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「それは、どういう了見ですか。ザブリウス王」
あんぐりと開口したままの保にリーア、それから他人事のようにぼんやりとしているゼル。そんな彼らの存在なんて無かったかのように、アキホは感情を押し殺したような顔をして王様を見ていた。
「お主が驚くのも無理はない。だが、これはある意味では、当然の流れのようなものじゃ」
「他に貴族様達が居るではありませんか」
「前にも言ったはずだが、わしは貴族というだけで領主にさせるつもりはない。お主は、国家魔法薬師でリッドガリアの住人からの人望もあり、お主には他の権力者達にも顔が利く。何より、アグニマンの反乱を未然に防いだ功績は大きい。もし奴がリッドガリアに向かっていたなら、多くの血が流れていたじゃろう」
「……私はただ、困っている友人に手を貸しただけに過ぎません」
アキホの回答に満足したように王様は口元に笑みを浮かべた。
「結果、お主は多くを救った。それに、国家魔法薬師が領主になったことに前例が無いわけではない。事実、お主の師匠も――」
「――王様、しばらく考えさせてもらってもよろしいでしょうか」
言葉を遮られた王様は言いかけた口を閉ざし、黙って頷いた。
※
考える時間をもらったアキホだったが、それでも早急に領主は決めなければならない。アキホはたったの一日で、自分の人生を決めなければいけなくなったのだ。
城下町でも一番の宿に連れて行かれ、部屋に案内された保はベッドに寝転がると足を伸ばした。
「どうするつもりなんだろうな、アキホさん……」
別に長い距離を歩いたわけではないが、半日馬車の中で同じ体勢をしていると疲れるもので、眠気が保を誘惑してくる。
「――て、いかいかん! 寝る前に、考えないといけないことがあるだろ!」
まどろみから強引に覚醒すれば、ベッドから跳ねるようにして立ち上がった。
結局、話す機会もないまま宿に来てしまった。これは、リーアや保のこれからを決める出来事でもある。アキホの考えぐらいは聞く権利はあるはずだと言い聞かせて、保はアキホの部屋に向かおうとしていた。
「タモツお兄ちゃん、いるか?」
申し訳なさそうなノックの音が聞こえれば、扉の外からリーアの声が耳に届いた。
「リーア? 入ってこいよ」
遠慮がちに扉が開かれれば、いつまでも扉の前から動こうとしないリーアに保が手招きをすれば自分の隣に座らせた。
少しずつ耳が長くなってきているのは、きっと薬の効果が切れ始めたからだろう。
「アキホ、どうするつもりなんだろうな」
「やっぱりその話題か……」
リーアがすぐに部屋に来る理由はこれしかないだろう。今まさにそれを本人に聞こうとしていた保は唸り声を上げた。
「出世とかは興味なさそうだったし、領主の話も断るんじゃないか?」
「なら、すぐに即答するはずだ。そうしないてことは、アキホの中にも葛藤があるんじゃないか?」
「葛藤だって? アキホさんの口からは一度だって、領主になりたいなんて聞いたことないぞ」
今回はいろいろと引っかかることの多い問題だった。まだリーアが人間の政治のことに詳しいなら、いろいろ意見でも出たのだろうが、この領主という仕組みも全てを理解できているわけではない。それは、保だって同じことだ。今のゼクスィにアキホ以上に政治に詳しい人間はいないのだから、的確なアドバイスなんてできることもなく、当人の答えを待つしかないのだ。
アキホの答えを予測するには、保達には判断材料が少なすぎた。
沈黙したまま、二人で壁に掛けられた時計の針が動く音を聞いていた。ふと、リーアが「だが」と話を繰り出した。
「私は、アキホに領主になってほしい。彼女が領主になってくれれば、他種族と人間達の共存も近づくんじゃないのか」
リーアの意見は確かに一理あった。ゼクスィの常連客は人間が三割程度、他は人間以外の種族の方がどう考えても多かった。あれだけ別の種族から慕われている人間は多くはない。
発言に困っている保に気づいたリーアは、保の手の上に自分の手を重ねた。
