第2話 ゲーム通りにいかない
何故かトラオの世界に来た時也だが、現状、何をすればいいのかが分からないみたいだ。
ゲームではクエストをクリアしてプレイヤーキャラを強くしたりアイテム収集などと出来ることは色々あった。けれど、今の状況ではすべきことを見つけられないのだ。普段なら適当な誰かとクエストして遊ぶのだが、今は周りに誰もいないからそれも出来ない。
「……取り敢えず、転送石でも使って一番近い町まで行くか」
転送石とは、一番近い村か町に転送する為のアイテムであり、必須アイテムの1つでもある。その理由は単純に、自分が危険な状態にある時に安全な場所にすぐ移動できるからだ。
トラオではクエスト中に死にそうになったり町や村から他の町や村に行く時、クエストリタイアした時に使う。トラオではクエストを途中でリタイアしても元の町に強制的に転移したりしないからだ。
「……あれ?」
時也はここで、とても大変な事実に気が付いてしまった。
「……アイテムってどう使えばいいの?」
普段ならメニューウィンドウの中にあるアイテムの欄をクリックし、その中にあるアイテムを使えばいい。しかし、時也はどうやってウィンドウを出すのかが分からないのだ。
取り敢えず適当に空中を指でなぞったり、適当に手を動かしたりしてみるが、ウィンドウが出てこない。
それはつまり、アイテムを使えないということ。
「絶望じゃねぇか!! アイテムを使えないネトゲとかよっぽどじゃないとクリアできねぇよ! それに俺は紙防御の前衛職だぞ! 後衛がいないと最上級モンスターに勝てねぇよバカヤローーーー!!」
一応、時也は伝説級の装飾品である【不死の輪】という腕輪を付けてるからそう簡単には死なない。
【不死の輪】の効果は自動回復。10秒ごとにHPの一割を回復出来る装飾品だ。ゲームのバランスブレイカーとも呼ばれる伝説級アイテムの中でもこれはかなり便利だと時也は思っている。
「はぁ。でもアイテムが使えないんじゃ仕方ない、歩くか。町に行けば馬車ぐらい買えるだろうし、今は我慢だな」
馬車などの移動手段が無い以上は歩くしかない。ゲームの中では町や村で馬車を買うことが可能であったので、それをアテにしようということだ。
「……ん? ちょっと待てよ?」
時也がトラオをプレイしてた時に集めたアイテムや金は、一体どこに消えたのだろうか。
「ちょっと待てやああああ!! 集めた金とアイテム全消去とかふざけんな!! どんだけ頑張って集めたと思ってんだゴルァ!!」
アイテムを集めること自体は難しいことではないが、やはりレアアイテムや強力なアイテムは入手するのにある程度の労力が必要になる。
そうやって苦労して集めたアイテムが全て消えてしまったというのは、絶望を覚えるには充分な状況だ。
例えるなら、家に帰ったら家が燃えていた感じだろうか。
「はっ! そうだ、俺にはまだ銀行に預けてた金とアイテムがある筈だ!!」
トラオの町には銀行があり、そこに金とアイテムを預けることができる。
プレイヤーキャラのアイテムストックにはかなり余裕があるし、PKされても負けた側にペナルティは無いので、銀行を使ってるプレイヤーはほとんどいない。
しかし、時也はこんなこともあろうかと金とアイテムを半分ほど預けておいたのだ。時也は心から過去の自分の判断に感謝した。
「そうと決まればさっさと町に行かないと! 村じゃだめだ銀行がねぇ!!」
これで町を探すという方針が決まったので、時也はそのまま道なりに歩き続けることにした。
彼が道を歩いていると、中級モンスターであるオーガが現れた。
3メートルくらいの人間のようなモンスターであり、これを1人で倒せれば下級レベルからは卒業できるとゲームでは言われてる。
「ガアアアアア!!」
オーガは1体のみ。普通の奴よりも少しだけ大きいようだが、そんなことは時也にとってはどうでもいいこと。
「どうせ俺の敵じゃねぇからな!!」
時也は2本の剣を抜いてオーガに向かって走り出す。オーガはそんなに遅いモンスターではないが、時也と比べればウサギとカメだ。オーガは絶対に彼に追いつくことが出来ない。
(……そういや今の俺って何が出来んだろ?)
