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東方月華録 番外編「廻風天『東風谷家』の顛末」

東風谷家の顛末


その日は雨足が強く、せっかく綺麗に咲いていた庭のイチョウの木が雨に打たれている様を見て「せっかくの綺麗な葉が落ちてしまうな」と呑気な感想を抱いていた。緑茶とイグサの匂い漂う茶室には雨が降った時独特の匂いも混ざり、なかなか悪くない雰囲気だった。


東風谷早苗は制服のままだったので、とりあえず楽な部屋着にでも着替えて大好きな漫画でも読みたかったが、今は東風谷の本家に居るためそうはいかない。屋敷の中では使用人やら神職やら何やらが慌ただしく動き回っている、葬儀の準備と並行して今後のお家の方針を考えねばならない事態となったからだ。


「先日、S級怨霊怪異『牛鬼』との戦いの末にご当主様がお亡くなりになられました。家の者達が今後の対応についての話し合いを行っていますのでアナタはここで待っていなさい」


淡々とした態度で伝えてきたのは私の叔母にあたる人物で名前は「李桜」。仕事が丁寧でしっかりしているが、それ故か他人への当たりがかなりキツく反感を買いやすいタイプだった。彼女は儀式、それも魔術的なものや祭儀的なものも含めて全ての儀式におけるプロフェッショナルだ。場合によっては神を呼ぶ儀式も行う彼女は自分はもちろん他者の失敗をも許さない。なので各所で摩擦を起こすのだ。「私ならもっと上手くやるのに…」生意気にもそんなことを考えてはいたが、いざ彼女と同じだけの仕事量をこなせられるかと言われればおそらくは無理だ。彼女は要領の良さが人付き合いに発揮されなかっただけなのだろう


「分かりました、叔母様。」

「では…私は会議室へ行って参りますので何かあれば使用人に」


そう言って綺麗なお辞儀と所作で茶室を出て行ったのが20分ほど前、課題は学校で済ませてきてしまったので窓の側で秋雨が奏でる音に耳を預けながら持ち込んだ漫画を読んでいた。

有名な絵師が作画をしているらしくなかなかに見応えがあったので待ち時間で退屈はしなかった、絵師の名前は「葛飾千秋」と言うらしい。自分は彼女のファンというわけでは無いので、詳しくは知らないが食に異常なほど拘ることと、少し前に「いい壁だ…」とか何とか言って他人の家の塀に勝手にスプレーアートを描いてめちゃくちゃ炎上していた気がするが、絵は本当に上手い。彼女は一瞬一瞬を切り取るかのような絵を描く。それは漫画らしくデフォルメされていながらも洗練されたタッチと描き込みであった。そんな達人の域とも言える絵を眺めていると、自分が美術の時間に友達とふざけ半分で書いたような絵がひどく恥ずかしくなってくる。


そんなことを考えていると茶室の戸が開けられた、李桜が眉間に少し皺を寄せているので何か怒られるのではと身構えたが、彼女は驚くべきことを口にした


「早苗、東風谷と傘下達は次の風祝をアナタにするつもりのようです。」

「……それは…何かの冗談?」

「いいえ、冗談でこのようなことは言いません。」


東風谷早苗は言われてから「そりゃそうだ」と頭の中で思った。

風祝と呼ばれる役職は諏訪大社における神職の実質的な最上位であり、またの名を「十二鬼神『廻風天』」。それに着任するというのは日本を守護する12の異能力者の1人となり一生涯をかけて国に尽くすことを意味していた。それは自由や安らぎなど無い国の守護者、魑魅魍魎を退け日本を怪異や異能犯罪者達の魔の手から守る日本異能社会の要。だが、だからこそ嫌だった


「わ、私イヤ…!だってまだ中学2年生なんだよ!?これから…いっぱいオシャレしたり…友達と遊んだり…す、好きな人とデートしたり…」


「鷹司、山吹、沢野宮の3家が賛成を…反対派は壱岐家のみです。状況が覆ることはないでしょう」


頭が真っ白になって何も入ってこなかった。李桜が何か話していたけどよく覚えていない、私の頭の中は現状に対しての不満と傘下の家系への恨みで満ち溢れていた。「なぜ私がやらなくてはならない?」相伝の異能を継いだと言うだけで青春を奪われるのならば神の加護など要らない、欲しいのならくれてやる。そんな思いが頭の中を巡っていた。


