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Trydent Fantasia  作者: マメカ
1章、始まり
3/36

 唐突に視界が開いた。

水色。空だ、と気付いた瞬間、がくん、と体が地面の支えを失った感覚。見えたのは空、雲、そして緑と地平線。

 もしかして、落ちる?


「ッ!?」


 思考する余裕はゼロ。パニックを起こしかける。悲鳴さえ出なかった。

しかしそんな時、不意に、無数の鳥のような黒い影が、視界に映り込んだ。直後、凄まじい上昇気流に吹き上げられる。

 翔太とその、まさに黒い風とでも言えるような集団は、空中で衝突した。

 その瞬間――ざわざわと散っていく影鳥の中から現れたのは、


(人……?)


 視線が交差する。宝石のように輝く深いエメラルドグリーン。金色になびく長い髪に、白い肌――


「うわっ!?」

「きゃあっ!」


 ざあああ……っ! と、奔流のように吹き上がる突風に落下速度は止まったが、その人と勢いよく衝突してしまった。――反射だった。反動で離れかけたその人を引き寄せて、抱き込む。小さい。


(女の子……?)


 しかし、そうも悠長に考えてはいられなかった。影鳥が全て通過し終わるのと同時に、自分を支えていた上昇気流もパタリと止んだことを感じとる。つまり。


「う、わあああぁぁあああ!!!!」


 今度こそ悲鳴が出た。素直な垂直落下。確かな重力と襲い掛かる風圧。

 死ぬ! 間違いなく死ぬ!

 それだけが思考を占めたが、腕に抱いている人だけは離すまいと強く力を込めた。いよいよ地面が近づいて、思わずきつく目を閉じる――と、瞼の裏で光が瞬いた。


「!?」


 何かの上に落ちた。痛い。しかし、どうやら生きている。ぐらりと揺れた。ぐっと下へ押しつけられるような感覚、そしてゆるやかな上下の揺れ。風が吹き荒れる。目を開けると視界の端を雲が流れていく。


「なん、だ。これ……」


 黒い物体だった。巨大な、何か。その上に乗っている状態、らしいが。しかし不意にぽつりと呟くような、可憐な声が聞こえて我に還る。


「古代竜――」

「え?」

「どうして? わたし……そんな。どうしよう……!」


 今更だが、翔太は自分が力いっぱい腕に人を抱きしめたままなのに気付いた。しかも、女の子だ。慌てて離そうとすると、なぜか彼女は翔太にしがみついた。真っ直ぐに見上げてそして、綺麗なエメラルドグリーンの瞳にぶわっと涙を浮かべた。


「!?」


 女の子を泣かせた。その衝撃が今現在自らが置かれている状況に対する混乱を全てぶっとばした。最優先事項、だ。幼いころから、リーコにさんざん叩きこまれているもので。

 女の子を泣かしたら死刑だから。と、リーコの声で幻聴が再生される。

 眩暈に似た衝撃を受けながらも必至でなだめにかかる。


「な、泣くなよ!? どうした」

「言う事、聞いてくれないの……! どうしよう……!」

「落ち着けって! よくわかんねーけど」


 泣きじゃくる女の子が落ちないようにしっかりと抱えつつ、恐る恐る周りを見る。地上とは違う不安定感。強風。今自分が座っているモノの感触。そして何より、両側に見える、二枚の翼だ。

 脳裏によぎるのは昨日クラスの奴に勧められてやったRPGゲームの画像。コンピューターグラフィックスで描かれた空想の生物、ドラゴン。それとそっくりなモノが今目の前に――。


「うわっ!」


 唐突な急旋回がきた。慌てて飛行生物にしがみつく。生物? いや、分からないが。一応生き物ということにしておく。機械ではなさそうだから。

 傾いた視界の向こうから黒い集団がこちらに向かってくるのが見えた。何なんだ、一体。


 すると次の瞬間、この竜はその集団に向かって炎を吐き出していた。そして、それらから逃げるように再び旋回し飛翔する。強烈なグラビティ。お、落ちる!?

 なんだか、先ほどから眩暈が酷い。気のせいではないようだ。だんだん酷くなっている気がする。乗り物酔いはしない筈なのだが。必死にしがみつきながら翔太は問いかけた。


「なあ、あの変な黒いヤツは何だ? 俺達を狙ってんのか?」

「うん。ヨルノの森のグラナード達、だと思う……」

「……えっと、つまりあれは悪い奴、なんだな?」

「悪くは、ないよ。だって本当はいい子達、だもん。でも魔力汚染があそこまで進んじゃったら、誰にも浄化できないから……」

「汚染って――ん、まあいいや。とにかく、やっつけるしかないんだな?」

「もう人を襲う事しかできなくなってるの」

「なるほど」


 さっぱり分からない。

 女の子は相変わらずポロポロと涙をこぼしていて、放って置くわけにもいかないし、放って置ける状況でもない。早く覚めろ、夢よ。そうだ、夢に違いない。こんな状況。ありえない。そうだ。まずありえないから。現実的に考えて。


