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Trydent Fantasia  作者: マメカ
8章、竜の谷
26/36


「さすが……野生児ですわね……」

「誰が野生児よ!」

「ロザリー、あなたじゃなくてジャンに言ってるんですわ……」

「あんたも食べなさいよ。元気でなくても知らないわよ?」

「遠慮しておきますわ……」


 ロザリーはともかく、ジャンの食べっぷりを見てますます顔色を悪くしたニナはくるりと後ろを向いてしまう。アリアが紅茶を持って行ったのでまあ、心配はないだろうが。


 問題はレオンである。


「大丈夫か?」

「…………」


 死んだように岩にもたれかかっている少年は、半開きの目で翔太を見上げた。

 しかし死んだ魚のような目であろうとやはり、その金色の瞳と視線が合うと、不思議と落ち着かない気分になる。気のせいだ、と思いたいが。何かあるのだろうか。


 でもまあ、何もしていない相手にうろたえるのも失礼だろう。ここはぐっとこらえて話しかける。


「朝飯、できたぞ。食えるか?」

「いい、です……きもちわるい」

「紅茶は?」

「水……」


 死にそうな声で言われたので、急いで持って行ってやる。

 翔太からコップを受け取るとレオンは一気に水を飲みほし、一息つく。


「生き返りました……」

「そうか? まだ目が死んでるけど」


 レオンは黙り込んで、何も言わない。


「そういや転送魔法の前に何か言いかけてたよな?」

「……」

「なんて言おうとしてたんだ?」

「……」


 反応が無い。明らかに違う方向を向いている。無視、だろうか。

 まあ、気分も悪そうだし、話す元気がないのだろうと結論付けて納得しておく。

 

 それにしても何かおかしい。

 翔太は眉をひそめつつ周囲を観察するが、アリアも言っていたちょっとした違和感以外は何もなさそうだ。

 まあ、その違和感こそが問題なのかもしれないが。なんというか、表現が難しいのだが―――


「魔力がやけに薄いんだよな」

「どうした翔太?」

「あ、いや。なんでもない」


 口いっぱいにサンドイッチを頬張ったジャンに問われ、首を振る。


 現在地は地面からは数十メートルほどだろうか。眼下に見えるのは川と、覆い繁る緑。遠くまでは見渡せないが、辺り一帯がどうも、普段よりも魔法力が薄い気がする。いや、魔法力自体は変わらないのだろう。

