第二話 死神 Ⅰ
僕の名前は神宮カナト。23歳。
母親は僕を生むと同時に死んでしまった。難産で元々体が弱かった母には耐えられなかったらしい。だから僕は母を写真でしか知らない。
父親は僕が16歳の時に死んだ。
魔物。
そう、魔物によって殺された。
エレシュキガルという魔物でシュメール神話の女神。見つめたものに死をもたらすという厄介な性質をもっているが、退魔自体は簡単な魔物だった。
ちなみに魔物はAからLまで最も危険な魔物をA級、その次がB級といった感じで階級別に分けられている。退魔不可能な魔物はS級となっている。今までS級扱いを受けた魔物はサタン以外には存在しない。
エレシュキガルは厄介な性質を持っているためにG級となっているが、戦闘力を考慮するとI級辺りだろう。それぐらい弱い魔物だったのに、何もできなかった。
結局、近所の退魔業者が来るまでの五分間棒立ちだったわけだが・・・エレシュキガルが僕を襲ってくるようなことはなかった。
と言うのも、エレシュキガルは非常に性欲の強い魔物としても有名で、その五分間はずっと父と、その、アレをしていた。
この話はもうやめよう。死んでるんだからアレが勃ったりしないんじゃないかとか死姦だよね?それ。とか考えちゃダメだ。何より自分の親がアレしてるトコとか想像すると吐き気がおぇぇ。
まぁ、とにかく。何が言いたいかというと。
父が目の前で殺されたときの無力感。僕にもっと力があれば助かったかもしれない。そんな思いが僕を退魔士にさせた。
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シグリムの街。この国で二番目に栄えていると言われる街。市場、富裕層の住む高級住宅街、一 般世帯が暮らす住宅街、貧民街で構成されるシグリムは人がかなり多く、退魔士の需要もかなり高かった。
「この街なら事務所を開けるかもしれないな・・・」
が、まずは腹ごなしからだ。
時刻はお昼をちょっと回った辺りでどの店も混雑していた。
「さすがシグリム・・・どこも人で一杯だ」
できればどこかのレストランに入りたいところだが、色々な物を食べ歩くのもいいかもしれない。
シグリム近郊は豊かな農村や漁村が広がっており、新鮮な食材が手に入りやすい。
「この果物美味しそうだな・・・」
丁度近くにあった果物屋に入ってみたところ、様々な種類の果物が置いてあった。
この梨・・・美味そうだな。買ってみようか。
そう思い、平台に置いてある梨を手に取ろうと身を傾けた瞬間だった。
「!!」
気配を意図的にほぼ消した何者かが僕のショルダーバックに向かって手を伸ばしてきた。
あの会社で仕込まれた僕の索敵能力はあの時以降も衰えたりはしなかった。
そんな僕だからこそ気づけたもののそこいらにある退魔業者、ましてや一般人には絶対に気づかれないだろう。
それほどまでに完璧な気配の消し方だった。
が、気づいたからには見逃すわけにはいかない。
咄嗟に伸ばしてきた何者か腕を掴む。
驚いた。男じゃない。女の人の腕だ。しかも、ぷにっとしつつもしっとりしてて弾力のあるその腕は明らかに10代の人間のものだ。
基本的に、スリは男がやることが多い。女は娼婦として働いた方が金が入る上にリスクが少ない。ローリスクハイリターン。
その上でわざわざスリを敢行し、さらに気配の消し方に至ってはその道のプロとほぼ同格か、或いはそれ以上だろう技量の持ち主。そいつのご尊顔を拝むために振り返る。
「おやおや、お嬢さん。スリとは感心しないな~」
「なっ!?」
まず目についたのは艶やかな褐色の肌。みすぼらしい衣服を身に纏った少女。身長は160センチくらいだろうか。髪は緑に近い色でぼさぼさ、セミロング。まさかバレるとは思っていなかったのであろう、驚きによって見開かれた瞳は綺麗な紅色。顔立ちはかなり整っている方で、見た目がみすぼらしいために分かりづらいがかなり美人な部類だと思う。
貧民街に住んでいる女の子としては中々に良い発育をしていた。要約するとそこそこ胸が大きいと言いたいわけだ。
「は、離してよっ!」
少々見とれているとその女の子は驚きから一転、抵抗をし始めた。
まぁ、しかしこの程度の抵抗なら全然問題ない。力が弱すぎて僕の手を振りほどくことはできないだろう。
だがしかし、僕はこの子のことを完全に見くびっていたことを知ることとなる。
急速に瞳から光彩が失われて、思わずたじろぐほど無感情な瞳が晒された。
な、なんだ?ものすごく不気味な───。
「いやーー!!やめてーー!!痴漢ーーー!!」
あ?
チカン?
置換?
弛緩?
・・・もしかして、痴漢?誰が?僕?
って、ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?
「え!?痴漢!?いやいや、君が僕のさいふ───」
やっとのことで思考が追い付いた僕は慌てて否定するが───。
「何!?痴漢だと!?」
「あんなに若い子を?しかも貧民街の」
「趣味が悪いわね~」
「痴漢なんて死ねば良いのに」
───時すでに遅く。
あっという間に騒ぎとなってしまった。
まさかこんな手段を用いるとは。完全に油断していた僕も悪い。
クソッ。
周囲にいた男達によって取り押さえられた僕は、何とかヤツがスリをしようとしたので捕まえただけだと弁明して解放された。
あの子は先程の混乱に紛れて逃げ出したようだ。
どこに行ったのかさっぱり分からない。が、問題はない。
念には念をと発信器を彼女の服に取り付けておいた。
さすが僕。と、自画自賛してみるが虚しくなるだけなので早速ショルダーバックからタブレット端末を取り出して追跡を開始する。
あの子は貧民街に少し入ったところで立ち止まっていた。
もう追い付かれないだろうと油断しているのだろう。
こっそりと近づいて真後ろに立ってみた。
すると、彼女の独り言が聞こえてきた。
「見た感じ冴えないオーラしてたし、退魔業者にも見えなかったんだけどな~。ま、今度から気を付ければ───」
コイツ・・・全然懲りてないな。
そう思ったところで急に彼女が振り返った。
仕方ない。少しお仕置きをしてやろう。
「やぁ。冴えないオーラで悪かったね」
彼女は先程と同じように目を見開いて驚き・・・途端にガタガタと震えだした。サーっと血の気が引いてるのがわかる。
「───ごめんなさい。お兄ちゃん」
・・・ちょっとやりすぎたかな。
第三話は4/29 19時頃に公開する予定です。