捌滴:殺意 - Intentio Occidere -
※ ※ ※ ※ ※
「初見の方は、初めまして!常連の方々、お待たせ致しました!ご契約視聽者の皆樣、誠に有難う御座居ます!
本日の『サムライ殺戮士TV』は、丁・如意蘇我からお届けします。
此處からは熱戰必至の電腦網中繼對象死合となります。
實況は私、古澤義朗。解說は、マサ虎徹さんです。
虎徹さん、本日も宜しくお願いします!」
「あい、よろしゅ~」
「いやぁ~、劇場、あったまって來ましたね~!」
「そうだね~、あっついねぇ~。今、劇場内の室温、ドレくらい?」
「25度、体感では30度、否、35度を越えている、そう云っても過言ではないのではないでしょうか!」
「35度!?そりゃ凄いなっ!今の時期でこんなに暑いんじゃ、年末には80度越えちゃうだろ!ガハハ」
「…扨、中繼死合1死合目、本劇場では4死合目となる次の死合は、お待ち兼ね!ミス・クローディアによる七番勝負への挑戰になります。
どうですか、虎徹さん!」
「うん!いいよね、凄いよねぇ~」
「虎徹さんの目から見ても、矢張り彼女は凄いですか?」
「そりゃあ、あんな小さい少女がさぁ~、七番勝負に挑むんだ、凄くない訳ないだろ~?迚もじゃぁないが~、少女う(想像)出來ない、なんつってな!ガハハ」
「…其れでは、期待の新星“吸血人形”クローディア孃、C級1組への昇級を賭けた試練の七番勝負第3戰、閒もなく開始のサイレンです」
―――――
心謎解色絲鬭のクラス分には嚴格な取り決めが在る。
より上位のクラスへの昇級には、殺戮士としての活動期閒や死合數、勝ち星の數他、一定の基準が存在している。
C級2組からC級1組への昇級、卽ち、最初の昇級は、殺戮士經驗年數1年以上、公式死合數12回以上、亦は8勝以上、或いは、經驗年數2年以上、公式死合數16回以上、亦は12勝以上、若しくは、經驗年數5年以上、公式死合數30回以上、亦は24勝以上の戰績を擧げた者に限られる。
畢竟、昇級は基本、年一囘。
倂し乍ら當然、此の規定には例外も存在する。
帝國殺戮士評議會の規定で定めた一定數の屠殺劇場每の王者獲得や公式勝拔戰、公式大會の優勝者、上位クラスに在る殺戮士も參加する總當たり戰で勝ち越す他、幾つかの昇級機會が設けられている。
クローディアが現在挑戰中の“七番勝負”も昇級に於ける例外の一つ。
半年以内に上位クラスに在る殺戮士達と七度戰い、勝ち越せばC級1組への昇級が決定。
クローディアは旣に七番勝負で二勝を擧げていた。
クローディアの此處迄の戰績は、船橋若松劇場での3勝を除き、四戰4勝。
特に丁・如意蘇我劇場では四戰全て、對戰相手を屠っている。
赫映を除く6名の殺戮士を是迄に屠った事になる。
此の數字其のものは驚くには値しない。
驚く可きは、龍也と出会ってから未だ三週閒と經っていない事。
丁・如意蘇我に舞臺を移してからは連日、參戰している。
若松劇場では對戰予定に難がある上、龍也が止めていた事もあり、比較的緩やかなスケジュール、其れでも十分對戰數は多いのだが、熟して來た。
倂し、今は連日の對戰。
是程の過密スケジュールは、街頭決鬭上がりの殺戮士か醫療支援が充実した者、再生能力等の特異な異能や性質を有する者、命知らず、死に志願り、狂人の類、若しくは、眞の强者くらいなもの。
彼女がどれに當て嵌まるのか、は追々。
――LIVE中継
「さあ、下手コーナーから、丁・如意蘇我の舞臺に彗星の樣にデビューした銀髮の少女、人呼んで“吸血人形”、ミス・クローディアの入場です!
本日もメロディアスでハード、ドラスティックな入場テーマソングに乗せて颯爽華麗な登場です。
いや~、其れにしてもどうですか、虎徹さん、彼女の姿は!
丸で御伽噺に出て來そうな北欧の妖精を思わせる樣な何とも云えない幻想的で惡戲な雰圍氣。其れでいて背德的とも退廢的ともつかない裝い。美しくも儚い、そんなニュアンスが心謎解色絲鬭の舞臺にジャストフィットしてませんか?
