↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『The Renaissance striker Uzizane(転生ストライカー氏真)』 ~戦国最低スペック大名が現代に転生したら、天才ストライカーになってしまった件~  作者: みなも
第6章 序 ~ユースCL黎明編~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
90/159

第87話:【届かぬピッチ】

【あらすじ】

地中海ユースを制しフベニルAへ昇格した14歳の吉良氏真。紅白戦での爪痕も束の間、公式戦開幕のベンチで突きつけられたのは、プロの生存権を懸けた圧倒的強度のピッチと冷酷な無関心であった。


1. 濡れた芝と乾いた熱気


バサササッ――。


スプリンクラーが機械的な駆動音を立てて半回転し、細かな水滴の霧が夕陽を浴びた天然芝を濡らしていく。


バルセロナの乾いた夏風が、FCバルシーノの総合練習場「シウダ・エスポルティバ」のピッチを吹き抜けていた。


14歳の吉良氏真は、サブユニフォームの襟元を静かに整え、ベンチの硬いパイプ椅子に腰掛けていた。


スペインU-19最高峰、ディビシオン・デ・オノール・フベニル開幕戦。


先日の紅白戦でAチームの陣形に微細な歪みを刻んで見せた氏真だったが、公式戦のベンチを包む空気は、練習試合のそれとは完全に別物だった。


両隣に座る交代枠の選手たちとの間に、会話はない。


彼らの視線はピッチに固着し、強張った顎のラインには、プロ契約とトップ昇格という人生の切符を争う者特有の悲壮感が漂っていた。先日までの「飛び級生への好奇」は消え去り、そこにあるのは冷酷なまでの優先順位だ。公式戦のピッチに立つ価値があるか否か。それ以外の感情は、ハナから削ぎ落とされている。


スタンドの片隅には、欧州中のクラブから集まったスカウトたちが並び、手元のノートに鋭いペン走りの音を響かせていた。


そのスタンドの中央付近。


氏真の母・有理が、日陰の席に静かに腰掛けていた。

凛とした佇まいで息子の姿を見守る有理だったが、ふと、誰にも気づかれぬ手つきで小さなバッグの底を探った。


取り出した白い錠剤を、ボトルのお茶とともに喉の奥へ滑り込ませる。

胸の奥に走る微かな違和感を押し殺すように、一瞬だけ強く目を閉じ、すぐにいつもの落ち着いた表情へと戻った。


ベンチの氏真は、ピッチ中央へと視線を向けた。


(……ふむ)


氏真の胸中で、静かに息が漏れる。


(並み居る童たちの佇まい、さながら牙を研ぎ澄ました若き狼の群れの如し。公式の戦となれば、こうも空気が変わるものか)


氏真は隣の選手へ爽やかに声をかけた。


「Mucho gusto.(よろしく)」

少年らしい素直な挨拶。


返ってきたのは、顎を軽くしゃくるだけの冷淡な頷きだった。


――


2. 圧縮される時間


「¡Presión! ¡Cierra el centro!(プレスだ! 中央を締めろ!)」


タッチライン際に立つジョゼップ監督の野太い声が、スタジアムに響き渡る。


ピッチ上では、エスパニョール・ユースとの開幕ダッシュを賭けた激闘が繰り広げられていた。


パシィンッ!


重い打球音が響く。

水を含んだ芝の上を、濡れた球が恐ろしい初速で滑っていく。


(……ッ)


氏真の瞳が、僅かに収縮した。


速い。


先日の紅白戦よりも、ボールの滑り、そして何より選手たちの「判断の初速」が格段に跳ね上がっている。


Aチームのリズムを刻むのは、18歳のエステバン・ロサーノ。

アルゼンチンから渡西し、すでに高額なプロ契約を結んでいるカンテラの「王子」だ。


エステバンの足元に球が収まるコンマ数秒前、彼の首はすでに二度の振りを終えている。


右足のつま先をわずかに内側へ向け、重心をごく僅かに流す。

それだけで背後の相手MFの膝を固めさせ、ワンタッチで最も致命的な前方へボールを滑り込ませた。


「¡Aquí!(ここだ!)」


「¡Muévete!(動け!)」


最後方から、プロ契約済みの守護神トニ・ラマジェの強烈なコーチングが突き刺さる。

その声に呼応し、11人の選手が一つの巨大な機械のように連動する。


隙がない。


右サイドバックが上がれば、ボランチが自然な足取りでその穴を埋める。相手の視線を巧みに誘導し、プレスの網を狭め、選択肢を奪い尽くしていく。


(……なるほど)


氏真の胸の奥で、静かな熱が渦巻いた。

これが「プロ」を前提とした領域の呼吸か。


個の閃きや単発の技で戦っていない。

長年叩き込まれた戦術的合理性を、寸分の狂いもない強度と速度で遂行する「完成された盤面」。


氏真の視線が、ピッチ上の情報を克明に拾い上げていく。


相手センターバックの右膝にかかる体重。芝の滑り抵抗。風の巻き方。


(……あそこだ)


