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 黒い、暗い、暗黒な、闇の中にリーアは居た。


 ここは、どこだ。


 うまく声が出ないことで、ここが現実ではないことを把握する。

 

 それに、私の体はどこにいった。


 首から下が闇に包まれている。いや、首から上があることすら疑わしい。

 じゃあ、ここは何だと今度は口に出す意思もなく考える。

 何も思いつかない、発想までもが閉ざされてるようだ。


 そもそも、私は――誰だ。


 肉体は無いのに、唐突な寒気を覚えた。

 死ぬのかもしれないという忘れていた概念を思い出す。


 おーい! 誰か!


 助けて、と叫ぼうと思えば、目の前に淡い光が浮かんだ。

 か細い光だったが、どんな弱い明かりでも心を安らげるのだと知った。


 む……?




             ※




 刃が交錯し、火花が飛び散る。

 リーアとギマリスの戦いは今も終わることなく続いている。

 

 一振り、一人振り重ねるごとにリーアの体は剣の一部のように研ぎ澄まされていくようだった。

 荒々しく野生的な剣撃はギマリスが教えたこともない、ましてやエルフの世界では見たことのない強烈な刃の連撃だ。


 「ぐっ――」


 次第にリーアの剣そのものが魔法を発動させるようになってきていた。


 「ギマリスッ! コ……ロす!」


 魔法の力に取り込まれていたリーアが口を開いた。言葉にすら魔障が宿っているのか、人間離れした高音の罵声だった。

 声をかけられたことでギマリスに動揺を与えたのか、受け止め続けていたギマリスの左肩の鎧ごと肉をリーアの暴走する魔障が抉った。 

 後退する余裕もないギマリスは、剣に魔障を込めればリーアに向かって雷撃の刃を放ち強引に距離を空けさせる。


 「アアァ……ユルサナイイィィィ……!」


 吹き飛ばされたリーアは距離が離されたはずのギマリスへ向かって大剣を振るった。

 本来なら絶対に届かないはずの剣の先から、魔障の刃が地表を切り裂きながらギマリスへと迫る。

 既に何度か目にしてきたリーアの攻撃を相殺するように雷撃の刃をぶつけ合わせれば、魔障と電撃が地面を迸る。この衝撃の渦は、ギマリスには覚えのある光景だった。


 「キルキルキル、きル!!!」


 先程の相殺した攻撃の際に巻き起こった土煙が泥を吐き出すようにリーアが飛び出した。勢いを攻撃に上乗せして全身に漆黒の魔障を纏ったリーアが左手に握る剣を横に薙ぎながら距離を詰める。


 「ライドン・ウォルタ」


 さらりと魔法を詠唱したギマリスの肉体は雷撃を放ち、リーアの剣と接触すれば閃光を放出しながら弾けた。

 ライドン・ウォルタの魔法は肉体の一部を電気に変身させる魔法だった。

 再び肉体を取り戻したギマリスの前方には背中ががら空きになったリーア。左の拳を構えたギマリスは、拳に魔障を込めて必殺の一撃を穿つ。


 「いい加減に、沈め」


 端から見ればただのパンチ。しかし、そこには高密度のエネルギーである魔障が練り込まれていた。

 拳の先がリーアに接触すると、ポケットにでも爆弾を入れていたかのような勢いで吹き飛んだリーアの体は地面に突き刺さった。ただ突き刺さるだけではなく、リーアに打ち込まれた魔法はさらに大きさを増幅させて、地面に倒れこんだリーアの体をさらに地中深くへと埋め込んだ。

 土に埋もれたリーアの体に勝利を確信しなかったギマリスは、得意の雷撃魔法の魔法陣を頭上に掲げると、空から雷鳴と共に巨大な雷がリーアへと降り注いだ。命を与えられたかのように雷が地面で暴れ、雷の被害の先が地面に埋もれるリーアに集中する。

 暴れた雷は炎を発生させ、気づけばギマリスの視界は全て炎で覆われる程の業火へと化していた。塵一つ残さず焼き尽くすつもりで、放った魔法に勝敗の決着を感じたのか、ようやくギマリスは頭上に構えていた手を下ろした。




               ※



 ――私は、ここで終わったのか……。


 暗闇に浮かんだ淡い光の先には、リーアとギマリスが戦う光景が映っていた。

 自分の体でありながら、自分じゃない誰かが操作する体を不思議な気持ちで眺めていた。あんな動きはいつもの自分ではできないし、ギマリスには傷一つ与えることはできかったかもしれない。

