04 王国
今回は回想が主です。
----
結局浜辺付近の巡回で一日かかってしまい、収穫なしで船に引き上げることになった。なんの設備も無い陸地で夜を明かして、夜行性のモンスターに襲われでもしたらそれこそ目も当てられない。フロンティアを目前にお預けを食らうのは少々癪だがそこら辺はガマンだ。
まずいまずい夕食を平らげて団長室(船長室とは別だ)に戻った俺はランプを灯しつつ、デスクに書類やら筆記用具やらをぶちまける。今日の分の開拓記録をつけるためだ。これから毎日、数時間ごとの行動や使った資材、発見したモンスターや資源などについて、事細かに報告書を書いて王都に送らなきゃいけない。
「はぁ…。」
領土開拓となれば領主の唯一の楽しみだというのに、今日はため息しか出ない。書類仕事が苦手だから?まぁそれもある。それも大いにあることは確かなんだが、理由は他にもある。
まず、今回は”どれだけ頑張っても領地が増えない事”だ。”領主”は自分で開拓した土地を領地とする権利がある。建国以来破られたこと無い鉄の掟だ。しかし今回の遠征、俺の肩書はただの”団長”。つまり、領主でなくただの代理人で、開拓した土地を所有する権利が与えられていないのだ。
では、この開拓地は誰のものだ?
「せっかく開拓しても国王が総取りではなぁ…。」
これがやる気を削ぐ一番の要因だ。”新大陸はベーンベルト王国全体の資産となるのだから領主でなく国王が直接統治する。領主はこれに協力するべし”。ちょっと前に国王が出したお触れをわかりやすく言うとこうなる。命がけで開拓しても、どれだけ立派な街を作っても、やった端から全部国王のものになるという大変画期的なシステムだ。感動のあまり涙がでるね。
どうしてこんな、クソみたいな条件を飲まざるを得なくなったか、俺は記憶を数ヶ月前ほど巻き戻した。
----
王国歴526年、皆から惜しまれながら、ベーンベルト前国王アムドはこの世を去った。偉大な国王の死は瞬く間に国中に伝えられ、多くのものがその死を嘆いた。しかし、それでもこの国の未来について悲観するものは少なかった。彼の息子であり、賢者として名高い皇太子ヴィーツが次期国王となることが決まっていたからである。その知恵でもって国内の安定をはかり、時には父に面と向かって異を唱えるヴィーツの姿は、国民の人気の的であった。
一月後、アムドの葬儀と新国王就任式典が開催された。王国の大きな節目となるこの行事に、各地の領主はもちろんのこと、都合のつく国民はこぞって参加した。多くの参列者に王都はにわかに活気付き、喪中だというのにどの通りでも盛んに露天が立ち並んだ。飯屋並びに宿屋の席では集まった者達が、これまでの王国の歴史やこれからの展望について思い思いに語りあい、酒を酌み交わす。もはや王国の行く末には一点の曇もない。そう、思われた。
葬儀においても、そんな期待は更に膨らんだ。誰もがヴィーツの洗練された礼法、整った所作を目にし、厳粛な葬儀を滞り無くしめやかに締めくくった手腕を心のなかで褒め称えた。続く就任式典、ここでは国王の所信表明演説が行われることになっていた。ヴィーツが演台に立ち、手を上げた時、民衆の熱狂は最高潮に達した。
誰も気付かなかった。領主の一人が影武者を使っていたことを。
誰も知らなかった。今まさに各領主の本拠地が襲われていることを。
誰も見抜けなかった。尊敬する国王が恐るべき陰謀を企んでいたことを。
衛兵が動いた。槍の穂先を領主達の背中にぴたり、と当てる。わずかに異変を感じ取った者がいち早く反応するも、ただそれだけであった。冷たい鉄の感触を背に受け、最早選択肢は残されてはいなかった。そして演説が始まった。
「我が愛すべき国民達よ。これから諸君らにひとつ聞いてもらいたいことがある。」
しきたりに従わず、前置きも省いた突然の言葉に、広場はざわつく。一呼吸おいてヴィーツは続ける。
「建国以来500年。我が国はこれまで長らく領主の自主性を尊重してきた。それは英雄ベーンの残した約定であり、我らの誇りだからである。しかしながら私は、今日の領主に対し、この方針を曲げて糾弾せざるをえない。彼らは己の領土だけに固執しており、あえて国全体を見渡さんとする気概を持つものは片手で数えられるほどしかいない。」
領主の一人が怒りのあまり声を上げようと乗り出す。しかしそれは衛兵の無慈悲な一撃により永久に叶わなかった。
「私もこの状況を打開すべくこれまで幾度と無く努力を重ねてきた。領主に王国民としての自覚を諭してきた。しかしそれは全て徒労に終わってしまった。よく聞け!何年にも渡る調査の結果、重大なことが明らかになった。領主たちは敬愛する父を欺き、密かに王国からの離反、独立を企んでいたのだ!」
