第1話 ゲームから異世界へ
楪時也はとあるVRMMOを毎日プレイしており、現在高校二年生の時也が中学一年生の時から5年間必死にプレイしてきた結果として、現在は最上位のプレイヤーだ。
時也がプレイしているゲームの名前は『トライ・ソウル・オンライン』。通称、トラオ。
トラオは10年前に突然、前触れもなく発売されたVRMMO(仮想現実大規模多人数オンラインゲーム)である。ちなみにVRMMOとは、自分がまるでゲームの世界に入ったように感じることが出来る認知科学による技術を使ったオンラインのゲームのことだ。
トラオの発売元、使われているプログラムや技術などは全て不明であるが、プレイするには支障が無い為に多くのプレイヤーはそれらを気にしなかった。
ゲームをプレイする際には、ゲーム機に繋がっている専用のフルフェイスヘルメット、両手分の手袋、両足分の靴の計3つの道具を身に付ける。それらを身に付けたなら、ゲーム機の電源を入れて目を瞑るだけでいい。瞬きの瞬間、プレイヤーはさも自分がゲームの世界に入ったかのように知覚するだろう。
ゲームの中で歩きこうとすれば歩けるし、走りたいと思えば走れる。同じように手に持った武器を振るいたいと思えば自由に振るえるし、現実世界で出来ることは大体できる。
アイテムとスキルの使用やステータスの確認、他にもゲームをする際に使うほとんどの機能は、空間を指でなぞることによって出るメニューウィンドウのコマンドを押せば可能だ。それらはタッチ式であるので、スマートフォンやタッチ機能のある液晶端末のように使えばいい。
ゲームの世界観はとても単純で、三つの国から自分の属したい国を選び、その国の騎士になる。国や国民から命令やお願いをされればそれはクエストとなり、クリアすれば金やアイテムが手に入るというものだ。
今日も時也はトラオにログインし、いつも通り何も考えずにクエストを探し始めた。
「取り敢えず、適当にクエスト探すか」
特に受けたいクエストはないので、時也は中世ヨーロッパのような町をぶらぶらと歩いている。RPGなどのゲームによく見られるようなデザインであり、建物も西洋風のものがほとんどだ。
ゲームである為に町の風景に変わりは無い。ゲームを始めてプレイした時から変わらない光景を見ている時也はふと思う。自分はあの時と比べて強くなったなぁ、と。
今の自分は最上級のプレイヤー。レベルは当然カンスト(最大になっていること)しているし、装備も最上級である伝説級ばかり。それでも流石に1人では上級モンスターには勝てないが、中級プレイヤーが他に5人もいれば勝てる場合が多い。
ではここで、この世界のジョブについて説明しておこう。これがこのゲームの特徴であり、とても大事なものだ。
まず、このゲームのジョブは五種類に分かれている。最下級、下級、中級、上級、最上級といった感じだ。
プレイヤーが最初に選べるのは最下級ジョブのみで、1つ上のジョブを解禁させるには特定のジョブのレベルをカンストさせなければならない。
つまり、最上級のジョブを手に入れる為には物凄い数のジョブのレベルをカンストさせなければならないのだ。
時也のジョブは最上級ジョブの1つであるバーサーカー。スキルも装備も前衛職な為、後衛がいないと辛いジョブだ。後衛職がいれば無双できるジョブでもあるが。
「あ、ヤキトリさんじゃないですか。クエスト探してるんですか~?」
時也に話しかけて来たのは彼の知り合いプレイヤーであるキントウン。トラオを始めて間もないらしく、ジョブは下級で、ジョブのレベルは30。プレイヤーのレベルは76だ。
このゲームは多くのジョブのレベルを上げなくてはならない都合上、プレイヤーのレベルとジョブのレベルは分けられている。プレイヤーレベルの最大値は1000で、ジョブレベルの最大値は100。
ちなみに、ヤキトリというのは時也のプレイヤーネームだ。時也の名前を反転させて頭に「リ」を付けただけの単純な名前である。
「キントウンさんじゃないですか。そうなんですよ。クエスト探し中です」
「ちょっと相談なんですが……僕のクエストを手伝ってくれませんか?」
「いいですよ」
「ありがとうございます! 準備は必要ですか?」
「このままで大丈夫です。キントウンさんは平気ですか?」
「僕も大丈夫です! それでは転送ゲートに向かいましょうか。クエストはもう受注してあるので大丈夫です」
