはこのまま情報収集しながら、色々と考えないといけないな)