陸滴:頽廢的加虐性愛 - Decadent Sadism -
※ ※ ※ ※ ※
――劇場『丁・如意蘇我』
再開発地区である千葉市中央區川崎にある『カーニバルウォーク蘇我』内に常設された複合屠殺劇場。
キャパ800、500、300、250、200の5會場を倂設する。
元々は映畫館であったが不振の為、心謎解色絲鬭の集客力を見越して大改装し、現在の姿となった。
外國籍や違法改造、殺戮士規定違反者、無法者、精神異常者、異類異形他、總有種別の殺戮士達の死合を開催している。
天道龍也と死儡赫映、そして、クローディアの三人は、此の狂躁の道化劇の舞台に訪れていた。
――國内C級2組。
それが、クローディアが出場する事の出来る心謎解色絲鬭。
船橋若松劇場は、帝國殺戮士評議會の公式死合として記録されない非公式心謎解色絲鬭であった為、クローディアは新人殺戮士として初舞台する事になる。
尤も、所属叢社が変わる度、初舞台を踏む事が出来るので龍也とクローディアにとっては都合がいい。
赫映は國内B級2組、且つ、皇民枠。
同叢社に所属し、出場枠が異なれば互いに死合う事は略無い。
クローディアは赫映の友人、アドリアーノ“獅子心士”テイシェイラと云う葡萄牙人が営む独立叢社『暴我乃境記錄會』に所属。
序でに龍也も人形遣いとして所属し、“殺戮博士”、通稱DD、と云う訳の分からない藝名をテイシェイラに名付けられた。
獨逸帰りの若き狂氣の天才人形遣い、と云う喧傳らしい。
赫映は従前通り、“閃光傾國”、クローディアは“吸血人形”の二ツ名。
二人は猛武鬭狗と云う惡玉組を成し、其れを操るのが帝國心謎解色絲鬭界を支配しようとする惡の人形遣いDDの送り込んだ最初の刺客、との事。
謎の設定に当惑したものの、キャラ付けや背景演出は興行に直結するらしく、澁々了承した。
通常、叢社に所属するには殺戮士側から登録料を支払うのだが、赫映一推しの殺戮士として紹介されたお蔭で逆に契約金5万圓天を渡された。
レーベルに所属すると出演料の取り分は減るが對戰決定から宣傳、交涉、日取りに至る迄、意外と面倒な手續を全て委託する事が出来る。
惡玉を選択したのは赫映からの助言。
眞劍勝負でも模擬戰でも死合外での筋書が演出上用意されている場合があり、クローディアは是に慣れていない為、ストーリー破りもキャラ付けとして活かせる惡役の方が活動し易いであろう、という配慮から。
善玉の方が人気を得易いが眞劍勝負では不要。
特にクラスが上がれば賭け金が返ってくる分、惡玉のが有益らしい。
此の辺りは心謎解色絲鬭に詳しい赫映とテイシェイラに任せた。
クローディアの初死合の相手は、ニコラオスと云う希臘の侏儒症の男性であった。
地下小人プロレスの元王者で怪力の持ち主。
既に丁・如意蘇我でも2名の女性殺戮士と死合っており、共に裸絞で絞殺しており、三戦目も勝利した場合、不利條件對戰が解消される手筈になっている。
此処での不利條件對戰とは、ニコラオスの對戰相手がハンデを下す事を指し、初舞台となる新人殺戮士や模擬戰経験しか無い女性殺戮士、或いは、同じ様な片端に限られると云った条件で對戰者が決定されていた。
クローディアは少女であり、且つ、初舞台となる事から不利條件對戰の對戰者として對戰決定に最適だった。
不利條件對戰とは云っても既にニコラオスの强さは知られており、成人女性の殺戮士でも斃されている事から寧ろ、クローディアの方が不利と予想され、觀客達の賭け金はニコラオスに集中していた。
併し、卒死合が始まると、ニコラオスのお株を奪う裸絞をクローディアが仕掛け、あっと云う間に縊り殺してしまった。
