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計画が決定してからの行動は早かった。
薬の調合は三日程必要とし、完成したのは強力な変化の薬だった。
下手に変化の薬がエルフ族に見つかったり、誰か一人でも急に変化が解除してしまえば、そこで終わりだ。その為に、薬を一度飲めば一週間という長期間エルフの姿のままで、証拠を残さないように一個しか用意しない。つまり、この一週間以内に決着を着けるつもりでギマリスの集落まで乗り込むのだ。
潜入メンバーはアキホ、ゼル、アキラの三名。リーアは元々エルフであり顔が割れており、保もギマリスと対面した過去があるので危険を高めることにしかならない。ギマリスからしてみれば、人間の顔なんて覚えていないかもしれないが、目の前から娘を連れ去った男の顔だ。念には念を入れた方がいいというのがアキホの判断だった。結果、保とリーアは集落に危機感を煽る役目を受けることになった。
顔が知られているという話だが、よくよく考えれば領主であるアキホの方が認知されているはずだ。どうするのだろうかと、みんな心配していたが……。
「私が向かわないわけにはいかないだろ。作戦決行日のお楽しみだ」
まるで友人へプレゼントを用意するような気軽さでアキホはさらりと言った。保としては肝を冷やすような日々を送っているというのに、アキホは鼻歌混じりにそんなことを言うのだから、つくづく勝てないなと保は思い知らされていた。
準備は一週間程で完了した。慌しさの中で作戦は始まろうとしていたが、今回は見送ることしかできない保とリーアの胸中は不安が渦巻いていた。
※
「では、今回の作戦内容を説明する――」
屋敷の大広間に作戦に参加する者達が集まった。
アキホ達実働隊や保達の裏方を含め、他に信頼のおける十人以上の人員が皆硬い表情をしていた。
まずアキホ達はエルフの姿に偽装した仲間達に追われるような形になる。その段階で疑われてしまえば全ては水泡に帰すので、追っ手役は領内で見つけたら腕利きの傭兵達に任せた。彼らには作戦に支障を与えない程度に全力で襲い掛かるように命じている。
無事に潜入が成功した後、アキホは領地の外から来たことを告げて、人間のエルフ狩りから命からがら逃げ出してきたこと、小さな集落で、他の集落とは連絡を取っていなかったせいで救援を呼べずに集落は滅ぼされたこと、アキホがその集落の族長であることを説明する。
この作戦は会談するまでは徹底的に嘘を貫き通さなければならない。さらに真実味を与えるためにも、アキホはリーアから徹底的にエルフにより近づくための指導を受けた。エルフのマナーを学ぶことで、アキホはよりエルフ族に近づける。こういう面は、リーアが族長の娘であることが大いに役に立った。
そして、ここからは大詰め。物語としては、クライマックスに入る。
ギマリスの集落の周辺でちょっとした花火のようなものを打ち上げるのだ。
派手さだけを追求したフライルーパステと呼ばれる魔法道具で、演劇の舞台装置としても使われる。丸い大砲の弾のような球体に魔障を事前に練り込み、強い衝撃を与えて十秒程で、カラフルな爆発を発生させる。やかましいぐらいの音は静かな生活を好むエルフ族を困らせることは間違いないだろう。
実際に炎を使うわけではないので、山火事の心配もなく、エルフ族の人を傷つける心配もない。ただし、大量に用意した花火の爆弾のようなフライルーパステが断続的に炸裂するようにセットするので一時間以上はエルフが経験したことのないパレードのような騒ぎになるだろう。
混乱するエルフ達の中で颯爽と駆け出したアキホは、主犯格として仕立てあげた保を捕まえてくる。それと同時に、この騒がしい花火は終わりであると同時に保が原因だったということを知らしめる。
そこでアキホは捕らえた保を主犯格として連れてギマリスの元まで向かい、階段の場を設けるように提案する。そこで、会談を行い、和平を結ぶということだった。
正直、うまくいくかどうか保の中には不安しかなかった。だが、今はそれよりも気になることがあった。
「アキホさんの顔が気になるな……」
アキホはエルフであるが、独自に強い薬を服用して全く別人の顔に変わっていた。
火傷したように顔の半分はただれ、残った半分は老婆のようにしわだらけだ。アキホを魅力的に見せていたキリッとした目元が一重になり、ハイライトの薄い瞳が垂れ下がりしわと見分けがつかなくなっていた。
良く言っても老婆、悪く言えば人間でもエルフでもない別の種族のようにも見える。エルフや人間の美的感覚から言えば、醜いとすら言えた。
ふとアキホは顔を上げた。半数程がアキホの顔にばかり意識が向かって集中できないことに気づく。
「なによ、そんなにこの顔が気になる?」
