漆滴:死血 - Hemostasis -
※ ※ ※ ※ ※
「なっ、何とおっしゃいましたか、ダキーラ神父!?」
散策から舞い戻った挾間田の言葉に驚き、普段の聲調を外し、上擦る。
挾間田デス――
そう、窘められ、辛うじて平静を取り戻す谷山。
「ソンナニ驚ク樣ナ話デハ無イデショウ、谷山神父。其ノ有樣デハ、思ワヌ告白ニ悔悛ノ祕蹟ガ滞ッテシマイマスヨ」
「其れと是とはお話が違います!吸血鬼を狩る、とは一体どう言う料簡なのですか」
「其ノ儘ノ意味ナノデスガ~、說法セヨ、ト?」
「說明、です。私共の敎會に協力を求めるのであれば必然でしょう。使徒座から其の樣なお話は聞いてはおりません」
睡眠不足と重責、法迪坎からの來訪者に、と調子は亂されては来たが、谷山は加特力千葉敎會の主任司祭。
何の説明もなしに協力する謂われはない。
「此ノ國ハ病ンデイマス!吸血鬼や山月鬼他、魑魅魍魎ノ類ガ多過ギマス。人ノ世、神ノ國ニトッテ惡シキ存在」
世間一般で云われる特異點爆發、敎會で云う處の“二次創世”以降、加特力では何度も慎重に協議されてきた議題。
其れが異類異形や亞人の取り扱い。
知性ある人ならざる存在をどう扱えば良いのか。
結果的に、加特力では創世記に在るが儘、人閒が支配、管理、治める可き対象下に彼等を置く事に為た。
そんな事は分かっている。
だが、人種的差別撤廢提案の追加要項として知的生命体への差別も分け隔てなく撤廢された。
帝國は是を何處よりも早く提唱し、採擇、國際條約に批准している。
そんな中、挾間田の考えは過激。
敎理に則ってはいるが、抑々忌む可き存在とは語られていない。
世界の理想、其の風潮、社會の常識から逸脫している。
確かに倫理的に不道徳な者達が多いのは事実だが、其れを裁くのは其の國の法で良い。否、そう為れる可きである。
「彼等も愛される可き存在です。鄰人愛を以て接す、其れが此の國の示した證なのです」
「無論、愛デスヨ愛!“殺愛”。ワタシニ惡意ハ有リマセン。愛故ニ相容レヌ惡シキ者ヲ誅殺セシメン。AMEN」
「――…敎義が赦しても法が其れを赦しません。當然でしょう」
「ワタシハ法ニモ赦サレテイルノデス」
挾間田が祭平服の胸元を開き、首から掛けたストラップ付きのクリアケースを取り出す。
「…何を根拠に――!?」
クリアケースに収められた其のカードは、紛れもな國際資格“殺人許可証”。
谷山は知っている。
嘗て、告解の最中、一度、否、二度見た事がある。
確か…――
――狩獵者と、もう一人は……思い出せない。
併し、何故、挾間田が殺人許可証を所有しているんだ。
是は、危険過ぎる。
「谷山神父。貴方ト貴方ノ敎會ガワタシヘノ協力ヲ拒ンデモ罪ニハ問ワレマセン。聖座ヘノ報告モアリマセンシ、仮ニ其ノ事實ヲ聖職者省ガ知ッタ處デ何等カノオ咎メガ有ル訳デモアリマセン。
只、事實ト為テ殘ルノハ、呪ワレタ魑魅魍魎ノ類ヲ庇ウ者、其レダケデス」
「――…少し、考えさせて下さい。助任司祭や協力司祭、信徒達とも協議が必要です」
程無く、敎會は血に染まる。
望まざるとも。
――千葉縣警察部特別會議室
――トントンッ!