トラオではクエストが発生したら転送ゲートからクエストのフィールドへ向かうことが出来る。そしてフィールドに着いた瞬間にクエストが始まるのだ。
なので、転送ゲートに辿り着いた時也たちはそのままクエストのフィールドであるグエン草原へと転送された。
時也はクエストの内容も聞かずにクエストを受けたので、メニューウィンドウを開いてクリア条件を見る。
「クエストの内容は……最深部のボスを倒すことか」
「はい。すみませんね、ヤキトリさん。レベルの低い僕に付き合わせてしまって」
「気にしなくていいですよ。俺は誰かと一緒に遊ぶのが好きなだけですから」
そう、時也は最強クラスのプレイヤーだが、根本的にはみんなと楽しく遊びたいだけだ。ゲームの中では子供も大人も同じように一緒に遊べるからこそトラオを好んでいるのである。
時也たちが草原を歩いていると、早速ザコモンスターが出て来た。ではここで時也とキントウンのステータスを見てみるとしよう。
名前:ヤキトリ
ジョブ:バーサーカー
プレイヤーレベル:1000
ジョブレベル:100
HP:10000
MP:1000
攻撃:1000
防御:0
魔力:1000
魔防:0
速さ:1000
回避:0
命中:1000
名前:キントウン
ジョブ:術師
プレイヤーレベル:76
ジョブレベル:30
HP:2305
MP:380
攻撃:145
防御:120
魔力:200
魔防:217
速さ:89
回避:165
命中:62
これが、最上位プレイヤーと下級プレイヤーの差だ。そのステータスの差はかなり大きく、時也がクエストに参加するのとしないのでは大きく結果が異なる。
ちなみに、1つ補足がある。このゲームでのステータスカンスト数値は1000だが、750を超えるには装備品によるステータス補正を受けなければならない。装備品によって補正数値は異なるので、合計値が自分よりレベルの低いプレイヤーを下回ることもある。
しかし、このゲームでは合計値よりも個々のステータスの高さの方が意味を持つ。攻撃と防御が共に750のプレイヤーよりも、攻撃が1000で防御が0の方がゲームでは有利になるのだ。
「ボスのレベルは100……うん。オッケーだ」
自分たちが受けるクエストのボスはレベル100。正直、自信を持ってザコだと言える相手だ。
時也は武器である『ゲイルクロウ』と『バリアブレイカー』を構える。トラオには片手装備と両手装備があり、職業によっては片手装備を2つ装備できるのだ。
気分的に何となくストレッチをしていると、キントウンが話しかけてきた。
「相変わらず凄いステータスですね、ヤキトリさん」
「バーサーカーですから。これぐらい尖ってる方が面白いかなーと思いまして」
時也のプレイヤーレベルとジョブレベルはカンストしているが、このステータスでいる以上、弱い相手からの攻撃でも食らえば大きい。高レベルのモンスターの攻撃を食らえばたった一発で瀕死になる場合がほとんどだ。
時也たちはそのままボスの部屋までノンストップで進んで行き、難無くボスである獣型のモンスターを倒して拠点である第三国に帰還した。
そのボスモンスターのレベルは100なので、時也のスキル攻撃を当てれば一撃で死ぬ。その為、全く苦労せずにクエストをクリア出来た。
ちなみに、3つの国の名前は決まっていない。第三国という名前は選択する時に三番目に選べるからという適当な理由でプレイヤーたちが決めたものだ。
「ありがとうございましたヤキトリさん。僕はもう落ちますね」
「こちらこそ。またクエストに行きましょうね!」
キントウンはメニューウィンドウを開いてログアウトボタンを押し、そのままログアウトした。
(さて、俺はどうしようか。フレンドやギルドメンバーでも誘うか、それともいっそのことソロで行くかな)
時也が色々と考えていると、1人の女性プレイヤーが時也に話しかけてきた。
「こんにちは、ヤキトリくん」
現れたのは東條楓(とうじょうかえで。プレイヤーネームに本名を使うプレイヤーであり、時也の所属するギルドのメンバーの1人だ。時也は楓とゲームの外でも何度か会っているので、楓が時也の1つ年上である高校三年生の女性であることを知っている。
楓は自分が高校に上がった時にトラオを始めたらしく、それと同時に時也の所属するギルドに入ったと聞いた。楓はたった2年で最上級レベルのジョブ手に入れてプレイヤーレベルとジョブレベルカンストしてしまった廃人であり、今は時也と同じ最上位プレイヤーだ。
