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Trydent Fantasia  作者: マメカ
9章、終わりと始まり
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 エレストレアの街へは、ジークに乗って約半日の行程だったようだ。。

 夕方近くになって学院に着いた面々は、ともあれ、翌日再び集合するようにというフィーの号令を最後に解散した。


「……あー。疲れた……」


 入浴を済ませ、自室まで行く気力が無い翔太はリビングのソファーに寝転がり、ぼーっと天井を眺める。結局ついてきてしまった小さな白竜は、すっかりそこが自分のポジションです、といった顔をして翔太の腹の上にちょこんと座り、クルミをかじっている。

 

 アリアはいつも通り、エミリへの定時連絡をしている。竜の谷での出来事をすべて話すには時間がかかるらしく、小一時間ほどずっと話しているのだ。


「お前、何か名前つけないとな」


 白い竜はつぶらな青い目をぱちくりさせる。そして火の粉混じりの鼻息を吐き出した。

 ペットにするには危険すぎる気がしないでもない、と前髪を若干焦がしながらぼんやり思う。


「翔太、お姉ちゃんが顔を見せてって」

「ああ……」


 起き上がると白竜は飛び上がり、ぐるぐると頭上を飛びまわる。


「どうも」

『こんばんは、翔太さん。とても眠たそうですね?』


 クスクスと笑うエミリに翔太は苦笑いを返した。


『無事に帰ってこれたようで安心しました。私からもお礼を言わせてください。ありがとう』

「いえ」

『話は聞きました。“楽譜(スコア)”を集めるようにと言われたのですね?』

「はい」


 応えながら思いつく。そうだ。アリア以外のアルビニオン王家の人間なら分かる人がいるかもしれない。

 しかしエミリは首を振る。

 

『私の時はそのようなことは無かったんです。王家と竜の谷の古代竜との歴史については、私も個人的に研究していたのですけれど、覚えがありません』

「そうですか」

『しかし、竜族の長の言葉となると無視するわけにもいきません……アリア』


 エミリはアリアに向き直り、


『妖精の森と人魚の里。そう言ったのですよね?』

「うん」

『リストレイズとラドヴィリアですか―――リストレイズはともかく、ラドヴィリアに行くとなると』

「何か問題でもあるんですか?」

『前にもお話した通り、現在この世界は大規模な大戦中なのです。一応停戦はしていますが、最近の深淵の門の不安定さからする一時的なものでしかないでしょう。ラドヴィリア公国は現在、イスタンシア帝国の侵略下にあります』

「イスタンシア帝国―――ってどんな国なんですか」


 エミリはふう、と憂鬱そうな息を吐き出す。


『人間の国です』

「人間?」

『非魔法族―――魔法の力を持たない、人間の国。現在の戦況、世界情勢など総合的に見た場合ですが……実質、この世界を掌握しているのはイスタンシアだと言えなくはないでしょう』


 非魔法族の国。まさかそんな国がこの世界にあるなんて。

 エミリは続ける。


『イスタンシア帝国は魔法族への風当たりが強いです。地域によっては身の危険に晒される可能性もあります。そんな国に支配されているラドヴィリアは、近年治安が非常に悪化してきていると報告を受けています』

「……そうですか」

『―――まあ、ラドヴィリアはそんなですけど、リストレイズなら大丈夫でしょう。そんなに急いで行かなければいけないという案件でもなさそうですし。アリア、学院が夏休みになる時にでも出かけてみてはどうですか? 確か、リストレイズはニーナさんの故郷なんでしょう?』