扉をノックする音に反応する素振りも見せず、蓼丸は「どうぞ」と答える。
「失礼します、蓼丸警視」と久我が入室。
千葉縣警察部本部廳舍には幾つかの特別會議室が用意されている。
4~6名程での使用を目的とした六畳間だが、警視廳や各府縣警察部からの應援組の臨時詰所としても使われる。
現在、此の第六特別會議室は蓼丸專用の私室となっている。
丁度、本廳科搜硏の世良からのメールに苛立ちを覚えていた。
千葉市内各處に設置されている全ての監視カメラには、遺失物関連の精留鍊成人型に類する少女を思わせる映像記錄は一切見当たらない、との調査報告。
そんな莫迦な事があるか。
世良は優秀、仕事も早く、況して見落とす筈も無い。
畢竟は挾間田の言に嘘があるのか、將亦、隱された事實が齎す影響故なのか。
そんな最中の不意の訪問者の存在は益々、蓼丸を苛立たせる。
訪問者の顏を見るなり、蓼丸は僅かに眉を顰め、瞼に力を込める。
半目という程、閉じる訳ではない。
眼球上部に多少、圧を加える、その程度の微かな眼輪筋の働き。
此の微妙な表情の変化に気付く者は、粗いない。
記憶を辿る時、蓼丸がする仕草。
――特高の新人か。
鼠が、何をしに来たんだ。
「是は久我警部、何か御用でも?」
「ご挨拶が未だでしたので失礼致します。久我舜と申します。どうか、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」
「ご丁寧にどうも。蓼丸です…確か、大學の後輩でしたか、ね?こちらこそ、宜しくどうぞ」
共同搜査本部の顏合わせの時には会釈程度だったのに、何を殊勝な態度を。
“探り”にでも来たのか。
「警視の書かれた卒論『固有現実想像域と具象化に於ける法的性質と法理考察』を拜見させて戴き感銘を受け、機会があれば是非とお話をお伺いしてみたい、と思っておりました」
「…其れはどうも。隨分前の話なので、私自身もハッキリとは覺えてはおりませんがね」
卒論、か。
古い“もの”を持ち出して来たな。
調べ上げて来た、と云う訳か。
其れにしても、だ。
思想彈壓屋が感銘を受けた、だと?
調査對象した、とでも云いたいのか。
「科學的、物理學的、生物學的他、理系的なアプローチは多く見られますが、特異點爆發後の“存在”に對し、法理解釈からの考察と云うものは大變參考になりました」
「學生時代の世迷い言、ですよ」
「參考迄に、警視にとって異類異形や異能とは、どの樣な存在だと思われますか?」
上瞼に軽く壓を掛け、蓼丸は答える。
「法の下で解釋されている通り、ですよ。義務と權利が守られる限りに於いて差別される對象では無く、特別な存在ではありません。特殊、だとは思いますが、ね」
「流石は警視、洗練なされた都會的なお考えに、感服致しました」
此奴――
俺を試してる、な。
いいだろう。
そっちが其の気なら。
「處で、久我警部“個人”としてはどの樣にお考えですか、參考迄に」
徐に、久我はトローチを取り出し、口の中に放り込む。
「槪ね、警視と同一の價値觀に御座居ます。客觀的法原則の定めたる保障下に於いて健全たる取扱い、そう解釋しております」
「否、警部。法的な取扱いではなく、飽く迄も警部の個人的見解を伺ってみたいのですが。私の卒論にご興味を持たれた程だ、法的に未整備な箇所について思う處が在るかと思うのですが」
奧齒で、ガリリ、とトローチを噛み締める久我。
「司法に在る身ですから僕自身の見解は法的見解と一致しております。倂し乍ら、敢えて個人的感想を述べさせて戴くのであれば、警視が卒論の中に於いて觸れておられます疑義と課題に酷似している、そう申し上げます」
「…成る程。畢竟、私と警部の見解は略一致している、そう云う事です、ね。其れは、良かった」
――ふんっ。
言質は取った。
“探る”相手が悪かった様だな。
ガキが俺の相手になるとでも思っていたのか。
「――はい、警視のお考えに近しかった事、大變名譽に御座居ます。矢張り、警視の聰明さは素晴らしい!
