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ヘリオスは宿としている邸宅につくまで、両親に「しろきひと」の話をし続けた。
ちっちゃくて可愛くて、透き通るような白に包まれたただ一つの土色の瞳。
自分と似ているとなぜか楽しそうに話す息子に、顔を青くして聞いていた両親は次第にその顔色を取り戻した。
もしかしたら。
もしかしなくても。
うまくいけば。
……所詮、子供のする事。
当代魔女の今日の対応を見ても、子供を罰するようには思えなかった。
もしかしたら。
もしかしなくても。
うまくいけば
そう、うまくいけば――
「そんなにしろきひとは、可愛かったのかい?」
いつも怒鳴ってばっかりの父親が、とても優しい声音で問いかける。
そのことに感情を高揚させたヘリオスは、大きく頷いた。
しろきひとは、何も感じない。
しろきひとは、人を人と思わない。
故に、我らの前に姿を出さぬ。
まことしやかに流れる噂は、真実ではなかった。
自分の発見がとてもすごいものに思えて、ヘリオスのおしゃべりは止まらない。
「可愛いよ! もう、これで会えなくなっちゃうの嫌だなぁ」
子供だからこその素直な感情、素直な言葉。
「ならばもっと仲良くなって、お前のお嫁さんにすればいい」
唐突な言葉にきょとんとしたヘリオスが頬を紅潮させて嬉しそうに頷くのを、父親は父親らしからぬ笑みで見つめた。
父親は……、人の親である前に貴族だった。
国を動かす、パワーゲームを構成する一員だった。
しろきひとがこちら側につけば、今後我が血筋、我が国に手を出す者はいなくなる。
婚姻のできないしろきひと。月の魔女。
けれどそれは先例がないというだけ。
事実と結果は、前をなぞらえるものではない。
……これから作っていくものだ。
翌日、ヘリオスは再び庭園にいた。
両親は当代魔女に挨拶を終え、早々に引き揚げていった。
残ったのは、しろきひとに会いたいヘリオスと帰宅の際の馬車を操る御者、そして父親についている執事だけ。
ヘリオスは二人を馬車に残したまま、庭園で途方に暮れていた。
当代魔女には「しろきひと」に会いたいと、昨日の事を伝えた。
最初は驚いたのか口を噤んでいたけれど、嘘を言わずありのままを話すヘリオスの幼い気持ちに心を動かされたのか、庭園にいって彼女がいたならばこれからも会うことを許そうと言葉を授けた。
もし彼女がヘリオスと会いたいと思っているのならまた現れるだろうし、怖がっているのなら会いには来ないだろうから、と釘を一つ刺して。
そうして庭園にいるヘリオスは、途方に暮れている。
そう、しろきひとの姿を見つけることができないからだ。
「……嫌われちゃったのかなぁ」
がくりと肩を落としてため息をついたヘリオスに、予想外の言葉がかけられた。
「き、嫌って、ない、けど」
「えっ!?」
聞こえてきた声に慌てて顔を上げれば、昨日と同じ、幹から少し顔を出してこちらを伺っているしろきひとの姿。
嬉しくなって駆け寄ろうとしたら、逃げられたけど。
さっきよりも遠い木の陰に隠れてしまったしろきひとを見て、ヘリオスは笑った。
「ごめん、驚かせたいわけじゃないんだ。少し、話そうよ」
「はな、す?」
つっかえがちな言葉は、緊張しているかららしい。
怯えたような目を向けられていることに、ヘリオスは焦れる。
顔を見て、声を聴いて、土色の瞳に自分を映したい。
「君に会いに来たんだ」
「ほん、と?」
か細いその声に頷くと、さっきより幹から顔が見えた。
怯えの残る笑顔だったけれど、ヘリオスの心には一生涯焼きついた。
月の宮は願う。
当代魔女に癒しを。
次代魔女に愛を。
陽に隠れて見えない月は、光らずともその優しさを愛しい二人の魔女に注いだ。




