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「お約束」な少女漫画  作者: 相田 渚
第一章 物語が始まる前
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速水慶吾

速水慶吾は、今でこそ周囲に恐れられているが、幼少期はたいそう泣き虫だった。

ガキ大将にからかわれては泣き、転んでは泣き、夜はお化けが怖いと泣き、犬に追いかけられては泣き…。テレビごしに野球選手が転倒したシーンを見て、じわじわと目に涙を溜めることさえあった。


そんな彼を常に守ってくれたのが、隣の家に住んでいたヒロインだった。


当時の速水より少し背の高い同い年のヒロインは何かと面倒を見てくれた。彼女はガキ大将を追い返し、転んだ速水に「痛いの痛いの飛んでいけ」と呪文を唱え、お化けを怖がれば泊まりにいって一緒に眠り、犬に追いかけられた速水をよく頑張ったと慰めた。

そうして物心ついた時から幼馴染として一緒に過ごし、自身を守ってくれていたヒロインに速水は次第に淡い恋心を積もらせていくことになる。


しかし、幸せな時間はいつまでも続かなかった。


小学校の卒業式の日、ヒロインが遠い街へ引っ越すのだと速水へ告白したのだ。

いつもは泣いたら優しく慰めてくれるヒロインが、別れを告げたその時だけ速水と同じようにぼろぼろと涙をこぼし痛いほどに抱きしめてきた。

その姿に速水は自身の涙をとめ、彼女の透明な雫を小さな指で拭った。


「あの、僕もっと強くなるから。泣かないように頑張るから。だから、またこの街に戻ってきて。そうしたら今度はずっと一緒にいよう!僕待ってるから!」

「うん…。私、絶対戻ってくる。けーちゃんも、それまで私のこと忘れないでね。絶対だよ?」

「忘れないよ!約束の印にこれあげる!」


速水は自身が大切にしていたくまのぬいぐるみのキーホルダーを手渡した。垂れ目で少し泣きそうな表情をしているくまで、おなかにはイニシャルのKが縫われている。


「じゃあ、私の宝物もあげるね」


くまのぬいぐるみのキーホルダーを受け取った彼女は、速水にプラスチックの玩具の指輪を手渡した。

ガラスでできた宝石がピカピカと輝いている。

その本物の宝石のような輝きを彼女が気に入っていることを、速水は知っていた。


「ずっと待ってるから…」


指輪を抱きしめ、速水は涙をぐっとこらえヒロインを見送った。またいつしかヒロインと会える日を待ち望んで。


そんなエピソードが『スイートチョコレート』の何話目だったか、ヒロインと速水慶吾が再会したときに過去の回想として描かれていた。


どこかで見た顔だと思っていたら、あの泣き虫幼馴染の速水慶吾だったか。


現代文の授業中、隣の席を眺めながら茉莉花は漫画の知識を思い出していた。

本来なら茉莉花の横の席で授業を受けているはずの速水の姿はここにはない。

ぶつかった後校舎に向かって行ったのだから彼が校内にはいるのは確かだが、具体的に今どこにいるのか茉莉花は知らない。茉莉花だけではなく、教師でさえも把握していないだろう。


授業中にも関わらず、速水が席についていないことは別段珍しいことではない。

入学以来、速水はほとんどの授業をサボっていた。

教室に全く姿を見せない日もあれば、朝の出席だけ顔を出し、後はサボるということもしばしばだ。時折思い出したかのようにふらりと教室にやってきて授業を受けたかと思えば、次の時間には姿を消していることもある。

教師は注意していないのか、それとも注意しても速水が無視しているのか。

どちらにしろ、今のところ真面目に学生生活を送る気はなさそうである。


『スイートチョコレート』ではヒロインのそばに普通にいたため、おそらくヒロインが佐古一高校に来るようになったら速水も合わせて授業に参加するようになるのではないかと茉莉花は予測している。


でもあの泣き虫幼馴染が、今じゃ平気で授業サボってクラスの女子生徒に「ちょっと怖くてクールな雰囲気が逆にかっこいい」なんて騒がれるようになるなんて…。成長したなあ。


親のような気持ちで隣の空席に生暖かい視線を送る。

サボりは褒められたことではないし、女子生徒は別として対人能力もあまりよろしくなさそうだが、漫画の幼少期ではあれだけすぐ泣いてはヒロインに頼りっきりだった速水を思うと、なんだか感慨深いものがある。


それに、生活態度が悪くなっていても、基本的な部分での優しさは幼少期から変わっていない気がする。


今朝もぶつかった時に、腕をひっぱって支えるという若干乱暴な形ではあったが茉莉花が転ばないように支えてくれた。反動で速水の胸板に顔をぶつけてしまったが、尻もちをつくよりは断然いい。

入学式でも、初対面にもかかわらず倒れた茉莉花を保健室まで連れて行ってくれた。保健室まで意識のない人間を運ぶという大変な思いをわざわざしなくても、先生に知らせて任せることもできたはずだ。


見かけ通り、本当に「不良っぽくて怖い」速水であるならこんなことはしてくれなかっただろう。野球選手が転倒した姿に涙を溜めていた幼少の速水の面影が、今でも感じ取れる。


ただ欲を言うならば、倒れた人を運ぶときはせめておんぶできるくらい、もう少し成長してほしい。お姫様だっこはヒロインにしかしないにしても。


入学式のときの運ばれ方を未だに根に持っている茉莉花であった。

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