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 アキホの天才的な外交力によって、エルフ族族長との会談の場が瞬く間の内に設けられる――ことはなかった。


 「あー! なんでアレもコレも駄目なんだ! あのエルフの頑固じじいめ!」


 大量の書類を紙吹雪のようにして宙に放り投げれば、アキホは頭を抱えて机に突っ伏した。

 行動を開始して数週間。あらゆる方法で申し込んでみたが、良い返事は返ってこない。

 ギマリスの集落に行き来しているエルフ族の行商人に書状を託してみたが、ギマリスの手元に行く前に門前払い。オチまで言うなら、兵士が受け取った時点で火の魔法で塵に変えられた。

 会談さえできれば良いのだと開き直って、高価な宝石や特殊な力を宿した魔障石を会談の交換材料として使ったが、人間の持ってきた物なんてとゴミ扱いだ。

 ならば直接気持ちに訴えかけるつもりで、集落の周辺でアキホの良い噂をあらゆる人脈を使って流してみたが、むしろ人間の話をするなと叱責されたり処罰する対象になると脅迫される結果になった。それ以外にも、いろいろとあの手この手で行動を起こしてみたが、結果は惨敗。むしろ、死人が出なくて良かったとリーアは安堵していた。


 「騒いでも一緒ですよ、アキホさん……」


 ここ三日ほど、アキホの部屋に缶詰状態だった保が唸るような声を出しながら横になっていたソファから体を起こした。


 「な、なんだ、もう朝か……」


 机を間に挟んだ別のソファからリーアも寝癖の付いた髪を揺らしながら起きる。

 この三日間は、保、リーア、アキホは部屋に引きこもって必死に計画を捻りだそうとしていた。だが、最初はまともな案が出ていたものの、どんどんおかしな計画が出てくるようになり、最終的に保が「会談するより怪談が早いよな!」と爆笑しながら言い出して、気の触れたような保の発言を前に丸二日寝ないで話をしていたことに気づいた三人は一斉に卒倒して眠りに落ちた。

 三人も誰一人目覚めないまま一日中眠りこけてしまい、正確には今は四日目の朝だった。


 「顔を洗ってくるわ……」


 「じゃあ、俺は朝食を貰ってくる……」


 「少し臭うな……。服を着替えることにしよう……」


 臭いのはみんな一緒だな、とおかしなテンションの保が言ったが、二人は空笑いをするだけだった。




                            ※



 「――おい、姉上は大丈夫なのか?」


 朝食を運んだ後に保が外の井戸で顔を洗っていると、不機嫌そうなアキラが腕を組みながら声をかけてきた。


 「まずは姉上と同じ状況に立っている俺の心配はしてくれないのか?」


 「おい? 姉上は大丈夫なのか?」


 「あーはいはい、俺のことは眼中に無いてことですね。それでいいですけどねー」


 「おい、姉上は――」


 「――うるせえ! 今のところは大丈夫だよ! 満足したか!?」


 ほっとしたように力の張っていたアキラの両肩が緩んだ。


 「そうか、姉上は無事か……姉上に何かあったら――タモツを殺すところだった」


 「アキラは徹底して俺に厳しいよな」


 「姉上と同じ部屋でずっと過ごしているというだけでも僕を心配させるのに、さらには多忙な姉上に疲労を重ねるような真似まで……何かあったらタモツのせいにしようと決めていたんだ!」


 「有無を言わさずなんて、この世に神様は居ないのか!」


 「僕の唯一神アキホ様ならいるぞ」


 はいはい、と話を流して保はタオルで顔を拭くと屋敷へと戻っていく。

 離れていく保の背中へ向けて、アキラは神妙な声で「タモツ」と呼び止めた。


 「話は進んでいるのか? 僕やゼルも動いてはいるが、タカ派の憎しみは本物だ。人間と手を取り合うぐらいなら、己の手で首でも絞めてしまいそうな連中のようだ。それにだ、下手に刺激して姉上にもしものことがあれば、領内で戦争が起こるぞ」 


 痛いほどにアキラのアキホを心配する気持ちが伝わってくる。アキラにとっては血の繋がりは無くともアキホが唯一の家族だ。そのアキホが危険な賭けをすることで、危険に曝されるのを恐れているのだということは保にもすぐに察することができた。

 アキホを心配してるというなら話は別だった。保は、素直に聞いてくれればいいのになと内心思いつつ答えてやることにする。


 「和解する方法は、アキホさんなりに何か考えがあるらしい。どういう方法なのか、何回聞いてもはぐらかすんだよなぁ。……だから、俺達としてはとりあえず会談の場に立ちさえすればいいんだ。そこまでしたら、あの人がどうにかしてくれる」