時也も廃人と言われるぐらいトラオを5年間やり込んでいたが、時也は楓にたった2年で追い付かれてしまったのである。
「こんにちは楓さん。楓さんもクエストですか?」
「いいえ、私は新しい装備でも見てみようかと思ってたの」
それは伝説級装備で身を固めたプレイヤーが言うべきセリフではないので、時也は楓の無知さに飽きれた。今の楓が装備している装備より強い装備はほとんどないのだから。
ではここで、楓のステータスを見てみるとしよう。
名前:楓
ジョブ:パラディン
プレイヤーレベル:1000
ジョブレベル:100
HP:7500
MP:750
攻撃:750
防御:750
魔力:750
魔防:750
速さ:750
回避:750
命中:750
これは怖いぐらいに均等で極端なステータスだと言えよう。しかも楓はパラディンなので、攻撃、強化、回復と全部1人で出来る。何でも屋といったところだろうか。
「取り敢えず、久々に村に行きたいわね」
「いいですよ。それじゃ早速、町から出ましょうか」
そうして時也と楓は今いる町から出て、近くの村へと向かった。
トラオには3つの国が存在する。それは1つの大きな三角形の大陸にあり、それぞれの角の位置に王都が存在している。その間には村や町があり、モンスターも徘徊している。
転送ゲートはクエストを受けている時にしか使えず、他の村や町に行くためには馬車を使って移動するか、徒歩で行かなくてはならない。だからこそ、トラオのプレイヤーはログインする時に選んだ村か町からは出ないことが多い。わざわざ他の町や村へ移動するのは特殊なクエストを受けた時か、受けたいクエストが1つも見つからなかった時だけである。
「あ! ヤキトリくん、あそこ!」
「え?」
画面の右下にあるミニマップにはプレイヤーの存在を示す点がいくつか記されていた。どうやら、この近くに時也と楓以外に何人かのプレイヤーがいるみたいだ。
「行きましょう!」
楓はそのまま走って行き、プレイヤーにデュエルを仕掛けた。今の楓は少し好戦的になっている。ヒマだからだろうか。
楓にデュエル(プレイヤー同士のバトル)を挑まれた相手プレイヤーの数は5人。彼らは戸惑っているようだが、デュエルを挑まれたことを理解してすぐ楓の迎撃に移った。
「こんなところでデュエルを挑まれるとは!」
「しかし、挑まれたならば負ける訳にはいかない! 迎撃するぞみんな!」
「「「おう!!」」」
時也は相手のステータスを確認した。
相手はかなり気合が入っているようだが、全員レベルは500代で、ジョブレベルは大体40から70だ。つまり、5人全員が中級のプレイヤーである。
大した相手ではないし、時也が参加すると瞬殺してしまうので、少し様子を見ることに決めた。
楓は強化スキルを使い、自身のステータスを上げた。その後にスキルを使って相手の1人を攻撃する。
楓のステータスはスキルで上がっているし、そもそも元から高いのだ。故に、その攻撃を食らえば――
ご覧の通り。相手のHPが一気に三分の一にまで減った。相手も楓に攻撃を当てているが、楓の高い防御と魔坊の前にはあまり意味を成さないようだ。
しかし、塵も積もれば山となる。相手全員のHPがそれぞれ残り2割になった時、楓のHPは半分になっていた。
「よし、レベルがカンストしている相手に勝てそうだぞ!」
「相手が1人なら皆でやれば勝てるね!」
相手は喜んでいるようだが、そこで楓はとあるスキルを使った。そろそろ倒せそうなところで回復スキルを使うというのは相手からすればもはやイジメの領域にあるだろう。
このタイミングでの回復スキルの使用というのは、鬼畜の所業だと時也は思った。
楓が回復したことを確認した5人は見るからに焦っている。
「回復スキルだと!?」
「こいつ、強化ができて攻撃もできて、なおかつ回復もできるなんて……ジョブは何だ!?」
彼らは知らないようだが、その3種類をこなせる職業はいくつかある。楓はその中の最上位職であるパラディンだ。
(これで相手も軽く絶望したみたいだしサッと終らせてやるか)
離れて楓の戦いを見ていた時也はデュエルに参加し、相手を攻撃した。スキルを使わないただの通常攻撃だが、時也の速さがカンストしているのとバーサーカーの基本スキルにより、連続攻撃のようなことが出来る。