相手のディフェンスラインと中盤の間に、わずか三十センチの空白が生じる。

あそこへ滑り込み、背中の圧力を受け流せば、相手の防衛線は一発で破綻する。


しかし――。


ピッチ上の味方は、そこへ球を通さない。


確率が低いからだ。確実な横パスを選び、安全なルートでボールを回す。

生き残るために最適化された強固な計算式が、彼らの選択のすべてを支配していた。


――



3. 銀月と知覚の交錯


「フベニルAの公式戦は、どうだ?」


ふと、横から声が届いた。

ベンチの少し離れた場所に座る、日西ハーフの天才ゲームメーカー、ダビアン・シヴァだ。


18歳の「銀月の魔術師」は、濡れた前髪を無造作にかき上げながら、冷ややかな視線をピッチに向けたまま呟いた。


先日の紅白戦で氏真が見せた「見えざるタクト」の異質さを、この男だけは正確に感じ取っていた。


「カデテやフベニルBの試合とは、時間の流れ方が違うだろう」


氏真は優雅に背筋を伸ばし、澄んだ笑みを返した。

「うん。とても綺麗で、無駄のない流れだね」


「綺麗、か」


ダビアンは微かに眉をひそめた。


「ここではね、その綺麗な流れに乗れない歯車は、容赦なく弾き出されるんだ。先日の練習試合のように君がどれだけ異質な立ち位置を取ろうと、周りがリスクを拒絶すれば、君の存在そのものが消される」


ダビアンの声には、厳しいリアリティが宿っていた。


公式戦における一勝の価値、ロスト一つのリスクは、若者の将来の給与とキャリアに直結する。誰も14歳の少年の冒険に、自分の人生を賭けたりはしない。


だが、氏真の黄金の瞳には、恐れなど微塵も浮かんでいなかった。


(……あはは! 実に見事なり!)


速度に息を呑んだのは一瞬。

恐れなど、ハナから存在しない。


(才能の優劣などという浅薄な次元にあらず。ここにあるは、個の命を最も効率よく勝利へと変換するため磨き抜かれた理そのものよ!)


氏真は、エステバンの足元の動きをじっと見つめた。


エステバンが右足アウトサイドで球を隠すとき、彼の左肩はほんの僅かに下がる。

その瞬間、彼の視界から「左斜め後ろの空間」が消える。


彼らは完璧だ。


だが、完璧なシステムであればあるほど――その歯車が噛み合いすぎているがゆえに、一度生じた「歪み」を自己補正できない。


(見えたぞ……)


氏真は唇の端を僅かに吊り上げた。

彼らが「正しさ」に従って動けば動くほど、その足元に落とし穴を掘ることは容易くなる。


「アドバイス、ありがとう」


氏真の柔らかな声には、微かな揺らぎすら混ざっていなかった。ダビアンは一瞬、隣の少年の横顔を凝視し、小さく息を吐いた。


――



4. 届かぬ出番


前半三十分、エステバンの鮮やかなスルーパスからウイングが抜け出し、先制点を奪う。


さらに後半二十分、キャプテンのカレスがセットプレーから高い打点のヘディングを叩き込み、2―0。


ジョゼップ監督はタッチライン際で腕を組み、冷徹な目で試合をコントロールしていた。


残り時間は十五分。


交代枠はまだ残されている。

だが、ジョゼップ監督の視線がベンチの端に座る氏真に向けられることはなかった。


ベンチから送り出されたのは、守備を固めるための屈強なボランチと、経験豊富な18歳のサイドバックだった。


ピッチ上で展開されるのは、あまりにも完成された「大人のフットボール」。


2―0のリードを確実に保ち、勝ち点3を持ち帰る。その合理的な計算の中に、14歳の飛び級生を試すリスクなど、どこにも存在しない。


ベンチを温めたまま過ぎていく時間。


出番はない。

冷酷なまでの「現実の壁」。


だが――。


氏真の瞳の奥で灯った火は、消えるどころか、静かにその熱量を増していた。


――


5. 残されたピッチ


ピーーーッ! ピーーーッ!


シウダ・エスポルティバの空気を切り裂く、長いホイッスル。


2―0。フベニルAの完勝で、開幕戦は幕を閉じた。

結局、氏真に声がかかることはなかった。


引き揚げてくる選手たち。


汗に濡れたユニフォームを脱ぎながら、Aチームの「王子」エステバン・ロサーノがベンチ前を通りかかる。

エステバンの視線が、ベンチから立ち上がった氏真と交錯した。


「Che, pibe.(よう、坊や) 見たか?」


短く、冷たい言葉。先日の紅白戦で感じたあの不気味な違和感を拭い去るように、エステバンは強い眼差しで告げた。


「これが僕たちの日常だ。14歳の子供が立ち入る場所じゃない」


氏真はゆっくりと微笑み、自分の膝についた僅かな芝の屑を優雅に払い落とした。


「すごい試合だったよ、エステバン。君のプレー、すごく勉強になった」


丁寧で、完璧な少年の挨拶。


エステバンは一瞬だけ怪訝そうに眉をひそめた。敗北感も悔しさも見せず、まるで試合そのものを楽しむような少年の瞳に、言いようのない寒気を覚えたからだ。


エステバンはそれ以上何も言わず、ロッカールームへのトンネルへと消えて行った。


静まり返っていくスタジアム。


観客もスカウトも去り、静寂を取り戻したピッチの中央を、氏真は一人で見つめていた。


濡れた天然芝が、夕陽を受けて赤く染まっている。


(磨き抜かれた理合……。されど、その僅かな綻び、確かに見定めたぞ)


氏真は静かにスパイクの紐を締め直した。


彼らは強い。陣形は固い。

だからこそ――その理を理解し、その上に己の一手を加える価値がある。


待っておれよ、フベニルAの強者たち。

このピッチに、予だけの『雅』が刻まれる刻(とき)を――。

【次回予告】

ベンチを温めた氏真に、フベニルBでの調整登板が命じられる。そこで再会したのは、カデテ時代の盟友フェリペだった。

第88話:【白鳥の一撃】次なる天下へのパスを回せ!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。