昨日、友達が来週の休みに映画に行こうと誘ってくれたことを思い出した。先週、サッカー部のエースの子が私を好きだという噂で揶揄われたのを思い出した。先月、仲のいい女友達3人と人生はじめての「寝落ち通話」というものを行い4人揃って寝坊して遅刻しかけたことを思い出した。

それらは、かけがえのない大切な青春の思い出、自分の中でそれは異能力者という特別な立場であろうとも続いていく当然のものであると思っていたためにショックが大きく、その場に膝をついて座り込んでしまった


「早苗、私がついてる。学校は辞めなくていい…辛いことがあれば遠慮なく話しなさい」


私が産まれる前に父が、物心つく前には母が亡くなっていた私にとって李桜は母親同然だった。私は東風谷本家の人間として振る舞うことを求められたため普段は感情を表に出さない。出してはいけない…だが、「頼れる大人がついている」その安心感はかけがえのないものだと強く感じた。


「…ありがと、李桜」

それは、思わず出た心からの感謝だった。李桜は何も言わない、ただぎゅっと抱きしめてくれていた。




中学3年の夏、私はマンションの壁を駆け上がるようにして走っていた。風雨の神が与えた加護により私は縦横無尽に戦場を機動的に動けるため、並の怪異では捉えることすら出来ない。


「ノロマね。スキだらけですよ」

マネキンのような怪異の右脚を錫杖で薙ぎ払い砕く。マネキン怪異は叫びながら体制を崩す


「これで…トドメ!!」

神楽の舞を応用して流れるように胴体と首、頭の順番で強烈な攻撃を撃ち込んで祓殺した。


「お見事、私の手伝いは要らなかったね」

拍手をしながら立花と呼ばれるベテラン異能力者はこちらに近づいてきた。年上であり上司でもあるが、お辞儀をしながら感謝を述べる


「ありがとうございます。恐縮です。」

「ハハッ…まだ固いな…若いんだから、肩の力を抜いて色々な経験をするといい」


そう言って車に戻って行ってしまった。彼は私の2倍近くの数のマネキン怪異を斬り祓っていた…競うつもりは毛頭ないが、家のこともあるため少し焦っていたのかもしれない。良くも悪くもそれは転機を齎した。


その任務から2週間後、学校からの課題の1つとして進路希望表が手渡された。


「進学先の高校は可愛い制服の場所が良い」「やりたいことがあるからこの高校がいい」「何となく近いからここでいい」などといった平和な理由が飛び交う教室。迷いが無いのは私くらいだったろうか…?


私は第一志望に「実家の神社を継ぐ」と書いた。進路希望の紙をすぐさま提出しに行くと、教師にまるで可哀想なものを見るかのような哀れみの目で「お家の人とも相談してきてね…?」と言ってきた。思えば、儀式や任務で心がすり減っていたのだろう。自分に選択の自由など無いと思っていたのかもしれない


そうして李桜はため息をつきながらも進路希望シートを前にする私を見つめていた。無言、その空気感に耐えかねて私は言葉を紡ごうとする。だが、そうして咄嗟に出た言葉がマズかった…


「李桜…異能力者を続けながら通える高校…ってあるわけないよね…」


私はついに言ってしまった。ハッとして両手で口を覆い、そっと李桜の顔を見る。そうだ、本心では高校生活というものを経験してみたかったのだ。だが、それは無理だ。できたとしても家に迷惑をかける…それは何としても避けたい。所詮、私に選択肢など無いと落胆をしていると


「いや、あるよ。私は知ってる」


李桜はそう言いながら着物の懐から冊子のようなものを取り出した。まるで私がそうした相談をすると分かっていたかのように


「私立異能力者育成専門学院…雨宮家が主導する世界初の異能力者育成に力を入れた高等学校だ。実験的なものではあるが、キャリアは間違いなく積めるし、余裕もかなりある…普通の高校生と何ら変わらないような生活もできるはずだよ。」


李桜はその後も募集要項や取れる資格、万が一のアフターケアやその先の進路含めて私に事細かに説明をしてくれた。李桜は学院についてかなり詳しく調べ上げていたようで、迷いなく淡々と話していた。話の流れでわかった事だが、壱岐家も雨宮の傘下に取り合ってくれたらしく、関係各所に頭を下げまくって傘下伝いに入学手続きの願書や情報を手にすることができたと言っていた。