若し宜しければ、本日仕事終わりにでもお食事等ご一緒出來れば幸甚に御座居ます」
「!?…ええ、分かりました。終業後、何處かに飲みにでも参りますか…」
「はいっ!お供させて戴きます」
何だ、此奴は。
まぁ、いい。
籠絡しておく、か。
――千葉中央警察署刑事課
「鈴本警部、一服行きませんか?」
永江の誘いに應じ、共に喫煙所に向かう。
普段であれば同フロアにある喫煙室で一服するのだが、永江は非常階段に足を向ける。
普段、職員達があまり使わない屋外喫煙所を選択した時点で鈴本は辨えている。
「永江さん、進捗ありましたね?」
いつもの様に片手で器用に燐寸を擂り、咥え煙草に直に火を点ける永江。
十分に煙草を吸い込み、鼻から先に煙を出し、後から顎を突き出す形で下前齒に煙を当てつつ、吐き出す。
二度、煙を楽しむと思い出したかの様に答える。
「宗敎屋の云ってた少女とは限らんが、同日、不審な外國人風の少女の目撃例は142件。是が其れだ。目を通して見て吳れ」
永江は上着のポケットから無造作に紙を取り出し、鈴本に手渡す。
目撃例は全て手書き、実に永江らしい。
決して上手い訳ではないが、読み易い字。
其の見慣れた細かい文字を斜め読む鈴本。
「どうだ、“引っ掛かる”のはあったか?」
ジッポーの蓋をクリンクリンと開閉させ乍ら、
「そうですね――
――少女一人で目撃されたものは、無い、でしょう。あっても追蹟けるのが困難です。
二人以上。少女他、誰かと行動を共にしている目擊情報が有力ですね」
「そうだな」
「同行者が前科者や風俗關係者、性犯罪者、人勾引、暴力團員、半グレであれば蹟追いで済みます。
序でに同性の同行者は足が付き易いので、優先爲可きは此の28件ですね」
「成る程、な」
ジッポーの回転鑢をクリクリと回しつつ、
「否、此の12件…否々、7件ですかね、優先爲可きは」
「ん?」
「少女に對し、同行者の不審點が少ない。見掛け上、特筆爲可き點の少ない者。兩者に開きが在り、倂し乍ら、情報として上がって來た此の7件こそを先んじて追う可きですかね」
永江は眉毛を環指で撫でつつ、
「彌速、大したもんだ。なら、其の件から当たると爲るか」
誘い出しておき乍ら、永江はさっさと一人で喫煙所を後にする。
仕事となると無邪気な子供宛らに自分勝手に一直線。
倂し、其處が信賴の置けるポイント。
鈴本は一人静かに煙を吐く。
――千葉市中央區中央、通町公園
深夜にも関わらず通町公園には人が混雜返している。
道を挾んだ向かいにあるクラブ『DOOM』に踊りに來た客が溢れ出し、公園に迄及んでいる。
色取り取りの刺靑やサイケデリックな髮型、痛々しくも妙に神祕的な瘢痕文身に多種多樣なインプラント、無骨な人工義肢、奇拔な衣裝に露出狂、チンピラ、多彩な人種、ドラッグに醉う狂人、亞人の類迄入り亂れる渾沌の坩堝。
彼方此方で亂癡氣騷ぎや怒號、雄叫び、嬌聲、各國の言葉が飛び交う。
挾間田と谷山の兩神父は、此の似付かわしくない場所に足を運んでいた。
挾間田は此處に來る前、谷山に拳銃を渡している。
――SIG SAUER P426。
コンパクト、9mmパラベラム彈モデル、裝彈數15+1發。
舊式モデルだが抜群の安定度を誇り、護身用としては最適。
此のご時世、護身銃の一つや二つ持っているのが当たり前、勿論、谷山も所有しているし、持ち歩いている。
倂し、挾間田から手渡された此の銃は少し特殊。
銃其の物が聖別されており、彈丸は純銀製のホローポイント彈で聖印が刻まれた對吸血鬼/山月鬼特化型護身銃。
勿論、對人用としても護身に使えるが、銀彈は柔らかい上に鉛より輕い爲に殺傷力は乏しく、虛假威し程度。
挾間田曰く、自分の身を守る爲だけに使え、と。