觀客達はクローディアの腕力に驚き、配当を得られなかったにも関わらず、大絶賛した。
クローディアに對ニコラオス戰で裸絞を指示したのは、赫映だった。
赫映はニコラオスの死合内容を予め調べており、テイシェイラに初戰の相手として對戰決定を賴んでいた。
赫映は、殺戮士としての腕も然る事乍ら、頭腦派でもあった。
赫映自身も勝利し、ユニット“猛武鬭狗”は丁・如意蘇我での初戰を難無く白星で飾った。
無論、黒星は其の儘、敗死を意味する訳であり、絶対に勝たねば為らないので、予め話を聞かされていたとは云え、龍也は気が気でなかった。
龍也がクローディアの强さに絕對の自信を抱くには、もう暫く時閒が必要だった。
――暴我乃境記錄會事務所
千葉市中央區都町に在る暴我乃境記錄會の事務所に戻ったのは夜更けだった。
妹の事が気懸かりな為、龍也は早く自宅に戻りたかったのだが、初戦の勝利を労いたいというテイシェイラの意向を汲み、少しだけなら、と条件付きで是を了承した。
龍也とクローディア、赫映、テイシェイラの四人は勿論、事務所には猛武鬭狗関係者が集まっていた。
先ず、赫映に義手を施術した臺灣出身の闇醫者の陳嘉秀。
武器商人兼雜貨屋、越南出身の阮文勝。
服飾美容家で仏蘭西人との混血兒、渡邉ミシェル。
『垂乳根』と云う酒場の店主、日向脩祐。
電腦技師で爪哇出身の“咒師”リタ・チャンドラワティ。
九藤探偵事務所を構える私立探偵の九藤雄大の六人が待っていた。
皆、赫映の友人で谷町である。
谷町と云っても資金的な援助を貰っている訳ではなく、協力者と云った関係性にある。
赫映の推すクローディアへの関心も極めて高く、非常に好意的。
心謎解色絲鬭に挑む殺戮士を理解し、踊り子と兼務する形で死合に挑んでいた赫映を応援し、名だたる超脳都市に住むだけあって異国の少女殺戮士を嬋娟と受け入れる。
同じく、少女と共に居る龍也にも、その関係や理由を一切問う事もなく、氣爽に接する。
渾沌都市ならではの人物達。
「併し、お孃ちゃん、强かったなぁ~」と阮。
「お孃ちゃん、は失禮でしょう。本物の殺戮女士を摑まえて」とは陳。
「其れなら“御孃”で好いんじゃないか?」と九藤。
「あら?御孃はあたしの事じゃないの?」赫映が嘯く。
「おい、赫映。お前は直に御婆だろ」と日向。
「アンタの店、もう呑みに行かないよ!」
クスクスと笑うリタは叢社の電腦家頁を更新しつつ、
「其れにしても吸血鬼って云うキャラ付けは、御孃にはピッタリね。丸で本物みたいだし」
「本物だヨ、ボクハ」
――えっ!?
その場に居た全員がクローディアを見て、凍り付く。
龍也も例外ではない。
真逆、自ら曝らすとは思ってもいなかった。
赫映は眉を顰め、
「アンタ、幾ら何でも其れは嘘でしょ…」
「いえ、本當です。彼女は“吸血鬼”です」
吸血鬼自体が特段、珍しいと云う訳ではない。
稀少種とは云え、其の存在は広く知られ、超一流の殺戮士として活躍している者もいる。
併し、大抵の場合、帝國殺戮士評議會に事前に申請しておけばB級1組からのスタートとなり、C級は飛ばせる。
其れくらい吸血鬼種は、猛者と認められている。
九藤は小葉卷を吹かし乍ら、
「…吸血鬼と云う素性は、隠した方がいいな」
「何故?吸血鬼であれば上位クラスに飛び級出来るわ」とミシェル。
「否、九藤さんの云う通りだ。初戰、ニコラオスの不利條件對戰下で對戰決定している。初舞台戰から殺戮士規定違反となると面倒だ。
知らなかった振り、まぁ、實際知らなかったのだから問題ないが、此の儘、默っておいた方が得策だ」とテイシェイラ。