今の時也は現実の世界では出来ないようなことが出来る。体操選手のような動きも出来るので、戦いの場でもそういった動きが出来るのかどうかを、時也は試してみたいと思ったのだ。
「……ハイ、結論出ましたー。余裕です」
時也は一度のジャンプでオーガを飛び越え背後に回り、オーガの右腕を切り落とした。その断面からは筋肉や骨などが見えるが、ゲーム同様、血が流れてない。
「やっぱゲームの世界なんだな。さっきオークと戦った時も思ったけど、血が流れない」
設定ではこの世界のモンスターは魔力で構築されており、死ねば魔力になる。時也たちプレイヤーのMPが自動回復されるのはこの世界の大気に混じっている魔力のおかげだ。
モンスターはこの大気中の魔力が何故が集まって個体となり、意志を持つことで生まれる。要するに、モンスターは生き物のようだけど生き物じゃないという意味であると考えるのが自然だろう。
だからと言うべきか、この世界には現実世界と同じように動物もいる。犬や牛、馬やその他諸々が。
「さて、オーガくん。どうやって俺を倒すよ?」
切り落とした腕はもう既に気体となって消えており、痛みのせいなのかオーガは腕の断面を抑えている。
(でも放っておいたら後ろから攻撃されそうだしなぁ。ここで倒しておかねぇと)
時也は自分のカンストした速さを理解するために、オーガの攻撃を避け続ける。
オーガは手に持った棍棒で時也を攻撃して来るが、時也にとってはどれも遅い攻撃だった。これでは一生かかっても時也に攻撃を当てることなど出来はしないだろう。
オーガは時也に攻撃が当たらないことでイライラしているのか、だんだん攻撃のパターンが単調になってきている。
(ここが潮時かな)
時也はバックステップでオーガとの距離を作った。時也は軽くやったつもりだなのだが、時也の脚力はとんでもないので、軽いバックステップで10メートルもの距離が開く。
「ガアアアア! グルウアア!!」
「ご立腹かいオーガくん。悪いな。実験に付き合わせちゃってさ」
猪突猛進に突っ込んでくるオーガの攻撃を綺麗に避け、時也はオーガの心臓を突き刺した。
時也が剣を引き抜くと、オーガはそのまま前のめりに倒れる。
「う~ん。なんか生き物殺してるみたいで嫌だな。感触もなんかそれっぽいし」
オークを斬った時の感触は、料理する時に包丁で肉を斬ったりする時の感触に近いだろうか。時也の剣が相当に鋭いため、あまり骨と肉の違いを感じないままスパスパと斬れているだけなのかもしれないが。
「さて、先に進むか」
そのまま道なりに進むと、大きな森が見えて来た。時也の記憶にある地図が正しいのならば、この森を抜けたら町に着く。時也が歩いていると、早速ザコモンスターが現れた。
「出て来てそうそう、悪いけど死ねやあああ!!」
剣を抜いてサッと走ってスパッと斬ったらハイ終了。やはり時也自身がかなり強いおかげか、中級以下のモンスターでは時也にダメージを与えることは出来ない。
そうして進んで行くと、時也はゲームの中で採取ポイントと呼ばれていた箇所を見つけた。採取ポイントとは、調べると何らかの薬草類が手に入る箇所であり、森の至る所にある。
「これって今も使えるのかな?」
時也は採取ポイントに近寄って適当に触ってみるが、反応はない。
「やっぱりか……なんかこの世界、ゲームと同じようで違うんだよなぁ」
というより、パソコンの前にいたプレイヤーに出来たことだけが出来なくて、プレイヤーキャラが出来たことだけが出来るという方が近いだろうか。
だが、そうなるとほとんどのことが出来なくなる。フレンドやギルドメンバーとチャットも出来ないし、アイテムやスキルも使えない。装備変更も実際に着替えたり装備を直接付け替えたりしないと出来ないだろうし、ログアウトも出来ないのだ。
「……ログアウトか」