声はアキホなだけになお悪い。そのアンバランス加減が、余計に気味の悪さを加速させる。
アキホは溜め息を吐くと、メイドの一人を呼んで包帯を持ってくるように頼み、受け取った包帯を顔にぐるぐると巻いて包帯の隙間から目元だけが見えるような姿に変わった。それでも、全く見覚えないその二つの目は気になるが、包帯で顔を隠す前に比べれば幾分かマシに思えた。
「これでいいでしょう? 声帯もいじるように薬を使ってみても良かったけど、それだと話をするのに困難だしね」
ミイラ老婆になったアキホは付き合ってられないわといった様子で、机の上に広げたのは年輪のような円が波紋のように重なって書かれた紙。紙の中ではこの世界に来たばかりの保なら、それが地図だとは気づかなかっただろう。
「これはリーアの意見に基づいて作った地図よ」
そう言えば、段取り良く部屋の脇に控えていたミストが現れて、B5サイズ程度になった地図を一人一人に配っていった。
事前に計画の聞いていた保も地図を見てみれば、そこには五つの赤い×印が年輪の中心を囲うように書かれていた。
「全員に行き渡ったわね。リーアから聞いて初めて知ったのだけれど、ギマリスの集落近くには神樹と呼ばれる長寿の大木があるのよ。神樹は全部で五つ。ここまで来たら大体のことは分かると思うけど、その神樹を目印に動いてもらうわ」
×印のすぐ横にアキホは黒い点を書き足す。
「エルフの森に入ったことがあるのは、私とリーアと保君だけ。無用心に入ればエルフに捕まるか魔獣の餌になりかねない。本来なら魔法道具で連絡を取り合えばいいのかもしれないけど、微細な魔障の動きで察知される危険性もある。そこで、私達の作戦は……歩数よ」
歩数? と誰かが呟いた声が聞こえたが、そのままアキホは話を続けた。
「リーアと私の二人で、五箇所の神樹まで歩数を地道に数えたのよ。東に百歩とか北に二百歩とかね。歩幅は私基準になっているから、歩く時はよく気をつけてほしい。こういう古臭い手法こそ意外と森攻略の抜け道になることもあるわ。事実、私だってタカ派の集落の周辺を歩く時は魔法道具は極力使わないようにしていたし」
心配そうにする者達もいたが、保に不安はなかった。ここを失敗してしまえば全てが駄目になってしまうことを気づいていたアキホとリーアは、ただ歩数を数えるだけでなくエルフ達も魔獣達も通らないルート調査して、必死に考え出した作戦なのだ。
保にはそんな彼女達の頑張りにケチをつけるような真似は到底できなかった。
「神樹で騒ぎを起こした後は保君の待つ神樹まで私が向かい、そこで保君を捕まえると同時にフライルパステーを中止。痕跡を残らないようにしてみんなは撤退。それから私は保君を手土産に対話の席を設けるように動くわ」
これから時代が変わっていく。その場に居た全員がアキホの宣言を前に、胸の奥底が熱くなっていくのが分かった。熱意を声にするアキホから感染するようにして、みんなに広がりをみせていった。
「正直、こういうのはがらじゃなんだけどね」
アキホは照れたような微笑を浮かべて拳を天へと伸ばした。
「この作戦が終わった後、すぐにじゃなくても確実に世界は変わるわ。私達は新たな世界を作り上げた立役者になることでしょう。……みんな、今までよくついてきてくれたわね。ここにいるみんなは、本気でこの世界から種族間の争いを無くしたいと願った人達だからこそ、私は貴方達にこの大役を押し付けるのよ」
最初に保が重たい現実を貫き破るように拳を天へと伸ばした。
また一人、また一人とアキホの真似をするように拳を突きあげた。
「ここには人間以外にエルフもギララ族も居るわ。他種族と家庭を持っている人も居る。嘲笑され馬鹿にされた人も多くはないでしょう。何て言ったって、差別を無くすなんて妄言も良い所よ。でも、今回の会談が終われば必ず世界は変えられる。くだらないと鼻で笑った者達を蹴飛ばし。勝手に作り出された世界の常識を書き換える。愚かしいけども美しい世界、その上で遊ばれてはいけない。ここは私達の世界よ。……遊ばれてはダメ、私達の世界で私達は遊ぶのよ」
ゼルもアキラもいつしか拳を頭上へ掲げていた。
「もう常識に私達の世界を奪われない。……取り返しに行くわよ、私達の世界を。くだらない常識を壊して、世界を取り戻す。教えてやるのよ、弱者にも! 強者にも! 必要な差別なんてない、差別を常識の一部だと語らせない! もしかしたら誰か傷つくかもしれない、下手をしたら死者も出るかもしれない。今から危険を冒す貴方達に、私が与えられるのはただ一つ――変革した世界を間近で見れる特等席よ」
そして、最後にリーアまでもが拳を空へと突き立てた。
全員の拳が上がったのを目にしたアキホは、満足そうに目を細めた。
「――さあ、新たな世界へ向かいましょう」




