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「!?」
振り返るとすぐそこまで、黒い集団が迫っていた。
やや遅れてそれに気づいたアリアが小さく悲鳴をあげて、その場に静止する。すると鳥達はぐるりと取り囲むように飛び始める。
閉じ込められた、のか。アリアは涙目のまま、鳥達を睨み付けている。
「どうするんだ?」
「や、やっつける!」
「どうやって?」
「……やっぱ無理! きゃっ!?」
集団から一羽が弾丸のように体当たりしてきたが、アリアにぶつかる直前に、光の模様のようなものが円盤状に出現し、それに衝突した。しかしそれを切っ掛けに鳥達が四方八方から突進してくる。
だが、半泣きのままのアリアの対応も迅速だった。手の中の石が光を放ち、短めの杖になる。アリアはそれを握り、くるりと回した。
「――防げ風よ! 光よ! 我が行く手を阻み、襲いかかりしものから我を護れ!」
アリアを中心に足元から光が広がり、鳥達が外側に弾き出された。そして複雑な光の模様が半径五メートル辺りに現れ、ドーム状に展開して壁を形作った。なんだ、これ。
翔太は唖然としてその様子を眺めていたが、ふと隣を見ると、アリアが今にも泣き出しそうな雰囲気で翔太の制服のシャツを握りしめている。どうやらあの壁を作り、維持しているらしいという事くらいは翔太にも分かった。それがあまり長くは保たないということも、なんとなく。
すると、自分でも驚いたのだが――翔太は妙なことを口走っていた。
「……作戦、立てないか?」
ぱちくりと、大きな目を見開いてアリアが翔太を見上げる。
「えっ?」
「これ、全部やっつけるのは無理なんだよな?」
「ぜんぶ……うん、がんばれば出来るかもだけど、防御魔法やりながら攻撃魔法は……」
「助けが来る望みは?」
「無理、かな……避難誘導と討伐で手一杯だと思うから」
落ち込んだ様子のアリアを見た翔太は、苦笑して――ふと思い付いた。
「ジークフリード・バルシュミーデ」
すると、案の定と言うべきか。待ちかまえていたかのように頭に声が響いた。
(呼んだか、桐原翔太)
「悪いんだけど、出てきてこいつら、やっつけてくれないか?」
「翔太……?」
不安そうな顔になるアリアには笑ってごまかす。声は再び脳裏でひらめく。
(不可能ではない。しかし、前回同様、主は魔力失調をきたす恐れがある)
「は?」
(主はまだ魔法力の操作に慣れていない。それにこの程度、我を喚ぶまでもないだろう)
もしかして断られた? っていうか、ちょっと前回とは違って対応がくだけている気がするのだが、気の所為だろうか。会話とか出来たんだな。
けれど、頼りといえばあの竜しか思い付かないわけで。
「困ってんだよ、助けてくれてもいいだろ?」
(また姫に抱かれて運ばれたいか? 守護騎士よ)
なんだって?
(力を使い果たし気絶し、姫に介抱されながら帰還したのだ。同じ轍を二度踏むことになるが、それでも良いのか?)