分かりやすく言うと、普通、通常攻撃をすれば次に行動を再開できるまでに5秒ぐらいかかる。だが、時也は2秒ごとに攻撃できるのだ。
それに時也の攻撃ステータスもカンストしているので、レベル500程度の相手なら3回ぐらい通常攻撃を当てれば死ぬ。
そうして時也の通常攻撃により5人は無残に死んだので、拠点まで強制的に転移させられた。
「ま、レベル500代ならこんなもんか」
「やっぱり普段相手にしてるデスドラゴンとか海翠龍と比べると弱いわね」
「そりゃそうですよ」
楓が言った2種類のモンスターは両方とも最上位レベルのモンスターだ。そのレベルは900-1000なので、レベル500の、しかもプレイヤーと比較すればそれらのモンスターの方が強いに決まっている。
そうして時也たちは移動を再開し、村に辿り着いた。
「やっぱり、町と比べると難易度の高いクエストは少ないわね」
「村は初心者から中級者まで。町は中級者から上級者までって言われてますからね。難易度の高いクエストが少ないのは当然ですよ」
「あら、そうだったの。知らなかったわ」
「楓さんは基本的に町にログインしますもんね。しかも初心者だった時も俺やギルドメンバーとパーティーを組んでたから最初から高難易度に行ってましたし」
「おかげで結構速くレベルが上がったわ。ありがとうね」
「いえいえ」
楓はこう言ってるが、時也たちがパーティーを組んだ翌日に楓のレベルが異常に上がってたという話は毎度の如くあった。しかも楓はご丁寧にソロクリアをしなければ手に入らない装備品を装備してログインしていたのだ。
本人は気付いてなかったのだろうが、それはつまり、難易度の高いクエストを単独でクリアしていたということに他ならない。時也は楓がモンスターの行動を読んだり、パターンを掴むのが上手いということを知っていたが、予想よりも楓は優秀だったということなのだろう。
「そういえばヤキトリくん。リムってプレイヤー、知ってる?」
「いえ、初めて聞く名前ですね」
楓が思い出したような表情で時也へ問う。しかし、時也はリムという名前のプレイヤーを知らないし、聞いたこともない。
「最近そのリムってプレイヤーが色んなところで記録を塗り替えてるらしいわよ。ヤキトリくんのタイムアタッククエストの記録もいくつか破られたらしいわ」
「……マジですか?」
「マジよ」
タイムアタッククエストとは、そのクエストをクリアするまでに掛かった時間でプレイヤーを順位付けするクエストだ。単族で行わなければならない為、クリアすること自体が難しいクエストが多い。
時也は全力でそれらのクエストをクリアしたので、しばらくは自分の記録を超える者はいないと思っていたのだ。もう破られたようだが。
「ちなみにその子、大賢者らしいわよ」
「後衛職の大賢者で俺の記録を超えたのか……。すごいな」
「1回くらい会ってみたいわね~」
「んじゃ、そいつに負けないようにクエストでも頑張るか……」
「中級クエストしかないけど構わないかしら?」
「いいですよ」
「それじゃ行きましょうか!」
そうして時也たちは、約三時間の間に多くのクエストをクリアした。その中にはタイムアタッククエストも含まれており、時也と楓でいくつもの記録を塗り替えた。
「もう夜ですし、そろそろ落ちますか?」
「そうね。もう落ちようかしら」
「それじゃ、楓さん。また遊びmmm」
時也がキーボードで文字を入力しようとしていたが、突然、糸の切れた人形のように座っていた椅子から落ちた。
何故か急に力が抜けたのだ。
(あれ、なんだか……力が……抜けた……? しかも、意識が……段々と……薄れて……。これは……なん……だ……?)
そこで、時也は意識を失った。
◆◇◆
「……んん」
時也が目が覚ますと、そこはよく知っている彼自身の部屋ではなかった。時也何故か、知らない草原で横になっていたのだ。
辺りは緑に溢れ、周りには建物が一切無い。どう考えても人が住むような場所ではないと言えよう。
濡れた芝生が気持ち悪いので、時也は起き上がって周りを見た。
(状況を整理しろ。俺はさっきまでトラオをプレイしていた。楓さんと何度もクエストをクリアして、3時間経ったころに落ちようと提案したんだった。それで俺は、挨拶を書き込んだらログアウトを押して寝ようかと思っていた)
時也は頭の中で先程までの自分の行動を思い返した。
(ここまでは大丈夫。だけど、そんな俺がなんでこんなとこにいるんだ?)