 「姉上は家族なのだろ。だったら、心配になったりしないのか? ギマリスという男のことは詳しくは知らないけど、人間のことを家畜以下にしか見ていないと聞く。そんな男の前に姉上を立たせることを危険には考えないのか!」


 いつもクールなアキラが声を荒げながらそんなことを言えば、驚いた時の猫のように二つの耳がピーンと張っていた。


 「そりゃ心配になるさ。心配だからこそ、助けてやるんだ。今までもそうやってきたし、これからだってこういう風に助けていくつもりだよ」


 なおも食い下がろうとするアキラから吐き出される不安を阻止するように、保は「それに」と言葉を続ける。


 「アキホさんはいつだって自信満々にどんな逆境や困難も乗り越えてきただろ。あの人の言う通りにすれば間違いない。俺は……いや、俺もリーアもゼルも同じように思っている。アキホさんが会談の場を設けたら何とかなるて言ったんだ、だったらなんとかなるに決まってるだろ」


 「タモツ……。僕は……そんな風に信じられて羨ましいよ……」


 服の胸元をぎゅっと握ったアキラはどことなく寂しそうに見えた。

 張り合いのないアキラを前に保は若干湿ったタオルを丸めてボールのようにすれば、投球フォームように構えてそれをアキラの顔面に投げつけた。


 「――べぐぅ!? い、いきなり何をする!?」


 顔を上げたアキラの前に立つ保にもいつものようなおふざけは感じられず、口を閉ざしてしまう。


 「俺だってアキラが羨ましいさ。アキラはアキホさんの弟だからこそ、そこまで一生懸命に助けてやりたいと思えるんだ。俺達も家族みたいなものだけど、アキラは正真正銘の本当の家族だろ? 俺達がアキホの為にできることもできないことも全部、アキラはできるんだ。だからさ……お前なりに支えてやれよ」


 みるみる内にアキラの真っ直ぐに張っていた猫耳が、心の平静を表すようにゆらりと垂れていった。

 前にも一度見た光景だった。最初は助けに来たと言っても信用してくれないアキラに、アキホは己が傷付くことすら厭わず抵抗して暴力を振るうアキラを抱きしめたのだ。母であるかのように姉であるかのように、積み重ねたアキラの傷を癒すように。その時もこうやって、保はアキラの耳が垂れていくのを目にした。だからといって、保がアキラを抱きしめるような母性を発揮するわけにもいかないので、ここは保流で行うことにする。

 拳を構えてアキラの顔の前の高さまで掲げてみた。


 「よろしく頼むぜ、アキラ。姉ちゃんのこと助けてやれよ」


 最初は意味が分からなかったアキラだったが、「あっ」と小さく声を漏らせば、保の掲げた拳と自分の拳を合わせた。


 「……しょうがねえな」


 と言う割には、嬉しそうなアキラに保は少し元気を貰ったような気がした。




                     ※



 アキホの部屋に戻った保の目の前に思いもよらぬ光景が飛び込んできた。


 「アキホ、私は反対だ!」


 リーアがアキホの胸倉を掴み、大きな声を発しながら眼前に近づけたアキホの顔を睨みつけていた。

 足元には割れたティーカップやその中身がこぼれ、今の状況が尋常じゃないことを認識させる。保は理由を聞くよりも先に二人の間に手を突っ込めば、強引に二人の距離を広げた。


 「一体どうしたのさ、リーアも、アキホさんも!?」


 苦しかったのかアキホは軽く咳き込むと、机の上にもたれるようにして腰掛けた。


 「リーアは悪くない。私が原因なのさ。彼女が怒るのも当然だろ」


 引き剥がされた後もリーアは肩を揺らすほど大きく呼吸を繰り返し、剣でも持っていれば今すぐにでも切りかかりそうな勢いすら感じさせた。


 「私だって考えなかったわけじゃない。だが、それには危険が大きすぎるんだ!」


 まるで保のことなんて見ようとしないようにリーアが言うので、リーアと話をしても埒が明かないと思った保は仕方なくリーアの前に重なるような形でアキホに向かい合う。


 「アキホさん、リーアに何か言ったんですか!?」


 「作戦を考えていた……」


 机の上に自分のティーカップを探したが揉めた時に床に落としてしまったことに気づいたようで、伸ばした手の目的地を変えて乱れた髪を掻きあげた。


 「私の変化の薬を使ってエルフ族に成りすますのよ。同情を引き警戒心を下げるため、最初は人間から追われて来たかのような演技をする。無事に集落へ入る許可を貰っても、それではいつになってもギマリスとは対話なんてできない。だから、人間達による騒ぎをエルフ族の周囲で起こし、それを私達が救ったようにみせるのよ。……そこまでしたら、きっとギマリスと二人で話をする場だって作ることができるはず」


 机に腰掛けたまま話をするアキホだったが、その声には元気が無いように聞こえる。自分の計画がどれだけ無謀なことが把握しているのだろう。

 あのギマリスを相手に自作自演だって?