「……」
なんだか叱られているような気分だ。
(主よ。自らの手で、姫を守れ)
アリアを見ると、じいっと翔太を見つめてくる。どうあっても、この子を傷つけるわけにはいかないのだ。
仕方ない。
――きっとどうかしていたのだと、翔太は自分で思う。
「俺を、高く打ち上げてくれ。なるべく高く」
「え……ええぇっ!?」
「そんで俺がこいつらを引きつけてるうちにその攻撃魔法とやらをやってくれるか?」
後で思えば、なんてムチャクチャな事を言っていたんだと苦い顔をせざるを得ない発言であったが、このときばかりはなぜか真剣だった。
アリアは必死に首を振った。そりゃあそうだろう。姉からの頼みを放棄することになるのだから。
「ダメだよ、それじゃ翔太が……」
「大丈夫」
全然大丈夫じゃない。根拠も全くない。が、翔太は笑いかける。
「時間稼ぎくらいはできるから」
そう、あの鳥は強い魔力に反応して追いかける習性があるのだ。負の魔力に汚染されていてもその習性は変わらないだろうから――って、なんでそんなことを知ってるんだろうか。まあ、夢だからだろうけれど。ご都合主義だ。
アリアはしばらく悩んで、渋々頷いた。
どちらにしろ何か手を打たなければ、あの鳥たちにやられてしまうのは確かなのだ。
「じゃあ、頼む」
「気をつけてね?」
「ああ」
光の粒子が舞う。エメラルドブルーの石の付いた杖を振ると、翔太を風が取り囲む。
瞬間、翔太の体が勢いよく天高く跳ね上げられた。
風の球体に包まれた翔太は、ドーム状の光の壁を超え、黒い集団をも突き抜ける。
すると鳥たちは引き寄せられるように翔太めがけて上昇飛行をはじめた。
よし。狙い通りだ。
さて、これからどうするか。
自らの考えの無さに思わず笑ってしまいそうになるが、呑気に笑っている場合ではない。鳥たちは完全に翔太狙いで飛んできているのだ。
冗談じゃない、あの集団のクチバシに突っつかれたら、単なる怪我じゃ済まないだろう。なにせ一羽がトンビくらいの大きさもあるのだ。絶対、痛いだろ、あれは。
そう思いながらふと下を見降ろして――驚いた。
丘の上にある城の下に広がる街並み。遠くに見える城壁の外には緑豊かな自然が広がっている。そのすべてを覆いつくすように、黒い影が迫ってきているのだ。
どうやら翔太らを襲ったこの大群ですら、あの集団の一部に過ぎないらしい。
何より、その影に怯えながら、逃げ惑っている人々の姿が、目に焼き付く。
街の中を。大通りを、細く入り組んだ道にも、たくさんの人がいる。
逃げ切れるのか? あの影の集団から。本当に?
絶句していると、不意に――電子音が鳴り響いた。制服のズボンのポケットからバイブレーションの振動も伝わってくる。手を突っ込んで取り出して見る。
画面には親友の名前が表示されている。それを見ると翔太は何も考えずに反射で電話に出ていた。
「もしもし」
『翔太? よかった、通じた』
紛れもない、幼馴染であり親友である榊浩一の声だった。まさかこのタイミングで電話がかかってくるとは思わなかったのだが、しかし。その電話で浩一が言った事も、十二分に予想外だった。
「悪い、ちょっと取り込み中だ、後で掛けなお――」
『魔法を使うんだ、それしかない』
なんだって?
スピーカーから聞こえる浩一の声は普段通りで、しかしそれでいて緊張感が隠せていない硬い口調で続ける。
『いいかい? あくまでも緊急事態だからだよ。あまり強い術式じゃ今の翔太には耐えられない。今はきみの方がよくわかるだろうけれど』
「ま、待て! 浩一、一体何を言って」
『翔太。グラナードに囲まれてるんだろ? よく見て、近くに城がある筈だ。それを攻撃してる大きなドラゴンが、いない?』
「大きな……?」
城、つまり翔太とアリアが逃げてきた方向を振り返る。すると、――なんだ、あれは。
息を呑んだのが伝わったのか、浩一が話し出す。
『翼竜だよ。フェザードラゴン。そっちで言うインビディア・クライゲン、だと思うけど。ちょっと画質が荒くて特定できない。でも多分あってるはずだ。魔力汚染で理性を失って暴れてるけど、本質は変わらない。グラナードを従えてる大元のドラゴンだよ』
なん、だって?
城の上空に浮かぶ巨大な影に、小さな光が幾つも弾けている。誰かがあの巨大な竜に攻撃をしているらしい。なぜかアルフの顔が浮かぶ。ふと周囲の雑音が静まり、スピーカーから聞こえる声がやけにハッキリと鼓膜を震わせた、ような気がした。
『今僕はそっちへは行けない、だから』
上昇する速度が緩まるのを感じる。
『翔太。よく聞いて。心臓の下の辺り。そこに力を感じるだろ? あるはずだ、そっちにいるなら分かるから。分かる筈だ』
そう断じた浩一の声だけが意識に入り込む。どこか夢のような、現実感が失せたような不思議な感覚で、翔太は親友の声を聴いていた。
『このままじゃ死んでしまう。翔太も、姫様も。だから――……わかるね?』
体が宙に静止する。風が止む。ならばあとは――落下するだけだ。
アリアは取り巻いていたグラナードが翔太を追って行くのを見ながら、長文詠唱の準備に取り掛かる。翔太が時間を稼いでくれている今のうちに。
本当は、攻撃魔法は苦手だった。相手を傷つける事しか出来ない魔法だなんて――。そう思っていた。けれど、やるしかない。覚悟を決めて杖を握り、大きく息を吸い込んだ、次の瞬間。
「ひゃっ!?」
驚いて思わず悲鳴をあげつつも、音を発した端末をスカートのポケットから取り出す。
「お姉ちゃん?」
エミリが切羽詰まった声で言うのが聞こえた。
(魔法力反応よ。すごく大きい――もしかして翔太さんじゃない?)
