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翌朝まだ日が昇らないうちに起こされた。
米飯、魚の切り身、卵、海苔、味噌汁というメニューのきわめて日本的な朝食に僕は戸惑い…先輩のハシ運びをちらちら見ながらこの馴染まないメニューを攻略した。学校の学食で味噌汁や焼き魚は体験済だったが、海苔には悩んだ。先輩がちょいと「しょうゆ」をつけて米飯の上に海苔をのせ、海苔の両側を器用に箸で押し付けるようにして「くるん」と海苔で米飯を巻きとるのを見て本当にびっくりした。
「…今、どうやりました?」
「…のっけるとこまでは手でやっていいぞ。」
「あら?お箸…いけませんでしたか…?」
澁澤夫人がびっくりして尋ねた。
「…尾藤は顔は日本人だが、育ちはヨーロッパだから。」
「まあ、ごめんなさい、気がつかなくて…。今フォークを…。」
「あ、いいんです、大丈夫です。学食で練習したし。…それに、使えたほうがいいし。」
僕は慌てて言った。
…家族のなかには食文化の違いにメゲて、日本の生活に疲れ果ててるヤツもいたっけ。
まるで随分昔のことみたいに僕は思った。
「…こう?」
「…そうだけど、しょうゆつけすぎ。多分しょっぱいよ、それ。」
「…あ。拾えない。」
「…箸はな~。助けるのはルール違反なんだ。だから頑張って自分で拾ってくれ。はやく拾わないとしょうゆの中で海苔溶けるぞ。」
「ひええ。」
「だから手でつまめばいいのに…」
「…とれました。」
「…次は飯の上におく。…もっと器を近付けて。そうそう。…そうしたら、えーと、こうやって、両方の端を箸を平らに置いて、ここいらへんをこう使って、こうおしつけるようにしつつ、こう近付けて。」
「こ…あ、こうですか。」
「そうそう。うまいうまい。…それで、食う。」
「…うん、おいひいでふ。」
「海苔食えないと日本での暮らしつらすぎるからなあ。海苔がウマイって、幸せなことだぜ~。」
「ほーでふね。…おにぎりたべられないと、適応できませんもんね。」
簡易のり巻きの成功は、幾分僕を陽気にしてくれた。
しかし先輩が無造作に割った卵が生卵なのを見て、僕は固まった。
…ゆで卵かと思っていた。
先輩は知らん顔で卵を撹拌し、そこになにか白っぽいコナの調味料としょうゆを少し入れた。
僕が呆然と見ている前で、先輩はずるっと一口でそれを飲み干した。
そしてちらっと僕を見ると、少し苦笑した。
「…生卵は明日にすれば?…今日はのりまきごはんが出来たんだから、もういいだろう。」
…僕もそう思った。