「タモツお兄ちゃんは、私がアキホと一緒にいろんな所へ行っているのは知っているだろ? 仕事の手伝いはもちろんだが、アキホが人間から迫害を受けた者達の手助けも一緒にしているんだ。そうやって救っていった大勢の者達がアキホを信頼している。だから……アキホが、あの街の領主になってくれるなら、喜ぶ者は居ても悲しむ者は居ないはずだ」
保はリーアの発言に少し驚いていた。内心、催眠術に掛けるようにしてリーアとここまで来たことを気にしていたが、どんなきっかけにしてもリーアは保以外の人間を心の底から信用していた。リーアが保の命を狙っていた時から大きくかけ離れた姿に、思わず吹き出してしまう。
「な、何がおかしいんだ……」
「いいや、リーアは本当にアキホのこと好きなんだなぁて思ってさ」
「な!? ち、違うぞ、私は普通だ! タ、タモツお兄ちゃんのことで、噂話が立つならまだしも女同士とは……そんな勘違いをさせてしまうなんて、修行が足りないな……」
「おいおい、修行は関係ないぞー。だけど、俺もアキホにどうしてほしいかは決まったよ」
顔を真っ赤にして首をぶんぶん横に振るリーアに、苦笑気味に保は告げた。
「俺も、アキホさんに領主になってほしい。それで、少しでも多くの人達を差別から救ってほしい」
迷いの無い保の一言に、リーアも満足そうに頷いた。
「――他人事だと思って、とんでもないことを言ってくれるわね」
「ア、アキホさんっ」
「アキホ!?」
びっくりしたの保とリーアの視線の先、開いた扉の前にはアキホが肩をすくませて立っていた。
「も、もしかして、今の話を聞いていたんですか……」
「この辺じゃ高級宿て言っても、防音設備なんてたかがしれているわねー。扉に耳を当てるだけで、すぐに盗聴できちゃうんだもん」
動揺から口をパクパクとさせる保だったが、リーアは胸を張ってベッドから立ち上がれば、真っ直ぐとした眼差しでアキホを見据えた。
「内緒話をしていたことは謝ろう。だが、アキホに領主になってほしいという気持ちは本物だ。私とタモツお兄ちゃんは、この世界から差別を無くすことを諦めたわけじゃない。だったら、その一歩として種族関係なく手を差し伸べられるアキホにこそなってほしいんだ。アキホを領主にさせる為なら、決闘だって辞さない」
「落ち着けリーア、アキホさんを倒したら意味ないだろ」
「し、しまった……!」
頭を抱えてうずくまるリーア。ふとアキホからの視線を感じた保は顔を上げた。
「保君はどうしたい?」
「俺は……いや、俺もリーアと同じ気持ちだよ。思っていることは大体一緒。……アキホさん以上の領主はいないよ」
「生意気ね、童貞のくせに」
「……それは関係ねえだろ」
「だ、だったら、私がタモツお兄ちゃんの初めてを――」
くいくいと袖を引きながら、血迷ったことを言い出すリーアの発言は幸か不幸か突然現れた人物によって遮られた。
「――私も賛成」
開けっ放しだった扉の外からひょっこりと顔を出したゼルが挙手をしてそう言った。
「ゼルまで……。まさかみんなはこっそり魔法でも使って相談してたんじゃないの?」
「そうは言っても、きっとアキホさんの中で答えは決まってるんだろ?」
何となくばつが悪そうに頭を?いたアキホは、一人一人の意思を汲み取るようにして目と目を合わせた。
「この世界にやってきて、本当に心を許せたのは師匠だけだったわ。でも、最近は少し違うのよ。今ここにいるみんなが、私の中で大きくなってきている。貴方達となら、私一人では絶対に決めれない……いいえ、逃げ出してしまいそうなことにも立ち向かえそうな気がする」
顔を上げたアキホは一度ゆっくりと深呼吸をして、はっきりと声を発した。
「――私は、領主になる」
その翌日、再び城に出向いたアキホはザブリウス王から正式に領主として任命されたのだった――。
領主になることが決まってからは、領主になるべく正式に城での契約の儀式を執り行う。
王から名字と宝剣を受け取るだけの儀式だが、それ故に受け取った物は重い。本来なら、前の領主の嫡子が新領主に選ばれるものだが、まさに今回は例外中の例外である。
