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午前の二講目が終わると、ようやく昼休みになった。魔法学院にも食堂や売店はあるらしく、生徒達は食事のために講堂から出ていく。
「翔太っ!」
パタパタと駆けてくるアリアの声に振り向いた翔太は、いやな予感のするがままに身構えて、
「きゃっ!?」
「っと」
案の定、翔太まであと少しといったところで、廊下のへこみに蹴躓いたアリアを支える。アリアは顔を真っ赤にして離れた。
「ご、ごめんねっ」
「気を付けろよ? またデコすりむくぞ」
「うん」
アリアと居てまだ数日だが、翔太はアリアが躓くタイミングをすっかり掌握していた。ニナがクスクスと笑って、
「アルビニオンのお転婆姫は健在ですわね」
「うう……それ、言っちゃ嫌だよ……」
「でも転び癖は初等学校で卒業していたハズですわね? 最近またぶりかえしているとなると――つまり、誰かさんしか見えてないから、ということかしら」
「ニナっ!」
「はいはい」
翔太は二人の会話に、少し首を傾げた。
「もしかしてニナは知ってるのか? その……」
アリアがこの国の姫だということを。と、ここでは言えないが。しかしニナは当然とばかりに頷いた。
「ええ、もちろん。伊達に十年も親友をしてませんわ」
十年。ということは、二人は幼なじみってことか。
「私の父方の祖父が、アルビニオンに住んでいまして、幼い頃から夏になると遊びにきていたのです。アリアと知り合ったのは六歳の頃でしたわ。アリアったら、部屋を抜け出して飛行魔法で散歩中に、帰り道がわからなくなって、私の祖父の庭に迷い込んでしまったんですのよ」
「ちょっとニナ、そんな昔の話――」
「もう。アリアがいないって王都じゅうが大騒ぎなのに、問題のお転婆娘は呑気なもので。持ってきたお菓子を私にくれて、一緒に遊ぼうってニコニコして」
「もういいってば。ニナのばかっ」
「あら。お姫様がそんなこと言っていいのかしら?」
「う……うぅ~」
ふくれっ面になるアリアの頭を、ニナはクスクス笑いながら撫でている。仲がいいんだな。
翔太と同じく、やりとりを黙って眺めていたジャンが言った。
「そろそろ食堂行くか? 早く行かないと席がなくなるぞ」
ニナは頷いた。
「少々人が多いのが気になりますけれど……翔太さんの学園案内も兼ねて、行きましょうか」
「よっし。じゃあさっそく行こうぜ。昼休みは短いんだからな!」
講堂を出て少し歩いたところに、テラスもある大きな建物がある。どうやらここが食堂、らしいが、どう見ても食堂というよりはレストランだ。
中に入ると、昼食を摂りに来た生徒たちでなかなかの賑わいだったが、
「やはり人が多すぎますわ」
どこか忌々しげに呟くニナに、翔太は問いかける。
「そうか? そこまで混んでるようには見えないけどな」
「問題は人数ではなく、人が集まっているという、この状況」
「状況?」
「……まぁ、いいですわ。さぁ、注文をしてしまいましょう」
自己完結をし、ニナはさっさと席についてしまう。それに倣い、同じテーブルの椅子に座る。するとテーブル中央に設置された機械端末が自動で起動し、空中に描かれた複雑な模様から画面が現れた。
なんだこれは。(当たり前だが)ちっとも動揺していないアリアがニコニコして言う。
「ね、翔太は何にする?」
「えーと。何って?」
「ほら、ここから選ぶんだよ。言うだけで厨房から転送されてくるの」
なるほど、画面は料理のメニューだったらしい。しかし異世界文字はさっぱり読めない。恐らく、料理の名前なんだろうけれど、読めないものは読めない。翔太が悩んでいると、ジャンが、
「日替わり定食、大盛り」
「あ、じゃあ俺もそれ」
「えっ」
なぜかアリアとニナが固まった。どうした。翔太がやや首を傾げると、なぜか二人は誤魔化すように笑った。
「う、ううん、なんでもないよ」
「……私、尊敬致します」
「え?」
尊敬? 再び首を傾げていると、目の前のテーブルに、幾何学模様の、恐らく何かの魔法の光が円を描き、そこに料理が出現した。何もないところから料理が! と、驚くべきなのかもしれなかったが、それよりも翔太は、なるほど、と頷いた。
「すごい量だな……」
「ったりめーよ! ここの大盛りはすっげぇ盛ってくれんだ」
ジャンは嬉しそうに言ってさっそく食べ始めている。
まず、皿に盛られているのは山のように積まれた唐揚げ、のように見えるものに鮮やかな赤い、具だくさんのソースをたっぷりかけたもの。そして付け合せの野菜。パンは両手ほどの大きさもあり、スープ皿は底がとても深かった。
パスタのようなものを頼んで食べているアリアが心配そうに言う。
「だいじょうぶ? 食べられなかったら残してもいいんだよ」
「ああ、うん。大丈夫」