「え?」
ふと上空を見ると、確かに翔太の魔法力が輝いて見えた。
不安定だけど、力強く輝く、魔法の光が。
「翔太……?」
(広範囲防御結界の準備を。私とアルフ、三人で抑えます)
「えっえっ――」
(翔太さんはまだ魔法力をうまく操作出来ていないわ! あの威力だと王都じゅうが焼き払われます! アリア、早く!)
「――Zahall Rigl Celca Welte――」
翔太の思考は停止していた。ただ、電話だけは落とさないようにと、耳に当てたまましっかりと握る。そして携帯電話のない方の耳はやけに静かな自分の声を聞き、目は他人事のように冷静に、視界が捉えるものを見つめていた。
「――夜を照らす炎よ、今ここに集え――」
まず現れたのは、光だった。
金色と紅に輝くそれは翔太を中心にして、複雑な模様を足元に、円形に描きながら広がる。落下しはじめていた体が宙に浮いて、ふわりと、足場のように広がった魔法陣に着地する。全身から力を抜いて、自然に立つ。
「――我、精霊との契約を結ぶ者なり――」
高速で翔太の周囲を取り囲むように何重にも文字が浮かび上がり、幾何学的な図形で出来た三つの円形の光が、翔太の目前に現れる。
ほぼ無意識に掲げた手のひらに合わせて、それらはまるで照準を合わせるスコープのように回転する。そこに赤く輝く光の粒子が幾つも集まっていく。
狙いの先は――城を攻撃する、翼竜。
「――灼熱の炎よ、純粋な穢れ無き炎よ、全てを焼き尽くせ――」
光が集約し光弾となる。回転する照準がピタリと目標を捉えた時、円の図形と足元の陣、そして文字が強く煌めいた。
魔法力がはじける光が、見えた、と思った瞬間に収束し、一直線に放たれた。衝撃波が四方八方に広がり、黒い集団を薙ぎ払う。そして爆発するように辺り一面が赤く燃え上がった。燃えているのは全てがグラナードで、それらは炎をあげて燃えながらバラバラと落下していく。
(今!)
「ッ!」
エミリの指示と同時にありったけの魔法力を込める。透明な光の壁が広がり、街を覆っていく。アリアとエミリ、アルフの三人掛かりで発動させた広域最大防御魔法は、王都全体に広がる。それは、舞い散る火の粉から街を守り、衝撃波を吸収する。
やがて燃えるグラナード全てが一斉に光の粒子になり、四散した。
「翔太っ!?」
アリアには、そんな光景の中を垂直落下する彼の姿が見えていた。咄嗟に唱えた風魔法が翔太を受け止め、スピードを緩めさせる。夢中で飛んで、腕を伸ばしていた。ふわり、と、彼の体を受け止める。
視線が交差する。間近で。
ドキリと、心臓が跳ねた。懐かしい既視感に襲われる。この瞳はやっぱり――知っている。ずっと、ずっと昔から……そう、あの日だってこうして。
しかし翔太はすぐに目を閉じてしまい、我に還る。遠目に見えるアルビニオン城で、翼竜がグラナードと同じく静かに消えていくのが見えた。
あれを、今の一撃で。そんな事が出来る人なんて国中を探したって――いや、世界中を探したって何人も居ないと思う。
彼は一体何者なんだろう。
地面に降り立つと、声を掛けられた。
「アリアーヌ姫ですね?」
「――!」
「あぁ、警戒しないで。管理局の者です」
どうやら待ち構えていたらしいその男は、優しげな笑みを浮かべて、言った。
「初めまして。ぼくは仙崎篤といいます。アリアーヌ=ラズヴァルト・フィア・ローゼンベルク・アルビニオン第二王女。お会いできで光栄です。そちらの少年――桐原翔太君を、少しばかりお貸し願えますか?」