反乱を起こした領主を止めた者が、新領主になる。しかも、詳しい出自は一切の不明。嫌でも耳に入る様々な噂は、アキホじゃなくても保達の気持ちを掻き乱したが、本人は涼しい顔をしていた。
「覚悟をしていたわ、それに権力を手にするてこういうことでしょ?」
三年前までOLをしていたとは思えない豪気な発言を前にしては、保達も事を荒げるわけにはいかなかった。
そして、アキホは新たな名前を貰った。――アキホ・ラフィントール。ここにラフィントール家の初代領主が誕生したのだった。
※
二週間程して、大きな変化があった。
領主になる以上はゼクスィに居ることもできなくなり、保達は荷物をまとめて引っ越さなければいけなくなった。
引越しの為の人員も国から借り出され、数台の馬車と数名の兵士がやってきた。重い荷物を一通り載せてしまい、荷物を載せた馬車だけが先に領主の屋敷へと向かうことになった。
外で客人を運ぶための馬車を待たせ、保とアキホはゼクスィを外から眺めていた。
「ここ、どうするんですかね?」
「一応、私の所有物になるから、下手なことをする奴は居ないわよ。外に漏れるとまずいものは、全部持っていくし、商品も既に馬車に積んだ。持ちきらない分は、常連客に配るように支持はしているし、ここには何も残らないはずよ」
「俺達から頼んどいてあれだけど、本当に良かったんですか?」
「ま、変な奴が領主になられても困るでしょ」
あっけらかんとアキホは言うものの、横顔には明らかに寂しさが滲み出ていた。
それなりに苦しい経験を乗りこえて、ようやく手に入れた店なら思い入れだって特別なはずだ。短い時間だったが、保なりにこの家には思い入れがある。短い間だったが、大切な我が家だった。
うっかりリーアが風呂に入っている時に入ってしまって大騒ぎになったり、部屋を間違えてゼルが隣に寝ていたり、酔っ払ったアキホに酒瓶で殴られて意識を失ったり、馬鹿みたいな話ばかりだ。だけど、ここでリーアの真っ直ぐな愛を知り、ゼルと共に勉強してその笑顔を見て、アキホには多くのことを教わった。
「もう戻って来れないんですかね」
アキホは、ポケットから取り出した紙袋の中から飴玉を取り出すと口に放り込んだ。タバコを吸わないアキホなりの、一服というやつかもしれない。
「いいや、戻って来るさ。全てが終わった後で、私はここに帰る」
アキホは紙袋の中から、もう一個飴玉を取り出すと保に差し出した。それを受け取った保は、同じように口の中に飴玉を入れた。ずっと小さな頃に口にしたことがあるような懐かしい甘味が、余計にノスタルジックな気持ちにさせた。
今までは飽きるぐらい見ていた建物だったが、いざ別れるとなるといつまでも見ていたい気持ちになってくる。
「その時は、俺やリーアやゼルも一緒かな?」
店内からは、バタバタとリーアとゼルの足音が聞こえてくれば、店から飛び出してくる。
「二人とも、随分と遅くなったな」
「世話になった我が家だ。二人で綺麗にしたり」とリーアが胸を張りながら言えば、
「お礼をしたりしていたの」と少し照れ臭そうにゼルが言う。
「ああ、こいつも嬉しがっているでしょうね。店に代わって礼を言うわよ、ありがとう」
感謝の気持ちをリーアとゼルに述べたアキホは、そっと店の鍵を閉めた。
「さ、湿っぽいのはやめていきましょうか。新しい我が家へ」
努めて明るい声を出したアキホは馬車へと歩き出せば、リーアとゼルに追い越されるように歩調を遅くした。そして、最後尾を歩いていた保の顔を見れば、小さな笑みを見せた。
「さあ、どうだろうね?」
「は?」
「さっきの質問の答えよ」
最後は少し投げやり気味にアキホが言えば、そのまま背中を向けて馬車へと向かった。
どういうつもりで言ったのか全く分からなかったが、保の心には真っ白なシーツに一滴だけ落ちた汚れのような小さな不安感が生まれた。しかし、保にはそれをどう扱って良いか分からずに、モヤモヤとした気持ちを抱えて新天地へ向かう為の馬車へ乗り込んだ。




