とある世界で男は予兆を告げる
「どうやら第三渓谷の魔法術式は無事解除されたようだね」
仙崎が言うと、モニターから目を離さずにアルフ―――アルフレート=ルベライト・ジェノ・ローゼンベルク・アルビニオン第一王子は不機嫌そうに返答をした。
「この馬鹿でかい魔法力反応の特徴からして兄ちゃ―――翔太さんだと思われますが」
「だね。で、問題の魔法式の発信元は辿れた?」
「僕の腕をバカにしてますか?」
「いやいやとんでもない。君以上に地球の科学に詳しい魔法族はまずいないと思っているくらいだよ」
アルフは嘆息しつつ、キーボードを操作している。QWERTY配列だというのに、ブラインドタッチもお手の物だ。天才児、と呼んでも差し支えはないだろう。と、素直に褒めてみてもこの少年は言葉をそのままの意味で受け取ってはくれないだろうが。
本当に、しっかりしている。
「発信元はリストレイズの管理者IDです。仮にもうちの領土でこんな大規模な違法術式を使うだなんて。それに、数日前に竜族を使役して姉ちゃん達を襲わせた例の魔法士も―――」
「ああ、特定できたのかい?」
「ええ。これはもう宣戦布告と取っても良さそうな具合だと思うんですけれけど」
「女王陛下はどうと?」
「……見逃せと。姉上もそれには珍しく同意見みたいで」
「なるほど」
となると、何か考えでもあるのかもしれない。
アルビニオン王国第二十七代女王、セレスティア=イオライト・フィア・ローゼンベルク・アルビニオン。その所有魔法力は、歴代でも類をみないほどだとされている。
頭脳明晰であり、先代までの統治下において、やや衰退しかけていた王国を、数年足らずで再建し、アストロニカ至上最大の古典魔法国家として発展させたという。
そんな彼女直々の命令。そこに何の意味がない訳がない。
アルフはあまり覇気のない声で切り出した。
「それより気になるのは兄ちゃ―――翔太、さんの」
「兄ちゃんでいいとおもうけどね」
「……」
「本当は嬉しかったんだろう? 本当の兄が出来たようで嬉しそうにしているとエミリ姫は言っていたよ」
「違います!! 断じて!!」
全力で否定しているが、図星だろう。
アルビニオン王国は女性にしか王位継承権がない。そのなかで生まれた男子は国を守る軍人になることが生まれた時から決まっていて、幼い頃から親と離され、厳しく育てられるのだという。
アルフも例外ではない。王子だが、既に王立魔法軍の小隊を率いて前線へ赴いている一人前の武人なのだ。
しかし、地球で言えばまだ小学生の年齢。時には甘えたくなることもあるに違いない。
「君は素直じゃないね。翔太なら快くつき合ってくれると思うけど」
「何にですか」
「何にでも」
「……あの人は、姉ちゃんの守護騎士ですよ」
「アリア姫は自分の守護騎士に自由行動すら与えないのかい?」
「それは絶対無いです! けど。でも……」
アルフはしかめっ面をしてなにやら悩んでいたようだが、はっと我に返ると、勢いよく頭を振った。
「って違う違う違う! その兄ちゃんだよ! 観測した魔法力拡散値が今まで見てきた兄ちゃんの数値じゃあり得ないくらいなんだけど、いったいどういう―――何が起こったんですか、あれは」
「まあ落ち着きなよ」
翔太がいずれああなるのは分かっていたことだ。
この世界の魔法族の大半は本来の魔法力を失っている。
しかし翔太は違う。地球で生まれ育ったというだけでも、本来の魔法族の有する魔法力量を保てるというのに。その上あの子は「特別」だ。
普通に見たとしても特別なのには違いないが、また別の意味でも。
その「特別」な部分は、恐らくこの世界において波乱を呼ぶだろう。故に、知らせるわけにはいかない。
アルビニオン王国にも、リストレイズ共和国にも、イスタンシア帝国にさえも。今は、まだ。
「アリア姫と一緒に古典魔法を使ったんだろうね。それに翔太の潜在魔法力演算領域の容量は常人の数千倍……いや、それ以上だ」
