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僕がシャワ-を使ってから下に行くと、先輩はとっくに着替えて下の階にいて、澁澤夫妻と話をしていた。思えば僕がああいう状態だったので、先輩は小さいときから親戚同様の付き合いをしているこのご夫婦と、ろくすっぽ話すひまもなかったのだろう。…申し訳ないことをした。
先輩は僕の顔を見ると、別になんにもなかったような顔をして
「…おはよ。ぐっすり寝てたから、起こさなかった。…もう少し寝てても大丈夫だけど。」
と言った。
「…いえ、目、覚めましたから。もう起きます。」
僕は言った。
先輩は少し首を傾げて尋ねた。
「…二日酔いしてない?」
「は?大丈夫ですが。」
「…肝臓強いなあお前。一人でぺろっと2本飲んでたぞ。」
「…そりゃちょっと飲み過ぎました。いや、おいしくて、つい。」
「…そだな。うまかったな。」
僕は台所へ行って何か手伝おうかと申し出たが、びっくりされて、「陽介さんとお二階でお待ちください」と言われた。そして、ティーセットを持たされた。コーヒーの入った銀色のポットは、先輩が持ってくれた。
一緒に上がってきた澁澤さんの旦那さんのほうが、昨日の宴会跡をきれいにかたずけてくれた。
澁澤さんがいなくなったあと、僕と先輩はあいたテーブルについた。
「…おまえ昨日の夜のこと覚えてる?」
先輩は尋ねた。
「…多少ですが。」
僕が言うと、先輩は溜息をついた。
「…やっぱりな。」
「…す、すみません。」
僕が恐縮して頭を下げると、先輩は自分の顔を押さえた。
「…あのさ、たのむから酒の勢いっていうのは…やめてくれ。」
「…コ…コーヒー、いれますね。」
僕は慌ててポットをとり、カップに丁寧に注いだ。
「…先輩はぜんぜん酔ってなかったんですか?」
僕が必死でにっこりして尋ねると、先輩はぼそっと言った。
「…酔ってたよ。…お前にのっかられて一気に醒めたけどな。」
「…かさねがさね申し訳ないです…。」
しばらくして澁澤夫人が食事を運んできてくれた。
よし、今日は生卵をぐいっといくぞ、と身構えた僕の前にならんだメニューは…。
…クロワッサンと目玉焼き、それに焼きトマトとチーズだった。