正にッ、心謎解色絲鬭の申し子、そんな感じさえ漂って參ります!」
「否々、古澤さん。彼女はああ見えて、實は苦勞人なんですよ」
「えぇっ!?虎徹さん、クローディア孃の經歷をご存知なんですか?プロフィールの殆どがシークレットなので、私は全く存じ上げないのですが」
「いいえ、全然知りませんよ」
「えっ?」
「ほら、彼女の名前。苦勞では(クローディア)?なんつって!ガハハ」
「…おーっと、テーマソングが和ロックに変わりました!
上手コーナーからは本日の七番勝負の相手、クローディア孃の前に立ち塞がる大きな壁となる猛者の登場。
B級2組からの刺客、新伍獸功夫の使い手にして支那ニンジャの子孫、誰が呼んだか“燃えよニンジャ”、蕭文衡の入場です。
本日もド派手な緋色のニンジャ裝束を纏い、輕業師宛らのアクロバティックな跳躍を伴いステージイン。
虎徹さん、どうでしょう、蕭の調子は?」
「良く見えるね!彼、今日絕好調じゃない?」
「ほ~、そんなに調子良く見えますか?」
「うん、いいね。こりゃ~此の死合の主役は、彼女じゃなくて彼かも知れんね」
「ほほぅ、其處迄いいですか!具体的にはどの邊りでしょうか?」
「ほら、彼の忍裝束。見事な緋色!なんつってな!ガハハ」
「…それでは七番勝負第3戰の幕が切って落とされます」
――丁・如意蘇我劇場
舞台上、二人の殺戮士が互いに向き合い、舞台行司が各々ルールを説明する。
今回の七番勝負では、火薬を用いた弾丸や類似する飛来物の射出を伴う銃器以外全ての武器の使用が認められ、死か戰鬭不能、亦は、ギブアップの孰れかで勝敗が決する。
セコンドによるタオル投入は投了と見なすが、行司制止判斷や醫師停止措置等のTKOは存在しない。
TKOが存在しない為、もし、一方が反則となる銃器を隠し持ち、其の使用が認められた場合、劇場各處に配置された数名のスナイパーと設置されたオートスナイプ裝置から直ちに威嚇射撃、或いは、射殺措置が実行される。
所謂、デスマッチ・スタイル。
所持品検査の後、蕭文衡とクローディアは舞台中央に促され、互いに握手する様、行司に求められる。
クローディアは渋々、蕭と握手を交わす。
恐らく、舞台袖に居る龍也にしか分からない程度、少女は微かに訝しげな表情を見せつつ、死合開始線に迄下がる。
程なくして死合開始の合図警音が劇場中に響く。
開始線から半歩分足を引き、半身の体勢の儘、蕭は奇妙な構えを取り出す。
左手を軽く開き前方にくの字に腕を緩やかに突き出し、右手は何かを掴む様な形で頭上に掲げ、重心を半歩引いた方の足に掛け、緩然と動く。
――虚歩。
支那の武術に見られる歩型。
馬歩、弓歩、仆歩、歇歩、然して、虚歩。五歩型と呼ばれる支那武術の基礎に為て基本。
新伍獸功夫だの、支那ニンジャだの、巫山戯た戰鬭流派で紹介されていたが、龍也には分かる。
其れが鍛錬を十分に積んだ武鬭家の動きだと。
少なくとも、紛いものの其れとは違う。
クローディアは不用心丸出しの儘、カクンカクンと糸繰り人形宛ら、蕭に近付く。
彼女に武術や格鬭技、戰鬭術等の知識や心得は丸で無い。
其の“生來”の潛在能力のみで戰い、勝ち殘っている。
赤児の様に何にでも興味を示し、知らない事や疑問があれば貪欲に龍也に尋ね、自らウェブで検索をする彼女が、殊、戰い方に就いては全く知ろうとも、学ぼうともしない。
以前、1度だけ龍也はクローディアに尋ねた事がある。
何故、白兵戰や戰鬭法に就いて調べず、自分に聞かないのか。
恐らく、龍也が自分の中で最も自信のある事柄が此の武術や戰い方に就いて。
知らず知らず饒舌に為る、其れくらい龍也は此の辺りの知識が豊富。
にも関わらず、彼女は一切尋ね聞いて來ない。
其の理由に彼女はこう答えた。
――人間の戰い方を学び、知ってしまうと、その知識や情報による先入観に惑わされ、遅れをとって仕舞う畏れがある。
勘。血の為す生存本能、吸血鬼特有の生き存える個体性としての血潮が感じるが儘、其の“勘性”に生きる事こそが滅びの運命から免れる唯一の生存術…
――、と。
龍也は是を聞いた時、反論の句が無数に頭を過ぎったものの、言葉にはせず呑み込み、押し黙って静かに頷いた。
そう、記憶している。
彼女は、人が、人間が縛れる様な、容易い存在では無い。
筈、なんだ。
触れてはいけない存在、譬えるのであれば、神仏に纏わる恐れ多い様な、そんな禁忌なる存在。
其れが神々しいものなのか、禍々しいものなのか、そんな事はどうでもいい。
只、想うのは、
――無事に勝って欲しい。
其れだけ。
そんな龍也の期待とは裏腹に、クローディアの体は自由を奪われ、急に浮き上がり、両手を拡げられ、宙吊りにされる。
舞台床から2mくらいの高さ、何も無い中空に、どう云う原理なのか、釘付けとなり、制されている。
「ウ・カ・ツ!迂闊過ぎるぞ、小娘ッ!コレぞっ、新伍獸功夫が一つ、毒蜘蛛拳奥義“觸絲俘虜捕縛釣”!」
――はっ!?