 しかし簡単に覚める夢でもないらしい。ふと見ると、その女の子が大事そうに何かを握りしめているにの気がつく。それが淡く光っているのにも。なぜかそれから目が離せなくなる。


「とりあえず泣きやめ、な? 大丈夫だから」


 何の根拠もない事を口走りながら、女の子の頭を撫でてみた。すると彼女は泣きやんで、バチンと間近で視線が合う。

 彼女は首を傾げた。


「あなた、だあれ?」

「今それ聞くか!? っつーか……!」


 旋回するたびにかかる相当な遠心力に悪戦苦闘する。油断すると今にもこの竜の背中からも振り飛ばされそうだ。ウロコに指先を引っかけて必死にしがみついているが、落ちない保証はない。それに眩暈だけに留まらず、頭も痛くなってきた。夢なのに、だ。

 ぐらぐらする視界を鬱陶しく思いながらも、腕の中の少女に問いかける。


「さっき――言う事、聞いてくれないって言ったよな? それってこの竜のことか?」

「うん。古代竜、だよ」

「なんで言う事、聞いて、くれない、んだ? くそっすげえ揺れるな」

「それは……わかんない。まだ友達じゃないから、なのかも」


 友達に? なれるようなもんなのか? コレは。


「でもコイツ、俺達を守ってくれてるぞ。多分」

「そう、だよね。どうしてかなぁ……全然、この子の声、聞こえないの」

「竜の声? 鳴き声か?」

「ううん、言葉だよ。召喚士と魔法生物は、言葉で意思を伝え合う事が出来るって」

「言葉? んなもん聞こえるもんなのか――」


 嫌な予感がして上空を見ると、黒い集団が襲いかかってくるのが見えた。

 まずい――!

 翔太はとっさに彼女を庇うように抱きこむ。すると突然、彼女の手の中で淡い光を放っていたものが強く輝いた。


「……?」


 いつまでもやってこない衝撃や痛みに疑問を持って目を開けると、翔太は言葉を失った。

 自分達の周囲に幾何学的な模様と文字が取り巻いて、それらの淡い光の向こうで突進してきた鳥の集団が、見えない透明な壁のようなものに弾き返されて散っていくのが見える。


 慣性の法則が強烈に働いて、竜がその場に急停止、滞空する。すると、周囲に赤い光が現れ、輪を描き始めた。同時に女の子の手の中から、光が飛び出した。 

 それは銀色に光りながら翔太の目の前へ降りる。


 ――我は古代竜、ジークフリード・バルシュミーデ。我を召喚せし者、アルビニオンの姫に仕える者。守護騎士よ。名を示せ――


「!?」


 頭に閃くように響いた声。頭痛はさらに増しているが、とっさに周りを見渡しかけて、きょとんとしてこちらを見つめる女の子と目が合った。すると、なぜか女の子はニッコリと笑う。

 心臓が跳ねた、気がした。


 ――守護騎士よ、我と意を同じくするもの。名を示せば力を貸そう――


 黒い影鳥の集団は尚もこちらへ、女の子を狙って襲いかかってくる。このままだとやられる。落ちて、死ぬだろう。自分も、この女の子も。


 そんなこと、あってたまるか。なんでもいい、なんとかしないと。この状況を、この女の子を守る力が要る。さっきから心臓の音がが煩い。頭痛が酷い。けれど、間違いなく生きている証拠だ。

 そうだ、生きなければ。何としてでも。


 力を貸そう。


 浮かんだ言葉に応えるように、翔太は叫んだ。


「翔太……桐原翔太だ!」


 その瞬間、周りを取り囲む模様に赤い輪が結合し、金色に輝いた。


「きゃっ――!」


 竜が力強く羽ばたき、上昇する。驚いて悲鳴をあげかけた彼女を抱きよせ、翔太は前を見据える。


「ジークフリード!」


 金色の模様が強く光を発し、竜は口から巨大な金色の炎の塊を吐き出した。炎は一直線に飛んでいき、黒鳥たちの集団を巻き込んで爆発した。

 煙が晴れると、黒い影は全て消えていた。


 よかった。

 光が消える。翔太はどっと疲れを感じて座り込んだ。眩暈も頭痛も嘘のように消えていたが、なぜかたまらなく眠い。抵抗できない。女の子が慌てて肩を揺すってくるのを感じて、苦笑した。応えるのも億劫だった。