挾間田の援護目的には決して使うな、と。
素人の援護射撃は返って危ない、そう語った。
暗に、邪魔立てをするな、そう云う事だろう。
挾間田がクラブDOOMに目を付けたのは、特別な“何か”が此の店にあるからではない。
偏見――
偏に、僻見。
吸血鬼や山月鬼他、亞人や異類異形の存在其のものを惡しきものと斷定する挾間田にとって、同じく不道德な場所であると云う偏見故にクラブを選擇し、偶々此のDOOMに遣って來ただけの話。
谷山が同伴を承諾したのも、挾間田に因る核心を突いた說明や說得では無く、谷山さえもが偏見を抱いているが故。
谷山自身は亞人等を為て“絕對惡”等とは全く思ってはいないが、不氣味な存在、と常日頃感じている。
同樣に夜な夜なクラブに通う者やその場所に就いても良い心證は抱いていない。
聖職者とはいえ、先入觀に諍うのは難しい。
「谷山神父。本日ハ此ノ公園周邊デ邪惡ナル“モノ”ニ天罰ヲ執行シマショウ」
「此處ですか、ダキーラ神父!?店の中ではなく?」
「此ノ公園ニ居ル者ハ皆、彼ノ店ノ利用客デショウ。先ズハ此處デ其ノ存在ヲ確認シマス。
其レニ、萬ガ一、店中ノ客全テガ魑魅魍魎ノ類デアッタトシタラ、谷山神父。貴方、生キテハ歸レマセンヨ」
尤もな意見だ。
客で混雜返しとなった店内で何か起これば避難出來ない。
抑々、店の中で暴れでもしたら其れこそ大騷ぎ。
挾間田と云う男、血の氣が多い割に意外と周りが見えている。
「谷山神父、オ下ガリナサイ。見付ケマシタヨ、呪ワレシ惡虐ノ種ヲ」
「えっ!?」
公園に著いて未だ3分と經っていない。
にも関わらず、早くも見付けたというのか、吸血鬼を。
吸血種は、稀少、そう聞いている。
其れが何者かに因る喧傳なのか印象操作なのか迄は分からないが、基礎敎養と想像力が其れを尤もらしくさせ、そう思い込むに易い。
此處で云う基礎敎養と想像力とは、吸血種は其の名の通り“吸血行爲”が其の生命維持に必要不可缺であり、其の爲にはベースとなる生體と同種の生き血を攝取する、と知られる。
一般に、吸血種は專用の輸血パックを食餌と爲るが、直接、人閒から血液を攝取する者も居る。
前者は法を遵守する吸血種として權利を認められた亞人種であり、後者は違法行爲として處罰の對象と看做され、是が世に云う“吸血鬼”。
吸血種は子孫を殘す意外に、特殊な感染に因る種の保存が可能。
謂わば、吸血種は吸血種を“創造”爲る事が出來る。
畢竟、人閒を吸血種へと變貌させる事が出來る。
無論、是は法で禁止されており、嚴罰の對象。
法で禁じられている上、生理學的に必須と爲る人の生き血の總量、亦、其の供給量と分配率から考慮すれば、自ずと吸血種の個體數には限界が在る。
其れが、稀少種、とされる根據に爲る。
そんな稀少な存在である吸血種、否、吸血鬼がこんなにも早く見付かるものなのだろうか。
抑々、挾間田はどうやって人閒と吸血鬼を見定めているのだろうか。
少なくとも、兩者に外見的な違いは微塵も無い。
精々、發達した犬齒の有無くらいだろうが、吸血鬼は其の牙を或る程度、伸縮させる事が出來る爲、通常時では判斷出來無い。
公園内各處に設置された色彩豐かな板柱状のオブジェ。
植木の合閒に配された其のオブジェの一つの前に屯する若者達。
一見、普通にクラブに遊びに來ている派手な若者、其れくらいの印象。
其の若者等目掛け、笑顏を浮かべつつ、づかづかと步み寄る挾間田。
徐に挾間田は話し掛ける。
「君達ッ、キ・ミ・タァ~~チッ!」
電子煙草を吹かす金髮の若者の一人が反応。
「ン?なンだ、オッサン?」
「貴方ハ神ヲ信ジマ~スカッ?」
派手で奇拔なお洒落眼鏡を掛けた別の若者が、
「あっ??牧師か?」
「其レハ新敎ノ敎役者デス。加特力デハ神父デス!
