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春のゾンビ

考える山田さん。

山田さんが日々思い悩んでいるので、

今日もせかいは平和なのです。



雪子は一人、放課後の教室でまどろんでいた。

運動部の喧騒と吹奏楽部の間抜けなラッパの音が遠くから聞こえる。12月も半ばだというのに暖かく、陽の光が床に机に黒板にゆるゆるとふりそそいでいた。放課後というのは、全てが終わったあとの時間だ。雪子はまるで自由だった。

(ちょっとだけ寝てから帰ろうかな)

「寝たら死ぬよ」

「みっちゃん、いたの」

見ると、いつからいたのか、親友のミチコが腕を組んでこちらを見下ろしている。

「ずっといたんですけど」

とすんと前の席に座り、顔を逸らして白い足を組む姿は何かに似ている。ああ、テッポウユリだ、と雪子は思う。テッポウユリは春の花だが、今日のようににあたたかければ、もしかしたら咲いてたりするのかもしれない。

(眠い)

「雪ちゃん、寝たら死ぬってば」

「うん、ねてないねてないもう起きるから」


「雪ちゃん、雪ちゃんってば」

次に後ろから肩を乱暴に揺すられた。

振り向けばつんとした顔をしたミチコだ。

「あれ、前にいたよね」

「寝ぼけてないで帰るよ」

「ごめん。ちょっとまってね、まだ準備してない」

「手伝ってあげよう」

いらないと言う前に、ミチコは雪子を押しのけ教科書や筆箱をガチャガチャと鞄にしまいだす。早いが雑だ。

ミチコは何を急いでいるのだろう。雪子ははそんなにミチコを待たせた覚えはない。いまだ外は校庭の砂が黄色く見えるほどに明るいのだ。

(今何時だろう?)

 この教室には時計が無い。なんでも、授業中に余所見をするとは言語道断、授業に集中しなさい。というのがこのクラスの担任の方針で、それに異を唱える者もおらず特に問題なく二学期も終わろうとしている。

 時計がなくともチャイムで着席。

 おしゃべりに夢中で万一チャイムを聞き逃したとしても右にならえば解決。

 ミチコがよくぞっとするほど良い子ちゃんクラスだと揶揄するが、チャイムが鳴れば席に着くのだからミチコも雪子もいい子ちゃんなのだった。

そういえば、チャイムが鳴らない。

雪子はまたまぶたが重くなるのを感じながら右の頬を強く抓った。雪子が何かを我慢するときの癖である。

頬の痛みに涙目になりながらも、眠気が飛んだ雪子は窓の外にちらりちらりとかすめるものに気づいた。

「あれ、雪降ってる?」

ちらちらと風に舞うそれを窓のさんに手をかけて眺めていると、

「雪ちゃん! そこから離れなさい!」

ミチコの厳しい声が雪子を呼んだ。

 いきなりのことで驚いてミチコの方を見るがそこにミチコの姿はない。さっきまでミチコは雪子の帰りの荷造りをしていたはずだ。

(なんでかな、今日はみっちゃんをよく見失うな。)

少し顔をそらせば隅まで見渡せる教室で、雪子はミチコを見失う。

正確には、鈍い雪子が俊敏でこずるいミチコに背後をとられているだけなのだが。

「雪ちゃん起きてしゃんとして。グズは嫌いじゃないけど度が過ぎるとむかつく」

「わ、」

ふいにセーラーの襟首を引っ張られバランスを崩す。

倒れる、と歯を食いしばった瞬間、窓の外から伸びてきた何かが雪子の手首を掴んだ。

「ひっ」

人間の手の形。

手首にかすかに触れる冷りとした感触は花びらだった。


しゃりしゃり、しゃり


花びらが擦れて潰れる音。

真っ白の花びらに全身を覆われた人間の形をしたモノ。そいつが雪子の手首を掴んで引っ張っている。

暖かい風が雪子のほんの少し痛みの残る頬を撫でる。

(春風だ、おかしいな、12月なのに)

