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「翔太さん。あなたは今日からアリアの守護騎士になってもらいます」
空気が凍った。気がした
というか、アリアが固まった。と思ったら、みるみる顔を真っ赤に染めて、慌てだした。視線をあちらこちらに飛ばして、とんでもない動揺っぷりだった。
「そ、そんな。でもわたし――」
「アリア?」
「……はい」
エミリがニッコリと笑って言うと、なにやら観念したらしいアリアは、じっと翔太を見上げた。なんだろう、すごく顔が赤い気がするんだが。
翡翠色のペンダントの石を握りしめ、深呼吸をして目を閉じる。
すると――手の中の石が金色に輝きだし、アリアと翔太の立っている範囲に光の模様が出現した。
アリアは大きく息を吸い込んだ。
「――我、ここに誓いを立てる。契約の元、この者を我が守護騎士とする――」
光の模様がさらに輝きを増す。眩しくて、思わず目を細めていると――、
「ごめんね」
「……!?」
アリアは翔太の頬にそっと手を当てて、唇を重ねた。
足元の陣が広がり、爆発的に強く輝いた後、一気に収束する。それはひとつの光になり、翔太の左腕へ。黄金に紅い紋章が刻まれた腕輪になった。
翔太は呆然とアリアを見つめ、目を閉じていたアリアはぱちりと目を開けると、再び赤面した。
「よくできました」
エミリは嬉しそうに言っているが、翔太には訳がわからない。
もしかして、いやもしかしなくても、今のは――ああ、もう。そろそろ混乱しすぎて倒れてもいい頃じゃないか。
「翔太さん」
「は、はい」
「あなたには、アリアを、四六時中、二十四時間、なるべく近くで護衛してもらいます」
「ご、護衛……?」
「そうです。では私は後処理があるのでこれで――翔太さん。アリアを頼みます」
ニッコリと微笑んでエミリが出ていく。しんと静まり返る部屋。に、クスクスと笑う声が響く。何事かと見ると、仙崎が肩を震わせている。どうやら爆笑したいのを堪えているらしい。
「いやぁ、なかなか面白かったよ……翔太。もしかして君、キスとかした事なかったかい?」
「――!!」
「赤くなっちゃって。可愛いなぁ」
なんというか、ムカついた。
「笑ってないで説明しやがれくださいこの野郎」
「はっはっは。まぁまぁ、落ち着いてよ。お姫様が慌てているよ」
荒っぽく詰め寄り、不良がごとく仙崎の胸ぐらを掴みあげていた翔太は、目の前のメガネ野郎を思いきり殴り飛ばしたい衝動を堪え、やっとのことで手を離した。こんなに混乱したのは生まれて初めてかもしれない。
「姫ってアリアのことですか」
「そうだよ? まぁ、詳しいことは彼女から聞くといい。僕は管理局に戻って仕事をしなきゃならないからね」
「あっ!? ちょ、待てっ!」
ひょいとかわして、ひらひらと手を振って部屋から出ていくのを見送るしかない。
つまり、体よく口実を作って逃げられたというわけだ。
「なんだってんだ、一体……」
* * *
「……ごめんなさいっ!」
勢いよく頭を下げるアリア。その目は今にも泣きだしそうに潤んでいる。先程のお茶の席に再び座ったものの、到底落ち着ける空気ではない。部屋には二人っきりだし、気まずいにもほどがある。
けれど泣いている女の子を放っておけるほど図太くもないので、慰めるしかない。
「や、いいから。泣くなって……」
「許可も取らずに契約してしまって……でも、でもああするしかなかったの。ここ数年、国外の人間は特例を除いて受け入れてはいけないってことになってるから。だから、翔太を受け入れるには捕虜にするか、護衛にするかしかなくて」
「待て、一気に言われても何がなんだか」
アリアは涙目ながらも、一生懸命といった様子で説明をしてくれた。
なんとか理解した話を要約すると。
現在、この世界――アストロニカでは、世界的に戦争をしている、らしい。中心になっているのは「イスタンシア帝国」と「リストレイズ共和国」の二国。ここ、アルビオン王国は実際戦火を交えてはいないのだが、イスタンシア帝国はアルビニオン王国が他国へ組する可能性を考え、頻繁に諜報を送り込んできていると。
「要するにスパイ対策に一時的に人口を管理していて、登録外の人間は逮捕されるって?」
「うん。だいたいそんな感じ」
「……戦争、か」
「そう。だから国外出身の人は、監視することに同意しないとうちの国には入れないの」
異世界で、戦争。魔法の世界は、案外物騒らしい。ファンタジーも楽じゃないな。そんなことを頭の隅に思いながら、
「――で、だ。アリア。その……言いにくいん、だけど」
さっきの、と切り出すとアリアは再び真っ赤になった。するとまぁこちらも恥ずかしくなるし、なんでいなくなるんだ仙崎とやら。恨むぞ。
「あのね。翔太……あれはね、魔法なの」
「魔法、か」
ああいうのも魔法か。ふざけてやがる。
「アルビオン王家の人間が一人前の魔法士になるには、二つの試練があるの。ひとつは召喚魔法。もう一つが、守護騎士の契約」
「――その守護騎士って」
「うん。翔太のこと」
「俺か……。ってかさ、王家って? 仙崎って人も姫とか言ってたし、」
アリアはなぜか悲しそうな顔をした。
「そう。わたしはアリアーヌ・ジェダイト・フィア・ローゼンベルク・アルビニオン――アルビオン王国第二王女です」
王女。アリアが?