「早苗、私はあなたの味方だし、何があっても支える…でもアナタの気持ちを、心を…完璧に把握してカバーすることは不可能です。アナタがこのまま燻っていたままであるなら、家を守るどころか自分さえ守れず怪異に食われて死ぬでしょう」


キツい物言いだ。だが事実だろう…私は私の中にある炎のような感情や言葉を外に出さぬよう飲み込み、自らの心を燃やし削っていた。そうした不満は外に出すべきではない、自分さえ我慢していればいずれは事態が好転すると信じている節があるが故のものだ。


「早苗、他人を気遣う暇があるのなら。まずは自分の心を救いなさい…いつまでそうやっていじけているつもりですか?」


「でも…私は……」


気づけば泣いていた。泣きたくない、弱いと思われるし泣いている最中は「自分は強くない存在である」と嫌でも自覚させられる。だから「涙など枯れて消え去ってしまえ」とこの1年…本気でそう思っていた。


「李桜…本当にいいの?私…自分の意志で勉強して、友達作って、オシャレして、好きな人を作っていいの?」


震えながら、涙を流しながら、おそらく涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになったような顔で言うと李桜は一瞬だけ驚いた顔をしてから微笑んだ


「当たり前でしょう…。アナタは夢を諦めなくていいの」

そう言ってから私を優しく抱きしめて一言



「幸せにおなり、早苗」


それは私にとって…これ以上ない「赦し」の言葉であった。






だが学院入学の1ヶ月前、事件は起きた。


「東風谷李桜様がお亡くなりになりました」


沢野宮明人と言ったか。東風谷の傘下の1人は眉を下げわざとらしいほどの悲しげな顔で私の大切な人の訃報を告げてきた。


「……なんですって?」


「東風谷李桜様がお亡くなりに…先月の京都府一条通り百鬼夜行異変にて戦死なされました。」


ありえない。彼女は祭儀を取り仕切る神職の巫女だ、怪異と真正面から戦う我ら祓殺課とは訳が違う。なにかある、誰かがハメた


そう思ってからは早かった。日本異能社会の要にして前線、異能力者協会日本支部に赴き百鬼夜行異変の作戦指揮を取った大老「脇坂宗吉」を尋ねる


「なぜ、東風谷李桜…私の叔母が前線への配置に?後方支援部隊のはずでは?」


宗吉は爪を切りながらめんどくさそうに話す


「誰だね君は?悪いが私は忙しいんだ。報告書は各十二鬼神家にも共有済み…書かれていることが全てだよ」


フッと指に息を吹きかけ爪の粉を飛ばす。仮にも国家の代表たる大老だが、現場で動く人間…つまり祓殺や伝承管理を行う協会エージェントは奴らをよく思っていないということは度々耳にしていた。その理由が今はよく分かる気がする


「なぜなのか…ご説明を…!!」


頭を下げ、懇願すると脇坂はその様子が面白かったらしくゲラゲラ笑いながら椅子の背もたれに勢いよく身体を仰け反らせた


「フハハッ!必死だな廻風天!そんなザマでは鬼神なぞ務まらぬぞ?」


茶を啜り、ため息をついてからヤツは信じられないことを口にした


「巫女が1人死んだ程度で立ち行かなくなるものでもあるまい…これを機に代わりの者でも東風谷に引き入れる…という思考に変えてみてはどうかな?所詮は巫女…戦に何の役にも立たぬ脇役というものよ…!」


唇を噛み締める。ダメだ、我慢しろ


「それにあの女はなぁ…男勝りで融通が効かんヤツだった。顔は良かったからな…性格が大人しければ女としての使い道…政略結婚くらいには使えたかもしれん。フハハハハハッ!!」


怒りの感情を押し殺すかのように噛み締めていた唇を噛み切る。皮肉にもそれは堪忍袋の緒が切れた瞬間と重なったのか、気づくと脇坂のことを殴り飛ばしていた。


「ぐ…ぐぼぇ…ッ!?な、何をする!?」


「脇坂殿…!アナタ方が非戦闘員である叔母を前線へと配置させたのは…ッ!!新体制派に傾きつつある東風谷の勢力を削ぐためだというのは明らか…!東風谷を失脚させるための機会として異変を利用しただけでしょうッ!!」