 そう、例えるなら、富士山などの高い山の上では、平地に比べて酸素分圧が低くなるため酸素がうまく取り込めず、あたかも酸素の「濃度」が薄くなったように感じるような。


 しかし見る限りジャンは何も気にしていなさそうだし、アリアも楽しそうにサンドイッチを作っている。

 多分、気のせいだ。異世界に来て初めて遠くまで出かけて、思いのほか緊張しているのだろう。


 そう納得させつつフィーのところへ戻ると、皿にてんこ盛りにしたサンドイッチと水を渡された。


「はい、あなたの分。ゆっくり食べるのよ? よく噛んで!」

「幼稚園の先生みたいなこと言いますね」

「パンも焼けたらよかったんだけどねー。残念ながら、私の炎属性魔法はパンを焼くにはちょっとばかし火力が強すぎるのよ」

「さいですか。でも美味いです。食堂に負けないくらい」

「そう? ありがと」


 童顔の担任がそうやって笑うと、自分と同じ年代にしか見えなくて戸惑う。何歳なんだろうか、この人は。


「さて、現在位置を調べましょうか。レオン」


 フィーが声を掛けると、のろのろと立ち上がるゾンビが一人。しかし足取りは意外としっかりしている。一応回復はしているらしい。


「探知。どこまでいける?」

「……たぶん、山向こうまでは」

「上等。さ、やるわよ!」


 フィーが腕時計のような端末をつけた右腕を握ると、レオンは頷いて、腕輪をはめた左腕を右手で持つ。


 ―――二人を中心に、二色の魔法の光が展開する。


 フィーは濃い桃色、レオンは薄い黄色に、輝く魔法力の光が複雑な模様を描く。そしてレオンが左腕を真上へ挙げると、不可視の波紋が三百六十度、どこまでも広がっていった。

 その波紋が空の彼方へ消えた頃、すうっと魔法力の光も消える。


「どう?」


 ロザリーの問いかけに、レオンは通信端末を操作し、地図を表示した。いつかアリアが見せてくれた地図だ。

 大陸。からの、拡大でアルビニオン王国。そこからスッと北東へ少し移動。山脈のような絵である。


「ノーレス山脈南方。00028480003、70204590238」

「座標で言わないで。結局どこよ」

「もう竜の谷に突入してる。入口」


 すでに国境を超えていたらしい。


「国内にしか適用されない転送魔法式が国外に……? おかしいわね」

「いや、おかしいのは最初から分かってるだろ」


 思わずツッコミを入れると、フィーは首を傾げる。


「そういうことってありえるのかしら?」

「有るも無いもとにかく現状況がそれを証明してんじゃねーか」

「翔太、もしかしてイライラしてる?」

「ああそうですね、先生が危機感薄い人だったのがものすごく意外でしたよ。仮にも軍人だろあんた」


 棒読みで言うとフィーはてへっ! と、腹立つポーズをした。舌まで出して。


「まあ、現在位置が分かればこっちのもんよ。国境を超えちゃったのは予定外だったけど、ここまで飛んでこれたのは考えようによっては良かったわ。かなり往路が短縮されたもんね。どこの誰が飛ばしてくれたかわからないけれど、感謝してもいいかもね」

「……そうですか?」

「ええ!」


 胸を張って言われた。この人、現代魔法の知識以外はもしかして、すごく頭が弱いのではないだろうか。


「とにかく、食べ終わったら出発するわよ! 今日中にこの谷を超えちゃうんだからね」

「げっ まじかよ」


 ジャンが青ざめるのも無理はない。目の前に広がるのは底が見えない程の大峡谷である。道なんて勿論無い。


「どうやって行くんだよこんなの」

「どうやってって、飛ぶしかないでしょ? ほんとは歩いていくつもりだったんだけどね、うちの魔導隊がいつも使う道からは、かなり離れてるみたいだし。落石とか毒草とか、とにかく何があるかわからないわ。こんなとこ歩いてたら往復十日じゃすまないわよ」

「って言うけどな……!?」

 