ざわつく民衆。離反?独立?そんなまさか。混乱する群衆に向け更に畳み掛ける。
「私も胸が張り裂けんばかりの思いだ。しかし事実である!これは我が王国に対する明確な敵対行為であり、国父たる英雄ベーンに対する侮辱である。こうなった以上、私は王家の末裔として、国を割らんとする逆賊に対して断固とした処置を取らねばならない!」
怒りに満ち、叫びに近い声色で演説を続けるヴィーツ。民衆たちは次第に扇動されていく。刃を当てられ、為す術無い領主たちは更に数を増した衛兵により捕縛されつつあった。いまやヴィーツはこの場を完全に掌握していた。やや間をおいた後、ヴィーツは毅然とした表情で断罪するように告げた。
「この場にいる領主は直ちに拘束し、反乱を画策したものは処刑とする。各領地には我が親衛隊に加え、有志として協力を申しでたノルディア家の兵士が赴き、未然に反乱を阻止するものとする。国王としての最初の仕事がこのような形となったことは誠に残念であるが、これを機に、ベーンベルト王国がひとつにまとまることを望む。以上だ。」
そして粛清が始まった。
----
俺はその日、親父の代わりに領地を守っていた。俺も王都に行きたかったが、広大な領地を持つフォート家は誰かが残ってモンスターに備える必要があった。案の定現れたモンスターの群れの知らせに、俺は領地の外縁へ駆けつけた。これがノルディアの陽動作戦だったと気づいたのは、全てが終わった後だった。
「砦が破られた!?」
討伐を終えた俺達に届けられたのはありえない報告だった。要所に建てられた砦は強力な防壁を備え、決してモンスターを通さない。討伐に向かったごくわずかな時間で陥落するはずは無かった。
「防壁はどうした!モンスターの内訳は?」
「それが、何者かの手により門が開け放たれ、モンスターが大量に流入したと…。砦の兵は混乱に陥り、連絡もままならず…。」
モンスターではなく人の手で攻められた。陣屋が凍りつき背筋に冷たいものが走る。とんでもないことが起こっている。
俺達は急いで街に取って返す。しかし、そこで出迎えたのはモンスターではなく、白い装備に身を包んだ兵士…ノルディア兵の一団だった。救援?まさか。北部の奴らが南東部まで手伝いに来るなんてありえない。しかし、実際奴らは来た。手伝いでは無いとすればそれは…。
「ラダム・フォートだな。反乱幇助の疑いで貴様を拘束する。」
----
王都での監禁は2週間ほど続いた。俺ができたことといえば身をかがめて部屋の隅により掛かるぐらいだった。時間が経つにつれて、監獄は静かになっていく。…釈放されたか、あるいは…。
雨が降って部屋が一層かび臭くなったある日、俺はいきなり牢屋から追い出され狭い取調室に押し込まれた。移動中の牢屋の様子からして、俺はかなり後の順番だったらしい。
しばらくして、目の下に深くクマを刻んだ、同じぐらいの歳の優男が入ってきて反対側に座った。その身なりはボロを着た俺とは対照的に整っているものの、その疲れた表情が、境遇は違えど同じ立場にあることを語っていた。
「ランサム地方領主家嫡男、ラダム・フォート、で間違いなかったかな…?」
「そちらは?」
相手が先に名乗らなかったので少々むっとしたが、監禁の疲れからかそれ以外の言葉は出てこなかった。
「ああ、すまない。私はモルト、モルト・エルトンだ。」
エルトン家といえば、王領近くの小領主だ。古くからの領主の家系でも、拡張を途中で切り上げて守りに入った連中も結構いる。軍備を揃えるのは大変だし、他の領主に先を越されて蓋をされる場合もある。そういうところは、文官を育てて王都に供給するところが多く、エルトン家もそのひとつだ。それが、机の反対側に座っている。俺は少し考えてお返しに言ってやった。
「なるほど、ヴィーツに尻尾でも振ったか?」
「…私だって好きでやってるわけじゃない。」
俺のからかいに顔を少し歪めるモルト。ひどくやつれているからカマをかけてみたが、どうやらこの男、…おそらく他の領主たちもだが、国王の暴挙に協力させられているらしい。
「さて、ここに呼んだ訳を説明しよう。少々酷な話だが…、質問は終わってからにしてほしい。」
すでにげんなりしきっている俺は沈黙で答えた。モルトは咳払いをして続けた。
「3日前、ヴィーツ陛下は、君の父上、トラム・フォートを初めとした諸領主が王国に対して反逆を企てたとしてこれを…処刑した。」
「…は?」
こいつは、今、何と言った?
