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第一話 猟奇の兆し:前編

『検索してはいけない言葉』

 インターネット上に於いて、様々な理由から検索するべきでないとされる単語全般を言う。

 その定義は極めて曖昧で、一部の者にとって辛いであろうと思われるような軽度のものから、万人が不愉快に思う程に残酷・不謹慎なもの、コンピュータそのものに実害をもたらす極めて危険なものなども存在する。


―ある朝、ある一般家庭の一軒家にて―


 妙に観賞魚等の水槽が多いリビングにて、家主と思しき女性が適当にくつろいでいると、ふとドアが空いて私服姿の少年が姿を現した。

「お早う、母さん」

「お早う、昇。今朝は早いのね」

「あんまりにもゆっくりしてると明日香の奴が五月蠅いからね。ちょっと見返してやろうかと思ったんだ」

 昇と呼ばれた少年は、母親の問いかけへ軽妙に答える。

「あぁ、そういえばもうそろそろ明日香ちゃんが起こしに来る時間ね。でも感謝なさいよ、家族でもないのにあそこまでしてくれる人なんてそう居ないわ」

「解ってるさ。あれは良い奴だ。親切で、元気で、そして何より裏切らない。小さい頃から助けられっぱなしだしね」


 等という具合に親子が語らっていると、ふとインターホンが鳴り響く。


「あら、来たみたいね」

「何時も通り出てやって。ちょっと驚かせてみたいから」

 そう言うと昇は、摺り足で素早く部屋から出て行った。

「はーい。何方どなた―?」

「お邪魔します。明日香です」

 ドアを開けて小走りで部屋までやって来たのは、昇の幼馴染みである細身の少女・明日香であった。

「あら、明日香ちゃん。今日も昇を起こしに来てくれたのね?有り難う」

「いえ、当然のことですよ。日課ですし、昇は私抜きじゃ本当に何も出来ない奴で――

「何も出来ない奴で悪かったな」

「の、昇!?」


 突如、彼女の発言を遮るようにして背後から昇が現れた。予想だにしない自体に驚いた明日香思わず転びそうになる。


「な、も、もう起きてたの!?」

「そろそろ大切な幼馴染みの手を煩わせる生活からは脱却せねばと思ってね」

「あ、あらそう!昇にしては殊勝な心がけね!それでこそおじさんやおばさんと一緒に10年間あんたを育ててきた甲斐があるってもんだわ!」

「厳密には13年間だ―あと私はお前に助けられながら一緒に育った覚えこそあるが―お前に育てられた覚えはない」

 等と良いながら、昇はコーヒーを啜る。

「う、五月蠅いわねっ!実際私があんたの姉みたいなもんじゃない!」

「そうか?――私はお前を家族と思ったことならあるが、立ち位置は考えた事さえ無かったな」

「そうねぇ。昇を育てた張本人だから言うけど、明日香ちゃんは昇のお姉さんっていうより、恋人かしら」

 等と言うのは昇の母で、一見面白半分にも見えるその口ぶりには何やら妙なものが含まれているようにも見て取れる。それを聞いた明日香は、あからさまに取り乱し湯気が出そうな勢いで赤面する。

「お、おばさんっ!?なななな何言ってるんですか突然!?

こう言うのは失礼かもしれませんけど、昇が恋人なんてそんな、そんなっ!」

「そうさ母さん。流石に私でもそれはな――っと、危ないなお前。食事中の相手をいきなり殴る奴があるか」

 赤面して俯いた明日香は昇を後ろから殴りつけようとするが、昇は微動だにせずして明日香の手首を掴んでしまった。趣味は専らインドア派で積極的に運動をすることのない昇だが、どういうわけか身体能力が無駄に高かったりする(その真相は私の過去作品を読んだ方なら解るかと思う)。

「う、五月蠅い!なんであんたまで同意すんの!?」

「何故ってお前、事実だからだろ。それとも何か?嘘でも『そんな事はないよ母さん。実は前々から明日香に気があってね』とでも言えば良かったか?」

「そ、そんなわけないでしょ!バッカじゃないの!?」

「じゃあ何が不服だ?昔から思うが、お前はどうにも気が短くていかんな。

短気は損気―何事も落ち着いて寛容にあれ。自分の思い通りにならないからと言って変な理由を付けて怒鳴り散らしたり暴れるなんて馬鹿のすることだぞ」

「~~っっっ!」

 的確な指摘をされ言い返せず口籠もる明日香を尻目に朝食を終えた昇は、そのまま新聞を読み始める。

「……『相次ぐ連続猟奇殺人、犯人は未だ不明』……か」

 一面に掲載されていた記事は、近頃この近辺で続出する殺人事件について報じたものだった。

「あぁ、その犯人まだ捕まってなかったのね」

「らしいな。毎度毎度同じ手口であることから同一犯による劇場型犯罪という所までは判明しているらしいが、証拠たりえるものが一切見当たらず、場所・時刻・被害者にも法則性が無いため捜査は難航中らしい。