 エミリが言うと、アリアはぱあっと顔を輝かせた。


「うん! わたし、一回ニナの家に行ってみたかったの!」

『なら、丁度いいわね』


 ニコニコする姉妹を見ていると気が抜ける。まあ、平和なのはいいことだ。

 と、家族団らんな空気の余波を浴びていた翔太は、ふとリビングの外のドアから手招きをする仙崎の姿を見つけて、顔をしかめた。

 それを素早く察知したアリアが見上げてくる。


「どうしたの?」

「悪い。オッさんが来たからちょっと出てくるな。エミリさん、先に失礼します」

『ええ。おやすみなさい、翔太さん』


 廊下に出ると仙崎がいつもの胡散臭い笑みを浮かべている。


「なんなんですか。ってか何でいつもいつもこんな時間にばかり来るんすか」

「ごめんごめん。でも出来るだけ早く伝えたほうがいいと思ってね」


 そう言って、仙崎は得意げに眼鏡を指先で押し上げた。


「地球への次元転送装置の準備が整ったそうだよ」

「―――!!」

「ほらね。早く伝えといてよかったね」


 通信端末を開き、ウィンドウを表示させる。


「転送スタート地点はエレストレア魔法高等学院の校庭に固定したそうだよ。いや、本当はイスタンシアの管理局本部が良かっ―――」

「いつですか。今!?」

「明日。朝一番にね」


 ……明日。

 黙り込んだ翔太を見つめ、仙崎は静かにトーンダウンした口調で繰り返した。


「そう。明日だ。君は地球に帰れる」

「……」

「嬉しくないのかい?」

「嬉しい、ですけど」


 ふと部屋を見るとアリアがまだ楽しそうに、なにやらエミリと話し込んでいる。

 仙崎は考え込む探偵のようなポーズをとって見せる。


「なるほど。まだ結論は出ていない、と」

「―――悪いですか」

「いいや。むしろもっとじっくり考えてもいいくらいだと思うけどね。浩一が向こうでかなり頑張ったみたいだから予定より十日以上も早く準備ができたみたいだし」

「浩一が」

「うん、三徹とかしてそうだね」


 浩一の徹夜記録と言えば去年の文化祭前の四徹が最高だった気がするが。

 そんなことよりも。


「……あの。ちょっと聞いていいですか」

「うん?」


 翔太は深呼吸をし、呼吸を整える。


「仙崎さん。俺―――」



*



「そっか。明日帰れるんだ」


 アリアは頷いた。必ず、この日が来るのは分かっていた事だ。それが、思ってたより少し早かっただけ。

 精一杯笑ってみせるが、翔太はあまり表情が優れない。心配、かけちゃってるんだ。

 だめだ。こんなじゃ、翔太が家に安心して帰れない。


 谷から帰った翌朝の天気は―――雨。

 学院で転送は行われるらしく、翔太は朝早くから準備をしている。

 初めて見たとき着ていた、異世界の学校の制服を着て。ただひとつ、腰にはリベリオンを提げている。それだけがあの日と違う。


 何度も通った、学院への道。


 帰っちゃうんだ。本当に。

 隣を歩く翔太をそっと見上げてみる。こっそり見ただけなのに、翔太はすぐに気が付いて困ったような笑みを浮かべる。


「あっあのね、翔太さえよければなんだけど。また、いつでもこっちに来てね」

「うん。ありがとう」

「ううん……」


 会話が続かない。しかも、もう学校に着いてしまう。

 校庭に、転送魔法陣が出現していて、光を放っているのが見える。


 空はどんよりと曇って、暗い。降りしきる雨の中。魔法陣の周りにいるのは管理局の仙崎さんと、姉のエミリ。アルフは今日は任務があるから来れないと言っていたし、ニナ達には最初から翔太が異世界から来たとは伝えていない。


