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アレしか自慢のない俺、風俗にイったはずが異世界に行くことになった  作者: きし
第六章『それでも、あなたを愛するから』
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 アキホの戦いが終わりを迎えようとしていた時、保は必死に逃げ回っていた。

 アグニマンはといえば中庭の中央で手を上げることも詠唱することもなく、突然出現する魔法陣から放たれる魔障の波動に狙われていた。弾切れの無い大砲にずっと狙われているような状態の保には、必死に足を止めないことが最善策であり唯一の手段だった。

 再び稲妻のような魔障の波動を受けた保の体は地面でバウンドした。激しい痛みに一瞬息が止まるが、それでも背後の木が木っ端微塵に吹き飛ばされたのを目にすると、直撃じゃなかったことに心の底から安堵する。

 起き上がろうとした保に、容赦なく魔障の塊が放たれた。硬球のボールを顔にぶつけられたような衝撃に、保の体は大きくのけぞった。


 「があっ……!」


 二発、三発、四発、魔障の球体が保の腕や足、腹や胸を強打した。脳震盪を起こしているのか、視界がやけにグラグラするが、それでも保はある事実に気づき、痛みを超えた怒りが湧いてくる。


 「アグ……アグニマン! 馬鹿にしやがって……遊んでやがるな!」


 「そうだぞ、本命」


 皮肉の込められた声と共に発射された魔障の球が再び保の額に直撃した。遂には、痛みに耐えられなくなった体が地面に倒れこんだ。

 抉れた地面と木片の上に体を寝かせる保は、どう足掻いてもアグニマンには勝てないことを察していた。


 「喜べ、お前にとっては朗報だ。私の娘達が倒されたようだ。……もうしばらくすれば、あの二人がお前を助けにここにやってくるだろう」


 呼吸もやっとでアグニマンの声を保は聞きながら、後からやってきたリーアの悲しむ姿が当然のように想像できた。


 「やってきた二人の前で、お前を葬ってやろう。その前に、お前を人質として有効活用させてもらうがな。……それに、あの二人は殺すには惜しい。言うことを聞かない娘達の代わりに存分に使ってやろう」


 アキホの家で生活するようになってから、保は自分の弱さに飽き飽きしていた。

 問題を起こすだけ起こして、二人に助けてもらってばかり。自分がなりたかった人間は、こんな人間だったのだろうか。あまりに弱すぎて、吐き出す言葉の全てが空虚に変化する。

 馬鹿みたいなコンプレックスを笑われることは、悲しいことだと初めて気づいた。誰かの抱えるコンプレックスは口にしないと分からない。人は人の心に疎すぎる。だからこそ、目の前の差別を無くしたいと願うことにしたのだ。

 こんなところで足は止められない。ここまで来て死んでいたら、ただの馬鹿だ。大馬鹿だ。

 保は今という瞬間を必死で生きる為に、ただ立ち上がることだけを考えて二本の足に力を入れた。

 アグニマンの攻撃が直撃したせいか、前進しようと足を僅かに浮かせるだけでも激痛に耐えられず肩膝をついた。


 「どうやら苦しんで苦しんで死ぬ道を望むらしいな。脆弱で、愚かで、何の取り柄もないお前には用がない。……全てを破壊した後、覚えていれば笑い話にでもしてやろう」


 来る、これが最後のチャンスだ。

 まだ殺すつもりは無いらしいが、アグニマンは確実に保を行動不能にさせるつもりだ。おそらく、ただ生きているだけのような状態に変えようとしている。

 もう悩んでいる時間はなかった。保はポケットに手を突っ込むと、巾着袋を取り出した。袋をひっくり返すと、中から出て来たのは胡桃にも似ているが人為的な毒々しい紫色の玉だった。


 「最後に自分で死を選ぶか?」


 アグニマンはそれを毒薬だと勘違いしたようで、眼前に魔方陣を発生させたままで愉快そうに口を歪ませた。ふと、アグニマンの表情が真顔に戻る。


 「……何がおかしい」


 保の口も大きく歪んでいた。アグニマンも最初見た時は気が狂ってしまったのかと思ったようだったが、傷付いてなおその目には生気が宿っていた。


 「後悔すんなよ、お前が敵にした男はどんな姿だろうが生き続ける道を選ぶのさ。戦って、抗って、苦しんでも、俺には戦わなきゃいけない理由がある」


 保は右手の紫の玉を飲み込んだ。思っていたよりも飲み込みやすい玉は口を通り喉を過ぎる頃には、体内に吸収されて消えていっていくようだった。


 「うぐっ……!」


 保の心臓が大きく跳ねた。体の異常を感じてすぐにでも逃げ出そうとしているかのように、心臓が上下左右に揺れているような気がする。暴れまわる心臓を押さえるように胸元に手を置くが、他にも体に異常が出て来たようで全身の水分を外に出すような大量の汗が溢れ出す。