舞台照明に照らされ、僅かに燦めく線状の存在に龍也は気付く。
観客席からでは視認不可能なのではなかろうか、と云う程に細い糸の存在。
天蠶絲――
ピアノ線ではない。
恐らくは、釣り糸の類。
其の糸が、クローディアの両手首に巻き付けられ、舞台の梁や床に括り付けられ、宙吊りにされたんだ。
何時の間に?
あっ――
死合前の握手。
クロの僅かばかりの怪訝な表情の正体は“これ”に気付いての事だったのか。
クタンと首を斜めに倒し、無表情に蕭を見詰めるクローディアは口を開く。
「…ナに、コレ?」
「その絲は、グラフェン水溶液に漬けた大因樹皮蜘蛛の吐いた絲に強化硝子繊維を編み込んだ超強化道絲。
仮に人工筋肉を埋め込んでいたとしても、其の絲を力尽くで断ち切る事は出來やしない。
下手に動けば、皮と肉を切り裂き、骨に食い込み、最悪、切斷に至る!」
「ヘー…dE、コレからドーすンの?」
「ふふふっ、是を見よ!」
蕭は右手でピースサインを裏向きに出し、甲をクローディアに向ける。
煽り目的ではない。
示指と丈高指の間にはカラフルな小型のボールが1つ挟まれている。
其のボールを器用に指の間を転がし、行ったり來たりを繰り返し移動させると、何時の間にかボールは3つに増えている。
「超反發護謨死球!ポリブタジエンに水和シリカ、ケイ酸、酸化亜鉛、ステアリン酸を用い、硫黄で加圧形成、中心部には鉛の空洞球を仕込み、其の中を水銀が満たす。
強い彈性に加え、予測不能な彈道を描く上、衝撃際には内容物たる水銀の慣性に因り、其の破壊力は数倍に増す!」
首を傾げた儘、左右色違いのカラコン入りの瞳を瞬きもせず見開き、
「ふーン…dE?」
「堪えられるか此の技をッ!新伍獸功夫が一つ、鐵砲魚拳奥義“無限跳彈煉獄打”!」
蕭はクローディア目掛け、勢い良くボールを放つ。
宙吊りにされ身動きの取れないクローディアの体にボールが打ち込まれ、跳ね返っては舞台の壁や床で跳弾を繰り返し、再び彼女の体を打つ。
出鱈目な軌道を取りながらも跳弾は的確にクローディアを襲い、ゴスロリ衣装の一部は裂け、レースや飾りは破れ、露出した肌に痣を作る。
唇を切ったのか、波爾多色のリップから不于的色の鮮血が滴る。
軈て、3つのボールは蕭の手許に戻り、指の間で其れを翫ぶ。
「さあ、お孃さん。早く投了した方が身の爲。瘦せ我慢を爲ていると取り返しがつかなくなる」
唇からの鮮血を其の小さな舌でぺろりと掬い舐めつつ、
「死合ヲ投げル程のダめージは負ッてナイよ?」
「――仕方あるまい…」
蕭はニンジャ裝束の懷から苦無と呼ばれる諸刄の短刀を二本取り出し、両手に握る。
続いて、腰から下げた合成樹脂で作られた竹筒風の容器を摑み、口許に近付け、クローディアに視線を送る。
「小娘相手に出す様な技ではないが仕方あるまい。
新伍獸功夫が一つ、赤龍霸王拳秘奥義“赤龍霸王咆吼拳”を使わざるを得ない!」
竹筒の飲み口から黒っぽい顆粒をサラサラと口に含み、頰を膨らませる。
狙い澄ましたかの様に窄めた口から其の顆粒を、捕らわれのクローディア目掛け、一気に吹き出す。
瞬刻、両の手に握られた苦無を噴出した黒煙の内、燧石の如く擦過、散った火花が連鎖し、火焔を巻き起こし、クローディアを包む。
「宛ら魔女裁判の火炙りが如し!さあ、投了せよ、小娘っ!」
其れ程激しくはない火力故、身を焦がす程、火焔は大きくはない。