何にせよ早急な解決を祈るばかりだな。無差別の劇場型とあっては私らが何時被害者になるかもわからん」

「確かにそうね……」

「そうよね。どうせ死ぬならもっと浪漫のある死に方が良いわ」

「そうそう、一度きりの人生死ぬ時にも夢やロマンを―っておばさん!?」

「何?」

「いや、何?じゃなくて!何を言ってるんですか!何か嫌な事でもあるんですか!?まさかこいつの所為ですか!?こいつの所為なんですか!?」

そう言いつつ、明日香は昇を背後から締め上げんと掴みかかる。しかし昇はそんな明日香の両腕から器用に逃れてしまい、苛立った明日香は地団駄を踏む。

「そんな事無いわよー。ただ、ifの話っていいじゃない?追い詰められそうでも、ifがあるだけで何となく救われた気分になれるし」

「そうだぞ明日香。お前は何というか―そう、薄いんだよ」

「何処見て言ったぁっ!?」

 彼女の全身に目を見やりながら言う昇に殴りかかる明日香だったが、しかしその拳や蹴りは悉く昇に受け止められてしまう。

挙げ句、

「お前を見て」

 などと答える始末である。

「何処を見たのよっ!?」

「動向」

「んなわけあるかぁっ!」

 苛立ちがピークに達した明日香はその後も昇を袋叩きにせんと手足を振るうが、如何なる打撃も昇の踊るような動作の前には意味を成さないようだった。

「何か今日は賑やかねぇ~」


***


 坂原昇さかはらのぼる。画家の父親と喫茶店経営者の母親との間に産まれた彼の感性や価値観はごく一般的であり、誰にでも隔たり無く善意を以て接するという以外、特に変わったところもない普遍的な男子高校生である。

 日常での出来事も平均的でありそれなりの人望もある彼は、トラブルを起こしたり、また巻き込まれるような事もなく、あくまでごく普通の幸せな毎日を送っている。

昇はこの平和的な毎日に満足していたし、願わくば何時までも平和的な日常の中に在りたいと思っていた。

 しかし現実とは、時にどうしようもないほどのサディストへと姿を変えることがある。

 その虐待対象は無差別であり、時として何の罪も無さそうに思える者が悲惨な目にあったりもする。

 そしてこの時、昇はまだ気付いていなかった。

 自分自身がその『現実による虐待』の対象に選択されてしまったのだという事に。


―翌日・朝方の通学路―


「(ぬぅ…いかん、どうにもこれは……)」


 明くる朝、昇は通学路で頭を抱えていた。頭痛や発熱があるわけではなく、鬱屈するような出来事があったわけでもない。創立記念日で休みだった昨日は彼にとって実に充実した一日であったし、今日も好きな科目が四つもあるので、本当ならば意気揚々と通学路を歩いてい留筈である。

 しかし今日は違う。その表情はどこか暗く、何かに苛立っているかのように険しい。動作は若干ぎこちなく、時折立ち止まっては壁や柱などに手をつき、俯いて額を押さえたり、後頭部を叩いたりという事を繰り返す。


「ちょっと昇、あんたどうしたの?」

「どうしたと問われてもな……さしてどうもせん……」

「いや、どうもしないって事はないでしょ。何か顔険しいし、歩き方変だし、立ち止まって頭叩いたりとか、どう見ても何かあったとしか思えないわよ?

具合悪いの?熱でもある?まさかこの季節にインフルとかじゃないでしょうね?」

「そんなのではない」

「そう?なら良いんだけど、無茶しちゃ駄目よ?」

「無茶などしとらん。さぁ、急ぐぞ明日香」

「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」



 朝方より体調不良であるかのような雰囲気の昇だったが、学校に到着してからはさして苦しそうな表情をするわけでもなく、あくまで何時も通りの調子で振る舞っていた。

 その様子を見て安堵する明日香だったが、彼に起こった異変はまだ解決していなかった。


―夕暮れの帰り道―


「(……何だ……何なんだ……この言葉は……)」


 今朝方より昇を苛んでいた異変―それは「ある言葉が脳内で無限にループし続ける」というものだった。情報が混濁し複雑な流れを形成する脳内にあって、ただ一つの単語が唐突に浮かんでは消え、また不規則に浮かび、時に漂う。更にそれと同時に襲い来る謎の不快感が、昇の精神を汚染する。

