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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第九章『新世界の王は破壊に接吻を』
36/63

 アキホの話術が遺憾なく発揮され、あれよあれよという間にアキホ達は集落の仲間として受け入れられていった。それでも、警戒心の強いエルフ族だからなのか族長に対面することはできずに集落での奉仕活動を淡々と続けていた。

 最初は境遇が境遇だけに、周囲からも気遣いが感じられたが、悲しみを感じさせずにせっせと農作業や狩りの手伝いをする様を見た集落の者達はアキホ達を受け入れようとしていた。


 集落にやってきて、五日目の晩。

 腰を曲げて部屋に戻ってきたアキホは、上がると同時に背筋を伸ばした。


 「あいたた……一日中、腰を曲げっぱなしてのもきついわね……」


 アキホより遅れてから部屋にやってきたアキラが慌てて駆け寄った。


 「何だって!? だったら、すぐに僕が姉上の痛みを揉み解してあげるよ!」


 「ゼル、治癒魔法お願い」


 「うん」


 一度もアキラの方を見ることなく、アキホはさらに後からやってきたゼルに当然のように頼むことにした。


 「冷たい姉上も素敵だ!」


 アキホに何を言われても騒がしいぐらいの反応を返すアキラの将来を心配をしつつ、アキホはベッドに体を横たえた。アキホの脇にちょこんと腰掛けたゼルが、アキホに向かって手をかざせば温かな光が放たれる。


 「はあーゼルありがとう……。ゼルの治癒魔法が無かったら、今頃腰痛持ちね」


 「アキホは毎日エルフ族のいろんな人達と話をしている。そっちに比べたら、こんなの大したことない」


 どんどん腰の痛みが引いていくのを感じながらアキホは、アキラに目で合図を送る。


 「蛇は送った?」


 「うん、明日の朝には届くはずだよ」


 「……ありがとう、ゼル。凄い楽になったよ」


 腰を撫でながらアキホが上半身を起こし、今まで腰に触れていた手をゼルの頭に置いた。撫でられることが好きなゼルは、嬉しそうに目を細める。


 「今日、ククトが私達を族長に紹介したいと言ってきたわ。正式に集落の仲間として受け入れてくれるそうよ」


 「姉上の頑張りのお陰だね」


 「私だけじゃないわ、二人が誠心誠意集落の人達の手伝いをしてくれたからよ」


 アキラにおいでおいでとアキホが手招きをすれば、小走りで近づいてきたアキラの頭を優しく撫でた。


 「ふにゃふにゃ……姉上ぇ……」


 「もう一頑張りよ。集落の人達を騙しているみたいで心苦しいだろうけど、ゼルも最後まで付き合ってね」


 ゼルは自分の頭に置かれていたアキホの手をそっとどかして、ゆっくりと首を横に振った。


 「ううん、一緒に集落の人達と過ごして、もっと仲良くなりたいと思った。本当の私として。……絶対に成功させようね」


 「ええ、もちろんよ。明日は、運命の日になるわ」


 アキホは絶対に成功するという予感を感じながら、二人に微笑みかけた。


 


 

              ※

 




 ――何かあれば、連絡する。


 旅立つ前にアキホが保達に残した言葉だった。

 それから、数日経過したが、アキホから連絡は一向に無い。連絡が無いことが安全の証だと信じて、保達は行動を続けた。

 そんな時、一匹の蛇が屋敷までやってきた。蛇は屋敷の前で煙を上げながら、姿を変えると手紙に変身した。

 拾い上げた手紙には、アキホの字で――。


 ――本日の午後三時より、作戦を開始する。


  



            ※



 事前に準備を済ませてはいたが、それでも直前になるとやはり慌しくなるようで、保達は最終確認に奔走していた。

 非常時には各々で戦闘を行わなければならないので武器の確認をしている者も居れば、数字の得意な者は何度も計算したフライルーパステの爆薬の再計算している。何より逃げることが仕事なので、直前まで体を休ませている者も居るようだった。