「数千って―――まさか。そうは見えませんでしたけど。むしろ人より少ないくらい」
「そう見せかけていただけだよ。あの子にも色々事情があるのさ」
「……ふうん」
納得したのかしていないのか。その表情からは伺い知れないが……。
しかし翔太の魔法族としての能力は、この世界で類を見ないほどであると断言できる。間違いなく。
「結局、リストレイズへはどうするんだい?」
「もちろん。基本的には見逃しますけど」
「基本的には、ね?」
「それくらいはやらないと気が済みません。アリア姉ちゃんが危ない目に遭ったのは奴らの所偽なんですから」
そう言って虚空を見つめるアルフの視線に込められた感情は、見ない振りをしておいた方が良さそうだが。
しかしまあ。
地球から持ち込んだ最新式のコンピューターと数々の機器類。それらをイスタンシア帝国の管理局ではなく、わざわざアルビニオン城地下に持ち込んでいるのには理由がある。
「アルビニオン側としては、表向きでは永世中立宣言をしています。けれど、リストレイズがこれ以上何かしらの干渉を差し向けるのであれば、例え同じ‘魔法族’でも開戦を辞さない構えでいます」
「同じ魔法族同士での戦争、ね……そうなると世界的にはあまり喜べない状況になるだろうね」
「一体、リストレイズでは何が起こってるんでしょうか」
魔法族と非魔法族との戦争なら、今までも何度も繰り返されてきた。ここ数十年の冷戦状態は歴史上最長であると言えるが、未だ、いつ再び激突が起こるとも分からない。
そんな中で起こった、今回の事件。
リストレイズは過去に何度かアルビニオン王国へ同盟を結ぶように交渉をしてきているが、アルビニオンはそれをすべて断っている。
「圧力をかけているつもりなのかもしれません」
「……リストレイズ側に協力しろっていう?」
「ああいうやり方では絶対に、同盟を結ぶなんてことにはなりませんけれど」
「はあ。魔法族同士なのに大変だね」
「まあ、お世辞にも一枚岩とは言えないですよ。どういう集団でもそうだと思いますけどね」
そう言って苦笑いする少年の表情は、小学生とはとても思えないくらいに疲れて見えた。彼も色々と苦労を重ねているのだろう。
ふと顔を引き締めたアルフは、背筋を正した。
「近々、調査を入れようかと思います。ご協力、願えますか」
「それは‘管理局’としてかい? それとも―――」
「後者で」
エンターを二回叩き、モニターに表示させたのは、とある分析結果だった。
「ここ十数年、トライデントの魔法力が急激に落ち込んできていますよね」
「ああ」
「今までトライデントは、それ自体に莫大な魔法力が備わっていて、結界を維持してました。けれど、今やその機能は気休めくらいにしかならない程度までに低下しています。結界の足りない魔法力は、母上が補っている状態です。けれど、ちょっと気になる事がありまして」
それは大陸全体の障気濃度分布図だった。天気予報の気圧配置のように等圧線と色で表示してある図なのだが。
「これは」
「つい先日出た分析結果です。トライデントの魔法力の低下と反比例するように、大陸全体の障気濃度は数十倍にもなっています。ここ数年頻発している魔法生物の暴走は、これが原因だと思われます。僕の部隊も谷で、小規模とはいえ、汚染された魔法生物と戦闘になりました。今のところはほとんど国民に被害はありませんが。アルビニオンだけではなく、イスタンシアでも。大陸最南端のラドヴィリアにまで影響が広がっているとのことです。その中でも数日前から何故だか、こんな有様に」
「……酷いな。リストレイズの領地だけか」
他の地域に比べ、格段に瘴気濃度が濃くなっている。明らかに不自然。地形的にも、自然発生ではあり得ない分布。
まるで瘴気を、人工的に操作しているかのような。
「トライデントでも浄化しきれていないのか?」
「みたいです。母上も原因が分かりかねると」