氣輕ニ、神父樣、トオ呼ビナサイ」
犇々な光澤感のあるキャバスーツを纏った少女は、
「だーかーらー、オジサン、何の用?」
挾間田は互いの腕を祭平服の袖口に突っ込む。
閒もなく、兩の手を袖から引き抜くと、其の拳には棘の樣な細身の刄の付いた拳鍔が握られている。
「君達、吸血鬼デスネェ~?」
女無天綠に染め上げ、短く放射狀に髮型をセットした男が、
「あぁン?差別主義者か?それとも、吸血種恐怖症か?」
ツーブロックの刈上部にラインアートを施した男が口を挾む。
「どっちにしてもヤベーおっさんだ。離れようゼ」
「待チナサイ君達。神ヲ信ジルノデアレバ“オ仕置キ”ダケで濟ミマース。信ジ無イノデアレバ、緊イオ仕置キガ必要デース」
――ボグッ!
不意に、挾間田の項部に衝擊が走る。
背後から木製の角材で毆られる。
若者達の仲閒と思わしき刺靑塗れの瘦身の男が後ろから襲い掛かる。
「おい、コイツはキチガイだ。さっさと店に戻ろうぜ」
挾間田は頸筋を擦り乍ら、
「神父ヘノ冒瀆ハ神ヘノ瀆聖ニ近シキ振ル舞イ。是ハ天罰ノ如キ死置ガ必要デス!」
挾間田が兩の踵をカツンと叩き合わせると、靴の爪先からナイフが、足背から刄が、夫々飛び出す。
其の巨軀からは俄に信じ難いスピードで左後方に體を捻る。
振り向き途、上體を引きつつ、左足で後ろ囘し蹴りを繰り出し、背後の瘦身の男の左頰を爪先のナイフで切り裂く。
蹴り拔いた左足が男の頭上に達すとインサイドを下げ、膝を内側に疊む樣にし、振り向き樣の橫囘轉を重力方向に落とす。
挾間田の靴底は男の膝上に叩き落とされ、見るも無慘に破壞され、逆關節宛らの樣相を呈する。
ぎゃあああああッ!――
膝を碎かれた瘦身の男は悲鳴と共に大地に伏し、地面を轉がり沼田打ち囘る。
突然の荒事に公園内に居た者達が興味を抱き、野次馬を爲す。
――法迪坎式薩瓦特。
谷山は聞いた事がある。
18世紀中頃、使徒座に齎された佛蘭西發祥の護身術。
第255代羅馬教皇ピウス9世の治世下、伊太利亞統一運動の最中、囘敕『深慮』に誤謬表と共に付錄された“毒蛇狩り”に記された敎會の敵に對抗する爲、信徒に求められる所作の一つとして發布。
敎皇領を奪われ、法迪坎の囚人として苦難に在った中、祕密裏に其の技は磨かれたと爲れていたが、現代に於いて迄、是が繼承されているか否かに就いては不明だった。
倂し、挾間田の披露した彼の華麗に爲て實踐的な體捌きは、紛う事無く傳え聞き及ぶ法迪坎式薩瓦特の一つ羅甸拳闘。
膝を碎かれ轉げ囘る男に變調。
挾間田の靴先のナイフで切り裂かれた男の頰は、丸で紙片が燃燒するかの樣に明るい橙色と赤黑さを伴い發光し、僅かな焰を上げ、顏全體を徐々に焦がす。
「なっ、何なんだ、コレはっ!?」
「眞銀奉呈デス。
10世代物ノ貧弱ナ劣等複製種ハ自分等ノ銀アレルギーニ就イテスラ無知ナノデスカ?」
「ばっ、馬鹿な!?銀アレルギーでこんな事になる筈がない!」
「アァ~、其レハ祝福サレタ聖別眞銀デース!