思わず語気が強くなる。それを遮るように全身を見て黒い装束に包んだ者達が私を取り押さえる、黒い槍のような異能武具、名はたしか「天狗落とし」と呼ばれる薙刀型の異能武具だ。効果は刃もしくは峰に触れた者の力を半分ほどに抑えるというもの、一部の人外種族や驚異的な力を持つ異能力者などの例外を除けば私のような半端者はすぐに抑え込める。たしかに護衛向きな異能武具だ、ならばこちらも異能を使って強制脱出…いやダメだ。本格的に異能犯罪者扱いされては成せることも成せなくなる…逡巡したが私は抵抗を辞める。こうなれば下手な動きはできない、なぜなら李桜亡き今、東風谷家は崖っぷちに立たされているからだ。私は断固として間違ったことは言っていない…状況を見ても彼らが新体制派と呼ばれる私達の勢力を鬱陶しいと思っているのは明らか。


「許されることではありませんよ…!この異変で何人の犠牲が出たと思っているのです!!貴方のいい加減な指揮が…日本の異能社会を腐敗へと進ませたのです!!」


事を荒立てれば不利になるのは自分、そして家の者達…もはや自分一人の問題でないことを理解していたためこの拘束は甘んじて受け入れるしかない、が、それとこれとは別である。李桜も含め多くの異能力者を失わせた指揮官の失態を暴き、償わせる必要がある。よせばいいものを…とも思った。大老を敵に回していい事など一つもない、何なら損することしか無いだろう。我ながら、やっていることが馬鹿すぎて笑えてくる…だが私にとってかけがえのない存在である彼女を…李桜を馬鹿にされたことは到底許せない。


「ぶ…ふふっ!終わったなお前…!ふははッ!!東風谷早苗ちゃん…だっけ?もっと上手に生きなよ…この山吹のようになぁ…」


脇坂は大袈裟なほどよろめきながら立ち上がり、護衛の1人に鼻血を拭いて貰っていた。そして背後で待機していた護衛の1人を指差す…

指を指された人物の顔をよく見ると、そこには東風谷の傘下。山吹家の当主「山吹甚五郎」が不敵な笑みでこちらを見下ろしていた


「アンタ…何して…!」

思わず李桜のような口調になってしまったが、そんな私に対して山吹はクスクスと笑いながら話す。


「早苗さん、いけませんねぇ…指揮に問題があった?日本異能社会を腐敗させた?ハッ…青二才もいいところだ。見当違いにも程がある」


山吹は橙色の髪をかき上げながら嘲笑うように言う。無意識に睨んでいたのだろうか、私を見て「おぉ、こっわ」と笑いながら私の手に手錠をかけた


「東風谷早苗…君は十二鬼神にして東風谷家の当主でありながら、百鬼夜行異変の指揮官である私を罵詈雑言で愚弄し、あまつさえ日本異能社会の腐敗の原因だと根拠の薄い私情で私の名誉を傷つけた…」


山吹が続けるようにして言う


「そして、脇坂様に暴力を振るい、傷を負わせた…これは許されざる行いですよ」


山吹がさらに口角を上げる。そうだ、これはヤツが望んだ結末なのだろう、私はまんまと嵌められてしまったのだ


「廻風天、東風谷家は…本日をもって十二鬼神から除名とする。」


脇坂は嬉しそうに微笑み、そう言った。







何処かで水滴の落ちる音がする。雨漏りでもしているのだろうか?


想像はしていたが牢屋の環境は酷いものであった。経年劣化で荒れ、イグサの柔らかな緑が見る影もなく茶色くなっている畳。温かさや柔らかさなどといった優しさそのものを知らないかのような無慈悲なほど冷たい石の壁。あらゆる神秘を無効化し弾くとされる特殊な合金の檻。その全てから「お前は罪人だ」と言われている気分だった。


牢の隙間から乱暴に滑り込まされる夕飯、固くなった米と薄味の焼き魚、ぬるくなった野菜の切れ端の寄せ集めのような味噌汁。看守は嘲笑うかのように「さっさと食え」と言って踵を返して何処かへ行ってしまった。


何日経っただろうか?死んだように毎日を過ごしているからかまるで曜日の感覚がない。毛布に包まり体育座りで毎日を過ごす、風呂も限られた時間しか入れないので髪が傷んでいる。東風谷家当主として、1人の女として身だしなみには気をつけるようにと李桜に言われた記憶が蘇る。彼女が見たら怒るだろうか?


