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Trydent Fantasia  作者: マメカ
序章
1/36

とある世界で少女は夢を見る


この世界には、魔法の力が満ちている。


「隊長」


 緊迫した声が自分を呼ぶ。嫌な予感がする。

 古代の言語で「光」を意味する単語が語源とされている、光の世界、アストロニカ。

 この世界には確かに、魔法の力が満ちているのだが――現在、それが脅かされている。


「隊長。聞こえてるの? アルフ。アルフレート=ルベライト・ジェノ・ローゼンベルク・アルビニオン隊長!」

「聞こえてるよ! フルネームで呼ばないで……何? マリー」


 振り返るとそこにいるのは、自分より少し年上の少女。彼女は自分の直属の部下であり、同時に先輩でもある。

 マリーは通信端末を操作する。


「瘴気濃度が濃いわ……王都上空まで範囲が拡大してるみたい」

「わかった。急いで戻ろう」


 言うと、マリー・アルシェは頷いた。

 クロノシス第二渓谷(けいこく)


 国内で唯一とされる、王都と神殿とを繋ぐ道。そこに大規模な落石があったという知らせを受け、王立魔法軍の小隊を引き連れてやってきていたのだが。


 ――世界は今、光を失いつつある。


 その原因はひとつ。「深淵の門」から吹き出す正体不明のエネルギーが、大気中の魔法力を侵食しているのだ。瘴気と呼ぶそれに触れると、生物は精神を狂わせ、最悪、死に至ることもあると報告されている。