ハッハッ~ッ、頗ル、良ク利クデショ~?」
顏面を焰に包まれた瘦身の男は閒も無く頭蓋骨を顯わにし、軈て其の骨すらも燃え出し、炭化し乍ら分解された。
動かなくなった其の體を徐々に焰が包み広がり、灰にして行く。
「てっ、てめぇ~!ブッ殺してヤル!!」
オブジェ近くで屯していた若者達が一齊に挾間田に襲い掛かる。
途轍もない速さで躍り掛かる。
吸血種の身體能力は人閒の其れを遙かに凌駕する。
谷山の目では迚も追えない。
倂し、挾間田は甚も容易く反応する。
虎爪と呼ばれる拳鍔を握り締め、挾間田はスリッピング・アウェイして若者の拳を頸の捻りだけで躱し、カウンターをガラ空きの橫っ面に打ち込む。
ナックルの銀爪を突き立てられた吸血鬼は、先程の男同樣、焰を吹き上げ顏は炭化し、絶叫を上げ乍ら崩れ落ちる。
仲閒がやられても激高する吸血鬼達は襲うのを止めはしない。
手の爪を猫科の其れの樣に伸ばし、挾間田を切り裂こうと爲る。
挾間田は祭平服の胸元から十字架型のナイフを取り出し、男の掌に突き立てる。
燃え上がる掌を握りしめ苦痛に喘ぐ吸血鬼の腹に前蹴りを食らわし、爪先のナイフを突き入れると、男の土手っ腹は焰を上げて大穴が穿つ。
サイドから摑み掛かり牙を突き立て樣とする吸血鬼にはサイドキックを繰り出し、足底部で腹を蹴り、蹲った處に拳鍔を顏面に数度叩き付け、破碎する。
余りの慘劇に恐れ戰き野次馬達は蜘蛛の子を散らす樣に此の場から離れる。
立て續けに三名が斃され、此處迄に四人が屠られると、流石に吸血鬼達も逡巡ぐ。
仲閒と覺しき者は旣に男二人、女一人の三人のみ。
七人もの吸血鬼が居合わせた事に驚きを禁じ得ない谷山だったが、其れ以上に挾間田の竝外れた戰鬭スキルに目を奪われる。
不意に、吸血鬼の男女が各々別方向に逃走を圖る。
挾間田は手にした十字架型ナイフの中心部に在る装飾ボタンを押すと、十字の四方から刄が飛び出す。
そのナイフをサイドスロー氣味に投げ付けると、回旋鏢宛らに弧を描き乍ら飛行し、逃げ出した男女の頸筋を的確に切り裂く。
走り乍ら男女の頚から焰が上がり、間もなく炭化し、崩れ落ちる。
殘る一人となった金髮の吸血鬼は腰を拔かし、電子煙草を口許からぽろりと落とす。
「た、助けてくれ……」
挾間田は金髮の男に顏を近付け、滿面の笑みを浮かべて答える。
「素直デ宜シイ!ワタシハ正直者ガ好キナノデスヨ。
今ナラ正直ニ答エル事ガ出來ルデショウ。貴方ハ神ヲ信ジマスカ?」
「……も、勿論!信じる、神様を!だから、助けてくれ!」
――ベロン!