「だが、知った今、矢張り吸血鬼である事をアピールした方が人気が出るだろぉ~?」と阮。
「默っていた方が良いと思います。吸血鬼種は弱點も多く、場外戰での策謀は元より、舞臺上でもルール違反を犯す對戰者が現れる可能性も高いですよ」とリタは警告。
「種としての弱點があるのであればこそ、吸血鬼として公表する事で死合で持ち込み規定を設定する事も出来る。寧ろ、公表すべきではないのか?」と陳は助言する。
「ボクに弱點ハ無いヨ」
一同、啞然とする。
吸血鬼は一流の殺戮士だが、其の種族特性として弱点が幾つも公になっている。
銀、稀に鉄、大蒜や一部の香草、十字架や聖水他信仰心に基づく聖別された物、流水、白木の杭、そして、太陽等々、少し考えを巡らせただけでも幾つも挙げる事が出来る。
テイシェイラは顎を摩りながら、
「吸血鬼種としての弱點は無い、と?」
「仮に有ッタと為テも其レは吸血鬼種と為テの弱點デハ無ク、ボク單體の弱點。只、ボクはボク自身ノ弱點ヲ認知シテイナイ。
譬エルのでアレば、君等人閒は凡ソ體重ノ13分ノ1程度血液ヲ持ッテオリ、其ノ半分ヲ失エバ失血死スルと理解シテはイるダロウが、君等各々が實際ニ何立で死ニ至ルカ迄は認知シテい無イだろ?」
「單刀直入に訊ねよう。太陽光は大丈夫なのか?」と九藤。
「平氣。强イテ好キか嫌イかを問ワレタの成ラバ、嫌イ。純粹に夜ノ方が好キ」
「其れって種の特性?其れとも、個人的主觀、畢竟、嗜好なの?」とはリタ。
「人閒ノ中ニは泳ゲる者も泳ゲ無い者もイル。泳ゲ無イ者ハ、水ガ嫌イ、水が怖イと思ふ。鰓呼吸デは無イ人閒が泳ゲずニ水ヲ畏レルのハ、種ノ特性トモ嗜好トモ取れるガ、其ノ本質ヲ知る者ハ少無いノデは無いカ?」
「早い話、大丈夫、って事だろ」と日向は戲けてみせる。
少女の話に一応得心する一同。
吸血鬼と云う知名度はあるが稀少種であり、其の强さと相反して弱点も多く知られている種としての存在に、期待と不安が入り交じった状態。
同様に、深く突っ込んではいけない、そう考える渾沌都市ならではの大人の対応、併し、心配する気持ちも見え隠れする情の篤さに、龍也は僅かに安堵する。
併し、龍也は気付いている。
彼女は、“嘘”を云った。
正確には、触れなかった。
其れは――
――血。
血が必要である事は、明らかに種としての特性。
其れ以外の何物でもない。
其れは紛う事無く、弱点。
吸血鬼を吸血鬼存在意義る所以。
だが、彼女は触れなかった。
気付かなかった?
彼女の言葉を借りるのであれば、認知し得なかった?
否――
そんな筈はない。
敢えて、触れなかったんだ。
其れくらい、血への依存は、彼女にとって重要なんだ。
若しかしたら、心謎解色絲鬭で眞劍勝負の死合を求め拘るのは、血の乾き、血を欲する種としての特性なのか。
彼女の加虐性は、嗜好ではなく、種として存続する為の本能なのか。
將亦、儚さなのか。
頽廢的――
彼女の極端に迄病的で唯美的で背徳的な樣は、洗練され過ぎた超絶技巧に溺れる懐疑的な嗜好と禁忌の存在と為てのみ赦される生存本能が奏でる死重奏。
悉に耳を傾けなければ聴き逃してしまう、彼女の聲を、彼女の意思を、彼女の形而上學を。
俺は未だ、彼女を知らなさ過ぎる。
彼女を知らねば。
彼女を、彼女以上に知らねば、俺は彼女を守ってやれない。
――不思議、だ。
妹と少女が亦、重なる。
恰も、量子力學的コペンハーゲン解釋に基づく觀測に思いを馳せるが如く宛ら、其れは遠く追憶の彼方に。
刹那の靜寂な頽廢的は、間もなく訪れる刑事共の追蹟を恋い焦がれ、望む者無く待ち侘びる。
不穩な足音は寂寞と卽かず離れず、幼氣な觀測者を嘲笑い、出鱈目を加速させる。