 アルビニオン王国の北部に位置する、ノーレス山脈の麓近く。ここ、クロノシス渓谷にも瘴気が薄く、けれども確実に、覆い始めている。


「こんな所まで瘴気の影響が広がっているだなんて。一体どうなってるの……ちょっと前までは無かったのに」


 大陸を覆いつつある瘴気からは、三か所の守護結界が国と、人々を守っている。

 竜の谷、妖精の森、人魚の里。それぞれの場所にある国がその結界を守り、維持している。竜の谷の守護結界を維持する役目はアルビニオン王国の女王が担っているのだが。


「やっぱり、女王様の魔法のお力が――」

「違う」


 アルフはマリーの言葉を遮る。彼女はハッとしたように口を噤んだ。


「ごめんなさい」

「……ううん。僕もごめん。でもマリーがそう思うってことは、国民もそう思ってるんだろうね」


 アルフは嘆息した。広まる噂は、耳に届いていないわけではないのだ。


「母上の魔法力が衰えてきたから守護結界が緩んで、瘴気が侵食してきているって。城下じゃ代替わりを求める声も高まってきてる。僕じゃ母上の後は継げないし」


 アルビニオン王国の王位継承権は女子にしか与えられないとされている。


「今年は時渡りの祭典が控えてる。けれど、こうも瘴気の侵食が激しいと――とてもじゃないけど、祭典に参加してる余裕はないだろうから」

「で、予定より二年も早くアリア姫は成人することになったのね? エミーリア姫の代わりに出るために」

「そう。まあ、とっくに魔法力量は規定値以上になってたし。十八歳を待つ意味はあんまりないと思ってたけど」


 姉上はアリア姉ちゃんに甘いから。そうアルフが苦笑しながら言うと、マリーもクスリと笑みをこぼす。


「わかるわ。エミーリア姫はアリア姫に、すっごく過保護だものね」

「実は今日なんだよ。アリア姉ちゃんの儀式」

「えっ!? 本当? 遠征調査なんて私に任せてくれればよかったのに。見たかったでしょ?」

「まあね……でも、そうもいかないよ。なんだか最近、嫌な予感がするし。それに――」


 言いかけて、アルフは突然振り返った。マリーの表情も険しくなる。


「敵?」

「うん。結構近い。うまく気配を隠してたみたいだ」


 隊の人数は五十。対して、「相手」の数は――恐らく同数か。

 アルフとマリーが戦闘準備に入るのとほぼ同刻。

 突如現れたのは、正気を失った魔法生物達。本来は共存し、人と共に暮らす魔法生物が、牙を剥く。

 その場の空気が一斉に張り詰める。アルフは鋭く命令を発した。


「全体、攻撃準備!」


 隊の全員が剣を構える。アルビニオン王国が誇る魔法戦闘第一部隊。アルフは、自ら部隊の先頭に立ち、指揮する。強く輝く自分の魔法石を掲げる。


「撃て! ‘フラル・インクレイス=フレグール’!」


 魔法石は光を放ち、魔法を発動させる。ゴッ、と勢いよく数十メートル先に燃え上がる炎の壁。アルフ達と「相手」を阻む壁が出現すると同時に、戦闘が開始される。

 炎の壁など全く意にも介さないで突っ込んでくる魔法生物達の姿は、見ているだけで心が痛むが。しかしそうも言っていられない。攻撃しなければ、こちらがやられる。


 あるものは地を駆け、あるものは空を滑るように飛ぶ。豊かな自然と共に生きる、魔法生物。彼らは基本的には穏やかで、人を襲ったりはしない。しかしここにいる者たちは違う。皆、「深淵の門」からの瘴気に毒されてしまっているのだ。


「……ああなったものも、アリアねーちゃんなら助けようとするんだろうな」

「ぼやぼやしない! あれだけ侵食が進んでるんだから浄化なんて出来ないよ!?」

「分かってる!」


 魔法石に魔法力を込める。こちら側からの攻撃は通っている。しかし、長引くと戦闘を察知した「向こう」の数が増えかねない。

 ここは自分が。「現代魔法」ではなく、「古典魔法」で片づけるしかない。大きく息を吸い込む。


「――夜を照らす炎、光よ。集い、降り注げ――」

「アルフ!?」


 名を呼ばれ驚いて、詠唱に合わせて形になりかけた魔法陣が四散する。とっさに振り返ると、大空高く舞い上がった黒い鳥たちが一直線に突っ込んでくるのが見えた。

 やばい、防御が間に合わない。思わず目を閉じかけて――


 ザァァァァ……と、激しく空を切る風の音が、間近で聞こえた。

 鳥達はアルフに衝突する寸前で高度を上げ、再び空へ舞い上がっていく。


 お椀型の魔法の光がアルフに被さるように展開し、鳥達を跳ね除けているのだ。振り返ると、マリーが、彼女の魔法武器であるハルバードをこちらに向けているのが見えた。武器を取り囲むように魔法式が輝きを放っている。

 マリーは鋭く尋ねた。


「怪我は!?」

「無い。ありがとう――っていうか、今は隊長って呼んでよ」

「あ。つい……まあ咄嗟にはね」


 鳥の集団はしばらく上空を旋回していたが、ふと、流れるように一斉にとある方向を目指して飛び始めた。

 あの方角は。


「マズイ、あいつら王都に向かってる!」

「え、ちょっとアルフ!? 隊は!?」

「任せた!」


 地を蹴り、高く飛び上がる。早く追いついて止めないと。今日は、今日だけは早く帰らなければいけないと思っていた。なぜなら今日、王都では姉の――アリアの、成人の儀が行われるのだ。

 大切な儀式を邪魔させるわけにはいかない。


          * * *


 夢を見る。繰り返し、何度も同じ夢を。


『また会える、絶対に――約束だ』


 優しい声。知らない男の子の夢だ。誰なのかはわからない。見ていると、とても温かくて、どこか懐かしくて。でも、少しだけ儚い気持ちになる。心がじんとして、震える。不思議で、優しい夢――……