 時間に余裕があるからといって早く動いてもいけない。最小の時間で最速の動きをしなければならない以上は、決められた開始時刻を厳守するのが一番なのだ。

 フライルーパステを設置する担当ではない保は、自室で体をベッドに横たわらせていた。

 心配し過ぎて最近はよく眠れていなかったが、それでも作戦が近づけばどんどん眠気は去っていった。だが、今は休むことしかすることが無いので、横になったまま何度も寝返りを打っていたところだった。

 ふいに部屋を誰かがノックをした。


 「どうぞー」


 何となく来訪者の正体が分かっていた保は、体を起こしながら返事をした。


 「今、時間は大丈夫か? タモツお兄ちゃん。……あ、すまない、起こしてしまったか?」


 案の定、扉を僅かに開けて顔をひょっこりと覗かせたリーアが居た。上半身だけベッドから起きた保を見て、リーアはすまなそうに眉を垂らしていた。


 「いや、どうせ眠れなかったところだよ。リーアが話し相手になってくれるなら、そっちの方が体に良さそうだ」


 体の向きをリーアに変えた保は、ベッドの横から足を出して腰掛けるような体勢になる。そして、自分の隣を叩くとリーアに横に座るように促せた。


 「お言葉に甘えることにしよう」


 リーアの座った重み僅かにベッドが軋む。今のリーアは久しぶりに、軽装の鎧を装着しており、腰には銀の剣を携えていた。

 しばらく無言の時間が流れる。このまま何も喋らないで部屋のシミを数えるのも悪くはないかなと保が考え出していた頃。


 「久しぶりに、二人っきりで話をするな」


 「……そういえば、そうだな。最近は忙しくて、一緒に食事をすることもなかったし」


 保は少し気まずそうに頬を掻いた。


 「私は、少しだけ……昔が懐かしく思える」


 張り詰めていた空気が緩んでいくのを感じながら、保はリーアの言葉に耳を傾けた。


 「タモツお兄ちゃんと二人で買い出しに行って、帰りにパンを食べながら家路に着く。そしたら、アキホがゼルに勉強を教えているんだ。帰って来た私達にゼルはアキホの制止を振り切り、今日覚えた文字や歴史のことを語る。私とアキホが料理の支度に向かえば、タモツお兄ちゃんとゼルは一緒に勉強の復習を始めるんだ。……今考えてみれば、あの時間こそ幸せと呼べたのではないのだろうか」


 「……かもしれないな」


 同じようなことを考えてしまっていた保には、それを否定することができなかった。どれだけ奴隷を救出しても、宗教での争いの仲裁に入っても、自分達の幸福を求めればあの温かな日々を夢想してしまうのだ。


 「これだって、最初は二人で始めようとしたことだったんだよな」


 「うん、到底無理な願いだった。むしろ、理想だからこそ追いかけようと思えたかもしれない。……全部アキホさんのお陰だな」


 「それについては、全く異論はないな」


 いつしか距離が近くなっていたようで、二人して笑うと肩と肩が自然に触れ合った。


 「……頼みがあって来たんだ」


 「金は貸せないぞ?」


 「相変わらず意地の悪い返事をするなぁ」


 「……茶化してすまん。聞かせてくれよ、リーアの頼みを」


 リーアの長い金髪が保の肩にかかれば、そっと頭を乗せてくる。桃のような香りがしてくるのは、リーアだからだろうか。

 保の顔を見ることなく、リーアはそっと子守唄でも口ずさむように声を発した。


 「――接吻をしてほしい」


 驚きの発言を前に、保の思考は回転を停止して、その代わり最も保の意思を尊重する方向で選んだ回答をした。


 「――嫌だ」


 「な、なに……」


 時間にしてコンマも無かっただろうか、いや、むしろ食い気味ですら言ってきたようにも取れるスピードで保は告げた。

 ある程度覚悟をしていたリーアだったが、あまりの速断に言葉を失っているようだった。


 「あ、そうじゃなくて――」


 「――そ、それはそうだな、うんうん。今のタモツお兄ちゃんの周りには、綺麗な人が多い。アキホのような美人に惹かれるのも分かるし、ゼルも後数年もすればきっと麗しい女性になることだろう。あ、さてはミストか! なかなか良い相手だろう。ミストもタモツお兄ちゃんに対して、特別な感情を抱いているようだが――」