吸血鬼の頰を其の大きな舌で舐め付ける。
うわぁっ!――
突然の予期せぬ行爲に吸血鬼は表情は引き攣らせる。
挾間田は眉閒に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべる。
「嘘ッ!嘘ヲツイテイマスネ、貴方ッ!」
「!?ウソじゃない!本当だ、信じてくれーっ!」
「嘘吐キハ異敎徒ノ始マリデース!
抑々、神ヲ信ジテ居ルノデアレバ、吸血鬼等ト云ウ自身ノ存在ニ堪エラレル筈ガ有リマセン!自殺ハ赦サレマセンカラ敎會ニ自ラ足ヲ運ビ、惡魔祓イヲ受ケル可キナノデス」
「…助けて……」
「デハ、神ノ奇蹟ニ縋リナサイ。若シ、神ニ許シヲ請ウ氣持チガ本物デアレバ奇蹟ガ起コル事デショウ」
挾間田は懷から小さな硝子容器を取り出し、
「是ハ死血劑ト云ウ吸血鬼ニトッテ致命的ナ藥劑デス。本來デアレバ、劣等複製種如キニ使ウ代物デハ有リマセン。
倂シ萬ガ一、此ノ死血劑ニ耐エル事ガ出來タノデアレバ、其レハ正ニ奇蹟。神ノ慈悲ニ他ナリマセン。貴方ノ命ヲ奪ウ事ハ爲無イト保證シマショウ」
「……」
アンプルを高々と揭げ、
「サア、神ニ祈リナサイ!ア~、ユゥ~、エェェェ~~ィメェェン?」
アンプルを直接、男の鎖骨頭付近に突き立てる。
――ギャッ!
突き刺さったアンプルの先は碎け、藥液が吸血鬼の體内に注がれる。
途端に男は小刻みに震えだし、目や鼻、口、耳他、有りと總有穴という穴から血を吹き出す。
眞っ赤な鮮血は直ぐに黔み凝固。
一瞬の硬直の後、代拿邁による發破宛らに炸裂。
吸血鬼は粉微塵に霧散した。
「矢張リ、神ハ惡魔ヲ許シハ爲マセンデシタ、AMEN!」
祭平服の埃を輕く叩きつつ、
「扨、長居ハ無用。歸ルト爲マスカ」
「…店内を見ずに歸って宜しいのですか?」
「一匹逃シマシタガ、マア、他愛モ無イ劣等種ナノデ放ッテオイテモ良イデショウ。
其レヨリ、騷ギヲ聞キ付ケタ警察ニヨル聽取ニ答エルノモ面倒デショウ?」
「そ、そうですか…」
辨えている、と云う可きか。
或いは、程度を知っている、と云う可きなのか。
明らかに常軌を逸した行動を取っているにも關わらず、挾間田と云う男は妙に冷靜。
否、單に感情の起伏が激しいのか、將亦、堪え性が乏しいだけなのか、谷山には分からない。
唯一つ明確なのは、この男の機嫌を損ねるのは得策ではない、と云う事實。
谷山は挾間田の後を追い、早々に公園を後にする。
其れにしても一つ、氣になる事がある。
何故、彼處迄淡泊と吸血種を見抜けたのだろうか。
一人逃げた、と云っていたが、そんな人物の存在には全く気付かなかった。
歸り途、谷山は尋ねる。
「處でダキーラ神父。一體、どうやって“アレら”が吸血鬼だと分かったんですか?」
「ハーッハッハッハッハーッ!至極簡單デ~ス。其レハッ、臭イデスヨ、臭イ!
彼奴等メハァ~~~、頗ゥゥゥ~rrrルゥ!!臭ァーーーイッッッ!!!」
ゾッとした感情を押し殺し、敎會への歸路に就く。
夜は未だ長い。
夜道は暗く、見通しは利かない。
自分達の運命にも亦、見通しが利かないとは、此の時は思ってみなかった。