 記憶が曖昧になりつつあるリーアでも分かる。あの姿は、リーアが全ての尊厳を投げ打ってでも勝利を託した力だ。そのはずが、まるでギマリスに勝ち目がない。

 奮闘では、駄目なんだ。

 後少しでは、同じだ。

 私が望んだのは、完全な勝利。誰も傷付かない、私だけが傷付くことの許された結末。

 外の景色に意識が集中しすぎていたせいか、その存在にようやく気づいた。


 「やあ、リーア」


 暗闇の中、誰かが手を上げていた。

 顔を突っ込んでいたらしい淡い光から目線を変えて、そちらを見た。


 「よく見るんだ、私が誰だか分かるか」


 はっきりとした声で、その存在は歩み寄ってくる。

 その人物は女性で、エルフで、長い四肢を持つ。――私リーアだ。

 もう一人のリーアは、私が見たこともない酷く歪な笑顔でやってきた。ただ違うところはといえば、真っ赤な瞳に黒い鎧。これは彼女なりに違いを形にしているのか、それとも、私が彼女をそういう目で見ているのか。肉体の無い私には、ただただ体を持つことに羨ましさしか感じなかった。


 「随分と酷い顔をしてるじゃないか」


 ――そうか?


 「ああ口が無いから、そういう風に聞こえるんだ。ところで、リーアは私をなんだと思う?」


 そうだ、私には口が無かった。喋りかけようとしても、喋る口が無い。彼女にはそれでも通じるようなので、私はこのままで良いと思ってしまう。

 じっとへらへらとしたリーアを凝視する。この女性はリーアはリーアだが、ずっと本能的に生きているようにも見える。多く言葉を交わしたわけではないが、雰囲気からもう一人のリーアの異常性が感じ取れた。


 ――……私に見えるが、どこか違うようだ。


 「よく見ている、さすがは私だな。そう私はリーアだが、この私は『もしも』のリーアだ」


 ――よく分からない。つまり、どういことだ。


 もう一人のリーアは困ったように腕を組んで、自分の顎を掻いた。


 「察しが悪いところも私らしいな。……幼少時代にタモツと出会わなかった場合の私だ。本来なるはずだった、リーアというべきかな」


 ――……やはりか。


 「人が悪い! 知りながら聞いたか! だが、それもよーく理解できるぞ! なんせ、お前はリーアだからな!」


 ――お前は何だ。わざわざ、そんなこと言うために私の前にいるわけではないのだろ。


 もう一人のリーアに、今の言葉がどのように届いたかは分からない。少なくとも、苛立ちのままに発した声だった。

 神妙そうな顔をもう一人のリーアがすると、腰の剣を抜き放てば、私に向けて構えた。


 「お前の狂化の魔法に作られたのが、この世界だ。狂化の魔法はまとも精神では受け止めることはできないが、お前はお前の中に精神世界を作り出したことで僅かに思考を保つことができている。それゆえに、狂化魔法はそんなお前への障害として生んだのが……この私だ。私は、お前という人格を殺し、お前から主人格の位置を奪うためにここにいる」


 ――すまない……狂化? よく分からないのだ……。


 私の発言を聞いたもう一人のリーアが、額に手を置くと高笑いをした。


 「こいつはまいったな! 何でお前が自分の心を殺してまで戦おうとしているのかも思い出せないのか!? よくもまあ、我ながら……そんな状態で、私と相対するためのこんな世界を創り出せたものだ」


 賞賛しているのか馬鹿にしているのか分からないもう一人のリーアは、剣を暗黒の地面に突き刺した。


 「これはお前に必要ないな。自分の体する分からない奴に、使う物じゃない。そもそも体の無い奴に使っても同じことよ」


 もう一人のリーアは、そうやって私を貶すと指を鳴らした。すると、次第に世界は明るくなり、私の頭の中は眩しいという感情で一杯になった。

 光の中で、もう一人のリーアと私は草原に居た。

 どこまでも広い草原は、緑色の絨毯がどこまでも広がり続け、見渡しても太陽なんて無いのに雲一つ無い青空が世界を支配をしていた。


 「ごらん、リーア」


 もう一人のリーアが指を差した。

 草原の奥が燃えていた。その中で、エルフ達が大勢の人間を焼き殺している。先頭に立ち表情一つ変えない女性に見覚えがあった。それは、リーアの姿だ。ただ淡々とゴミを処分するように、炎で人間達を殺し尽くしていた。