「怒られたいなぁ…」


顔を伏せるようにして悲しみに暮れる。泣いてはいない、私は泣いてはいけないからだ。李桜は泣かなかった、どんなことがあってもどんなことを言われても毅然として立ち振る舞いやるべき事を成してきた…そんな彼女の強さに憧れていたことを改めて感じる。すると…


「可哀想に…こんなところに閉じ込められていたんだね。」


幼い女の子の声だ。こんな場所に似つかわしくない可愛らしい声が格子の向こうから聞こえてきた


「誰…?」

「アナタのご先祖さま!やっと会えたね、嬉しいよ早苗♡」


私は意味が分からなかった。異能力者という神秘や不可思議を日常とする職に就いていた以上、ある程度の不思議現象には目を瞑れたが…彼女が先祖?私よりも4個は歳が下のように見える少女はたしかにそう言っていた。流石に理解が追いつかずにいると床に血が流れているのが見えた


「それって…まさか…」

「ん?あぁ…この肉塊?」


「邪魔だったからさ…汚いけど殺しちゃった!」


さも当然のように言い放つ彼女の瞳は大ガマのように、水の中から獲物を狙い呑み込むかのように妖しい気配を纏っていた。私はそこでようやく気づいた


「人間じゃ…ない…?」


少女はフフッと笑ってからクルンとその場で一回転して特徴的な目と紙垂らしき装飾のついた帽子のツバを持ってニヤッと笑いながら


「自己紹介が遅れちゃったね…私は諏訪大社の祭神が1柱…洩矢諏訪子だよ…」

「あなたが…ミシャグジ…さま…?」


東風谷は諏訪大社の神職の家系だ。先祖に神、もしくはそれに近しい存在が居るとは聞かされていたがこんな少女だとは思わず驚いて空いた口が塞がらなかった。


「紫からは許可貰ってるからね。私は今からアナタに2つの選択肢をあげる」

「な、なんでしょうか…」


私は思わず後ずさりのような動きをしてしまう。咄嗟に「神様に向かって失礼だろうか」

などと考えたが、流石にこの量の神性を至近距離で浴びるのは気が引けた…というよりも怖かったのでそれについては考えないようにした。諏訪子と名乗る少女は指を2本立て話す


「1つ目は、このまま牢屋で一生涯を過ごすこと…アナタ達って影響力が強いのね。表舞台に居るだけで他家の政争への参入を抑制できていたんだとか」


東風谷家の影響力は確かに大きい。日本の異能社会のトップに君臨する天原と家の歴史だけ見れば並ぶほどだからだ…実際にこれはかなり凄いことだ。日本異能社会への貢献度も他の十二鬼神家より高い。それ故に大老でさえも簡単には口出しできない存在であったが恨みを買いやすかったのだろう、こうして嵌められた。


「それは…嫌です…何もできていない…私は家のために!お国のために魔を滅することが…!!」


「それは…アナタの本当にやりたいこと?」


それはひどく優しい声だった。なぜそんな声色になる?なぜそんな悲しげな顔で私を見る?「諏訪子様…私は不幸ではありません、疲れてしまっただけです」そう言って自分の行いを正当化したかったが、言葉が詰まる。それは違う気がしたからだ


「わ…私…私は何を…ッ!?何をすれば!?ご指示を!!必ずやり切ってみせます!!必ずや東風谷の…!風祝たる廻風天の御業をご覧に入れて差し上げます!!どうか私にご指示を…!!」


「違うだろう…?心を壊したいの?」


咎めるように、しかしそっと手が頬に触れられた。本当に小さい手だ、柔らかくて少し湿っている気がするがなんと暖かく優しいのだろう…こういうのを何と言うのか…


「2つ目はね…記憶を消して私と共に来ることだ…アナタの心の平穏を約束しよう」


「それは…」


なんて優しくなんて甘い誘いだろうか。お役目などない自由な世界…そんな、廻風天ではなく1人の女の子。東風谷早苗として過ごすことができたのならどんなに幸せだろうか


「ダメ……です。私はお家の歴史を…」

畳に爪が食い込む。ダメだ、それは言ってはならない、思ってもならない。逃げるな、戦え…なんのために鬼神の名を引き継いだ。全ては李桜のために…




(幸せにおなり、早苗…)



