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転生ストライカー 氏真 ~The Renaissance striker Uzizane~  作者: みなも
第5章 前進 ~ユーロ飛翔編~

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第79話:【完成された秩序】

【あらすじ】

地中海ユース選手権準決勝、FCバルシーノの前に立ちはだかったのは欧州最高峰の戦術的完成度を誇るモナコFCであった。高強度のプレッシングと幾何学的な陣形の前に、イネスたち中盤は沈黙し、バルシーノは自陣に窒息させられる。しかし、最前線で孤立する吉良氏真は、敵の完璧な定石と自チームの不揃いな意図を静かに観測していた。


1. 窒息する青と臙脂


ドスッ!


肉と骨が衝突する重く湿った打撃音が、地中海の風が渡るピッチに低く響いた。


「ぐっ……!?」


バルシーノの左インサイドハーフ、イネス・カスティーニャが顔を歪めて倒れ込む。ファーストタッチで前を向こうと軸足を定めた、まさにその瞬間。背後から肉薄したモナコFCのボランチ・ニコラが、爪先でボールの芯だけを正確に刈り取っていた。


いつもならピッチ全体を上空から見下ろすように把握するイネスの視野も、今日ばかりは視界の端まで白と赤の壁で塞がれている。

呼吸が、追いつかない。


スタジアムのスタンドには、欧州トップクラブのスカウトたちがずらりと並び、手元の端末を握る手に力を込めてピッチを注視している。そこに漂う空気の密度は、プロの公式戦と何ら変わりなかった。


準決勝のホイッスルが鳴ってから20分。バルシーノは自陣深くへと釘付けにされていた。


モナコFCのプレッシングは、力任せの猛攻とは対極にあった。

寄せる角度、パスレーンを消す距離感、そして奪った瞬間にゴールへと直結する流麗な陣形変化。


基本陣形【4-2-3-1】から、彼らはボール奪取の瞬間に美しい幾何学模様を描いて変形する。両ウイングがハーフスペースへと絞り込み、空いた大外のレーンを両サイドバックが機関車のような初速で駆け上がるのだ。


最前線には、前節の映像でも強烈な存在感を放っていた190cm超の怪物ストライカー、ジャン・ポールが沈黙のまま鎮座し、その背後を柔らかな動きで空間を縫うシャドーストライカーが衛星のように旋回する。


全十一人が、ひとつの意思に導かれるように連動する。その姿は、もはやチームではなく、一個の完成された生命体であった。


「 Fermez l'axe ! (中を締めろ!) 」


モナコのキャプテン・ジェレミーが鋭く指示を飛ばす。ボールを失えば、次の瞬間には白と赤の波が押し寄せる。前を向くことすら許されない息苦しさが、バルシーノの首をじわじわと締め上げていた。


---


2. 観察者と不揃いな呼吸


だが――その惨状の最中。


最前線にポツリと孤立した背番号9、吉良氏真は、ボールを要求する素振りすら見せず、ただ静かにピッチを歩いていた。


静かに歩を運びながら、風の流れ、芝の抵抗、そして敵味方の重心の揺らぎを皮膚感覚で捉えていく。


(……ほう。整然と組み上げられた城壁のごとき美しさだね)


氏真の瞳の奥には、焦りや恐れの色など存在しなかった。ただ静かに、ピッチ上の変化を見つめている。


目まぐるしく動くモナコの選手たち。誰かがアプローチに出れば、背後の空間を別の誰かが寸分の狂いもなく補完する。ボールがサイドに出れば陣形全体がしなやかにスライドし、中央に入れば鋭い挟み撃ちで見事な狩り場を形成する。


ベンチの設計図を忠実に体現する、選び抜かれた精鋭たち。


だが、氏真の眼は同時に、自チーム――バルシーノの「内なる歪み」をも捉えていた。


今のバルシーノは、意思がバラバラに散らばっている。

パスを短く繋いで試合のテンポを落ち着かせたいイネス。

ダイレクトの縦パスで一気に局面を打開したいピボーテのサビエル。

己のドリブル突破で状況を打ち破ろうと焦るウイングのアクセル。


プレッシャーにより、個々の判断基準が噛み合わず、ピッチ上で互いの意図が「衝突」を起こしていた。イネスがパスを出そうとしたスペースに、味方のアクセルが不用意に走り込んできてコースを消してしまうような不揃いな動き。


ベンチのカルロス監督が、苦々しい表情で腕を組む。

しかし、氏真の唇は、密やかに弧を描いていた。


(……あまりに整った規律は、整わぬものへの答えを持たない)


---


3. 破調の波紋


前半30分。


最前線のポジションにいた氏真が、スッと滑るような歩法で中盤の底――サビエルのすぐ近くへと下りてきた。


窒息寸前だったサビエルは、助けを求めるように氏真の足元へ強い縦パスを打ち込む。


パスの受け手である氏真の背中には、モナコのセンターバック・ルーカスがすでにピタリと密着していた。さらに、氏真への配球を合図として、ボランチのニコラが正面から挟み込むべく猛ダッシュで寄せてくる。


前後からの強烈な挟み撃ち。


「Bloquez-le ! (挟め!) 」


ニコラが鋭く叫ぶ。


ドンッ!