驚いた。正直な感想が口から出そうになる。しかしアリアの顔を見て、質問を変えた。
「第二って王位継承権?」
「え? う、うん。そうだよ」
「じゃあ第一位はエミリ姫か。アルフは第三位?」
「え、と。アルフには王位継承権はないの」
「そうか。政治とかするのか?」
「政治は――議会があるから、そこで」
「立憲君主制ってやつだな。」
なにはともあれ、彼女はこの国の王女なのだ。庶民には計り知れない苦労とかを重ねてきたに違いない。自分が王女なのを知られたくないような感じがするもの、訳アリなのかもしれない。触れないでおく方が良さそうだ。
アリアが不安そうにこちらを見つめたが、気にせず問いかける。
「で、俺は何をすればいい?」
「えっ?」
「その守護騎士とやら。多分何の役にも立たねぇと思うけど」
「そんなことない!」
アリアは立ち上がり、真剣な顔で翔太に詰め寄る。顔が近い!
「翔太はわたしを助けてくれたわ。わたしだけじゃなくて、この国も。すごい魔法で!」
「えっと……よく覚えてないんだけど――」
「え? あんなにすごい魔法、覚えてないの?」
「まぁ、朧げに。どうやったのかも分からねーし、今同じことやれって言われても出来ない、と思う」
「そう……で、でも! 翔太なら大丈夫よ!」
アリアは真剣な顔で断言した。瞳がキラキラ輝いてやたら眩しい。
「魔法が使えなくてもいいの。危なくなったらわたしが守るから!」
「それ、本末転倒じゃないか?」
「いいのっ!」
ぎゅっと両手を握られる。小さな手だ。柔らかくて、暖かい小さな手。
この子を守る、か。なんというか、アリアは、見ていてどこか危なっかしいのだ。だから、まあ。とりあえず、だ。
「俺なんかでいいのか」
「翔太がいいの!」
そう言い切られると、さすがに照れる。ので、アリアが視線を逸らして何事かを呟くが、聞き逃してしまった。
「だって……わたしが姫ってわかっても敬語じゃないし……」
「え? 何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
ニコリと心底嬉しそうに笑って、アリアは言う。
「よろしくね、翔太!」
「こちらこそ。よろしく、アリア」
「――随分仲がいいんだね、二人共。手なんか握りあっちゃってさ」
「ッ!?」
突然の冷ややかな声に心臓が止まるかと思った。
振り返ると、アルフが扉の隙間から顔を覗かせていて、じっとりとした視線をこちらへ向けていた。主に翔太に。いや、翔太だけに、か。
慌てて手を離したアリアはちょっと怒ったように、部屋に入ってきたアルフを睨んだ。全く迫力はないが。
「アルフ、マナー違反よ。ノックくらいしてくれないと」
「したよ。反応が無いから入ったんだ――おほん」
改まったかと思うと、アルフは少し嫌そうにしながらも歩いて来て、敬礼をした。
「アルフレート=ルベライト・ジェノ・ローゼンベルク・アルビニオン。所属はアルビニオン王立魔法軍第一戦闘部隊、隊長。階級は中尉。齢は十二。アリア姉ちゃんの弟。改めて、よろしく。あと、手荒に扱ったことを謝罪します」
「いいよ、気にすんな。俺は桐原翔太。高二で、歳は十七だ。よろしく」
手を差し伸べされたので、とりあえず握手をする。年相応に小さいが、なにやら数箇所硬いタコのようなものがあるのがわかる。まさかとは思うが、剣ダコだろうか。ペンダコではないだろうから。身長は翔太の肩にも満たないのに、どうやら軍人だと名乗るだけはあるらしい。
しかしアルフの方はなにやら品定めでもするように翔太を眺め、ふう、と嘆息した。
これは気のせいでもなんでもなく、完璧に馬鹿にされている。
「よくもこんなのが姉ちゃんの守護騎士になれたね。魔法もまともに使えないくせに」
「アルフ! 失礼よ、謝って」
「いいって。事実だしな」
ぷんすか、と表現できそうな風に怒るアリアに苦笑してみせ、アルフの頭をくしゃくしゃと撫でた。それに驚いたのか、アルフは素早く後退りをしたが。
「なっ……!? なにすんだよッ!」
「別に? 挨拶だ。顔赤いぞ」
「うるさい! 馬鹿にすんな!」
「してないけど」
「~ッ! やっぱ認めない! こんなのが姉ちゃんの騎士だなんて、認めないからな!!」
翔太を指差し、捨て台詞のごとく叫んで部屋から駆け出して行った。バタン、と扉が大きく音を立てて閉まる。が、その数秒後にそーっと開いて、
「――兄ちゃん。学院の制服、採寸するから来いってさ。姉ちゃんも呼び出し」
どうやら本題を言い忘れていたらしい。思わず笑うと、また扉が勢いよく閉められる。全く、子供だ。いくら背伸びをしていても、やはり年相応な所はあるらしい。思わずアリアと顔を見合わせて笑いあった。
「行くか」
「うん」




