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4人で夕食を食べたあと、一階のやたら広い風呂に案内されて、どうぞ、と言われた。
「…あのお、先輩。」
「ん?」
「…この風呂はどうやってはいるんですか。」
「…ああ!お前外国育ちだもんな。…ええと…じゃ一緒に入る?」
僕はぽかんとしたが、少ししてうなづいた。
人と一緒に風呂に入ったことはないが、引っ越してくる前に、日本のホテルやスポーツクラブなどでは共用の「大浴場」というものがあって、一緒に入浴することがあると聞いてはいたので…ちょっと覚悟して入ってみようかと思った。いきなり公衆デビューより、先輩あたりと入っておいてみたほうが…と、そのときはとても理性的というか寝ぼけた判断をしたのだった。
それで僕はその5分後に思いっきり湯舟の中で裸で先輩と並んで漬かることになった。
バスバブルの入っていない透明なお湯に、…照れた。
それは明らかに判断ミスで、「いきなり先輩と2人で風呂に入るより、公衆デビューしておくべき」が正解だった、と、僕は後悔した。
湯気の揺れる水面に肌の色が揺れて見えた。自分の体に押し寄せるお湯の熱と圧力と…逆にふわふわと浮かびそうになる浮力に翻弄されながら…僕はそのとき水面の下の先輩の体にさわってみたかった。触らなかったけれど。
そんな僕を知ってか知らずか…先輩は慣れたようすで広いバスタブのそちら側によりかかって、暖房の前でのびる猫のような顔になっていた。
タオルをもって入っちゃいけないとか、お湯のなかで体をこすらないとか、簡単におそわった。
体や髪は湯舟から出て洗い場で洗うんだ、と教わって…えっ、出るのか、…とちょっと躊躇した。先輩が真顔で「照れるなよ。こっちも照れるから。」と言うので、えいっと洗い場に出た。
いろいろお世話になったすえ、やっと風呂の入り方を把握した。
「お湯は明日洗濯に使うんだから、きれいにしとかなきゃだめなんだ。」と言って先輩が髪の毛を拾うのを見て、明日はシャワーでいいな…と思ったものの、最後に広い湯舟につかるころには、「広い湯舟はなかなか体にも心にもいいな」と思うようになった。
…とりあえず、芯から温まる。物理的に温まるというのは、凄いことなのだな…と、ぼんやり僕は思った。
風呂から上がると、澁澤さんの奥さんがいて、僕はびっくりした。奥さんは当たり前のような顔をして、僕に浴衣を着せ、さらに寒くないようにと半纏を着せてくれた。「このへんは海も近いし…まだまだ夜は寒いですからね。」澁澤夫人はそう言った。
先輩は「僕はもう自分でできますよ、17年やってんだから。」と笑って断り、言葉通りきっちりと自分で浴衣を着た。
「…明日はお出かけだそうですね。」
「はい、なんか…そうだな、おにぎりつくってもらえませんか。飲み物は…なんかペットボトルありますか?帰りは午後になるかもしれないから。」
「わかりました。ではお弁当とお飲物と…帽子を御用意いたしますね。」
澁澤夫人はそう言った。
湯冷めしないうちに寝な、と先輩が言うので、僕は従った。…またあの寒さが戻って来るのが怖かった。
先輩はとっとと電気を消してしまい…部屋はテレビの青い明りだけになった。
ニュース番組が続くうち、僕は異常な眠気を感じ…やがて天気予報のクラシック音楽を聞きながら眠りこんだ。
こんなふうにぐっすり眠るのは、久しぶりだった。