第三話 死神 Ⅱ
怖い───その感情が私の頭の中を占拠していた。
完璧に振りきったはずなのにまた後ろに立っていた。
ホントに、何者なんだろう?
「さっきはよくもやっくれたね」
相変わらず不気味な笑みを浮かべた男はそう言った。
こいつには敵わない。直感的にそう思った。
この国には警察や裁判所といった組織はない。随分前に滅びたらしい。
だから、こういう盗みなどの犯罪行為がバレた場合は相手の意思次第で殺されたりすることもある。殺したことで誰かに責められるということもない。だって、犯罪行為をする方が悪いんだから。それがこの国の常識。
とにかく、何をされるかは分かったものではない。それだけは確かだ。
「お願いです・・・ころすのだけはゆるしてください」
震えが止まらない。
脳内にはスリ仲間が殺されたときの映像が流れっぱなしになっている。
しばらくして男はようやく不気味な笑顔を引っ込め、何やら思案し始めた。
震えが収まって少し楽になった。
「よし、じゃあ、ちょっと付き合ってくれる?」
男はそう言った。先程とは異なる穏和な笑顔を浮かべて。
だけど、私の不安は大きくなる一方だ。
───いったい、何をさせるつもりなんだろう?
+++
「僕の名前はカナト。君は?」
男───カナトは私の手を引きながら市場の方へと歩き始めた。
「さ、サラ」
「サラか。良い名前だね」
「お世辞は良いです」
「ハハっ、こりゃ手厳しいな」
「私をどうするつもりですか?」
思いきって訊いてみた。
「う~ん、ちょっとしたお仕置き、かな?」
訊かなきゃ良かった。
+++
暗い気持ちで黙々とカナトと歩き続けること10分。
市場にちょっと入ったところにある店の前で立ち止まった。
「・・・お風呂屋さん?」
「そう、お風呂屋さん」
何をさせる気なんだろう?
「覗きをしてこいってこと?」
「ば、バカっ!んなわけないだろ!いいからお風呂入ってこい!」
言われて改めて自分の身なりを確認する。
服は二、三日前に洗った気がする。
水浴びもそのときしたけど・・・髪はきちんと手入れしなかったからボサボサだ。
「ゆっくり入ってこい。あと、髪を大切にしなよ。サラは多分、もっと可愛いんだから勿体ないよ」
「え!? か、かわ、ふぇ!?」
そんなこと言われたのは初めてだ。そもそも、褐色の肌を持つ人たちは魔物になりかけている証拠、というありえない噂が飛び交っているために差別される傾向が多い。
「僕は入り口で出てくるのを待ってるから。気を遣って早く出てきたりはしなくていいよ」
そこまで言ってカナトは再びあの不気味な笑みを浮かべ、
「ただ、もし逃げたりしたら・・・分かってるよね?」
「は、はい・・・」
そう答えることしか、できなかった。
+++
気持ち良い・・・。
きちんと温かいお湯を張った湯船には入るのはいつ以来だろうか。
体と髪を丁寧に洗ったために、髪はしっとりとして真っ直ぐに肩へと落ちていた。
「ホント、何をさせるんだろう・・・」
さっきから頭の中をぐるぐると渦巻いている疑問。その疑問は大きくなるばかり。
「もしかして、食べられちゃったりするのかな」
昔読んだ絵本で、料理店に来た客が体を綺麗にしたり調味料をかけられたりして最終的には食べられてしまったというお話。
「まさか・・・ね」
多分、どうせ処女を奪われたりするぐらいだろう。お風呂に入れられてるわけだし。
その程度なら別に構わない。嫌だけど、仕方のないことだ。
「はぁ・・・そろそろ出ようかな」
恐らくすでに三十分は経過しただろう。
+++
あれ?服がない。
先ほど脱いだ服が見当たらない。
脱いで一応軽く畳んでいた服を置いていた場所には別の服が置いてある。
もしかしたら誰かが私の服の上に服を置いちゃったのかな?と思い、その服を持ち上げようとしたところで、
「あ」
その服の上にメモが置いてあるのに気づいた。
『サラへ 今まで着てた服はコインランドリーで洗濯してるからとりあえずそれを着ておいてくれ。ちなみに、僕が女子更衣室に入った訳じゃないぞ?入り口の受付のおばちゃんに頼んでもらっただけだから。 カナト』
メモの下の服を手に取ってみる。
Yシャツにジーンズ。
「これって・・・」
ジーンズを切ったのだろうか?
