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「お約束」な少女漫画  作者: 相田 渚
第一章 物語が始まる前
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新しいクラス

『スイートチョコレート』という少女漫画があった。


平凡なヒロインは、両親の仕事の都合で季節はずれの転校生として佐古一高校にやってくる。

慣れない学校生活で、ヒロインのことを気にかけてくれたのがクラスの学級委員である王崎栄司だった。

彼の整った顔立ちや優しさに触れ、彼のことをすぐに好きになるヒロインだったが、彼の隣にはある女子生徒がいた。

つやつやとした真っ直ぐな黒髪、涼しげで知性的な美しい顔立ち、ほっそりとした華奢な身体を持つ女子生徒。

王崎と並んでいてもなんら遜色のない彼女をみて、ヒロイン自身も思わず見惚れてしまうが、やがて気づいてしまった。

王崎といる時だけ、彼女がその涼やかな綺麗な顔に柔らかい笑みを浮かべ、わずかに頬を赤く染めていることに。

あんなに綺麗な人がライバルだなんて、勝負は目に見えている。

ショックを受けるヒロインだったが、恋心を持ったまま王崎に接するうちに次第に距離を縮めていく。

そして、途中様々な障害があるものの、最終的にヒロインはめでたく王崎と結ばれる。


これが『スイートチョコレート』のあらすじだ。


平凡な主人公がライバルと競いながらも、無事自らの恋を成就させる。

そんな王道的な使い古された内容の少女漫画だったが、その王道さが逆に珍しいとなかなかヒットした作品だった。

それ自体になんら不満はない。


問題なのは、ヒロインのライバルキャラである女子生徒の名前だ。


登場当時は王崎といい感じであるにもかかわらず、平凡な主人公にあっさりとその立場を奪われてしまう哀れな女子生徒。

彼女の名前を、宮本茉莉花という。


「私は、あの宮本茉莉花に生まれかわったってわけか…」


目を覚ました茉莉花は、保健室のベッドの上で頭をかかえた。

自身の名前に、顔だち、街の名前や高校名、そして王崎栄司。全てが前世で読んだ『スイートチョコレート』と一致するのだ。

これはもう、自分が『スイートチョコレート』の世界に生まれかわったのだと認めるしかない。


しかし、ここが前世で読んだ少女漫画の世界だという、突拍子もないことを認めるとして。

もっと他の選択肢があってもよかったのではないだろうか。

ヒロインとは言わずとも、漫画内で名前も出ないような脇役とか、せめて佐古一高校の先生とか、この際ヒロインの母親でもよかった。

なんでよりにもよって最終的にふられるライバルキャラの宮本茉莉花に生まれかわってしまったのだろう。

まだ恋もしていないのに、敗北した気分だ。


茉莉花がうなだれていると、ベッドを囲んでいたカーテンが開かれた。


「気がついたみたいね。調子はどう?まだふらついたりするかしら」


白衣を着た丸眼鏡をかけた優しそうな女の人。

保健室の先生だろう。


「あの、もう大丈夫です。ありがとうございます」

「それはなにより。運んでくれた子にもちゃんとお礼言うのよ」


にっこり笑った先生に頷くと、クラス割りが書かれたプリントを渡され、教室に行くよう促される。

 

『スイートチョコレート』に気を取られている間にもう入学式終わってしまったらしい。

ホームルーム真っ最中の教室へ入ることに気まずさを感じながら、茉莉花は自分のクラスである一年A組の扉をなるべく音を立てないよう静かに開けた。

それでも扉が開いたことは誤魔化しきれずに、クラスの視線が集まるのを感じる。


「宮本だな。体調はもう大丈夫なのか?」

「大丈夫です。遅れてすみませんでした」

「ならよかった。宮本の席はそこの空いてる席だからな。遅れついでに自己紹介もしとけ」


そこ、と担任に指差された席は窓際の一番後ろの席。

ラッキーと、茉莉花は嬉しく思いながら席に鞄を置いてクラスを見渡す。

その中に『スイートチョコレート』のヒーローである王崎栄司の姿を見つけて少し顔を引きつらせながらも自己紹介をする。


「宮本茉莉花です。これから一年間よろしくお願いします」


お辞儀をすると、パラパラと拍手が返ってきて、ほっとする。


「よし、クラス全員がそろったところで、明日からの時間割とか、配布テキストが揃ってるか確認した人から今日は解散」


言いたいだけ言うと担任はさっさと教室から出て行った。


「ねぇ、速水君とどういう関係なの?」


担任が出て行くやいなや、前の席に座っていた女の子がくるっと茉莉花の方へ体を向けてきた。突然の質問に茉莉花が目を瞬かせていると、彼女は照れたように肩でそろえられた髪に手を当てた。


「突然ごめん。私、今井結衣。結衣でいいよ」

「結衣ね、よろしく。あれ、今井なのに私の前の席なの?」

「あぁ、出席番号順だと思った?先生がそれじゃつまらないだろって、自由に座らせてくれたんだ」


自由なのに窓際の一番後ろのこの席が空いてた?


その疑問が顔に出ていたのか、結衣はそこなんだよ、と真面目な顔をした。


「茉莉花が教室来たとき隣の席、空いてたでしょ?そこ、教室入って早々に速水君が座ってさ。それで皆一気にこの周辺から遠ざかっちゃったの」


入学早々可哀想すぎるよ、速水君。


茉莉花はまだ見知らぬ速水君に同情した。


大丈夫、忘れ物とかしたら見せてあげるくらいはするからね。


「それで話戻るんだけど、茉莉花、速水君とどういう関係なの?」

「あーそれ私も気になってた」

「速水君の話?」


茉莉花が結衣の質問に戸惑っていると、クラスの女子生徒が数人寄ってきた。


「王崎君もかっこいいけど、速水君もかっこいいよね」

「えーずっと眉間に皺よせてるとことか、ピアスしてたり、あちこちに傷の手当があるとことかちょっと怖くない?」

「そこがかっこいいんじゃない!不良っぽいのに黒髪なところもいいし」

「近寄りがたいけど、イケメンだから遠くから見ていたいよねぇ」


まさかの危険そうな不良男子とは。いや、ホームルームに参加しないような人だから、真面目な人のわけないか。ちょっと考えたらわかることだった。


ラッキーだと思えたこの席から一気に離れたくなった茉莉花であった。


「それで、結局茉莉花は速水君とどんな関係なの?」

「あの速水君が、倒れた宮本さんを保健室まで連れて行った時はびっくりしちゃった」

「宮本さん華奢で美人だから、お姫様だっこだったら絵になったのに…」

「…俵担ぎは、ちょっとねぇ…」


おい速水、うら若き少女を俵担ぎってお前!雑な不良男子だな!


喉まで出掛かったツッコミをなんとか飲み込んで、茉莉花は事の真相を話した。


「入学式でちょっと貧血になって。たまたま隣にいた人に寄りかかるようして倒れてしまったんだけど、きっとそれが速水君だったのね」


となると、俵担ぎはともかく、見知らぬ女子生徒を保健室まで送り届けてくれた速水君は外見が不良でも、根は優しい人なのかもしれない。


茉莉花の言葉に、結衣含め周囲の女子はなんだ、とため息をついた。


入学初日に何を期待してたんだ君達。少女漫画でもあるまいし。


茉莉花が半眼になっていると


「お話中ごめんね、ちょっといいかな宮本さん」


ミルクチョコレートのような甘い声がかけられた。

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