 絶句している。翔太は意外に思って問いかけた。


「お前、飛べねぇの?」

「ったりめーだろ! 人間に翼はないんだからな!」

「いや、魔法で」

「……。あのな。飛行魔法は上級魔法なんだぜ? んなもん出来る奴なんか早々居ねぇよ」

「アリアは普通に飛んでたぞ」

「言っとくがありゃ規格外だからな? それに魔法は誰でも、何でも出来るようなもんじゃねぇよ」

「へぇ」


 意外だった。呪文さえ言えばなんでもありかと思っていた。


「……ま、お前だからこその勘違いなんだろうよ」


 なぜかぐったりして言うジャンに翔太は疑問をぶつける。


「なんだよ」

「大抵の魔法式なら苦もなく展開出来るだろ? むしろ失敗したことあんのか」

「失敗……はないけど、よく魔力が足りなくなる」

「つまり魔法力さえあれば何でも出来るんだろ?」


 何がいいたいのかさっぱり分からないが。


「とにかく、こんな落差あるとこを飛ぶのは俺にゃ無理だ」

「でも困ったわね。この岩だらけの所を飛行無しに降りるのは危険よ」

「―――谷底までは約八千メートルです」


 周囲に黄色い魔法力の光をまとわせたレオンが谷底を覗き込みながら言う。


「重力系、もしくは風の魔法を発動しながら降りれば、なんとかなりそうですけど……」

「あ、それならジーク呼ぼうか? 全員乗るだろ」


 チラッと翔太を見たレオンはすぐに視線を逸らした。


「やめといた方が……」

「え、なんで」

「……信用できません」


 強烈な発言をされた。ショックを受けていると、ロザリーが勢いよくレオンの頭を叩いた。


「痛い……」

「あんた何言い出すわけ。そりゃコイツが弱っちいのは事実だけどそんな言い方ないんじゃない」

「先輩を、じゃないよ……ジークフリードを、だよ……」


 レオンは涙目で、


「昨日調べたけど、この先の瘴気濃度は……ヒトならともかく……いくら幻獣でも、影響はゼロじゃ、ないし。乗っていくのは危険だよ……」

「ああ、そーいうことね。ほら何落ち込んでんのよ駄犬」

「駄犬……それ俺のことか」

「姫様の犬でしょ、アンタ」


 犬呼ばわりされた。しかも駄犬だと。

 アリアはむっとして言い返す。


「翔太は駄目なんかじゃないわ。すっごく優秀なんだから」

「ハイハイ、優秀な犬ね。親ばか。主人ならちゃんと手綱握ってなさいよ?」

「うん」


 うんって。


「とにかく行きましょうか」

「ええ、そうですわね。じっとしていても日が暮れるだけですわ」

「だな。悪い、ニナ」

「任せなさい」


 ニナはにっこりしてジャンと手を繋ぐと、銀色に輝く魔法式を展開させ、飛び上がった。


「な―――!?」

「重力への干渉式ね。なかなかに精密な魔法式を組んでるわね」

「レオン」


 少しも動じてないロザリーはレオンに目配せをし、レオンは頷いて手を繋ぐ。すると赤い魔法力が風を巻き起こし、二人を持ち上げる。


「先行くわ。あんた達もさっさと降りてきなさいよ」

「……飛べる奴なんか滅多にいないんじゃなかったのかよ……」

「その滅多にいない飛べる人間がニーナとロザリーね。あとアリアさん」

「…………」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「うん。いこっか」


 アリアはニコニコして当たり前のように手を差し出している。内心情けなく思いつつ、握り返す。

 自分からアリアへ流れる魔法力がアリアの飛行用の魔法式へ変換され、身体が重力から解放される。


 所々緑に覆われているとはいえ、ほぼ垂直に落ち込む断崖絶壁の岩肌。そして、遥か下に見えるのは水の流れ。川というより滝を横にしたようなとんでもなく流れの速い清流である。


「すげえな……大自然って感じだ」

「綺麗だけど、すごく危険なんだよ。気を付けてね」

「ああ」


 少し先に先行して飛ぶニナとジャン、そしてさらに先を飛ぶのはロザリーとレオンだ。


「レオンがいてくれて助かるわね」

「うわ」


 いつの間にか背後に迫るようにして飛行するフィーに驚くと、彼女は不機嫌そうに眉をひそめた。


「なあに? 人をお化けみたいにっ」

「先生も飛べたんですね」

「あなただってできるはずよ? まあ、初心者がぶっつけでやるには危険すぎるから、今回はアリアさんに甘えればいいんじゃないかしら?」

「…………」

「あの探知魔法は相当な精度を誇るわ。あれと同じ精度で魔法を使える人間なんて滅多にいないわね」

「へえ……」 


 両側の崖の高さはさらに増して、ほとんど岩山と岩山の間を縫うように飛ぶ。幅も狭くなり、心なしか空から差し込む光も弱くなった気がする。

 それに。


「アリア」

「うん?」

「気のせいか知らねえんだけどさ……なんか息苦しくないか?」

「え、そんなことはないと思うけど―――大丈夫?」


 やはり魔法力が薄い気がする。呼吸で回復する魔法力の量より、消費する魔法力量のほうが多い。

 しかしアリアの顔色を見る限り、アリアはなんともなさそうだ。

 翔太はすこし考えて、いや、と首を振った。


「多分気のせいだ」

「そう?」


 慌てて取り繕うがしかし、アリアの表情は曇ったままだ。

 しまったな。どうやら余計な心配をさせてしまったようだ。 


 そうしてしばらくは意識的に魔法力を回復させつつ、飛ぶことだけに集中していたのだが。




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