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ある日、当代魔女が小さな赤子を抱えて宮へと戻ってきた。
集う宮女達に、当代魔女は曇らせた表情を向ける。
「外に、置き去りにされておった。まだこんな小さきものを、ただ籠に放り込んで……」
当代魔女は、思い出していたのかもしれない。
当代魔女も、この宮に捨てられるように引き取られたのだから。
大きすぎる魔力は、人として生まれた者から容赦なく代償を奪う。
当代魔女が奪われたのは、光。
生まれつき瞳のない真っ白な目は、産んだ母親にもそして楽しみにしていた父親にも衝撃を与えた。
縋るようにここ月の宮に来た両親は、先代魔女に押し付けるように赤子を託していった。
魔力の大きさからいってしばらくすれば先代魔女が見つけ出したとは思ったが、自ら親に差し出されたという事実が当代魔女には消せない傷となっている。
成長した当代魔女は、目を白の布で覆った。
見えない視界を塞ごうと、それは何ら不便ではないと笑いながら。
けれど月の宮は知っている。
魔力によって視界を捉えることができた彼女が、鏡を見て涙を流していたことを。
――これならば仕方がない
そう、親に捨てられた自分を納得させるしかなかったことを。
月の宮は、月と同じ。
魔女の大きすぎる魔力が暴走すれば、月の宮を介してそれは月の力となる。
魔女の魔力が地上に降り注がれる月の光に影響してしまえば、それから逃れるすべはこの地上の者たちにはない。
あまりにも恐ろしい事ゆえ、地上の者たちには告げられない事実。
魔女のみが知る、戒めとして。
だから、月の宮は懸念した。
宮の前に捨てられていたという赤子を抱きしめる、当代魔女のその姿を。
その赤子の魔力を……、犠牲となったその代償を見つめる――
――当代魔女の、悲しすぎる感情を。
「魔女さま、おはようございます」
「あぁ、おはようネアイラ」
穏やかに始まる一日は、二人の笑顔が月の宮の心を癒してくれる。
すくすくと成長した次代魔女に、当代魔女は穏やかな感情を持って接していた。
次代魔女は当代魔女より名を授けられ、他の者たちから「ネアイラ様」と呼ばれていた。
宮女たちは当代魔女を継ぐ者として畏怖の信仰を捧げ、月の宮を護る護衛の騎士たちは当代魔女よりもその身に秘める魔力に羨望の眼差しを向け。
そして――
「しろきひと」
宮の外では、そう呼ばれて恐怖の目を向けられた。
可愛らしい仕草も、可愛らしい笑顔も、「しろきひと」であるネアイラは持っているのに、人々は唯々恐れた。
恐れない人々が、いなかったわけじゃない。
ただ、そういう者は宮には来ないのだ。
自分達と違う者が宮にいて、自分達を守護している、それを実感し安心したいものだけがここには来るのだから。
純粋に、魔女を慕う者などいかほどか。
年端もいかぬネアイラを、見てはならないものを見てしまったとばかりに表情を凍らせる人々を見て、当代魔女は昏き感情を心の中で押さえていた。
月の宮は、唯々願う。
その感情を、ネアイラが消してくれることを。
当のネアイラは、外の人が来ると隠れる。
訳も分からず恐れる視線を向けられれば、そうなるであろう。
重度の人見知りとなってしまっていた。
「ネアイラ様、どちらですかネアイラ様!」
宮女たちをも避け、当代魔女の後ろに隠れる。
けれど陽の下でも、月の下でも、彼女を隠せるものはない。
髪は輝くばかりの溶け始めの雪の色、新雪をそのまま映したかのような白き肌。陽は彼女を輝かせ、月は彼女を闇の中に浮かび上がらせる。
「しろきひと」
そう呼ばれたネアイラが魔力の代償として奪われたのは、「色」。
人を構成する色素を、魔は吸い取った。
ただ――
「しろきひとの大地の瞳」
豊かに肥える土の色を留めたその瞳が、人としての「色」を残していた。
唯一の、親との繋がりのようだった。
次話は、明日更新です^^




