テディベア
咲は、古びた熊のぬいぐるみを強く抱き締めた。中の綿が動き、ぬいぐるみが縒れる。
「もうこれも捨てなきゃいけないよね」
伏せたまつげを震わせ、ぬいぐるみの頭を撫でる。さも手放しがたいというように、優しく触っていた。
高級そうな洋服を身に纏った彼女は、ちらりと壁に掛かった制服を見た。有名な私立中学の華麗なブレザー。まだ真新しく、しわやよれは一切見当たらない。
「中学生になるのに、この子と一緒に寝るなんて変だよね……」
テディベアを『この子』と呼ぶあたり、愛着は相当なものだろう。しかし、咲は意を決したように口を引き結ぶとぬいぐるみを抱え自室を出た。そのまま庭に向かう。砂場になっているところにテディベアを座らせる。その首には綿が入っておらず、すぐに頭が前に傾く。慌ててそれを抑え、安定させる。
「ごめんね」
咲は自室から持ってきたライターに火を点けた。手の震えを抑えつけ、躊躇しながらもテディベアに炎を移す。パチパチ、パチパチ。小さな揺らめきはすぐにぬいぐるみ全体を包み、その円らな瞳を潰し、四肢を落としていく。形が崩れ、遂には熊ではなくなる。
「……バイバイ」
少女は小さく手を振って、その場を離れようと燃え盛る炎に背を向けた。
「さきといっしょにいたいよ」
「え?」
何かに右足を引っ張られる感覚。それは熱く、痛く、悲痛な感触であった。
「嫌あああああああ!!?」
咲は必死に足を振って、まごつきながらも屋内に逃げ込んだ。
***
「わあ、あの子、足にすごい火傷の跡」
「何か形も変だね」
「なんだか、動物の足の形みたい」
「本当」
咲の目は虚ろで、まるで別の何かにとり憑かれているようだった。