唐揚げのようなものは白身魚のフライだった。少しとろりとした甘辛いソースが抜群に合っていて、美味しい。それにポタージュに似たスープも。ジャガイモのような芋が丁寧に裏ごしされているのがわかるし、質のいいミルクを使っているのかコクがある。パンも、バターも美味しい。アルビニオンの涼しい気候を思うに、もしかすると北海道のように酪農や農業が盛んなのかもしれない。
翔太が食べ終えると、同じメニューを食べていたジャンも食べ終わっていた。
「まさか翔太さんもこの大食い馬鹿と同じだったなんて」
ニナの感心半分、呆れ半分といった感想。っていうか、その言い方だと翔太も「大食い馬鹿」になるのだが。だからといって貶されている感じがしないのは、その単語に込められた感情に嫌味がないからだろう。ジャンも翔太をまじまじと見ながら、
「お前さ、見た目によらないな? どこに飯入ってんだ?」
「どこって。普通に胃だろ? すげー美味しかった。高級レストランみたいだ」
「まぁ、ここの食堂は美味いって評判だからな」
アリアはなぜか表情を曇らせている。
「ごめんね。翔太、いっぱい食べたかった? おうちでもおかわり、してよかったんだよ?」
「え、あぁ……いいって。居候の身でエンゲル係数引き上げるわけにはいかねーんだから」
「遠慮しちゃダメ! 成長期なんだよ? いっぱい食べないと!」
「いやいや……」
「へえ。お前らやっぱ一緒に住んでんだな」
何気ないジャンの一言に、なぜかアリアは顔を赤くして俯いてしまう。ジャンの腕をニナが勢いよく叩く。
「イッテェ!!」
「だから野次馬はおやめなさいと何度も言ってるでしょう。みっともない」
「だって気になるだろ!?」
ジャンは若干拗ねたように肩をすくめながら、
「本人の前で言うのも何だけどな、実は編入生の噂は一昨日くらいからあったんだぜ。編入試験が免除だったろ? だから無理もねぇんだけどさ。それくらい優秀だってことだからな。みんな転校生の身の上にゃ興味深々だったワケよ」
「え、翔太、試験免除だったの?」
「ああ、まあテストっぽいものは無かったな。実際は全然優秀とかじゃないんだけどな……授業とかサッパリ分かんねえし」
「まあ噂なんてそんなもんだ。気にすんな。でも聞き捨てならん噂もあるんだぜ」
「? なんだよ」
ジャンはニナをチラリと見る。ニナは小さくため息を吐いて、口を開く。
「くだらない噂ですわ。ありえません」
「え、なあに? 翔太の噂、まだ何かあったの?」
「アリアは知らなくても無理ありませんわ。これは先輩方を中心に囁かれている噂ですもの」
「そうなの?」
「ええ。少し前の、王都の襲撃事件はご存知です?」
アリアはコクリと頷く。ニナは苦笑とも失笑ともとれるような笑みを浮かべ、
「その竜を一撃で倒したあの、謎の魔法士。それが編入生、すなわち翔太さんだっていう、根も葉もない噂ですのよ」
しん、と。急にその場が不自然な沈黙に支配される。ニナは慌てて言う。
「ええ、ですから下らない噂ですわ。翔太さん、気にしないでくださいね」
「翔太、だよ。それ」
「はい?」
アリアがつぶやくように言った。
「でもどうして……? みんな、見てたとしても空の上だったし、地上からは顔は分かんない筈なのに」
「アリア? 何を言って……」
「翔太が倒したの。だから、噂は本当……けど、これ、極秘事項なの。だから二人共、内緒にしててね」
「マジかよそれ」
ジャンが身を乗り出して尊敬の眼差しを向けてくる。
「すげえ! だったらお前、メチャクチャ強ぇんだな!」
「いや、あれはそういうんじゃないっていうか……」
翔太にはあの時の記憶が朧げにしか残っていないのだ。断片的な風景というか、出来事ならなんとか思い出してきたものの、肝心の魔法を使っている最中のことはサッパリだ。そんなこんなで、ドラゴンを倒したのが翔太であるということは非公開、ということになったのだが。
まさかそんな噂になっているとは。どこが非公開だ。大公開じゃないか。これはまずい。具体的になにがまずいのかと聞かれると困るが。
「あれは、何かの間違いだったんだ。俺が使おうとしてやったんじゃないっていうかさ」
「は? 間違いであんな強ェ魔法なんざ発動できるか、普通?」
「俺、魔法とかよく知らないんだ。使い方も分からない」
「……えーと。悪ぃ。どういうこった?」
「だからわからないんだよ。俺にもさっぱりだ」
「じゃあ、例の魔法は翔太がやったんじゃねぇってことか?」
「いや、間違いなく俺がやったらしいんだけどな。アリアも見てたし。でも俺にはその記憶がない――っていうか、記憶が残ってないって言ったほうがいい、か」
「なんだそりゃ」
ジャンの言うことも、もっともだ。
「じゃあ、無意識に魔法を使ったってことになんのか?」