ショートパンツのような感じになっている。
とりあえず着てみる。
Yシャツはちょっと胸元がキツいけど、問題ない。
ショートパンツもベルトで縛れば問題なく着れた。
「ふ~ん」
鏡の前でくるりと回ってみる。
悪くない。
普段とは違う服を着れて少しだけテンションが上がった私は、鼻歌を歌いながら更衣室を出た。
×××
サラが風呂に入ってる間にサラの服をコインランドリーに回しに行き、帰りにちょこっと寄り道してお風呂屋さんに戻る。
手持ちのジーンズでウエストが一番キツい服をチョイスしてナイフでショートパンツ化する。
「これで良いかな」
切り終えたらおばちゃんにそれを渡して入り口近くの椅子に座って本を読む。
十分程経った頃に鼻歌を歌いながらご機嫌なサラが出てきた。
「おおっ・・・」
ヤバイ。ショートパンツにして良かった。
健康的な小麦色をしているサラの両足。
それが太股辺りから大胆に露出しているわけだ。
むちむちとしつつ、弾力もあるであろうサラの足。
余り見続けていると危険だ。
そこで無理矢理視線を上に上げるとサラと目が合う。
やはり先ほどまではボサボサで分かりにくかったが、サラの髪はかなり綺麗だ。
「お風呂どうだった?」
「気持ち良かったです」
「そうか」
×××
「あ、そうだそうだ。忘れてた」
カナトはそう言って、私に袋を渡した。
「?何ですか?これ?」
「開けてごらん」
袋を開けてみる。
「わぁ・・・!」
髪留めだった。
それが数種類入っていた。
「こ、これ・・・私に?」
「そう。プレゼント」
「で、でも、何で?」
私にお仕置きをするんじゃなかったのかと聞くと。
「それとこれとは別かな。サラに似合うかな~って。正直何で買ってあげたのか僕もよく分かんないんだけど」
「そうですか・・・あの、ありがとうございます!大切にします」
「どういたしまして」
思えばこれは、カナトが私を安心させるための策略だったのではないだろうか。
+++
「どこ行くんですか?」
私は買ってもらった髪留めで作ったポニーテールを揺らしながらカナトに聞いた。
「この店だよ」
そう言ってカナトが立ち止まったお店は・・・
「服屋さん?」
「ここでサラに罰を受けてもらおうと思う」
カナトは急に重々しい態度と口調でそう言った。
思わず身を固める。
カナトはそのまま店内に入っていったので私も後に続く。
店内はごく普通な感じの女性向けの服屋さん。
「…この服可愛いな……」
思わず立ち止まってその服を手に取る。
シンプルな白いワンピース。
こんなに綺麗な服は着たことがない。
「サラ?」
「あ、はい」
「こっちこっち」
カナトに呼ばれたので、名残惜しくもその場を離れた。
+++
「これください」
カナトは店内を突き進んでいき、ある服を手に取って近くの店員さんに渡す。
「は~い、かしこまりました~」
「あ、すぐ着るんで試着室貸してください」
その服を持ったままカナトは私に近づいてきて、
「じゃあ、はい。お金は払っとくからこれ着といて。これが罰だから」
メイド服だった。
黒を基調としつつ、白が所々に入ったもの。
「え!?これ!?着るの!?」
「そう。今日一日僕のお付きの人ってことで」
まぁ、それぐらいなら良いかな。殺されたり処女を奪われたりするよりは。
この時はそんな風に思った。
+++
「うぁ・・・・・・・」
想像以上に恥ずかしい。
短いスカート。ちょっと風が吹いたら見えるんじゃないかというぐらいに短い。
そしてガーターベルト。
こんなの着て外を出歩くなんて死んだ方がマシかもしれない。
「着替え終わった?開けるよ~」
「あ、ちょ、ちょっとまっ───」
次話は5/4 19時頃に公開する予定です。