 ガクガクと頭を首から上を痙攣させる保を見ていたアグニマンは、やはり毒薬の類だったのかと魔法陣を消滅させた。痙攣がピークに達する頃、保の動きがピタリと停止した。


 「死んだか」


 霧に包まれたような意識の中で保は、不振そうなアグニマンの声が耳に入った。そして、涎を垂れ流し空を仰ぎ見ていた保の頭がアグニマンを捉えた。


 「――死ぬか、ボケが」


 深く息を吐くように保が告げた。瞬間、保の全身から魔障が溢れ出し、一般人にも視認できるほどの黒い雲のようなった魔障が保の体を覆い尽くした。

 異変に気づいたアグニマンは、即座に魔法陣を出現させる。今度は遊びではなく、大砲クラスの保を肉塊に変える為の魔法だった。


 「人間が、戯言を吐くなっ!」


 アグニマンの魔法陣の中から雷撃を内包した炎の玉が放たれた。人一人を完全に包み込んでしまうほどの炎の玉は黒い煙を引きちぎりながら保へと一直線に突き刺さった。

 激しい爆発と共に火柱が上がり、内に込められた雷撃が周囲に迸る。魔障の黒い煙は散り、爆風としての黒煙が辺りを支配した。


 「何をしようとしてたかは知らないが、寿命を早めただけだったな」


 アグニマンが額に触れてみれば、一滴の汗が流れていた。まさか、自分はあの得体の知れない男に僅かでも焦りを感じていたのかとショックを受ける。これなら、早めにセフィアとゼルの力を吸収しなければいけないと考えたアグニマンは、再び儀式の準備を始める為に両手を広げたが――。


 「ゼルか」


 魔障の気配を察して、アグニマンが言う。周辺には様々な魔障が入り乱れているので、はっきりとした確証はなかったものの、ダークエルフであるのは間違いなさそうだった。そして、消去法で考えると、やはりゼルしか考えられない。

 黒煙は晴れ、夜空の月が屋敷を中庭を照らす。アグニマンが目を凝らした先は、保がゼルを下ろしていた木があるところだった。当然のようにして、そこにゼルが居るものだと思っていたアグニマンは驚愕で顔を歪めた。


 「どういうことだ……」


 ゼルもセフィアも相変わらず木の根元で横たわったままだった。じゃあ、他にダークエルフはどこにいる。拭き取ったばかりの冷や汗が再び流れていることも気づかず、魔障の位置を探った。そして、アグニマンは忌々しそうな表情と共にその人物を発見した。


 「これは、何かの冗談か」


 「――笑えない、冗談だろ?」


 先程、保が居た場所からさほど遠くない位置に一人のダークエルフの男が居た。今のアグニマンとそう年齢が変わらないようだが、その顔は明らかに見覚えのある顔をしていた。

 そのダークエルフは、肌が浅黒くなり耳が尖った――保だった。


 「お前、本当にあの男か」


 「そうだよ、さっきお前に殺されかけた男だ。……なんだ、そんなに驚いたか? アンタとそう変わらないだろ」


 肩をすくませて言う保はやけに昂然としていた。それとは反対に、アグニマンには何故か手柄を横取りされたような一種の嫉妬のような感情がぶくぶくと沸騰するように心の平静を阻害した。

 その時、アグニマンの頭の中を流星のようにある答えが降りてきた。


 「……そうか、あの薬屋か」


 「正解、うちの薬屋の秘薬中の秘薬なのさ。想像もできないだろ、人間をダークエルフに変えるなんて」


 戦う前から勝利を確信したような保に多少の違和感を覚えるが、アグニマンは蓄えるようにダークエルフ好みの芳醇な魔障を吸い込む。葉巻でも吸ったように自然と気持ちが落ちてくるのを感じれば、魔法陣を呼び出した。


 「なるほど、あの女の仕業か。他種族を人間に変える薬があるなら、その逆も然りということだろうな。……良い勉強になったよ、褒美だ受け取れ」


 あまりにも無造作にアグニマンは保へと炎の玉を発射した。保はさっきよりもずっと身軽に、軽く横にステップするだけで炎の玉を回避した。背後で巻き起こる爆発を背に、保はアグニマンを睨みつけた。


 「これがダークエルフてやつか、魔障が見える分さっきよりも攻撃が読みやすくなったよ」


 「たかがダークエルフ一匹に、四人分のダークエルフの力を持つ私に勝てると思うか」


 「さあね、だけどさっきよりは勝負になるはずだ。例え人間じゃなくなっても、お前は絶対に倒さないといけないからな!」


 保が言い終わると同時にアグニマンは、再び魔法陣から炎を放つ。――それが次の戦いの合図となった。

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