無意識に魔法を使った。結果からすればそういうことになるだろう。しかし、それまでの経緯などをここで詳しく話すのは正直避けたかった。場合によれば翔太が「異世界」――ここでは地球のことだが――から来ているということまで話さなければいけなくなるかもしれない。
しかし、幸運にも(?)この場で翔太があの時の状況を詳しく説明することはなかった。わざと周囲の注意を引きつけるかのような声量で、少女の声が割り込んだのである。
「見つけた! 謎の編入生!!」
その声といい、セリフといい。さすがに嫌な予感しかしない。ニナが「やっぱり来ましたか」と呟いて頭痛でもこらえるようにこめかみを抑えている。
振り返ると、小さな少女がそこにいた。仁王立ちで偉そうに立っている彼女は、身長だけで言えばアリアより少し低い程度だが、手足がスラリとして意外にも出るとこは出ているアリアとは違って、なんというか……全体的に子供っぽかった。赤毛のようなアプリコットの髪はツインテールで、くせっ毛なのかくるくると螺旋を描いている。真っ赤なルビーのような瞳が爛々と輝く。勝気そうな、自信たっぷりな表情。
その子がおもむろに片手は腰に当て、ビシリと、芝居がかった仕草でこちらを指差した。ツインテールも動きに合わせてぴょこんと跳ねる。
「あんた、勝負よ!」
「…………はぁ」
「勝負ったら勝負! あたしと勝負しなさい!」
周囲の視線は集めに集められ、食堂はちょっとした異様な空気に包まれている。
「噂は聞いたわ! あんたが噂の謎の魔法士なんでしょう!? だったら勝負しなさい。本当に強いのか、見せてみなさい! でないと認めるわけにはいかないの!」
「あの。悪いけど、話が全く見えないんだけど」
言うと、彼女は若干たじろぐような挙動を見せ、無理やり見下すような笑みを取り繕った。なんというか、とてもわかりやすかった。
「ふ、ふんっ。誤魔化したって無駄よ!」
「いや、だから」
「あんたが軍の選抜候補にあがってるなんて、あたしは認めないんだから!」
ざわっ、と。周囲がどよめいた気がした。一体彼女の発言のどこに反応したのか。まあ、分からなくはないが、理解はできない。なんだ、部隊って。また訳のわからない単語が。
しかし彼女が翔太ら含むギャラリーの視線を独占するのはここまでだった。
「ちょっと、ロザリー」
痺れを切らしたようにニナが立ち上がり、歩み寄ると、むんずと彼女の腕を掴んだ。
「こっち来なさい」
「えっ、なによニナ! 邪魔しないで!」
「いいから」
ニナはキッと赤毛の少女を睨みつけ、
「来なさい」
口調はいつもどおりだが、無言の圧力で気圧されたのか一歩下がり、ちょっと眉を下げて気弱な表情を見せる。しかし、ぶんぶんと勢いよく首を振って、ニナの手を振り払った。
「ふんっ。いいわ、今日のところは引き下がってあげる。けど、容赦はしないんだからね!! 逃げたって無駄なんだから!!」
再び翔太を指差し、宣言する。ああ、テンプレートだなあ、と現実逃避気味に思った。
「明日放課後! 第三演習場よ! 来ないとひどいんだからね! 模擬戦申請もすませてあるんだから!」
「え、ちょっ、どういう事なのロザリー!」
「じゃあね! ばーか!!」
「待ちなさい!」
慌てて呼び止めるニナへ、これまた見事なあっかんべーをして、少女は走り去る。後に残るは、呆気にとられたというか、何とも言えない空気のみ。そこにギャラリーを押しのけ、息も絶え絶えにやってきたのは一人の少年だった。どうやら全速力で駆けてきたらしいが。
ニナが嘆息する。
「レオン。遅かったですわね」
「ニナ、ロザは……」
「もう行ってしまったわ。見ての通り」
「う……ごめんなさい」
小柄な少年だった。身長も、平均より少し高い翔太から見て、二十センチは低いと思われる。プラチナブロンドの髪は長く、後ろで一つに束ねている。気弱そうな瞳はちらりと伺うように、翔太のほうを見た。
黄金の瞳だ。その見事な色と目が合うと不思議と引き込まれる。視線が外れない。なんだこれ。翔太は少し戸惑う。説明できない「何か」が、あの少年の目を通してこちらを見ているような――観察されて、いるような。何とも言えない感覚がする。落ち着かない。
「えっと……君が翔太、さん?」
「――あ、ああ」
少年が言葉を発して、翔太はようやく我に還った。
「ごめんなさい……ロザが、勝手なことを。僕、止められなくって……」
「はぁ」
「ごめんなさい。じ、じゃあ……先輩。失礼、します」
追っかけなきゃ、と、もごもごと言って、少年は歩いて行ってしまう。それを見送りながら思わず呟く。
「なんだったんだ……」
「全く、あの子ったら。面倒なことになりましたわね」
忌々しそうなニナに、アリアが尋ねる。
「えっと。知り合い?」
「腐れ縁ですのよ。まあ……ああなるのは予想はしていましたけれど」
「そうだな。とりあえず場所変えねぇか?」
ジャンが苦笑いして言う。
「ここじゃ目立って仕方ないぜ」
「ええ。そうしましょう」




