第五話 死神 Ⅳ
第四話の一部を修正しました。不自然だったところを大幅に改稿してありますので、確認してない方は本編をお読みの前にそちらをご覧ください。お手数をおかけして申し訳ございません。
レストランを出て早速事務所の候補地に向かうことにする。
カナトには一緒にいたいって言ったけど、実際問題としてどうすれば一緒にいられるのだろう?
カナトはこの土地に事務所を構えるつもりらしいから会おうと思えばいつでも会えるのだけれど。
スリ。
これはやめないといけないかもしれない。
一緒にいるカナトにまで迷惑をかけたくはない。
とすると、やはり働くしかないということだ。
だけど、小学校までしか行ってない私を雇ってくれる会社なんてあるのかな?
不景気だし就職氷河期と言われてる今は中々難しいかもしれない。
・・・そうだ!
あの時は断られたけど今なら問題ないだろう。
そう、娼婦だ。
この仕事なら給料も良いし、カナトに迷惑をかけることもない。おそらく。
・・・でも、カナトは娼婦をするような女は嫌いだろうか。
もしそうだとすると八方塞がりだ。
どうしよう?
そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると早速一件目の物件にたどり着いてしまった。
「カナトさん、これが一個目の候補物件です」
やや高級住宅街寄りに位置する物件。
近所に有名どころの退魔業者もなく、激戦区ではない。
「お~、ここか・・・」
カナトは声を上げ物件を眺める。
七階建てのビルの二階。
道路側に面している場所が空きテナントとなっている。
ビルの入り口に置いてあったパンフレットを一つ手に取ってカナトに渡す。
「ふむ、中々良さげな物件だね。室内も綺麗そうだし」
カナトが手に持っているパンフレットを私も覗き込んでみる。
「日当たりとかも良さそうですし・・・応接スペースとかを広めに設けても問題なさそうですね」
言いつつ顔を上げてカナトの方に視線をやると。
頬を少し赤くさせたカナトの顔がすぐ目の前にあった。
「あっ・・・あわわ、ごめんなさい」
慌てて距離をとる。
「あ、あぁ。こっちこそ・・・何だかごめん」
気まずい空気が流れる。
その空気を打ち破ったのはカナトの声だった。
「・・・・・・って、高っ!?」
カナトの身なりからある程度想像はついていたのだけれど・・・やはりちょっと高すぎたようだ。
「やっぱりこの辺の土地・・・ってか物件は高いね・・・」
「次の物件、行ってみますか?もう少し安いところですけど」
「あぁ、うん。頼むよ」
+++
その後、二件ほど物件を回ってみた。
一件目は最初の物件と同様値段が高すぎるということでアウト。
二件目は値段は問題ないけど部屋が汚いうえにアクセスも悪いということでこちらもアウト。
「注文が多くて大変だよね・・・ごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ」
だってこれは罰なのだから。
私は文句を言える立場じゃない。
それにカナトと一緒にいられてうれしいし。
+++
三件目。
地上五階地下三階建ての古ぼけたビルの三階。
「これ・・・トラムの電停?」
「はい」
そのビルの目の前にはトラムの電停があった。
『南シグリム』というその電停は一系統の環状線と二三系統のミタ四号線、58系統の鶴橋支線が接続する割と大きな電停。
「交通の便は良さそうだね」
と、カナトが言う。
「中、入ってみます?」
「そうだね」
+++
ビルに入った私たちは三階へ向かうためにエレベーターを見つけた。
・・・・・・のだが、あんまりにも古臭いオーラを漂わせていたので階段を探すことにした。
階段自体はすぐに見つけられたのだけれど・・・この階段、非常階段で平時は使用禁止となっていたのだ。
やむを得ず再びエレベーターの前に戻った私たちは意を決して上りのボタンを押した。
やたらのんびりした速度でエレベーターの扉の上にある数字が「5,4,3,2」と点灯していく。ちなみに一階の部分はプレートが割れていて中の電灯が剥き出しになっていた。
チーンと鐘の音が鳴り響いて一部錆びついている銀色の扉が億劫そうに開く。
内部も相当古臭いオーラが漂っていて、まるでホラー系の話に出てくるようなエレベーターだった。地獄に直行しそう・・・。
何はともあれ心霊現象的な意味での恐怖とワイヤーとか切れたらどうしよう?という生存本能的な意味合いでの恐怖を煽ってくるそれ。
そして何より、エレベーターが若干上の位置で止まっているらしく、一階とエレベーターの間に隙間ができている。
段差にして十センチ程度だろうか。ただでさえ薄暗くて不気味なビルの内部において、その隙間の真っ暗な空間はずっと見ていると引きずり込まれそうな錯覚を覚える。