「…続ける。フォート家の領土は王家預かりとして没収とされた。しかしながら、フォート婦人テッサ殿並びに臣下の嘆願を受け、陛下は領地の没収を取りやめ、条件付きながら嫡男、ラダム・フォートがこれを管理することを認めた。…陛下の提示された条件は次の通りである。」
1.フォート家は国内の河川に関する権利の一切を王家に譲渡すること。
2.監察官並びに国王軍の受け入れを認め、これに従うこと。
3.反逆者トラム・フォートの妻、テッサ・フォートの身柄を王家に引き渡すこと。
4.国境における拡張を取りやめること。
5.新大陸の開拓を主導すること。
「以上だ。お父上の件は…、その、残念だったな。」
一度に多くのことをつめ込まれた俺の頭は処理が追いつかず、一時停止した。反逆、処刑、領地の没収、その取りやめ、条件、河川、国王軍、母さん、拡張、…新大陸。何が何だか分からない。
「…確認をさせて欲しいんだが…。」
辛うじて声を絞り出すとモルトは暗い顔をしながら答えた。
「簡単に言うとだ。反逆の罪を許す代わり、黙って陛下のために働けということになる。…尻尾を振ると言ってもいいな。」
モルトは先程の俺の言葉を繰り返した。俺の挑発に対する反撃かと思ったが、その重い口調には自嘲が多分に含まれていた。
「今、国内の要所のほとんどが国王軍、つまり王都直轄軍とこれに呼応した北部の領主、グート・ノルディア率いるノルディア兵に抑えられている。大半の領主は処刑されたか恭順したかのどちらかだ。…無論、私もだが。」
無念そうに、しかし淡々とモルトは続ける。
「陛下は全ての権力を自らの手に集めようとしておられる。反対しようにも、誰も動くことが出来ない。流れは、陛下のもとにある…。」
モルトの話を聞きながら、俺は少しづつショックから立ち直り、情報の整理に努めていた。なるほど、新国王ヴィーツは反乱をでっち上げて領主を逮捕すると同時に一気に国内を制圧したわけだ。そして、俺たちの弱体化を図るために人質を取りつつ様々な権利を取り上げた…。それはわかった。
「最後の…新大陸の開拓っていうのはどういうことだ…?」
モルトはふむ、と返事をした後、こう答えた。
「何年か前、君のところで海を渡って新しい土地を発見した男がいただろう?バレスといったかな。陛下はこの話題にご執心でね。権力基盤を強固にするための収入源として、非常に期待されているというわけだ。しかし、この国で遠洋航海を扱えるのはフォート家ぐらいなものだから、陛下も取り潰すよりは囲ったほうがいいと思ったのだろう。」
ベーンベルトはもともと内陸国だったが、うちの祖先が川沿いに進軍、海を手に入れた。以来、フォート家は代々王国の水運を担ってきた。船のノウハウについては確かに他の追随を許さない。まぁ他が港を保有してないので不可能なだけなんだが。
「拒否はできないんだな?」
「重ねて言うが、もはやいかなる領主も陛下には逆らえない。わかって欲しい。」
もはや選択肢は無かった。
----
ランプの灯がゆらめき、俺を現実に引き戻した。
首輪を付けられた俺たち領主はあれ以降、ヴィーツの奴隷となった。その後も、領主の体力を削ったり、権力基盤を固めようという動きは続いた。この船も自前で工面させられたもので、水路の運上を奪われた俺には地味にしんどい。まして船旅は生きて帰れる保証のない危険行為。俺達が旅の途中で死んでくれれば行幸、生きて帰ったら直轄地が増えるから良し、どっちに転んでも国王にとっては得である。
あの時知り合ったモルトは誰かさんのせいで人手不足な王国では貴重な人材らしく、そこそこの席をもらっているようだ。今回の船旅に必要な物資を揃えてくれたり、処刑されそうなやつらを片っ端から開拓団に送り込んでくれたりと色々と助かっている。さすがに船の補填はしてくれなかったが。あいつも腹の中ではヴィーツのやり方には納得していないのだろう。ありがたく活用させてもらっている。
「報告書書かないとな。」
背もたれから身を起こしながらペンを手に取る。と、その時、コンコン…、とノック。返事をしようと思った瞬間、ドアは勝手に開いた。
「こんばんは団長殿。報告書は書いているか?」
アルマである。チクショウ!今書くところだったんだよ!お望みとあらば報告書に「アルマは木の上で震えてました。」って書いてやるよ!しかし悲しいかな、俺に許されたリアクションは限られている。
「こんばんは監察官殿。ただいま書き上げますので!」
アルマ・フィリン、ヴィーツが俺を監視するために派遣してきた監察官だ。俺は釈放されたすぐ後から、こいつに四六時中付きまとわれている。何をやるにも追っかけてくるし、報告書は彼女を通して王都に送られるから、面倒だとは思っても相手をしなきゃ物理的に首が落ちる。
得意げな顔で腕を組み、アルマは俺とデスクを交互に見た。
「分かっているとは思うが、妙な報告書を書いたら後で首が落ちることになる。努々忘れないことだ。」
#$%&~ッ!!こんにゃろう、お前は俺のかあちゃんか!!
俺は深々とお辞儀をして引きつる表情を隠した。ええい覚えていろよ!いつか仕返ししてやるからな!
こうして様々な思惑が交錯しながら、開拓地の一日目は過ぎていったのであった。
----
とりあえず今日のところはここで一区切りです。
続きはまた後日。
※追記
と、思っていましたがなんかいけそうなので行けるとこまで行きます