頭の中で李桜のあの時の声が聞こえた気がした。そうだ、彼女は私の幸せを願ってくれた…私は幸せになっていい存在なのだ。なぜ分からなかったのだろう、誰にもそれを阻止する権利などないのに…私の感情は私だけのものだ。他の誰にもそれを邪魔する権利はないし、踏み込んで荒らしていいものなどではない…頭では理解していた。しかし行動に移すとなると途端に難易度が上がる…私は私が気付かぬうちに心が発していたSOSに目を瞑り無視することで自分を強い存在であると、立派な存在であると言い聞かせていたのかもしれない。ざまぁない、心が壊れてしまうわけだ



「………諏訪子様…」

「ふふ、なぁに?」


か細い声だったが彼女は聞き取ってくれた。頬を撫でる手に顔を預けながら私はその言葉を口にした


「連れて行ってください。私…自由に…幸せになりたいです…あの人も、きっとそれを望んでくれる…」


「そうだね。一緒に行こうか」


諏訪子様は袖の中から鉄の輪らしきものを取り出し、腕全体を使い器用に振り回す。そして一閃…バキン!と音を立て、いとも容易く牢を鉄の輪のようなものが切断する。そして私に肩を貸してくれた。ひどく神々しく見える、安心して眠れる。

そんな存在は、李桜以外はじめてだった。


牢の外へ出て少し歩いた先の廊下で、長い金髪と紫紺の眼が綺麗な妖怪が気絶した看守を椅子代わりに座って待ちくたびれていた


「あら、随分と遅かったのね。皆さんが静かになってから5分経ちましたわ」


そう言うと桃紫の扇子を畳んで掌で弄び始める。随分とそういう所作の似合う女性だ、若そうに見えるが雰囲気が明らかに人間のそれではない。妖怪か、あるいは諏訪子さまと同様に神様なのだろうか?なんにせよ彼女からはそう思わせるだけの何かが漂っており、思わず身体が硬直しそうになる。諏訪子様はそれを察したのか私を支え直しながらその女性に声をかけた。


「ごめんね紫、でもヒマなら声でもかければ良かったのにぃ~」

「あら失礼ね、そんな野暮なことしませんわ。他人の家族の事情に首は突っ込まない主義ですの」

「とか言ってぇ〜、スキマ使って壁に耳ありしてたんでしょ〜?」

「惜しい、障子に目ありもしていましたわ。随分と派手に檻を壊していましたわねぇ」


調子が狂う。このままでは埒があかない気がしたので自分から切り出した


「あの…私はこれから何処に連れて行かれるんですか?私…お役に立てるかどうか…」


「あらまぁ…いい子ね。でも何かして欲しくて連れて行くわけじゃないわ…一緒に面白おかしく過ごしてもらう仲間として連れていくんですもの。記憶は少し欠けますが、気軽に構えていて頂戴な」


「でも…それは…なんと言いますか……許されるのでしょうか?何もお役目のない自由は、自分自身を見失ってしまいそうです…」


諏訪子様は小さな身体で懸命に頭を撫でてくれる。神通力で身体を浮かせて私の身長に合わせてくれているようだった。


「違うよ。他人のためじゃなく、自分のために役目を作るんだ…それがいずれ目的となり、目標となり夢になっていく…そんな風に人間は自分を形作るんだろう?」


「ですが私は…アナタ達ほど物を知りませんし、戦いの力も遠く及びません…そんな存在でも良いのですか?」


紫と呼ばれるその妖艶な女性はクスッと笑ってから扇子を空中で縦に下ろす。すると何も無い宙から黒と赤紫色の霧と目玉が蠢く「境界」が現れた


「構いません。私は私の楽園を作りたい…神も妖怪も人間も…種族や国、地位や見た目、宗教などの狭苦しい枠組みのない本当に自由な理想郷…忘れられた者達や居場所を失った者達による楽園を作りたい…ふふ、人によっては魔境でしょうけどね」


そう言って、彼女は笑いながら月明かりを背に宣言した


「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ…」


私は気づくと、というよりその自由で強く美しい様に魅せられてゆっくりと彼女の手を取っていた。


「ようこそ、東風谷早苗。歓迎いたしますわ」


月明かりが影を濃くして青い光が彼女の顔を美しく照らす。その様は…


まるで月の光を浴びて咲く一輪の月の華のようであった………。

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