この世界がゲームの中であるのなら、理論的にはログアウトできれば現実世界に戻れるということになる。もしここが異世界ならログアウトなんて出来ないだろうけど。
(一応、ログアウト出来るかどうかぐらいは調べておくか)
ログアウトの手段は2つ。メニューウィンドウでログアウトを押すか、転送ゲートの一番下にあるログアウトボタンを押すこと。
転送ゲートまで行くのは面倒だから、メニューウィンドウのボタンを使ってログアウトするのが普通だが。
「ま、転送ゲートでも探すか」
転送ゲートは町にあるので、どちらにしろ町に行くという時也の目的は変わらなかった。
「キュラアアアアア!」
「ハイハイ。またザコモンスターか。瞬殺してやるからちょっと待ってろ」
時也は剣を構えた。
(……魔法も試してみたいけど、メニューウィンドウが出せなければスキルが使えない。イコール、魔法も使えないってことだしなぁ)
スキルが使えないネトゲなんて縛りプレイにも程がある。そんなゲームをクリアできるプレイヤーは多分この世にいない。
「……叫んでみちゃう?」
一般的に、マンガやアニメだとスキルの名前を叫べば発動することが多い。時也はそんな感じでスキルが発動する可能性が少し位はあるかもしれないと考えた。
「クリムゾン・ヘルブラスト!!」
取り敢えず右手の剣を相手に向けて魔法の名前を言ってみた。
「……」
しかし、何も起きな――
「うわぁ!?」
いきなり剣先に魔法陣が現れ、時也に使える火属性魔法の中でもかなり強い魔法が相手に放たれた。
クリムゾン・ヘルブラストは相手に火属性の巨大な球体を放つ魔法。ちなみに、中級モンスターはこれ一発で死ぬ。
これは下級のザコモンスターが受け止めるにはあまりに強大な魔法であるため、ザコモンスターは一瞬で蒸発した。
「なんというか死に際が妙にリアルなのって気持ち悪いな……」
ザコが蒸発して死んだために辺りに何とも言えない匂いが充満し、液体になる前の死体は沸騰していた。ぐつぐつと、ボコボコと体中の液体が沸騰し、焼けただれた皮膚は悲壮感を出していた。表情はまるで地獄を見たかのようなひどい物であり、見るに堪えない。
(これからは苦しませずにモンスターを倒す方法を考えておく必要があるかもしれないかな)
時也はモンスターの死体を眺め、そんなことを考える。
「……まぁそれより、これからは魔法が使える訳か!」
これはかなり大きな収穫であると言えよう。
そしてそのまま森の奥へ進んだ時也は、森の中心部に辿り着いた。この森の中心は所謂ボス部屋であり、ここでボスを倒さなければ先には進めない。
だが、ここで戦うボスなんて所詮はレベル500から600程度の中級モンスター。時也の敵には――
「ギャルウウウオオオオオオオオオ!!!」
「お、俺の敵には……」
上空から降りて来たのは最上級レベルのモンスターである、死龍王デスドラゴン。
「ちょっと待てやあああああ!! なんでお前がこんなところにいんだよ!?」
デスドラゴンはレベル1000の最上級モンスター。通常のプレイでは出会えない敵だ。
レベル1000のモンスターは期間限定のレイドバトル(数多くのパーティやプレイヤーが協力して行うクエスト)でしか出会えないのだ。
それ以前に、この森は多くのプレイヤーが通る道。レベル1000のモンスターがいればほんの僅かのプレイヤーしか通れない。
「つーかこいつを倒さないと先に進めないとかマジで……?」
前に時也がデスドラゴンは倒した時は、彼を含めて5人のパーティだった。しかし、今の時也はたった1人。状況はかなり悪い。
しかし、デスドラゴンを倒さなければ先に進めないのも事実。転送石がない以上はもう逃げることも出来ないのだし、やるしかない。
(覚悟を決めろ。俺は強い。俺は最強のプレイヤーの1人なんだ)
時也は一瞬だけうつむいて、すぐに顔を上げて叫んだ。
「……覚悟しろよ、デスドラゴン。テメエを1人でぶっ殺して、みんなに自慢してやるわボケええ!!」