花びら人間の背後には大きな桜の木があり、風でぐるぐると花びらが舞っている。花吹雪だ。

 空が明るい。

 眩しい、柔らかい。暖かい。しかしどこにも太陽がない。

先ほどまで雪子がいた場所、窓は、壁は、教室は忽然と消えてしまっていた。


しゃり、


花びらが鳴る。

ただただ気色悪いが、腕を掴む花びらの手にどこか必死さと、懐かしさを感じて、雪子は、

「雪ちゃん、これに話しかけちゃダメよ」

「ぎゃっ」

花びら人間の手に触れようとした雪子を、ミチコが乱暴に突き飛ばした。尻餅をつき、痛みにもがきながらも、雪子は見た。

 引き剥がされた花びら人間は脆く崩れていく。

 花びらが解けるように散らばって、赤黒い肉のようなものがどろりと溶け出し、腐ったような臭いがあたりにたちこめた。いよいよ人の形でなくなったそれは、縋るようにミチコの足首に巻き付く。

「キモッ」

あんなものが自分の手首を掴んでいたなんて。

「雪ちゃん」

「みっちゃん、っていうかそれ」

「ごめんね」

「は?」

「鞄、駄目にしちゃうかもしれないから」

言うやいなや、ミチコは雪子の鞄でそれをぶん殴った。




「あはは、雪ちゃんが園芸部でよかった」

「笑って、ないで、手伝って、よ!!」

「いやだ。穴は雪ちゃんが掘るって約束じゃん」

「そう、だ、けど!」

 雪子は穴を掘っていた。バケモノの死骸を埋めるためである。

 ミチコが雪子の鞄で撲殺したバケモノは、あの不思議な空間の消失とともに、消えることはなかった。

教室の床にぐちゃぐちゃに散らばったままの死骸を主に処理したのはミチコである。

ミチコがちりとりのみを使って、肉なのか何なのかわからない死骸を器用にゴミ袋に詰めていく横で、雪子は別のゴミ袋にひたすら嘔吐していたのだった。

「雪ちゃんが埋めようって言ったんだもん、言いだしっぺが責任とらなきゃ。ね~」

「ソレに話しかけるのやめて! みっちゃんがその辺の道端に捨ててこうなんて言うから」

「道端じゃないよ。その辺のゴミ捨て場に捨てようって言ったの」

「だめだよ! 生き返って襲ってきたらどーするの!?」

「へいパス」

「わあああ! ちょっと、今足にあたった!!」

「ただのゴミ袋でしょ大げさすぎ。もうそれくらいでいいから、とっとと埋めちゃってよ」

 ミチコは手が疲れました、と明かりがわりの携帯をふる。

 18時20分。最後のチャイムがなる。

 冬の日暮れは早い。空は紺色、地上は暗闇だ。旧校舎裏にひっそりと存在する園芸部の花壇は寒いし怖いし雪子だってさっさと帰りたい。だが穴は雪子の膝下程度の深さで、なんとなく心もとない。

「もう、雪ちゃん心配しすぎ。しょうがないなぁ。ハイこれ」

「え」

 雪子に渡されたのは携帯である。

「ちょっと持ってて」

 そう言って、もぞもぞしだしたミチコが何をするかと思えば、靴下を脱ぎだした。片方ずつ靴を脱いで地に足をつけないように、器用なことだ。

「ほーら、ご褒美よ」

 言いながら脱いだ靴下を穴の中に放り投げる。

「あんたねぇ」

「汚れちゃってもう使えないしね。これで満足でしょ大丈夫よ。蘇ることなんか無いわ」

 いったい何が満足で大丈夫なのかわからないが、ビニール袋と靴下一足に雪子はしぶしぶ砂をかけた。

 北風が冷たい。

「みっちゃん、ジャージ、リュックに入ってるからはきなよ」

「ありがと」

 ミチコはうふふと笑った。

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