 もう、何が何だかさっぱり分からん。そう心の内で呟きながら、意識を手放した。



「アリア!!」


 緩やかに下降しながら地面に着地すると、弟と姉が駆けてくるのが見えた。


「お姉ちゃん、アルフ」

「よかった無事で! ……誰? その人」


 アルフは訝しげに尋ねる。それもそうだ。アリアは気を失っている少年――確か翔太、と名乗っていた――を、なるべく丁寧に芝生の上に寝かせながら答えた。


「わかんない。でもね、わたしを助けてくれたの」

「そう。見せて」


 姉、エミリは翔太の傍らに屈んで、熱を測るように額に手を当てた。明るい水色の光が優しく輝く。


「魔法力欠乏症ね。ベッドに運びましょう」

「お姉ちゃん――」

「大丈夫、少し眠ればすぐに目を覚ますわ。でも……」


 エミリは珍しくも少し眉をひそめ、言いにくそうに言葉を区切る。


「姉上?」

「……少し、調べてみましょうか。この子、魔法力操作領域が少しおかしいわ。演算領域も」

「えっ?」


 エミリは眠っている翔太を抱き起こしながら言う。


「急いで保護術式を掛けないと。アルフ、後で来てくれる?」

「はい」

「シリル、お願い」


 エミリの後ろで控えていた長身の軍人が頷いて、翔太を軽々と抱き上げた。そしてエミリの後をついて城へ向かう。


「わたしも行く!」

「待って姉ちゃん。怪我してる」

「え、あ。本当だ……」


 言われて初めて気付いた。腕に浅く切り傷が出来ていた。アルフが手をかざすと術式が浮かび上がり、柔らかな金色の光が傷を照らした。


「姉ちゃん、あの大きな竜は? あれでグラナードを?」

「うん。あ、わたしじゃなくて翔太がね。炎の魔法で……」

「見たよ。ここからでも見えた」

「竜は……」


 彼がジークフリードと呼んでいた、あの古代竜は。


「消えちゃったの。あの人が寝ちゃって、すぐ」

「え? 姉ちゃん、召喚解除してないよね?」

「うん」

「じゃあ、あの人が召喚したってことになるね」

「……そうかも」


 アルフに答えながらも、アリアは心此処に在らずな状態で、翔太が運び込まれた城を見つめる。自分を助けてくれた、知らない男の子。ううん、知らない筈なのに知ってる気がする。目が合うとどこか懐かしいような感じがする、不思議な人。どこから来たのか、どうして空なんかにいたのか。どうして古代竜を呼び出せたのか。なにも分からないけれど。


 もしかして――。

 予感がする。連想するのは、繰り返し見るあの夢の事。温かくて、優しいあの夢。彼は、あの夢の男の子にすごく似ている。

 会いに、来てくれたのかな。そう思うのはちょっと、都合が良すぎるかな。けれど、空の上で抱きしめてくれた彼の温もりが、まだ残っている気がして。アリアは儚くなる胸を抑えた。


「――ちゃん、姉ちゃんってば」

「あ……ごめんね。またぼーっとしちゃってた……」

「いいよ、ショックだったろうし」


 見上げてくる弟の機嫌が、なぜか悪そうに見える。心配かけちゃったんだ。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「まあ、怪我も大したこと無かったしよかったよ。召喚術はともかくね」

「そ、そうだった!」


 成人の儀!

 アリアはアルフの肩をしっかと掴み、半泣きになって揺すった。


「どうしよう、お母様に怒られるかな? 二回目って出来るのかなっ? 失敗しちゃったのって、わたしだけだよねっ!? アルフもお姉ちゃんもすぐ出来てたよねーっ!? どうしようー!」

「待って姉ちゃん落ち着いて……なにも失敗って決まったわけじゃ……痛い痛い!」


 はっと我に還った。フラフラしているアルフが苦笑して、こほんと咳払いをした。そして真面目な顔を作る。アルフは――弟は、いつもそうやってしっかりしようとしている。自分がもっとしっかりしてたら。そう思うとアリアはいつも落ち込んでしまうのだが。


「とにかく、起きたら本人に聞くしかないよね」

「うん……」

「なにしょぼくれてんの。姉ちゃんが笑ってないと調子狂うんだけど?」


 頭を撫でられる。姉弟関係が逆じゃないかとは思うが、嬉しくなってしまうものは仕方ない。


「ほら、あの兄ちゃんの様子見に行くんでしょ」

「そっか。そうだったわ!」


 駆け出そうとして、慌てて踏みとどまる。


「アルフ、ありがと!」

「いーよそれくらい。あの兄ちゃんがやったことに比べたらね」

「アルフは行かないの?」

「ちょっとね」


 爽やかな笑顔を浮かべて、


「助けてくれたのには感謝しなきゃだけど色々聞きたいこともあるし特にアリア姉ちゃんに何をしたんだとか一体何者なのかとか聞きたいことがたくさんある上に弟としてはぽやぽやな姉ちゃんが心配でたまんないんだけど所謂ハコイリの姉ちゃんをよりにもよって姉ちゃんをこの短時間でだなんてとんでもない野郎だとかなんて奴だとか個人的には小一時間ほど問いたいわけなんだけど」


 笑ったまま――しかしよく見れば目が笑っていない――あさっての方向に、早口で言うアルフを見て少し怖くなったアリアは、とりあえずアルフを刺激しないよう、そっと城に向かった。



 

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