前後の敵が、氏真の身体を押し潰すように激しく激突した――かに見えた。


「 Comment ?! (どうやって!?)」


ルーカスが驚愕の声を漏らす。

激突の瞬間。氏真は身体の力みを解き放ち、右足の裏でボールを手前に引き寄せると同時に、自らの軸足を後ろへふわりと「半歩」だけズラしたのだ。


相手が踏み出す、その一瞬。相手の起こりを捉え、その突進する運動エネルギーを空間へと空転させる最小限の身体操作。


突進してきた二人は勢いを殺しきれずに空を切り、氏真は強烈なプレスの真っ只中で、ボールを保持したまま一瞬の「間」を作り出した。


そして、このわずかな間こそが、すべての引き金となった。


氏真が前を向いた瞬間、バルシーノの前線の選手たちが一斉に動き出したのだ。

しかし、そのベクトルは完全に交錯していた。


イネスは「やり直すため」に氏真の斜め後ろへサポートに寄ろうとする。

左ウイングは「一発の裏抜け」を狙って斜め前へ爆発的なスプリントを開始する。

サビエルは「ワンツー」を狙って直線的に縦へ駆け上がる。


三人の仲間が、全く異なる意図とタイミングで、同じ中央のハーフスペースへと雪崩れ込んだのだ。


戦術的には明確な「渋滞」。イネスの走るラインとウイングの走るラインがピッチ上で交差し、互いの動きを阻害しそうになる。


だが――この「型の外にある動き」を目の当たりにした瞬間、モナコの完成された守備組織に、計算外のエラーが発生した。


モナコの守備は、相手が「定石通りの洗練された攻撃」をしてくることを前提に構築されている。

だからこそ、セオリーを無視して同じ空間へ無秩序に突っ込んでくるバルシーノに対し、彼らの判断が一瞬フリーズしたのだ。


「 Qui le prend ?! (誰が付く!?) On sort ou on couvre ?! (出るのか、それともカバーするのか!?) 」


モナコのキャプテン・ジェレミーが焦燥の叫びを上げる。

センターバックが裏へ走るウイングに釣られて一歩下がり、ボランチのニコラが寄ってくるイネスに釣られて一歩前へ出た。


その結果。

バルシーノの不揃いな意図が生み出したカオスによって、モナコの強固な守備ブロックの右側――ハーフスペースに、決定的な空白が生まれた。


---


4. 空白への一閃


(……見えた)


氏真は、前を向くと同時に、一切の無駄な力みのないフォームで、その空白地帯へ向けて右足のインサイドで球体を押し出した。


>> スキル発動:【不協和音ノイズ・コンダクター:ランクA】

・効果:敵全体への判断遅延効果および空間創出補正

解説:自チームの乱れすらも戦術的ノイズとして利用し、相手の高度な組織守備に判断の遅れを引き起こす。鹿島新當流の『先』を応用した至高の空間操作。


スゥッ……と芝生を滑るボール。


そこへ走り込んでいたのは、サビエルだった。

彼はイネスでもウイングでもなく、ただ「最も早くボールに触れられる直線」を走っていただけだった。だが結果として、味方の衝突が生み出した真空地帯へと、最も完璧なタイミングで侵入することになったのだ。


「もらったァ!!」


フリーで抜け出したサビエル。相手ゴールキーパーと1対1。

サビエルは右足を豪快に振り抜き、弾丸シュートを放つ。


ドシュァァァンッ!!


しかし、モナコの守護神、レミ・デュボワは本能だけで左手を伸ばした。指先がかすかにボールへ触れ、弾道はわずかに逸れてゴール枠の外へ逃げていった。


「ああっ! クソッ!」


サビエルが天を仰ぎ、悔しそうに芝生を叩く。


ゴールには至らなかった。しかし、その瞬間、スタジアムは異様な静寂に包まれた。


「Mais... qu'est-ce qui s'est passé ?! (いったい……何が起きた!?) 」


モナコのキャプテン・ジェレミーが、額に冷たい汗をにじませながら周囲を見渡す。

自分たちの完璧な陣形が、なぜ破られたのか。相手の洗練された連携にしてやられたわけではない。むしろバルシーノの攻撃は不格好で、味方同士が邪魔をし合っていたはずだ。


それなのに、結果として自分たちの整然とした配置は内部から切り裂かれ、決定機を作られた。


「……惜しかったね、サビエル」


コーナーフラッグへ向かいながら、氏真は爽やかな笑顔を見せた。

だが、振り返ってモナコの陣形を見据えたその瞳の奥には、冷徹な観測者の光が静かに灯っていた。


(一度生じた歪みは、そう簡単には戻らない……)


圧倒的な窒息の中に生まれた、一筋の亀裂。

極東の異才が次の一手をどこへ打つのか。ピッチ上の全選手が、知らず知らずのうちに、その挙動へ意識を吸い寄せられ始めていた。


第79話 完



【次回予告】

完成されたモナコのシステムに生じた「疑心暗鬼」。氏真の観測は、彼らの合理性を逆手にとり、さらなる矛盾をピッチ上に生み出していく。機能不全に陥り始めるエリート集団に対し、バルシーノが放つ次なる一手とは。

第80話:【ファントム・ナイン】。次なる天下へのパスを回せ!


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