時也の自宅近くにこのような草原などないし、そもそも、家にいた時也をここまで運ぶメリット自体存在しない。金銭目的の誘拐というのなら話は分かるが、もしそうならこんなところで人質の時也を自由にさせておく筈がないだろう。
(一体、何が起こっているんだ?)
時也は立ち上がり、改めて周りを見てみる。立ち上がった時に時也は違和感を感じたので、視線を自分の体に移した。
「なんだ、この恰好……?」
時也が身に着けていたのは馴染みのジャージではなく、軽めの鎧だった。腰には2種類の剣を携えており、腕と首にはアクセサリーを付けている。どれも彼の持ち物ではない。
「……つーかこれ、トラオで俺が装備してた装備じゃん! 武器もアクセサリーも、全部俺の分身が付けてた奴じゃん!」
そう、時也が腰に携えていたのは『ゲイルクロウ』と『バリアブレイカー』。彼が装備していた2本の剣だ。時也は『不死の輪』も装備しており、その恰好はゲーム内でのヤキトリそのものだった。
「マジでどういうことだ? なんで俺が自分のゲームキャラと同じ武器とか鎧を装備してんだ?」
じっとしていられなくなったので、時也はアテもなく歩き始める。
(取り敢えず、歩いて他の人を探そう。そして色々と聞いてみればいいか。ここがどこなのかとか、時代とかその他色々を)
時也がそうしてしばらく道を歩いていると、目の前にモンスターが現れる。茂みから現れた合計3体のモンスターは、トラオでお馴染のモンスターであった。
そのモンスター――オークは二足歩行の豚のようなモンスターだ。棍棒を装備しているが、それを上手く扱えないような残念な知性を持つザコモンスターである。
「なんでだ!? なんでトラオのオークがここにいる!?」
時也は改めて考える。始めに彼自身が思い浮かべた事実が正しいのかを。
「やっぱり、ここはトラオの世界なのか……?」
到底信じられる話ではない。だが、そうでなくてはこの事実をどう説明すればいいのだろうか。
しかし、ここがゲームの世界だと言うのなら時也はレベルをカンストさせているし、装備も全て伝説級だ。負ける道理は無い。
時也はそのまま剣を抜き、オークの群れへと走って行った。
オークは時也の接近に気付くと、雄叫びを上げる。ゲームと全くオークの行動を確認した時也は、行動パターンも自分の知っているオークと同じだと確信した。
オークは基本的に大振りで、一度攻撃すれば次の行動までに10秒は掛かる。問題は時也の回避ステータスが0だということだが、これがどうなるのかは彼には分からない。
ゲームではギリギリに避けても、回避のステータスが低い時也は攻撃範囲からかなり離れなければダメージを食らっていた。
注意深く走る時也に、オークは問答無用で時也へと持っていた棍棒を振り下ろす。時也の速さがカンストしているおかげか直撃にはならなかったが、この距離では実際にあたっていなくともゲームではダメージを受けていた。
しかし時也にダメージはなく、サイドステップで攻撃を避けきった時也は左手の剣でオークの首を斬り、右手の剣で心臓の辺りを刺した。それによりオークは死んだ。
(ゲームとは少し違う……?)
時也が殺したオークの体は、すぐにドロドロに溶けてから気体となって消えた。ゲームと同じように、モンスターの死体はそのまま液状に溶けてから気体になって消えるようだ。
時也は続けざまに攻撃して来るオークたちの攻撃をいなし、先程と同じように攻撃を避けた瞬間の硬直時に剣で斬って、2体のオークを殺した。
これで時也は理解した。ここがトラオの世界であることを。
時也が使っていたプレイヤーキャラのステータスは時也自身に引き継がれ、装備品も同様に引き継がれた。つまり彼は現在、この世界において最強クラスの存在であると言えよう。
「なんだか燃えて来たな! これは楽しくなって来たぞ!!」
時也はあまり深く考えず、この状況を楽しむことに決めた。