 この異変を煩わしく思った昇だが、それでも彼は平静を装わんとして必至の思いでそれらを押さえ込み消し去ろうとしたが、抗えば抗うほどに不快感は強まっていき、軽い頭痛まで引き起こすほどに悪化していった。頭痛だからと休んだり眠ったりしようものならその不快感は更に強まっていく。

 結果として昇は「平常を装いながら無理矢理不快感を押し殺す」という選択肢を選ばざるを得なかった。結果としてその選択は昇の持てる肉体的、並びに精神的なエネルギーを大々的に削り取る結果と相成ったが、決死の努力が功を奏したのか、夕暮れ時にもなると不快感は殆ど感じられなくなっており(あっても少々モヤモヤする程度)、頭痛に至っては綺麗さっぱり消え去っていた。

 しかしそれでも、『言葉』だけは彼の脳内に残り続けていた。どんなに消し去ろうとしても、その言葉だけは何処かで浮かび上がってしまうのである。


「(……『ディルレヴァンガー』……ヨーロッパ圏の固有名詞なのだろうが、何の意味だか。まぁ良い、そんな事より今日は19時から特番だ。早めに帰って飯にせねば)」


 かくして自宅に戻った昇だったが、それ以降は『可もなく不可もなく』といった具合に過ぎていった。

 しかし異変そのものはその後も彼を苛み続けた。それは大きな実害をもたらすような強く勢いのあるものではなかったが、彼の記憶に残っていることだけは確かであった。


***


「(気付けばあれから二週間……『ディルレヴァンガー』という言葉は相変わらず頭から離れず、例の猟奇殺人事件についても未だ目立った進展は無し……か。

何なんだ、これは。まるで何者かに仕組まれているかのような――って、推理小説じゃないんだから、そんな事ある筈が無いだろうに)」


 等と頭を抱えていた昇だったが、ふと思い立つ。


「(だが、この件について調べを進めてみるくらいは良いかもしれんな)」


 かくして昇は、放課後や休日等の空いた時間を利用して連続猟奇殺人事件についての調査を開始した。生前の被害者と親しい間柄にあった人々への聞き込みを主軸に据え、ネット等を用いての情報収集をサポートに織り交ぜるという、ごく一般的なありふれた方法である。



―以下、昇が集めた証言の一部―


「南原部長ねぇ……。時々理不尽なこととか言ってくるけど、基本的にいい人だったわよ。本当、何で殺されちゃったのかしら……」

―四人目の被害者について、OL・明石


「真面目で、勤勉で、義理堅い、不正を嫌う人だったよ。とてもじゃないが、誰かから怨みを買うような人間だとは思えないね」

―二人目の被害者について、商社マン・浅木


「あいつはいい先公だったよ。どいつもこいつも俺らをクズだの落ち零れだの言って見捨てやがんのに、あいつだけは何処までも面倒見てくれてさ……」

「そうだよな……何でアイツが殺されちまったんだ……俺らみてーなどうしようもない奴らには、あんな先公がまだまだ必要だってのに……」

「おいアンタ、俺にこんな事聞いたからにはぜってー犯人見付けろよ?警察に先超されやがったらテメェからぶっ殺すかんな!?」

「おい止せよ。こいつだって暇じゃねーんだ……悪ぃな兄ちゃん。こいつ、昔からこんなでよ。悪気はねーんだ、許してやってくれ」

―六人目の被害者について、鳶職・畠山とその友人にして同僚・木崎


―路上―


「(粗方情報をかき集めたが、今一関連性が見えんな……。

最初の三人については何れも『誰かから怨みを買うような悪人じゃない』との話だったから、てっきりそういう人種を狙う悪質な快楽殺人者とも思ったが、善人ばかりを殺しているというわけでも無さそうだ。七人目なんて特に個人的な嫌味ばかりでまともな情報が得られなかったし)」


 専門家でない昇にとって、やはり殺人事件の推理は敷居が高かったのか、彼は現在行き詰まっていた。


「(あの『ディルレヴァンガー』という単語も、どうやら狂ったナチスの将官の名前だったようだし、果たして何が殺人事件を引き起こしているのか……)」


 熟考の末に思い悩んでも仕方がないという結論を出した昇は、改めて収集した情報を見直してみることにした。それで足りないと思えば、再び聞き込みに赴いて情報を収集する。

 どんな些細な情報でも構わない。兎に角今の彼には、情報が必要だったのだ。

次回、調査の果てに昇が見た者とは?

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