03 戦闘開始
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ラダムと虎が動き出したのは同時だった。互いに一瞬で距離を詰め、必殺の一撃を叩き込もうとする。しかし、ラダムは衝突の瞬間、突如右足を軸に左半身を引き回転するようにして躱した。必殺の爪は空を切る。それを見逃すラダムではない。そのまま回転の勢いを利用して虎の尻尾めがけて蹴りを入れる。
「グアァーッ!」
無論、突進の勢いがあるため、このキックは痛打になりえない。しかし、急所を狙った攻撃は虎の怒りを更に引き出すことに成功する。未だ周囲に残る開拓団から目を逸らすのが目的だった。
「尻叩かれたぐらいで怒るなよ?」
ラダムは言葉を解さない虎に挑発を入れながらも、心のなかで悪態をつく。動きが速い上にリーチに差が無い。戦い慣れていない他の連中では歯がたたないだろう。早い所こいつを片付ける必要がある。
一瞬の考慮の後、再びナイフを構える。敵は更なる攻撃を加えようと突進を開始していたのだ。考えるより先に体を動かす必要があった。虎が飛びかかる。先程よりも速い!辛うじてラダムは短剣で軌道を逸らせたものの、弾いた腕に鈍い衝撃が走る。後方、大回りでターンする虎。次で決着をつけようという腹だ。
「ラダム様!」
その時である。ラダムは自らを呼ぶ声を聞いた。目を向ければトーマが大男を連れている。そしてその大男の手には黒い棒が握られていた。
「よこせ!」
張り上げた声に困惑する大男。20メートルは離れている上、虎は間近に迫っている。渡しに行ったら襲われるのでは?大男は尻込みした。
トーマは大男に耳打ちする。それは彼を更に困惑させたが、時間は残っていなかった。大男はその黒い棒を力いっぱい投げ飛ばした。黒い棒は回転し、放物線を描きながら、吸い寄せられるようにラダムの元へ飛んでいった。
眼前に敵が迫る。ラダムはしかし、微動だにせず、ナイフすら取り落としてその場に立っていた。トーマは息を呑んだ。大男は目を伏せた。一瞬の交錯。
猛獣は…真っ二つに切り裂かれていた。
血を吹き出しながら巨体が倒れる。そのすぐ側には、黒い大剣を握りしめるラダムの姿があった。
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虎が完全に動かなくなる頃、ようやくトーマがやってきた。
「よう。」
「よう、じゃないですよ。間に合わなかったらどうしてたんですか。」
出会い頭にお小言である。
「そりゃまぁ、間に合うまでナイフで頑張る。」
「あのですね。」
「それに間に合ったからいいじゃないか。」
トーマは少しの間ぐぬぬと呻いて、気が抜けたのかへたり込んだ。根性なしめ。
少し遅れて、先ほどの大男がやってきた。
「旦那、無事かい?」
「ロブか。まぁ大したことはない。」
大男はロブ、すなわち移民船の船長だった。気の良いタフガイ、ではあるのだが、ガタイの良さと比べると小心者である。
「あんな重い大剣、いつも振り回してんのか?」
「俺にとっちゃアレが普通なんだがなぁ…。」
ロブほどではないが俺も体格はいい。あとは日々の鍛錬と力の入れ方の問題だ。領主とその家臣団にとって最も重要な要素は戦闘能力である。なんせ引っ切り無しにやってくるモンスターを領内から追っ払うには何より腕っ節だ。トーマは例外と言っていい。
「それよりトーマ、大至急戦闘要員を集めてくれ。他にモンスターがいないか警戒する。武器も忘れるなよ。」
「あっ、ただいま!」
慌てて走りだすトーマ、軽く会釈をしつつ帰っていくロブ。二人を追い返して、物言わぬ死体となった敵を見つめる。ついて早々のモンスター騒ぎ。予想はしていたが、これは一筋縄ではいかないだろう。俺は一人溜息をつくのだった。
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その頃、アルマは木の上で泣いていた。
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