「か、カナトさん、乗りましょう」
「あ、あぁ」
お互い、どちらとなく手を繋いだ。
本当に無意識だった。
カナトと初めて手を繋いだことになるんだけど・・・ムードもへったくれもなかった。
カナトがギュッと手に力を込めてきたので私も握り返す。
それを合図に二人そろって足を前に出して───。
乗った。
案の定ガクンと落ちたような衝撃が足から全身に伝わる。
「ひぃぁぁ!」
思わずカナトにしがみつき目を閉じる。
二十秒ほどだろうか、しばらくの間その状態だったがいつまで経っても落下しているならば感じるであろう浮遊感もなく、ましてや一番下の階である地下三階まで落ちた際の衝撃もない。
恐る恐る目を開いて周囲の状況を確認してみる。
カナト未だ呆然とした様子で何が起きたのかはっきりと理解していないようだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
どうやら先程まであったフロアとエレベーターの段差が二人が乗った重みで沈み、今度はフロアよりも少し下の位置に止まったようだ。
「こ、こわいよ・・・このエレベーター・・・・・・・・・カナトさん・・・私たち、ここで死ぬんでしょうか?」
「い、いや、まさか・・・・・・。ハハッ!」
「ちょ、カナトさん!?しっかりしてください!」
「そう言われても・・・サラ、死ぬときは一緒だね」
それはそれでアリかな?と一瞬思ったもののすぐに振り払う。
「それに一応これ、去年の暮れに定期検査受けてるみたいですよ?」
「あ、ホントだ」
とは言え怖いものは怖い。
「と、とにかく、乗ったからには三階まで行ってみましょうよ・・・」
「そうだね・・・サラ、そろそろ離れてくれないか・・・?」
先程の一件で未だ抱きついた状態の私にカナトが言う。
「だ、だってこわいじゃないですか・・・」
「う~ん、それもわかるけど・・・」
「あ、じゃぁ、これならいいですよね?」
カナトの腰に回していた手を解いてカナトの腕をギュッと握る。
「や、これはこれでちょっと、そのむ・・・・・胸が・・・」
「へ?なんですか?」
最後の方が声が小さくてあまりよく聞こえなかった。
「じゃあ、押しますよ?」
不安は残るもののそれを振り切って「3」のボタンを押す。
一部錆びついている銀色の扉が再び閉まる。
その直後ガクンとまた一度下に落ちたような感覚。
「ぁぅぅ・・・・・・」
カナトの腕をギュッと挟む。
「ぅぅ・・・鼻血出そう・・・・・・」
とカナト。
何故に鼻血?と思う間もなく、やがてエレベーターは上昇を始めた。
+++
チーンと鐘の音が鳴ってドアが開く。
また十センチほどフロアより上の位置に止まっていたがもう気にしない。
エレベーターに乗っただけでヘロヘロになった私たちはエレベーターホールから正面、右、左と分岐している道を案内に従って左へと進んでいく。
「あ、あそこみたいですよ?」
道の途中には他にテナントがなく、白い壁がずっと続いている。その道の最奥にそれはあった。
置いてあるパンフレットを手に取ってカナトに渡す。
「へ~、結構広いね・・・・・・あ、住居スペースもあるんだ・・・値段は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カナトが苦虫をつぶしたような顔をする。
「すっごい微妙なラインだね・・・中はリフォームしてるみたいだからこのビルの見かけによらず綺麗だし、住居スペースもあってお得なんだけど・・・ここ買っちゃうと事務所に揃える予定だった机とか一部買えないものが出てきちゃうんだよね・・・・・・」
「どうします?」
「う~~~~~~~~~ん・・・・・・・・・」
そう言って考え込むカナト。
たっぷり五分は考え込んでいただろうか、ぱっと顔をあげて言う。
「とりあえず次の物件行ってみようかな?ここは保留ってことで」
「わかりました。・・・でも、その、ここ以外となるとちょっとグレード落ちちゃうんですけど・・・」
「あ~、そっか。どうしよう・・・・・・ま、とりあえずこのビルを出よう」
「はい」
+++
再びボロベーター(命名:私)で下りる途中。何だか胸騒ぎがする。
ビルの出口に向かってそれは次第に大きくなっていった。
ビルから出る。
!
魔物だ。間違いないだろう。恐らくD級ぐらいの。
気配は・・・・・・ビルから見て左方向、市場方面。
「どうする?ここらで休憩でも挟む?ケーキとか食べた――――サラ?」
カナトがそう言った直後だった。
「魔物が出たぞーーーーーー!!死神だーー!!」
人々がどよめき、我先にとその声が聞こえた方向とは逆方向に逃げ出していく。
次話は近日中に公開する予定です。