「――リア……アリア!」

「!? はいっ!」


 慌てて背筋を伸ばすと、溜息がごく近くから聞こえてきた。


「全くもう。どうしたの? 眠れなかったの? いつにも増してぼんやりして」

「お姉ちゃん――ううん、そうじゃないの。いい天気だから、つい」


 笑ってみせるとエミリはふう、とそよ風のような溜息をついて、優しく微笑んだ。


「私達はこの国を守っていかなければならないの。あなたと私、どちらが女王になるかはまだ分からないけれど、アリアが今日召喚術を成功させれば、きっとお母様もお喜びになるわ」

「うん……でもわたし、上手くできるかな」

「大丈夫。あなたは私の自慢の妹だもの」


 そう言ってエミリはアリアを抱きしめ、髪をそっと撫でた。アリアは少しくすぐったくて、でも嬉しくなって姉を見上げた。


「わたし、がんばるね!」


 姉から離れたアリアは表情を引き締め、前を見据える。アルビニオン城の王宮の裏側にある、広く開けた空間。その中心まで歩いていく。少し先は奥深くまで続いている広大な森への入り口。空を見上げると明るく、春の季節らしい柔らかな青色が広がっている。


 アリアは春が好きだ。冬の間冷たく凍えていた大地が光に包まれ、命を芽吹かせる。厳しく吹き付けていた風も優しく空を駆け抜け、人々も自然と笑顔になる。何かが始まるような、そんな予感がする。


 周りを見渡すと、見えるのは姉のエミリの笑顔。城の窓からは城で働く掃除人や料理長、アリアのお付きの世話人のメイドが三人とも満面の笑みで手を振っている。

 アリアは小さく手を振り返した。そして集中しようと大きく息を吸って、


「あー! アリア姉ちゃん! 待って待って!」


 突然声が響いて、アリアとエミリが振り返る。


「あ、アルフ!?」


上空から舞い降りるようにして現れたのは一人の少年。いつも冷静なエミリが珍しく驚いた声を出した。


「顔を怪我してるわ。それに酷い格好――どうしたの?」

「うん、ちょっと途中で戦ったから……儀式には間に合った?」

「今からよ。けれど、戦ったっていうのはどういう」

「うん、あとで報告する。それより」


 アルフはアリアに駆け寄る。そしてコートのポケットから、透き通った石のようなものを取り出した。


「はい、これ。姉ちゃんに」

「なあに、これ」

「神殿で貰ったんだ。お守りにいいかなって」

「わあ! ありがとう! 綺麗……」


 見ると、姉は優しく、弟は力強く頷いてくれた。

 手の中の石は光を浴びてキラキラと輝く。ギュッと握りしめ、目を閉じる。静かに深呼吸をする。一瞬の無音。のち、アリアを中心に無数の光が浮かび上がった。


「――古の契約の元、喚ぶ。汝、北の大地を統べる、聖なる翼竜…――」


 光は地面に広がり、複雑な模様を描く。星の瞬きのような輝きを纏いながら、アリアは歌うように詠唱を続ける。


「――来たれ、我が声に応えよ――」


 しかし――それは前触れも無く、唐突にやってきた。


「なにかしら、あれ」

「えっ?」


 エミリの呟きに視線を追いかけたアルフは、その影を認識するや否や、とっさに術式を展開した。


「‘フラル・グリーヴァ’!」


 叫ぶように言い放つ。すると右の手袋の甲にある宝石が輝き、炎の渦が勢いよくアリアのいる場所の上空へ放たれる。炎は目にも止まらぬ速さで、飛翔して来た黒い影へ直撃、爆発し燃え尽きて消えた。しかし尚も黒い影は連続して多数、向かってくるのが見える。

 アルフは魔法式の光の中にいるアリアへ、咄嗟に叫んだ。


「なんで!? 全部倒したと思ったのに! 逃げろアリア姉ちゃん!」

「えっ、でも皆が――きゃあっ!?」


 風が吹き荒れた。突如として現れた影の大群は、使用人たちを逃がそうとしていたアリアをたちまち覆い隠し、風と共に空高く打ち上げた。



――契約を以って喚ぶ。汝、主に仕える者。彼の者の心を持つ者よ、我の声に応えよ――



 

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