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ファイナルエデン  作者: 一倉弓乃
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 雷は小一時間ほどでおさまったが、雨は夜になっても止まなかった。

 先輩は夫妻から録画のソフトを借りてきて、TVでそれをかけた。

 …まだ生き物が残っているという「ファイナルエデン諸島」の、緑色の海の画像だった。

 青い魚や黄色い魚が、明るい海の珊瑚の森をくるくる泳いでいる。

 磁波の異常でファイナルエデンの上空にはオゾンが集まっているのだという。そのせいで、海がまもられているのだと。

 ファイナルエデン諸島には滞在ができない。どうしても滞在したい場合は「天上船」という飛行ホテルに泊る以外にないのだが、その宿泊料は「1週間で人生が買える金額」なのだという。にもかかわらず、予約は5年先までいっぱいだとか聞く。

  昼間シャワーを浴びたから風呂はなしかな、と思っていた僕の予想を裏切って、今日も風呂はわかされた。尾藤さん、熱がないのなら温まってみたら、と言われた。

 今日は一人で入れるだろう、と言われて、…少し安心したような、がっかりしたような気持ちで風呂へ行き、戻ってみると、先輩はベットでうとうとしていた。…ペンか剣かといえばかなりバリバリペンなタイプの人なので、山登りに疲れ果てたのかもしれなかった。

「先輩、お風呂、あがりました。」

「うーん…ああ。風呂…。」

 先輩はつぶやいて、のろのろ起き上がり、寝ぼけた顔のまま階段を下りていった。

 僕は荷物を整理した。明日はもう、エリアへ帰るのだ。

 月曜になれば学校へ戻れる。

 学校にいけば友達もいるし、勉強すれば気もまぎれるだろう。そうだ。山にのぼってるときは、あんまりいろんなことを考えなかった。学校で体育でもやれば、同じ調子かもしれない。

 …家であったことなど、夢だったみたいに感じるに違いない。

 …そうとも。すべて。

 一生懸命自分で自分に気休めを言う自分が、なさけなかった。

 夢になんかなるものか。

 涙が出てきた。

 全部現実だ。

 しばらくして、先輩が戻ってきた。僕がめそめそ泣いてるのを見て、先輩は僕を荷物から引き離し、ベットに座らせた。あたたかく湿ったタオルでコシコシと僕の顔をこすった。…触れない距離で近付く体が、暖かい。

「…先輩…」

「…うん。」

「…学校に…」

「…うん、行こうな。」

 先輩はうなづいて言い、僕もうなづいた。

「…春季、家にいるのしんどいんじゃないか?」

 先輩は言った。

 …でもそればっかりはどうしようもない。

「…寮に入れるように頼んでみたら。それに、スカラシップにひっかかれば金借りられるし寮費もタダになるよ。借りた分は大人になってから返せばいい。」

「あんな目の前に家があるのに。無理ですよ。」

「実際のところドミはがらがらだから、多分親がサインしてくれれば簡単に入れるよ。目の前だから、サインのほうは簡単にとれるんじゃないか?きっと一緒の部屋の兄さんも協力してくれるとおもうよ。だれだって個室のほうがいいからな。…このまま家にいるの…怖いだろ。」

 僕は震えた。

 怖くはない。ただ、自分が真っ暗なところにいて、だんだんその闇に染まって行くような気がする。…なすすべもなく。…痛みもなく。

「…先輩…わかってもらえないかもしれませんが…あそこに神の気配なんて、なかった。もっと、なにか異質なものです。あれは…違います。…救済なんて…とんでもない。」

 先輩は少し僕の顔をみていたが、やがてだまって僕の頭を撫でた。

「…うん。俺はそういうの、よくわかんないけど…お前がそう感じているなら、とりあえず当分はそういうものとは付き合わなくてもいいんじゃないかって気がするよ。…いろいろありすぎたし、少し普通に過ごしたいだろ。」

 僕はうなづいた。…寮に入る、というのは気がつかなかった。寮には行ったことがなかったし、…もっと入りにくいところだと思っていた。でも言われてみれば、州都の学芸都市ドームが建設されてからすでに20年以上が過ぎており、その間に日本州は子供の数が激減している。ドミがすかすかでも不思議はなかった。

「…月曜の朝少し早く行こう。事務へいって、入寮の書類もらって、…それで、やってみよう。一緒についていってやるから。」

「…いえ、大丈夫です。自分で行けます。」

「そうか。」

「はい。…やってみます。」

 僕は自分で確認するために、もう一度うなづいた。

 先輩はもういっかいタオルで僕の顔をふいてくれた。それから手をとって、手もコシコシふいてくれた。

「…夕食足りた?はらへってない?」

「…先輩なんか僕にやたらと食べさせようとしてませんか?」

「…いや、腹が減ると無性に悲しくなるって誰かが言ってたから。…俺風呂はいったらちょっと腹減ったなー。」

 先輩はそういって下の階に電話をかけた。

「…あ、すいませーん。カップ麺かなんかないですか。…え、いや、わざわざつくるほどでは…あ、そうですか。すみません。…じゃあお願いします。」

 10分ほどたって、豪華な夜食がテーブルを飾った。

「尾藤さんはヨーロッパ育ちでしたものね。では大丈夫でしょう。」

 …未成年だというのに、立派なワインが3本ついていた。


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