 炎の中から、どうして立てるのかも分からない骨だけになった人間が立ち上がると、殺し続けていたリーアの前に立つ。そして、助けてくれ、子供だけは。と言った。

 その骨だけになった人間に対し、「何だ他にもいたのか」とだけ言うと、首を刎ねた。転がった骨は地面に落ちると砕け散る。

 おぞましい光景に戦慄を覚えた私は、もう一人のリーアの顔を伺った。――その横顔は楽しげだった。


 ――やめろ、こんなもの見たくはない……。


 「何をおっしゃいますか、リーア。これは、タモツと出会わなかった未来の景色さ。ギマリスとアキホと一緒に、人間達を殺しまくる。今以上の侵攻の早さで、障害を斬って殺し続けるのさ。これはね、本来のリーアなんだ。……いい加減リーアも知っているだろ? タモツに魔法を暴走させられた結果今のリーアがいる。これは、洗脳と変わらないんじゃないかい? そう考えると、今リーアが抱いている愛情も憎悪も偽者とも呼べるだろ」


 ――……違う、私は自分の意思でタモツお兄ちゃんに恋をした。そして、愛を知ったんだ。


 吹けば飛ぶように小さな私の反論は、もう一人のリーアの笑い声によってかき消された。


 「冗談言わないでよ! 本来のリーアは、私よ! タモツという異物にさえ遭遇しなければ、私はこの未来を歩んでいた! アキホはタモツという出会いが無ければ、動かなかったかもしれないけど、紛れも無く私は涼しい顔でこんな行いができるエルフだった! これが私! 貴女は外側だけ私に似せて作った贋作物よ!」


 指を差す代わりのように、もう一人のリーアは剣の先を私の方向へ向けて激しく上下に動かした。こうした形で、私に激情をぶつけているのだろうが、喚きながら私に剣を振り回すリーアの姿は大人になりきれない子供のようだ。しかし、私とかけ離れているからこそ、私ともう一人のリーアは違う未来の先で生まれるはずだった自分だということを明確に理解した。

 では、この厄介な存在をどうすればいい?


 「もしかして、私をどうにかしようと思ってる?」


 ――当たり前だ。……私とお前は違う。これは、良くない夢だろう。


 「夢ねえ……。私からしてみれば、貴女こそ良くない夢幻よ。さっきも言ったけど、タモツがリーアを狂わせた。アレは恋なんて生易しいもんじゃない。感情を壊され操作され、最終的に本来は向けるはずのない好意を向けさせられた。……なあ、気づいてるはずだ。私はお前だ。……私がお前の本来の姿なんだ」


 私は眩暈を感じていた。いいや、これは眩暈ではない。空間そのものが歪んでいる。

 元々、体なんてなかったが、次第に肉体が一つ一つがバラバラの部品だったかのように切れて崩れていく。


 ――どういう……なんだ……これは……。


 剣を鞘に戻したもう一人のリーアが、無感情な眼差しでこちらを見ていた。


 「私を受け入れつつあるんだ。少しでも、貴女が私を肯定してしまうと、心は私に喰われて最期は取り込まれる。今、貴女は私が自分であるということを認めつつあるんだ」


 ――うるさい、うるさい、うるさい……! 私は、私だ! リーア……リーアだよな……? リーアだ!?


 「抗えば抗うほどに、埋もれていくよ。静かに私を受け入れてくれるなら、少なくともあのギマリスだけは倒してあげる」


 ――え。


 あ、少し侵食が進んだ。ともう一人のリーアがほくそ笑んだ。


 「いろいろ欠けて、壊れて、自分が分かんなくなっているな。安心してほしい、ギマリスは必ず倒そう。……そして、その後はこの戦争が終わるまで、いや、全ての生命が私を止めるまで、殺戮を繰り返すある種の災害になればいい」


 ――黙れ! お前なんて、私は望んじゃいない!


 「望んじゃいないけど、この私がリーアの本来の姿。紛れも無く、真実のリーア。……ただ貴女は元に戻るだけ。居心地良くなってきたでしょ、無理をしなくていい、ありのままのリーアを受け入れることが……」


 もう一人のリーアの言葉の一つ一つが、不思議と全て正しく聞こえてしまう。ただ正しいと感じてしまうだけでなく、むしろそれを……温かな毛布でくるまれるような心地良さに感じてしまう。その心地良さは、いつしか快感へと変わろうとしていた。


 ー……頼む……もうやめてくれ……。忘れたくないことも、あるんだ……。


 「それって、タモツのことか?」


 暗闇のどこか遠くの方で風船の割れるような音が聞こえた。何かが消える、そんな音。


 ――……タモツ?


 もう一人のリーアは、リーアとしての形を取り戻していけば、先程までの漆黒の鎧を装着していない本来のリーアがそこにはいた。しかし、その空間にはもう一人だったはずのリーアの気配しか感じられない。


 「最後の砦も崩壊したかー……。もう悩む必要も考える必要も無い。……お前は寝ているだけでいいんだ」


 消失しかけた私の意識は、恐ろしく感じてしまうぐらいに優しげなリーアの声色を耳に意識は閉じていった――。

今日の16時に続きを更新します。

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