 事実、保はあのギマリスを騙すことができるのかと考えれば恐怖を掻き立てられた。正直、今度会った時にトラウマを思い出して背中を向けて逃げ出さないか心配なぐらいだった。


 「それ、うまくいくんですか」


 「さあ、分からないわね。エルフ族の中でも強大な魔障を操る者には、どこまで効果があるか分からないけど、可能性なら五割もあればいいほうじゃないかしら?」


 そこまで言った保の肩を引いてリーアが顔を突き出せば、アキホを糾弾する。


 「私はアキホよりも父の恐ろしさを知っている。薬程度で、誤魔化しなんてできるわけがない!」


 「落ち着け、リーア。つまり……リーアは、この作戦を提案したことで俺達が危険な目に合うことを恐れて、アキホに怒ってくれたんだな」


 「それだけではない! アキホが言うように騒ぎを起こすなら、どんな形であれエルフ族を傷つける! 人かもしれない、自然かもしれない……私には目的の為に何かを切り捨てることなんてできない!」


 リーアは表情を暗くすると、そこから半歩後退した。冷静さを取り戻しているようだが、仲間の身を案じているからこそいろいろと思うところがあるのだろう。

 今一度、保はアキホの提案について深く考えてみることにする。

 良くも悪くもアキホの案は人間らしい手段だと思う。アキホは大局的に物事を見たからこそのやり方なのだろうが、いくら会談の場を設けたからといっても、ギマリスが罠に嵌めたことを許すのか。それに、アキホはギマリスの怒りを静める程の秘策を持っているというのだろうか。

 少しでも余計なことを言えば、リーアは再びアキホに飛びかかる危険性があった。一瞬即発の空気の中で、保は初めてアキホを疑うような言葉を口にする。


 「会談のテーブルに座れば、何とかなるってアキホさんは言いましたよね。その根拠は何ですか!? 疑いたくはありませんが、今は教えてもらわないといけません。もしもアキホさんの計画を実行に移すなら、今ここではっきりと確証が欲しいんです」


 返事は早かった。


 「会談での秘策は教えることはできない」


 「アキホさん……!」


 しかし、アキホに焦りが浮かぶことはない。ちょっとした悪戯話をするように保達の希望を否定すれば、時折見せる他者の心をくすぐるような低い声色でさっさと喋り続けた。


 「――だが、絶対に私達とギマリスの間に共存関係が結ばれるのは間違いない」


 理由も根拠も無かった。だが、アキホの声にはそれを肯定させてしまう魔性の誘いのようなものがあった。第三者なら、魔法でも使っているのかと腹を抱えて笑っているところだと保は思った。

 背後で黙っているリーアが気になったが、ぼんやりとした意識の中で問いかけを続けた。


 「それは、誰に誓うんですか?」


 保も何でこんな質問をしたのか分からない。だが、身近な一人の少年の顔が頭に浮かんだからだろう。

 アキホは保の疑問を知っていたかのように、流暢に回答を声にした。


 「家族、仲間、領民達。それから、愛しい弟に誓うわ」


 ただひたむきに初めて知った愛情を信頼するアキラの微笑みが保の脳裏に浮かんだ。アキラの名前を出されてしまえば、保にはアキホのしようとしていることを否定することはできなかった。アキホを信じアキホを助けるというのは、アキラと交わしたただ一つの約束だった。


 「……アキホさん、俺はさっき言っていた作戦に乗るよ」


 「リーアは?」


 アキホが保の背後に目をやると、まだ複雑そうな顔をしたままで返答をした。


 「……嘘や偽りは私の主義に反するが、無関係の者達には危害は加えないようにしてほしい」


 思ったよりもあっさりと受け入れたリーアに保は驚愕するが、口にした言葉は明確な肯定の意味だった。


 「薬を用意する時間に侵入ルートの調査、諸々考えて……一週間後に作戦実行といきましょう」


 保もリーアも怪しい雲行きを見守るように、ためらいの残る表情で頷いた。




 

 

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