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弱くてニューゲーム?  作者: Dr.スポ
オープニング
1/12

1話「コンティニュー」

 煙草の火が、じりじりと燃えている。くゆる煙が立ち上り、風になびいてかき消されていた。

 呼吸は止まっている。だから、くわえた煙草が急激に減ることはない。だが、体の温度は徐々にこぼれて減っていく。

 寒いと思うのは、季節が冬だからと言うだけではないだろう。

 背中の冷たい感触が、芯から体を凍えさせているのだ。


「…………」


 息を吐こうとして、口から煙草が落ちる。

 くるくると回転しながら落下し、水溜まりに着地して火が消えた。

 みるみる内に広がっていく、赤黒い水溜まりだった。

 それは、自分の足を伝って地面に流れ出している。

 源泉は腰の辺りだろう。濡れた衣服が肌に張りつき、何ともいえない不快感を演出していた。

 意識が安定しない。全体的にぼうっとしている。

 ちらちらと降り始めた白い結晶が、歪む視界のなかで踊っていた。

 止まっていた息を、ようやく吐き出す。

 白い吐息が、煙草と同じように風でかき消された。





 目が覚めると、白い天井が目に入った。

 独特な消毒液の匂いが、ここは病院なのだと教えてくれる。

 意識ははっきりとしていた。何が起こったのかも、ちゃんと覚えている。

 その日は帰宅が遅くなり、近道に公園を横切った。そして、そこで急に後ろから刺されたのだ。

 最近、近くで通り魔が出たニュースの報道も見ている。おそらく、それだろう。

 なんにしても、一命は取り留めたらしい。


「ぁ、あ…………」


 声が出なかった。枯れ果てた老人のような音を、喉が漏らす。

 おかしい。それほど長く眠っていたのだろうか。

 喉へ触れようと手を動かす。動かない。

 まるで動かし方を忘れてしまったかのように、痺れた手はピクリとも動かなかった。

 なぜだ。刺されたときに神経を傷つけた場合、動かなくなるのは下半身だろう。手が動かないとなれば、首の神経がダメになっていることになる。


(倒れた時に、首を痛めたのか?)


 視線だけを動かして、周囲を見回す。すると、いろいろなものが目に入ってきた。

 左手に何台か医療機器がある。心電図は当然だが、わかる範囲で脳波計に吸引機。どう考えても、長期入院患者用の医療機器たちだ。

 なぜだ? どうして? 私の体は、それほどまでに深刻な状況にあるのだろうか?

 消えない疑問が脳内をぐるぐる回っている。

 右手にある大窓から緩やかな陽気が降り注ぎ、余計に思考を混乱させていた。

 ドアの開く音がする。

 ここからではカーテンが邪魔で誰が入ってきたのかわからない。だが、おそらく看護師か両親だろう。

 いや、誰でもいい。この状況がわかるのなら誰だっていい。

 とにかく、なぜこうなっているのかを把握しなくては。


「……なつ、き?」


 病室に入ってきた女性と目が合うなり、そう呼ばれた。聞き覚えのない名だ。

 それ以前に、見たことのない女性だった。

 看護師でもなく、見知った両親でもなく、友人や知人ということもない。完全に、初対面の相手である。

 だが、なんとか首を動かして女性の方を向くと、彼女は手に持っていた荷物を落としてゆっくり近付いてきた。

 頬に触れられ、久しぶりの感覚に輪郭がはっきりしていく。

 今にも泣き出しそうな女性の瞳に、小さく自分が写りこんでいた。

 そこには、私が全く知らない顔の『私』がいる。

 感極まった女性が、私の動揺にも気付かず抱きついてきた。軽々と持ち上げられたことで、自分の体が形を鮮明にしていく。

 気付けば錯乱してナースコールを連打する女性に抱えられたまま、上体を起こすような形になっていた。

 おのずと、右手にある窓ガラスが目に入る。


(どういうことだ)


 写り込んだ姿は信じられないものだった。

 痩せ細った四肢と胴体、そして清潔に剃られた頭。なにより、ガラスの中の私は『まるで小学生のよう』だった。

 慌てて走り込んでくる看護師と医者が、何かを叫んでいる。

 わんわん泣く女性がさらに強く抱きしめてくるが、痛いと言える喉はないし押しのける力もない。

 されるがままになりながら、私はただガラスへ見入っていた。

 いったい、なにが起こっているのだろうか。わからない。

 回るべき頭が働かないのは、現状に混乱しているせいだろう。

 ならば、一度落ち着く必要がある。そして、深く考えるのだ。

 この状況について、今置かれている状態について。

 急ぎ答えを出すことは困難だろう。なにせ、状況の理解すら追いついていないのだから。

 一度、心を落ち着けよう。

 着実に今の情報を集め、そこから事実を導きだす。そのためには、冷静な判断と時間が必要だ。

 焦らず、周囲にも気を配り、細心の注意を払って行動しなければ。このことを、安易に周囲へ告白するのは危険な気がする。

 体がうまく動かないのは僥倖だった。脳内の混乱が、周囲に分かるリアクションとして現れなかったからだ。

 また、同時に込み上げてくる感情も押し殺す。

 悪くない。そう思ってしまった事も、今後の考慮に入れなくてはならない。

 時間はある。

 一つ一つ順番に思考を巡らせ、解決していこう。


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