併し、其れでも衣装を焦がし、肌に軽度の熱傷を与える程度には熱い。
焼け焦げ落ちる服の装飾を見て、微かに表情を曇らせるも、クローディアは落ち着いた様子で語る。
「オジSAN、殺意ヲ發しナいネ?」
意外な問い掛けに眉を顰めるも、蕭は答える。
「…私は殺戮士である前に武鬭家。年端も行かぬ小娘を摑まえ殺意を抱こう筈もない。精々、懲らしめる、が良い處」
「ソっか――天道から貰ッたオ洋服、ボろボロにサレたかラ、ちョっとムッと爲たケど…だッタら、赦爲てアゲル」
「ん?なに??」
クローディアの指先の爪がみるみると伸びる。
鋭い細劍宛ら、五指から伸ばした爪を手首を捻る様にして振るうと、甚も容易く道絲を切り裂き、自由を得て地に降り立つ。
伸ばした爪を再び短く収納し、手首を握り、その感触を確かめ乍ら、カクンカクンと首を左右に振りつつ、一歩一歩、蕭に歩み寄る少女。
「なんだとッ!?伸縮性の單一分子人工爪でも仕込んでおったか!
倂し、其れなら其れで斃す迄。見せてくれよう、新伍獸功夫が一つ、尾太蠍拳」
蕭は両手共、鷹爪と云う鷲摑みでも爲るかの様な手型をとり、上体を低く半身に構える。
左足を引き、膝を曲げ、右足を伸ばして重心を落とし、近付くクローディアに身構え、シーッ、と息を吐き出す。
そんな蕭の構え等お構い無しに、クローディアは無防備に、カタカタと進み寄る。
互いの距離が四尺に差し掛かった処で蕭は左足で強く床を踏み込み、上体を起こし、両手の鷹爪を少女の頭上から振り下ろす。
クローディアはスローモーに両腕を上げ、蕭の鷹爪を防ごうと動く。
其の彼女の動きに合わせるかの様に蕭は鷹爪を内側に捻り、クローディアの掲げた両手首の内側を摑み、左右に開く様に腕を押し下げ、自らの上体を沈める。
「かかったな!奥義“蠍鋏抑尾節頭碎踵”」
蕭は床すれすれに迄頭を下げ後背を撓らせ、左足を大きく後ろに振り上げ弧を描き、其の勢いで左足踵を少女の頭部に打ち据える。
驚く程の柔軟性に意外な攻撃手段、死角からの打撃の巧妙さに舞台袖で見守る龍也は目を見張り、慌てる。
クローディアは蕭の前転やバレエの動きにも似た縦回転の後ろ蹴りからの踵落としを諸に頭頂部に受け、両膝から崩れ落ち、其の儘、あひる座り。
続け様、背後に高々と掲げた左足を引き下げ、サッカーボールでも蹴るかの様に少女を蹴り上げる。
クローディアは投げ捨てられた縫い包みの様に舞台を転がり、下手舞台袖近くに迄吹き飛ばされる。
舞台袖から龍也は声を張る。
「クロっ!大丈夫かい?若し無理なら…」
タオルをぎゅっと握り締める。
クローディアはふらふらと立ち上がり、舞台袖を振り返り、無表情の儘目配せ、序でにVサイン。
「ダイじょーぶ、問題なイ。些少モ効いてナいから、そンなノ仕舞いなヨ」
「気丈な小娘だ。良かろう、投了せぬというのであれば、意識を断つ迄。新伍獸功夫が一つ、羣狼拳にて竟と爲よう」
蕭は下手側に歩み寄る。
透骨拳と呼ばれる手型は、丈高指を擘指で押し出す様に握った拳、龍也は一目見て其れと気付く。
確実に、仕留めに來た、そう思わせる。
尚も無防備極まりないクローディアは、丸で夢遊病者の様に無気力に立ち尽くす。
龍也は先程の蕭の動きから、旣に彼の一足一刀の閒合いを見切っている。
クロは恐らく気付いていない。
抑々、気にも掛けていない。
蕭は大道藝の如き奇を衒う樣な技を使ってはいるものの、彼の體捌きは紛れもなく本物。
であればこそ――