 「お、おい、落ち着けよリーア?」


 全身の血液を集めてしまったのではないかと思うほど顔を真っ赤にしながら、リーアは早口で喋り続ける。それこそ、保の口を挟む隙なんて与えないように。


 「はははー! 気にしないでくれ、お兄ちゃん! 私にとってみれば、長い年月を生きるちょっとした思い出に変わるものさ。そう、これは今すぐに思い出なのだ! よーし、私は今日からこの日の感情を日記に記し続けることを決めたぞ! それでは、しゅっぱーつ!」


 拳を振り上げたリーアは背筋を伸ばした状態で、扉まで突進しようとする。慌てて保はリーアを追うと、後ろからその体を強く抱きしめた。


 「待て! リーアッ!」


 リーアの体は前進を止めた。急に止まったことで、鎧が擦り合いカチャカチャと音を立てた。


 「……少し一人にしてくれ、泣かせてほしい」


 胸の奥を抉るような悲壮なリーアの声に保は顔をしかめると、腰に抱きついていた手を肩から包み込むように位置を変えた。


 「惚れた弱味というやつかもしれん、タモツお兄ちゃんにこうされては……体が動こうとしてくれない」


 「俺の話を聞かずに暴走すんな」


 「しかし……」


 「しかしもかかしもねえ。そのままでいいから、どうして俺とせ、接吻をしようと思ったんだ……?」


 「もしかしたら、この作戦でどちらかが死ぬかもしれない。今までと相手が違う。エルフ達は、容赦なく命を奪ってくるはずだ。……だから、怖くなった。もうタモツお兄ちゃんに会えないかもしれないと思ったら、恥をかいてもいいからもっと深いところでタモツお兄ちゃんの温もりを知りたかったんだ」


 「それなら、駄目だよ」


 保は借りてきた猫のように静かになったリーアを強引に自分の方へ振り返らせると、いつもよりも体を小さくさせたリーアが腕の中ですっぽりと収まった。

 どうしていいか分からずにもじもじとするリーアに、保は言葉を続ける。


 「一時の感情でそういうことはしたくない。頑固だと思われても、そういうことをするなら……ちゃんと恋人同士になってからだろ」


 「こい……びと……?」


 生まれて初めて聞きましたといった顔でリーアは保を見上げた。


 「俺はリーアが好きだ。一人の女性として。いつも一番に俺のことを考えてくれ、辛い時はずっと近くにいてくれて、俺が喜ぶ料理を考えてくれたり、いつだって俺の全てを受け入れてくれようとする。……口付けを交わすなら、俺はちゃんとリーアの気持ちを聞いてからにしたいんだ」


 保は今まで見たことがないリーアの表情を見た。嬉しさと愛しさと切さが同居したような、きっともう二度目は見れないかもしれない愛しい表情を保は目に焼き付けた。


 「タモツお兄ちゃん……。うん、私も大好きだ。世界で一番愛している。お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……タモツお兄ちゃんは、私に新たな世界を教えてくれた。ううん、それだけじゃない。全力で私を守ろうとしてくれる、いつだって私の味方で誰よりも優しい。……ずっと一緒に居よう、恋人にも夫婦にもなりたい!」


 「夫婦か……それもいいかもな……。でも今は、恋人からの最初のお願いを聞かないとな」


 潤んだ瞳のリーアに、少々不意打ちながらも保は顔を寄せた。そして、最初は緊張していた唇も次第に保を受けていった――。



 いくつかの偶然の結果が奇跡を呼び、絶対に結ばれないはずの二人が結ばれた。

 一秒でも一分でも長く、この幸福な時間が続いて欲しいと祈りながら酒に溺れるようににリーアを求める。

 何度も唇を交わうと、種族とか世界とか、そういうどうしようもない物ほど些細なことなんだと感じた。

 ここにはただのタモツとリーアが居て、愛し合う二人が居るだけだ。

 たくさんの思考が渦巻く世界の中で、二人だけ世界の円環の中から外れてしまったように互いの温もりを感じあった。


 いつしかただ浸かるだけだった熱を、保はリーアという温かさを死んでも守りたいと思うようになった――。

 