「―――分かった。なんとかして調べてみよう」
「感謝します」
「いや、こちらこそ。しかしよくここまで細かいデータを集められたね……さすがというべきかな。現代魔法だけでは魔法現象ならまだしも、魔法力そのものをとらえるのはまだまだ難しい」
「現代魔法の技術あってこそですから、持ちつ持たれつですよ」
「そうやって国同士、種族同士も手を取り合えたら一番なんだけどね」
「ええ」
僕もそう思います。
そう言った少年とは視線が合わない。
「トライデントは―――やはり『再封印』はしなければいけないと、母上は仰っています」
「そうか。予言通りだね」
「…………」
それは、星詠みの一族。妖精族が遺した、この世界で唯一の「本物の予言書」。
世界はそれに記された通りに廻っている。覆ることは、まずない。
「―――そういえば、もうじき学園では魔法武器大会だよね。時渡りの祭典の、エレストレア地方最大のイベント。アリア姫は出場するんだっけ?」
「まさか。しないと思いますけど。姉ちゃんには王都の祭典に出てもらうし、学校では出来るだけ目立たないようにってことあるごとに言い聞かせてあって」
「そうなのかい? 〈学院の奇跡〉が出場登録したっていう噂を聞いたんだけども。気のせいだったかな」
ガタッ、と盛大に音を立ててアルフが椅子から立ち上がった。
「……すみません、おそらくそれは気のせいです。が、万が一本当だった時のために確認をしてきます」
「ははは、大変だねえ」
「失礼します」
なんだか慌ただしく出ていった少年を見送り、仙崎は苦笑する。
「さてと」
表情を引き締め、ポケットから取り出した端末を操作する。
静まり返った室内。時計の針が進む音と、コンピューターの作動音だけが響く空間。
「トライデントの再封印、か―――君は、どう思う?」
徐に。仙崎以外誰もいないと思われた空間に、人の気配が一人分、浮かび上がった。
それは一人の少女だった。腰まで届く長いまっすぐな黒髪。アストロニカでは珍しい色だ。そこに、夜空を切り裂くように流れる流星のような、一筋の白。エレストレア魔法学院の制服を着ている。襟の校章を見るに、一年生だ。
一見すると大人しい、普通の少女。しかし、
「君だろう? ずっと翔太を見ていたのは」
少女は答えない。じっと佇み、仙崎を見つめる。
「確か君は―――レイラスティル・エステル・ブランシュ。シャルル・ブランシュの一人娘、だったね」
「リラ」
少女はぽつりと言った。鈴が鳴るような澄んだ響きだ。
「今は、‘リラ’です。リルラヘイト・エステル・ブランシュ」
「そうかい。何が目的だ? リルラヘイトお嬢さん」
「リラって呼んで。その名前は嫌いよ」
ピシリと空間が凍る。気のせいではなく、少女から発せられている魔法力が空気中の水分子を氷結させつつあるのだ。
仙崎は冷や汗をかきつつ、しかし態度には出さずに冷静に応えた。
「それは悪かったね、リラお嬢さん。質問には答えてくれないかな」
しばらくの間の後に。少女はちいさな口を開く。
「何も。ただ、見ていたくて」
「それだけのために、わざわざ一人で竜の谷までついていったんだね。トライデントの誰にも気付かれずに―――って言っても、グランフェルトの次男坊には気づかれていたようだけどね……お供のチビ竜はどうしたんだい?」
少女は黙り込む。ややあって、
「……再封印は、させないわ。絶対に」
それだけを言い残し、少女は姿を消す。転移魔法だろうか。どうやったのか、魔法式の発動する気配すら全く無かった。
仙崎はしばらくその空間を眺めていたが、
「孤独の魔女。十年に一度の祭典。そしてトライデント……すべては星の赴くままに―――か」
嘆息する。
「残念ながら、今のところ、それも全て予定調和内の出来事さ」
独り言ち、その場を後にした。
部屋には静寂のみが残った。
→TrydentFantasia2へ続く