龍也は、蕭の一足一刀の閒合いに入る一歩手前の遠閒に差し掛かった時、峻烈な眼光を投げ掛け、“殺氣”を放つ。
蕭は咄嗟に歩みを止め、閒髮を容れず、龍也を凝視、身構える。
クロもチラリとこちらに視線を向けた、ような。
蕭が目を逸らした其の僅かの間隙、クローディアはカクンと一歩踏み出し、其の小さな左拳でジャブを繰り出し、モーションブラーでもかけたかの様なブレとボケ足の軌道を残し、顎先を軽く小突く。
ピンポイントで顎先を打ち抜かれた蕭の脳は首を支点に激しく揺すぶられ、間もなく白目をぐるんと剥いて垂直に腰を落とし、膝を床に付け、其の儘前踣りに倒れ込む。
慌てた素振りで行司が走り寄り、クローディアに離れる様促し、俯せに倒れた蕭を気道確保の為に回復体位の姿勢を取らせ、瞼を指先で開き、瞳孔を観察。
軈て、頭上で大きく両手を振り上げ、蕭の氣絕とクローディアの勝利を告げる。
――舞台裏楽屋
暴我乃境記錄會所屬殺戮士用に用意された楽屋。
複合屠殺劇場である丁・如意蘇我は数多くの殺戮士や関係者が集まる為、個室タイプの楽屋は一部の花形か王者、招待殺戮士、上位者に限られる。
通常であればB級2組の殺戮士は大部屋となるが、所屬叢社の暴我乃境記錄會向けに中部屋が楽屋と用意されていた。
「天道、何故あンな真似をシた?」
不機嫌そうにクロは語る。
あンな、と云うのは俺がタオルを投げ入れ様とした事だろうか。
クロの勝利を信じていなかった訳ではないが、酷い目に遭う様を見続けるのは酷だ。
敢えて、気付かない振りをする。
「何の事だい、クロ?」
「先刻ノ死合、相手のオジSANニ殺意を向けタでしョ?」
タオルの話ではなく、對戰者に殺氣を放った事を云っているのか?
「――当然だよ。クロを苦しめる相手に、敵意を向けるのは極自然の事だよ」
「違ウ。アれハ故意に仕向ケた殺意。其レに気付イたオジSANハ氣が削ガれ、一瞬ボクかラ目を離しタ」
矢張り、クロも気付いていた。
兎角、クロは感覚が鋭い。
其れが生存本能から齎されるものなのか、防衛本能からなのか迄は分からないものの、武人や兵士の危機意識にも似た感覚を、ナチュラルに身に着けている。
「…うん、ごめん。彼程武藝に精通している者ならば、殺氣を放てば此方に反応する、反応せざるを得ない、そう思ったからなんだ。
あれ以上、クロが痛い目に合う姿を見たくなかったから…」
クロは少し俯き、考え、間もなく口を開く。
「――…謝っタかラ赦爲てアゲル。素直ニ云ったカら赦爲てアゲル。
其レにボクも天道カら貰ッたお洋服、ぼろボロにしチゃッタし、おアいコ」
気の所爲?
いつも無表情な彼女が、僅かに微笑む、そんな気がした。
良かった。
機嫌を直してくれて。
俺の近くに居る者が苦しむ姿を、もう是以上見たくない。
妹も、勿論、クロも。
「…でモね、天道」
「!?えっ、なに?」
「コれだケは覺えテおいて欲シい。
ボクに危険ガ迫っテも、天道は天道だケの身ヲ按じ、其レを一番ニ考エるンだ」
「否、併し…」
「是ハ提案じゃ無イよ。主人ト爲てノ命令、だヨ」
「…分かったよ。でも、俺も何かクロの為に出来れば、と……」
「天道が出來ル事、天道しか出來無イ事は爲て貰ッてル。其レは――」
「それは?」
「――“血”ノ一滴」
そうだった――
彼女は、主人。
俺は、隸。
忠誠を誓う可き絕對の對象。
其處は、不変。
――然して、
俺は只の、餌、だった。