   

           ※


 


 「西に三百二十歩……。ここだな」


 保の目の前には、両手いっぱい広げても足りない程太い木が空高く伸びていた。てっぺんの枝葉は、天然のドームのように覆い被さるように茂り、空を隠し陽光を遮る役目をしていた。

 それほど保も詳しくは無いが、樹齢が千年単位の大木というのはこういう類のものだろうと勝手に想像していた。


 「時間は?」


 「予定通りです、後十五分程で開始です」


 共に歩いてきたミストが鞄の中から、砲丸のような大きさの黒い玉――フライルーパステをいくつか取り出しながら時間を答えた。

 この神樹には、保とミストが向かうことになっていた。メイドがここまですることはないと止めたものの、ミストの意思は固く、全力で仕えるつもりだと声を大にして断固として応じることはなかったので、仕方なく連れて来ることとなった。


 「さて、どうやって目立たせるかな……」


 「効率の良い爆発方法は把握しています。今から準備をしますので、タモツ様は目立たないところでお休みを」


 いざ連れて来てみれば、ミストは保が考えている以上に頭の回転も早く敵地の中に居ても冷静でいられるような度胸も備えていた。今からエルフ族に喧嘩を売るとなれば、常人はこうも冷静でいられないだろう。


 「よくそんな冷静でいられるねえ」


 「メイドですから」


 随分とこの世界の知識にも慣れたと思った保だが、この世界にはまだまだディープな部分はありそうだった。

 ミストの言う通り休んでいるわけにもいかないので、手早く準備を済ませてしまえば、保はそこに一人残ることにする。そもそも複数で行動していたのは、非情なようだが何かあった時に一人きりになったとしても作戦を実行させることと作業の効率化だ。現状、そのどちらも完了しているなら、もうここにミストが残る必要はない。


 「じゃあ、ミストさんは先に帰っててくれ」


 「……」


 「先に帰っててくれ」


 「……」


 「すいませーん、聞こえてますかー!?」


 作戦開始まで後五分程だ。だというのに、まるで聞こえていなかのようにミストは目を閉じて微動だにしない。この際、連れて行けるところまで無理やり引っ張っていこうかと保はミストに両手を伸ばした。


 「触ったら、リーア様に言いつけますよ?」


 「……触らないから、何で逃げないのか言ってくれ」


 信じられないぐらい冷たい眼差しのミストに気が遠くなりそうなりながら保は手を引っ込めた。


 「何だか嫌な予感がします。全てがうまく行き過ぎて、今更ながら恐ろしさ込み上げてきました」


 主人であるアキホに絶対的な忠誠を抱いているミストにしては、珍しい発言だった。だが、保はミストの言葉に眉をひそめるしかできない。


 「皆様は忙しさに何か考えることを放棄しているように見えます。……何か良くないことが起きそうな気がします」


 「そんなこと言ったって、急に危ないことになるのは日常茶飯事だろ? いつも通り、飯の用意でもして俺とアキホさんの凱旋を待っていてくれよ」


 ミストはじっと保の顔を見つめた。どうしていいか分からずに、迫る時間に焦りつつ冷や汗を流しながら必死に作り笑いを浮かべた。

 必死に説得の言葉を探そうとする保を見ていたミストは深い溜め息を吐いた。そして、勢い良く保に抱き通と両手を回した。動揺する保に容赦なく、耳元に甘い吐息と共にミストは囁きかけた。


 「ご無事で。何かあれば、必ずお力になります」


 すぐにミストは保を突き飛ばすようにして手を離すと、そのまま振り返ることなくいつもの場に不似合いなメイド姿で森の奥に姿を消した。どうやら、ミストは頭もキレて足も速いようだ。

 ぼんやりとしていた保は、激しくも眩い轟音で無理やり意識を戻される。


 「時間だ……! 待っていろ、明日からは別の世界に変えてやる!」


 虹色に染まる世界の中で、保はフライルーパステを発動させた。

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