 仙崎はアリアと翔太を見つけると愛想よく笑って手を振って来る。


「やあ、来たね。おはよう二人とも。元気ないね?」


 翔太は何も言わない。校庭の魔法陣を見上げて、訝しげに眉をひそめている。


「コレで本当に帰れるんですか?」

「まあまあ。ほら、もうすぐ向こうからこっちに二人がくるから」

「二人? って、誰」

「言わずもがな」


 勿体ぶった言い方で仙崎が指し示すと、その丁度のタイミングで転送魔法陣が強く光を放つ。

 そして、そこに現れたのは―――二人の男女。

 翔太がその二人を見つけると、何かを言いかけるように口を開いて、


「この馬鹿ぁ――――――!!」

「げふぁッ!?」


 二人のうちの片方、女の子のほうが勢いよく翔太に飛び膝蹴りをした。

 不意を突かれた翔太は、それでもうまく受け身は取れたようだけれど、おもわず駆け寄る。


「翔太っ!?」


 翔太は苦笑して平気だと手を振ってみせる。


「相変わらず容赦ねえな、リーコ」

「あんたこそ元気そうでよかったわ!」


 仁王立ちしている女の子。後頭部の高い位置にひとつに結ってある、栗色の髪。好奇心に輝く大きな瞳。

 確か―――翔太の、幼馴染。「向こうの世界」の。


 男の子の方が歩み寄り、座り込んでいる翔太を助け起こした。


「まさかこっちに来るとはな」

「言っただろ? そっちに行くからって」

「あと一週間はかかるんじゃなかったのかよ」


 翔太が笑っている。あんな顔で笑うことも出来るんだ。力が抜けた、気を許した笑顔。

 やっぱり、翔太は「向こうの世界」にいるほうが、幸せになれるんだ。


 きっとまた会える。そう、アリアは自分に言い聞かせる。

 そう信じていないと、淋しさで言っちゃいけないことを言ってしまいそうになる気がして。


 アリアは両手を握りしめ、顔を上げる。


「翔太」

「ああ、アリア」


 呼ぶとすぐにやって来る彼。いつも。彼の世界に帰る直前でも変わらない姿を見ると、泣いてしまいそうになるけれど。

 その、左腕の腕輪を、解放してやらないと。

 それが今の自分が翔太のために出来る、唯一の。

 けれど―――……

 

 一瞬躊躇い、固まっていたアリアの手を、翔太は首を傾げつつ、右手で握った。

 アリアは精一杯、言った。


「気を付けて、ね」


 それだけしか言えなかった。


「アリアこそ。何もないとこで転んだりするなよ? 階段を降りるときはよそ見しない。あ、あとシチューはよく冷ましてから食う事。それと―――」

「翔太あんた何お母さんみたいな事言ってるわけ? 早くしないとこの転送なんとかっての閉じちゃうわよ」

「ああ、悪い。それじゃ」


 手が離れる。手のひらに残った、翔太のぬくもり。

 離れていく。


 魔法陣が輝く。彼を、遠くへ、連れ去ってしまう。

 三人の姿が光に包まれ、やがて消える。


 雨の音だけが聞こえる、早朝の校庭。


「あら、アリアさん。早いわね?」

「先生」


 どこから出現したのか、隊服姿のフィーが笑顔で歩いてくる。そういえば今日は「トライデント」の隊員は集合するようにと言われていたんだった。


「貴女だけなの? 珍しいわね。翔太は?」

「……翔太は……」

「もしかして疲れちゃって寝込んでる? 困ったわね。補習の連絡をしようと思ったのに」


 補習?


「竜の谷から帰ったら個別講義の予約が取れないかって。彼の端末から申請が入ってるのよ。珍しいでしょ? あの子から補習を受けにくるなんてね」

「―――でも、翔太は元の世界に帰っちゃったから」


 言いながら、そういえば、とアリアは記憶を辿る。

 元の世界に帰るなら、どうして翔太はリベリオンを持って行ったんだろう。「向こう」―――地球には魔法力がほとんど残っていないから、魔法を使うことは出来ないのに。


 それに。翔太は、身一つで帰って行った。

 ということは屋敷の彼の部屋には、彼が「向こう」から持って来た私物がいくつかそのまま置いてある筈だ。


「元の世界って?」

「……翔太」


 もしかして。

 見上げる曇天の空。遠く、東の空には、微かに晴れ間が見えていた。




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